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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「最後に残るモノ」編 最終章後 vs地獄料理
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決戦当日 -最強の太鼓判-

 旨木嶋眞機無マキシママキナ

 異名、デウス・エクス・マキナ。

 世界最高の審査員であり、同時に優れた料理人でもある。

 二十歳。身長、百二十五センチ。体重十九キロ。

 九年前に死亡。死因、餓死。

 故人。

 それは、審査員界最上位の称号を死後も保ち続け、永遠の空席を作り出した大いなる存在。

 料理人である時の必殺技は「零式煉獄ゼロ・インフェルノ」。

 得意料理は何でも。主に料理名の前に「極限強化マキシマム……」という言葉を添える傾向にある。

 食柱毒発動固有動作は「何かを喰らう」事。

 所有食柱毒は「喰らった“何か”に応じて奇跡を起こす」というもの。

 例えば、美味しい物を食べさせれば善良な奇跡が起こり、不味い物を食べさせれば災いとも呼べる悪質な奇跡が起こるのだ。

 マキナが何かを食べると、まず最初に、ほんの少し物が動くなどといった些細な変化が生じる。

 しかしそれは、大掛かりな、何か大きな出来事の切っ掛けとなる変化なのだ。

 つまりはバタフライエフェクト。蝶の羽ばたきが、何らかの因果関係で遠方の竜巻を引き起こす切っ掛けになっているかもしれない、という考え方。

 マキナの起こす現象は、まさしくそれを意図的に起こせるというものである。

 能力によって小さな変化を起こし、それが何らかの因果関係を生み出して、大掛かりな悲劇きせきを生み出す。

 それはまるで小さな歯車を動かして、大きな仕掛けを稼働させているようなもの。そして最終的には、その仕掛けによって全てを終わらせる機械仕掛けの神が、壇上へと君臨するという算段だ。

