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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「DAY:POISON」編 最終章前 ~みんなでお食事~
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親子再会 -天川さん家は今日も平常運転-

 そんなこんなで、三ヶ峰ファーストフード店で塩谷始音の過去にスポットが当たっている中、ちょうど同時刻、別の場所で二人の男が久方ぶりの邂逅を果たしていた。

 とある建物の一室。

 広く、置かれているありとあらゆる家具が、上品な空気を醸し出している室内。

 一面に張られた大きな窓が外の景観を映し出し、そこから街並みを見下ろす事が出来るようになっている。

 そんな中、部屋の中心で、木でできたテーブルを間に挟み、柔らかいソファーに身を沈めながら向かい合っている二人の姿があった。

 片方は、スーツ姿の冴えない中年。天川照真だ。

 照真は、にやりと軽薄そうな笑みを浮かべて、テーブルの上に置かれているチェス盤の黒い駒を動かした。


「それにしても、久しぶりだねぇ。お前が僕ちんに会いたいなんて言いだした時は、正直、気味が悪くて鳥肌が立っちゃったよ」


 それから、照真は視線を軽く上げ、目の前で対峙している男の顔をきちんと見る。

 自信に満ち溢れた細い眼と、何を考えているのかわからない口元の笑みが特徴の男だ。髪型は、まるでつむじ風を無理矢理固体に固めたような独特の形をしている。

 その男は、シャツの胸元を開いて肌色を露出させた、まるでホストのような格好をしていた。

 下半身に纏う黒いスラックスの膝上には、華やかな青色のドレスを纏った洋人形が置かれている。

 相変わらず悪趣味だ、そう思いながら、天川照真はその男の名前を呼ぶ。


「なあ、甘太郎あまたろう。お前とこうして会うのは、かれこれ何年ぶりだっけ?」

「一年ぶり、だぜイ? 父上」


 天川甘太郎……つまり天川照真の息子であり、天川甘音と天川甘菜の兄であるこの男は、笑みを濃くして答える。

 口元から覗く歯は、獣のように尖っていて、見る者に人ならざる印象を与えているようだ。

 甘太郎は、まるで薄目を開けているかのような細い眼で、しっかりと自らの父である照真を見返した。


「俺様は、別に帰ってきても良かったんだけどさあ。なかなかどうして、料理には興味が向かなくて」


 整った容姿を崩さぬ笑みで、からからと笑う甘太郎。

 この男は、数年前に「演歌歌手を目指す」と言って家を出ていったきり、料理界には一切関わってこなかった。

 そういった事情と、甘音があまりにも料理が下手過ぎるという理由で、天川家次期当主の座が末っ子の甘菜に移行してしまったというわけだ。

 つまり、この男こそが天川家の歪んだ元凶とも呼べる存在である。

 照真は、甘太郎の顔を見ながら皮肉気に笑う。


「ったく、お前は飽き性だよねぇ。昔っから、買ってやった玩具が半日以上続いた事は無かったしねぇ。マジで、金と手間ばっかかけさせやがるよな、お前」

「はははは、その分はしっかり返したはずだぜ、父上。そんな事よりさあ、最近ハマってた陸上競技はもう極めちゃったから、次に興味湧くものが出るまでヒマ、なんだよ。父上、何か知らない?」