 だから、機械仕掛けの神。だから、デウス・エクス・マキナなのだ。


「おなかへった」


 不幸だったのは、彼女の味覚基準が、生まれつきどんな人間よりも優れていたという点にある。

 マキシママキナは、この世のどんな食べ物も、美味しく食べる事が出来なかったのである。

 故に、彼女にはどんな食事を与えても、周囲の人間が悪質な奇跡によって傷つけられてしまうだけなのだ。

 奇跡の度合いは、喰らった物がどれだけ大きな存在なのかという点に左右される。

 そして多くの場合――――それもどうにか彼女の舌を満足させようと高名な料理人を呼んだ時に限って――――必ず大きな災悪が降りかかる結果となったというわけだ。

 酷い時は、マキナの居る建物とその周辺全てが被害にあう事もあった。

 そのため、下手に良質な料理人は呼べなかった。

 天川照真でさえも、ついに呼ばれる事は無かったという。

 もうこの時点で、マキナは餓死の運命から逃れられなかった。

 ただ、救いだったのは、彼女は「毒の日」を迎える頻度が非常に高かったという点だ。

 毒の日には段階があり、悪化すれば食柱毒が暴走する事や、逆に使えなくなる事がある。

 マキナの場合は、いつも食柱毒が使えなくなるタイプの症状だったため、その日のみ、まともに食事をとる事が出来たのだ。それで、辛うじて生きてこられたというわけだ。

 けれども、基本的にマキナは空腹の中に居た。

 普段はそれを何とか抑え込もうと必死だったマキナだが、限界点を越えると何か食べる物を求めて彷徨う傾向にあった。


「おなかへった」


 何を食べるかわかったものじゃないので、マキナは半ば監禁されるような生活を送っていた。

 厄介なのは、喰らった、という概念の定義の広さだ。

 どんな形であれ、彼女にダメージを「喰らわせる」のも、その範疇に含まれている。

 故に、誰も彼女を傷つけられない。

 薬も注射器も引き金となってしまう。

 だから、災いを避けるため、マキナはそういった生活を余儀なくされてきたのだ。

 いつの間にか、本人が望んだのでやらせていた料理も禁止となった。


「おなか、へった」


 極限状態に達したマキナはそれしか言わなくなる。

 家の人間はその言葉に良心を傷めながらも、毒の日が訪れるのを辛抱強く待ち続けた。

 だが、ある時。

 急に毒の日が来なくなった。

 何日待っても何日待っても、毒の日が訪れる事が無くなってしまったのである。

 そして、ついにマキナは限界を迎えてしまった。

 ふとした動きで自傷行為を行い、無理矢理家を出て、人間の住む世界へと出て行ってしまったのだ。

 当然、マキシママキナを知る人間は恐れた。

 大災害が起こるのではないかと危惧したのだ。

 しかし、意外な事にもその後、マキナの能力によって引き起こされたであろう災害は一切無かったという。


「おなか、へった」

「じゃあ、僕が何か食べさせてあげるよ!」


 機械マキナは、偶然にもとある少年と出会っていた。

 少年は、どこまでも純粋な笑みで、マキナを自分の家へと連れていく。

 事情があって、今ここには自分しかいないから、数日の間ここに居ていいと言ったのだ。

 そして、少年はマキナに覚えたての料理を振る舞う。

 もちろん、起こされた奇跡によって少年は傷付けられたが、それでも根気よく続けていく。

 事情を知っても、諦められないと思ったのだ。

 少年の昔の友人は、決して諦めない龍のような意志をもつ男だった。

 だから、その友人に笑われないためにも、少年は何度も料理を作り続けたのだ。

 そして、ある時、家の外まで飛ばされるような攻撃きせきを二日連続で喰らったその時に、少年は癒葉ゆばという少女と出会うのであった。


 だが、マキシママキナは、その数日後に死んだ。

 彼女が最後に喰らった物は、天使の翼に包まれたような不思議な食べ物だったという。



「……それにしても、まさかあの塩谷がマキシママキナと繋がっているとはなぁ。僕ちんもびっくりだよ……」



 天川照真あまかわ しょうまは、誰にも聞こえないような声量で独り言を漏らす。

 照真は、既に知っていたマキシママキナの知識と、数日前に天川甘音あまかわ あまねから聞いていた、塩谷とマキナの関係性についての話を照らし合わせ、物思いにふけっていた。

 マキシママキナとのたった数日間の生活。

 塩谷始音しおや しおんの超常的料理技術は、きっとこの時に身につけたのだろうと推測可能だ。もちろん最初からいきなり今のような途方も無い実力だったわけではないだろうが、今の実力さえも支えられる確固とした基礎はここで身につけたはずだ。

 マキナには一時的とはいえ料理人だった時期がある。

 恐らく、そこから教えを受けながら、同時に世界最高の舌を満足させるために、塩谷は身体を痛めつつも進歩していったのだろう。

 その気になれば、誰でも使える修行場は存在する。だから、塩谷はマキナの教えを元手にあらゆる修行場を渡り歩き、それからマキナに料理を振る舞っては挫折し、改善と向上を繰り返したのだと考えられた。

 人を短期間で飛躍的に強くする要素として考えられるのは、主に、才覚の覚醒、新たな知識、挫折からの復活の三つである。そして、当時の塩谷の環境にはそれらが全て揃っていた。

 そうでもないと、いくらなんでもあそこまでの基礎が身につくのはあり得ない。

 根拠はもう一つ存在する。

 マキナの用いる「零式煉獄ゼロ・インフェルノ」は、料理に己の奇跡を起こす原動力である「エネルギー」のような物を注ぎこむという技だ。それは、塩谷の「三柱天国トリニティヘヴン」に酷似している。偶然にしては出来過ぎだ。

 ちなみに余談だが、マキナはそれで己の中にあるエネルギーを全て外に出そうとした事もあったようだが、料理に吸収されず外に漏れたエネルギーは危険という事が判明したため、やむなくその方向性での改善は諦めざるを得なかったそうだ。

 何にせよ、マキナの使っていた技と似た技を、その弟子である塩谷も使っているというのは、そういう事なのだろう。

 固有の技をもつ優れた料理人であり、それでいながらこの世の誰よりも厳しい評価を下すマキナは、塩谷にとってこれ以上無い程優秀な師匠だった事であろう。

 もっとも、それでもそんな短期間で相当な実力を得られた以上は、やはり塩谷の才覚は本物だと言わざるを得ないわけだが。


「……まさかのマキシママキナ絡みの闘いなんてね。これ、どう転ぶかわかんないなー……」


 照真は、この闘いに込められた因縁に思いを馳せる。

 そこには複雑な感情が込められていた。色々と、照真も思うものがあったのだ。

 溜息混じりの声は、まるで珈琲に溶けるミルクのように、空気に溶けてやがて認識出来なくなる。

 だが、その声を拾う者もあった。


「は? 何を言っているんだ父上。そんなの、相手料理人が勝つに決まってるじゃんか。やっぱり考えたけど、あの愚妹じゃ勝ち目ないって」

「うっさい。アンタこそ何言ってんの馬鹿アニキ……アンタ、パパより審美眼優秀なつもり?」


 照真の両隣から、聞きなれた声が響く。

 右側には、やはりはだけたシャツとスラックスで、黄色のドレスを着た人形を愛でている天川甘太郎あまかわ あまたろう

 左側には、やはり甘音のお下がりである薄手長袖のニットパーカーに、短いデニムスカートと、これだけは自前の少年的な帽子を被った天川甘菜あまかわ かんな

 照真たちは三人並んで、とあるベンチのような席に座っていた。

 ここは、数人程度しか座る場所の無い、小規模な観客席である。

 そう、塩谷始音と天川甘音の激突の舞台を、見るための場所なのだ。


 今日が決戦当日。ここは試合会場だ。


 ここは、天川家の主催する大会の決勝などで用いてきた、特殊試合会場だ。

 照真は、娘の晴れ舞台を飾るために、わざわざ私用でこの場所を使おうと考えたのである。

 天川照真の経営する会社、ミルキーウェイ・ギャラクシー社の本社ビル屋上。

 空中庭園という単語を想起させるこの場所が、決戦の舞台である。

 空に浮かぶのは立体映像の巨大モニターだ。料理対決にはお馴染み、対戦中の料理人の様子を詳しく確認するためのモニターである。

 中心には、向かい合うようにして調理台があり、そこから少し離れた位置に審査員席があるというのは通常と変わらない仕様だ。だが、ここにはいくつもの仕掛けがある。

 観客席は審査員席の正面だ。何故ここまで小さいかというと、本来ならばここはVIP席のようなもので、一般観客用の席は当日までにセッティングしておくという形式になっているからだ。屋上なので、普段からそんなに大きな席は置いておけない、という事である。

 しかし、通常と違う個所はまだあった。

 それは、通常と同じく設置されている調理台の他にも、複数の調理台が設置されているという事である。

 まず、三角形を描くような位置取りで、一人につき三つの調理台が用意されていた。それもそれなりに距離が離れている。見ただけではその意図は不明だが、少なくとも同時に使用する事は不可能そうである。

 それから、各調理スペースの背後には“四方の壁が無い”超小規模なビルのような建造物が用意されていた。四階まである、柱と階段のみに支えられたコンクリートの足場。

 このビルを遠くから見た場合、二本の巨大なアンテナか何かが、屋上から伸びているように見える事だろう。

 そして、その四階建ての足場にも、それぞれの階に三つずつ調理台が置かれていた。

 不思議な構造である。

 天川照真は、いつその解説をしようか考えてみるが、すぐに甘太郎と甘菜が話題に挙げてしまう。


「……にしても、甘菜。ここ凄いな。俺様は料理とかしないからわからないけど、なんで調理台がたくさんあるんだ?」

「さあ? ここ、滅多に使われないみたいだし。ていうか、アンタ、何穏やかに質問しながら青筋立ててんの?」

「……お前が、さっき俺様を煽ったからだよ! 折角スルーしてやった俺様の温情を無駄にしやがって……! ああ、実妹じゃ無かったら殺してる所だからな……? 生きてる事に感謝するんだな……」

「大した自信だケド……珍しくアンタがすぐに襲って来ないのは、アタシの食柱毒には勝てないってわかってるからでしょ? 下手な虚勢はやめとけば……?」

「……はあ? 殺そうと思えば殺せるし……! 命乞いすら出来ないなんて、やっぱりお前も愚妹だな……! 夜道、恐いお兄さん達に囲まれて、とても言葉に出来ないような屈辱を与えられないように気を付けろよ……!」


 甘太郎と甘菜の口喧嘩は熾烈さを増し、どんどん笑えないレベルへと突入していく。

 これはいけない。

 そう判断した照真は、すぐに行動に移る。


「はいはいはいはい、落ちつきなって二人とも!」


 天照大御神の異名をもつ凄腕料理人は、息子と娘が始めた喧嘩の仲裁に入る。

 この兄妹は、出会うといつもこれである。根本的に人間的相性が悪いのだ。

 天川一家は揃う機会が少ないわりには、その数少ない数回は全て荒れに荒れていた。

 それはそれでいいのだが、流石にナイフを取り出したり、帽子を回してそれに勝る凶器を生み出そうとしたりするような、そういったあからさまな戦闘準備行為は止めざるを得ない。

 結局、甘太郎と甘菜は、照真の一言によって矛を収めてくれた。

 しかし、睨み合いは終わってくれそうにも無い。

 天川照真は、珍しく深いため息を吐いた。

 だがその行為は、この試合の観客席にいるもう一つのグループの男から、思いっきり笑われる事となる。


「おいおい、天川のオッサン。苦労してるみてーじゃねーかよ。現世最強の料理人も、子供の前ではただのくたびれたオッサンってか?」

「うっさいなぁ……そんな事言ったら、お前だって世界最強とか“呼ばれてる”癖に、ただのガキみたいじゃないか、渋堂……」


 照真は恨めしげに、声がした左側に視線を向かわせる。

 天川家の三人が並んで座っている左側には、同じく並んで座っている三人組が居た。

 その中心に座っている渋堂我竜しぶどう がりゅうは、相変わらず和服に包まれた両手を組んで、様になる座り方で会場の方を見据えていた。


「ま、否定は出来ねーな。それより、オッサンはどっちが勝つと思ってるよ?」

「難しい質問だね……僕ちんの気持ち的には、あま……っ」

「塩谷さぁンが!!! 勝つに決まってマスわぁっ!!!!」


 照真の言葉を遮るように、渋堂の右に座る白いダッフルコートの銀髪美少女が叫んだ。

 その美少女、霜月詠華しもつき よみかはスカートの中の黒いストッキングに包まれた脚を上品に組み、つま先の固いヒールで床をトントン叩きながら続ける。


「い、い、デ、ス、のぉ……!? 塩谷さんは……それはもうこれまで頑張りに頑張ってきたのデス……! だから勝ちマスわぁっ! だって! より頑張った人間が勝つというのが世の必然では無くって!?」


 詠華は、言いつつ強めに床を叩き、脚を揃え直して落ちついた。

 もちろん、今の発言は照真には馴染の無い感覚だ。とてもじゃないが理解出来ない。努力した人間がいつも勝つとは限らない。だからこそ闘う意味があるのだ。

 照真はそういった考え方の持ち主であるため、困惑した表情を浮かべる事しか出来ない。

 渋堂の方も「言わんとしてる事がわかるが、お前に話は振っていない」と言わんばかりの呆れ顔を浮かべている。

 だが、詠華は周囲の事など気にもせず、上を向いて話を再開させる。


「アタクシは信じていマスわ……あのお方が、料理ごと過去を振り切って成長するであろう事を……」


 両手を合わせ、祈るように遠くを見る詠華の姿は、まるで何かの信者のようだ。

 少なくとも、過去に自分を完膚なきまでに叩きのめした挙句、侮辱までしてきた相手に向ける感情では無いだろう。

 これまでの霜月詠華とは、また少しキャラがぶれていた。もちろんこちらが今の素に近い状態なのだが、生憎それをわかってくれる相手はかなり少数だ。

 だから、他人から見れば、詠華はもう七変化が如き変幻自在のキャラブレまくり人間に見えてしまうのだ。

 照真は、詠華の変化に面喰ってしまう。


「……なあ、僕ちん聞きたいんだけど、いいか? あのさ、渋堂……霜月ちゃん……何かあったの?」

「ああ、塩谷の過去話聞いてからずっとコレだ……気持ちはわからなくもねーが、ちょっと入れ込み過ぎだよな」


 と、渋堂がそこまで言ったあたりで、渋堂の左に座る長い黒髪の少女が、言葉を付け足す。


「ほんと、昔からですけど影響されやすい人ですよね……」


 白い清楚風の衣装に身を包むのは、辛籐空美しんどう からみである。

 その表情は何処までも平坦で、感情の色がまるで読みとれなかった。

 これで観客席に居るのは全員だ。

 天川家の三人と、渋堂と詠華と辛籐の三人という取り合わせだ。

 この計六人が、この闘いを見届ける事となるのである。

 辛籐は、ほんの少しだけ水色の感情を滲ませた声を発した。


「それにしても、デュエルルール、ですか……」


 それは、辛籐空美が以前に塩谷と闘った時のルールである。

 HelleNの人間同士が闘う時には、このルールでないといけない決まりがあるわけでは無いはずなのだが、偶然にしても不思議な一致だ。

 何にせよ、実際にこのルールで塩谷に負けた辛籐としては、相当因縁の深いルールである。というよりは、HelleNそのものと深く関連するルールと言ってもいいだろう。

 だが、デュエルルールは実力差がはっきりと出る闘いだ。作れる物の内容やジャンルが同じであり、そこにどう工夫を加えるかという要素があるため、本当に実力勝負という側面が強い。食事が作った順番から食べられるというのも、時間考慮のテクニックも必要になってくるので、それもまた戦略要素となっている。ただ早いというだけじゃ駄目なのだ。

 この闘いに勝つには、本物の実力が必要だ。

 今回の「得意ジャンルの料理」という曖昧なルールも、そこをどうにか誤魔化し差を埋めるための措置である。

 ただし、それだけで甘音が有利になるわけでもない。もっとも、オールマイティな塩谷にはほとんど影響を与えないルールでもある。

 ならば、甘音がもしもルールを活かしきる事が出来たならば、何らかのアドバンテージを得られる可能性もあるわけだ。


「甘音さん……」


 辛籐は誰にも聞こえないような小声を、風に流して掻き消した。

 と、このあたりで、ようやく睨み合いをやめた甘太郎と甘菜が、照真との会話を再開させていた。


「それにしても、数日前、マキシママキナとか親父がいきなり言い出した時は驚いたよなぁ。今の今まで、マキシママキナのマの字も言って無かったのに。これ、事情知ってる俺様が相手だったから良かったものの、知らない奴の前で言ったら……えっ? 何その新キャラ!? とか思われても不思議じゃないよな」

「また、漫画的な考え方して……意味わかんないんだケド。ね、パパ」

「は、ははは……」


 照真はまたしても狼狽していた。

 どう返した物かと困ってしまっているのだ。

 だが、甘太郎は手元の人形に紫色のドレスを重ね、どんどん踏み込んだ事を口にしてくる。


「でもさ。俺様達がもし漫画のキャラで、この世界がもし漫画だったとしたら、何その後付け設定の嵐!? って思われると思わないか。実際、ここ数日で父上から聞いた話は全部初耳だったしさぁ」

「それは、アンタが家留守にしまくってたカラでしょ……いいから黙って」


 と、閑話休題。

 これ以上踏みこんでも実りが無いと判断した甘菜によって、何気にこの世界の根幹に関わる大問題に触れる会話は、強制終了させられる。

 甘太郎としてもこれ以上続けるつもりは無いようで、普通に笑みを浮かべて、照真に話題を振ってくる。それは、何気に重要な質問。


「で、結局父上はどっちが勝つと思っているんだ?」

「……ふん。パパは、もうここに来るまでにしっかりと意志表示してたケドね。ね、パパ?」

「……そうだね……僕ちんはやっぱり、色々とギリギリだとはいえ……甘音ちゃんかな」


 天川照真は自分の娘の勝利を信じた。

 それは、親故の過大評価などでは無く、あくまで客観的に見た評価からそう判断したのだ。

 数日前、最強である照真に対して、料理のコツを聞いてきた最凶の娘。

 その勝利を、照真は信じたのだ。

 これまでは、ただの背伸びした弱者に過ぎなかった娘が、これほどまでに大きくなってくれた。父として、これほど嬉しい事は無い。

 照真は、万感の思いを込めて、己が自信を声にする。


「なんたって、数日間とはいえ、この現世最強ぼくちんが直々に鍛えてやった……僕ちん、自慢の娘だからね」


 その言葉に驚く者は居ない。

 思いはどうあれ、納得できるだけの要素が、今の発言には含まれていたからだ。

 現世最強のお墨付き。

 それは、並の料理人では絶対に受けられない評価である。

 天川甘音は、気づかぬところでまた一つ立派な箔をつけていた。

 だが、照真の声に呼応するように、渋堂我竜もまた言った。


「対抗するわけじゃねーが、俺は塩谷の勝ちだと思うな。あいつの実力は、俺が一番よーく知ってる」


 それは、かつて全力で戦った男だからこそ言える言葉。

 混じりけの無い本音だ。

 そして、それに彼の両隣に座る少女達も同意する。


「やっぱり、そうデスわよねぇっ! 塩谷さんは勝てマスわよねぇっ!!!」

「……確かに、普通に考えて、勝率が高いのはそちらでしょうね……」


 辛籐の方は、少し腑に落ちなさそうであったが、渋堂はそれに頷く。


「ああ、それに、それだけじゃねー。あいつは、今まで何人も倒してきた実績がある」


 渋堂我竜は己のライバルの勝利を信じる。

 もっともこれで塩谷が勝ってしまえば、塩谷はもう一生料理には関わらなくなる、という結果になってしまうだろう。

 渋堂の胸中は複雑だ。だが、それでもやはり客観的に見た上で、塩谷の方が優位だという判断を下したのだ。

 だから、渋堂は感情をはっきりと口にした。


「なんたって、あいつは今までで一番俺を追い詰めた強敵だからな。正直、今回はあいつに負けてもらって、そのまま料理人に戻ってもらいてーって気持ちもあるが……でもやっぱ、そういうのは自分の意志で決めて貰いてーっていうのがある。だから、天川の姉ちゃんにはわりーけど、俺はやっぱり塩谷を応援してぇ……それによ」


 渋堂は、ここで好戦的な笑みを浮かべる。

 その口は、もう単純な事実などよりも、願望や感情ばかりを吐きだそうと息巻いているようだ。

 そこに我慢は必要ない。全て吐き出してやっていいのだ。

 本音を口にしてしまえばいいのである。

 だから、渋堂我竜は闘争心しか無い笑顔で、己が自信を声にする。


「あいつはやっぱ、世界最強おれの最大のライバルだからな。勝手言わせて貰うが、俺以外に負けるあいつなんて見たかねぇ!」


 今度は、世界最強のお墨付きである。

 塩谷は知らずして、かつての戦友の声援を背中に受けていた。

 渋堂が認めた数少ない最強の料理人として、塩谷は闘えるのだ。

 塩谷と甘音は、これでそれぞれ最強の料理人に太鼓判を押された形となった。

 応援の質は変わらない。

 後はもう本人次第だ。

 そして、渋堂と照真も押し黙った。

 そろそろ対決が始まろうとしているのだ。

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