「さあねぇ、お前の興味に関しては、僕ちんもちょっとわかりかねる」

「だよなぁ。父上、俺様の趣味わかってくれないんだもん」


 言いつつ、甘太郎はチェス盤の白い駒を動かす。

 何気に、絶妙な位置。照真はその事実に歯噛みしながらも、どうするべきか次の手を考える。

 だが、一向にいい案が浮かんでこない程、甘太郎のプレイングは完璧だった。

 今日初めて、チェスのルールを覚えながらプレイしているのにも関わらずだ。

 天川甘太郎は、全てにおいて満遍なく天才であった。

 誰よりも何でもこなせ、それでいながら目移りしやすいという人種なのだ。

 何よりも厄介なのが、彼が「何事も、自分自身は手を抜いて全力の敵を叩き潰す」というモットーをもっている事である。

 それにより、何人もの凡人の劣等感を煽り、その挙句潰してきたかはもう数えるのが億劫になるほどだ。

 天才の初心者が、努力してきた経験者を踏みつけあざ笑う光景を、天川照真もまた何度も見てきたのである。

 照真は、そんな息子に対して失望を隠しきれず溜息を吐く。


「全く、誰に似た事やら……」

「さあなぁ。それにしてもヒマだ。ボードゲームも粗方極めたし、何か新しい事したいよなぁ。何か無いのか世界。俺様を満足させてくれよ、本当」

「お前も変な奴だよねぇ。僕ちんも、お前の扱いに関してはホント、困ってるよ……それにしても、どうしようかな……これ……うーん……」


 天川照真は次の手を考え、長考してしまう。

 だから必然的に、甘太郎は手持ち沙汰になってしまった。

 なので、彼は足元に置かれているアタッシュケースを足で器用に、それでいながら強引に開け、中に入っている大量の人形用ドレスの観賞を始めてしまう。

 それから少しして、ケースに入っている赤いドレスを選び、あろうことか既に人形が着ている青いドレスの上から重ねるように着せた。

 一体の人形に、まるで日本古来より伝わる重ね袿のように何重にも服を重ね着させていくのが、甘太郎の趣味であるのだ。

 その奇妙な趣味を見せつけられ、天川照真はまたしても呆れ顔になる。


「なーんか、キモいよね。その趣味」

「俺様には、何が悪いのか皆目見当もつかないけどなぁ。だって、興奮するだろ?」

「何が?」


 照真が問うと、急に、甘太郎は人形に着せた服の両裾を強引に掴んで、左右に引っ張る力を強くした。

 これには流石の照真も冷や汗をかく。息子の不可解な行動に、素直に引いてしまったのだ。

 服はどんどん布地の音を立てていき、やがて破れ、人形の服は綺麗に引き裂かれる形となった。人形は、中身の肌色を晒したまま投げ出され、無残に床を転がっていく。

 照真は、その光景を、つい眼で追ってしまう。

 床に丸裸で落とされ、何だか切ない事になっている人形。その目は良く見ると上目遣いのようになっており、それがまた妙な憐れみを誘っていた。

 だが、甘太郎はそれを満足げな横目で一瞥した後、拾いもせずに父に向けて満面の笑みを浮かべる。

 どう見ても、幸せそうな笑みだ。

 照真にはそれが気持ち悪くて仕方が無かったが、甘太郎に一切気にしている様子は無かった。

 むしろ、誇らしげに持論を展開する。


「散々着飾ってあげてから、一気に全てを破り捨ててやって丸裸にする。これほど興奮する道楽が、他の何処にあるっていうんだ?」


 それが天川甘太郎の掲げる信条であり、性癖でもある。

 それは、照真には全く理解の出来ない異物的思考だ。

 だから、深くは考えない。チェスに意識を向ける。

 照真は、何かを思いついたように、黒い駒を斜め前に進ませた。

 意外と好手である。


「お前、ほどほどにしておきなよ。生身の人間にも似たような事をしてしまうのが、お前の悪い癖だ」

「でも、最っ高っに楽しいんだぜイ? 持ち上げて持ち上げて、可愛く着飾ってやって、地位も物も金もくれてやって、ちょうど委縮が抜けて調子に乗り始めてきた頃に一気に見捨て地の底まで落とす。そしたら、みんなさ……」


 甘太郎は、ここでようやく落とした丸裸の人形を拾い、照真に見せつける。

 その人形の顔は、やはり上目遣いのままであった。

 しかし、よく見るとパーツの配置が若干ずれており、それは結果として「歪に媚びたような顔」を演出しているかのようだった。

 甘太郎の笑みが明度を増していく。


「こんな顔して、必死に媚びてくんだよ。可愛いだろう? ああ、世界で最も愛おしい生き物だ。でもさ、悲しい事に、ここで俺様が助けてやったらいけないんだよなぁ……だって、それじゃ可愛くなくなるし」

「……僕ちんは、いっつも思うけど、一番育て方間違えたのって多分お前だよね。なんか、ごめん……」


 天川照真は本気で心の底から謝罪した。

 珍しすぎる光景だが、それを受ける側の甘太郎は笑みのままだ。

 甘太郎は、今の自分に満足しきっているので、別に謝られたところで、どう反応していいかわからないのだ。

 だが、自分の性癖を語って気分が良くなっている彼は、とりあえず自分の話を進めようと決意したようだ。その事実を、その目が何よりも雄弁に物語っている。

 ついでにチェス盤の白い駒を、まるで最初から決まっている予定調和のように、淀みなく移動させた。

 それは、照真が切り開いたと思った活路を、完膚なきまでに塞ぐ一手である。

 天川照真の表情が、悔しそうに歪む。

 どうせまた長考になるだろう、そう判断したのか、甘太郎は改めてソファーに深く座り直す。どうやら話を再開させるつもりらしい。

 甘太郎は、丸裸になった哀れな人形を膝に乗せ、愛おしそうに髪を撫でて笑う。


「ま。あとはもう生かさず殺さず、ずっと不幸なまま飼いならすんだ。崖下にぶらさがっている女っていいよね。見下ろすと、一目で俺様が優位だって事がわかる。踏めば、摘める命。ああ、尊い。なんて尊いんだ。だからこそ、美しい。散り際の線香花火の光に良く似た光だ。でも、俺様はその光を何時までも眺め続けていたい……だから、永遠に地上なんかにおろしてやらないんだ」

「お前、もういいからいっぺん捕まれよ」


 照真が半ばやけくそになった一手で、黒い駒を動かす。

 だが、それも淀みの無い甘太郎の次なる一手によって潰される。

 歯を食いしばる照真と、余裕の笑みの甘太郎。

 状況は、照真の完全不利であった。

 甘太郎は、見下すような笑みを浮かべて、不遜にも体勢を崩して、必要以上にリラックスした体勢をとる。


「俺様を捕まえられる警察なんて、この世の何処にもいないぜイ? なんたって、捕まろうにも容疑が無いからな。というか、半ばアウトでも揉み消せるし。はっ、なんかもう敵無しだ。俺様を止められる猛者は何処にもいないのだろうか……」

「さあね……」


 照真は、またしても苦し紛れの一手を置く。

 しかし、それは定石とは大きくかけ離れた不可思議な一手であった。

 このままでは自軍のキングが追いつめられるというのに、更にそれを増長するような一手を打ったのだ。

 いくら劣勢とはいえ明らかな悪手。

 悪手過ぎて、甘太郎の思考にも多少のラグが生まれるぐらいだ。

 だが、すぐに予定通りのように駒を動かして、甘太郎のターンはまたしてもすぐ終わる。

 天川照真の不利は覆らない。

 全能感。

 今の甘太郎に満ちているのはその感情だろう。

 いや、あるいは生まれた時からそうだったのかもしれない。

 甘太郎の笑みは、もう相手を下等な存在としてしか認識しない、酷く歪んだものとなっていた。


「あーあ。こういうゲームでも負け無し。それなりに強いって話の父上にも呆気なく勝ちそうだ。いっそ、このまま料理業界に戻ってもいいぐらいだよな。そしたら、名実共に俺様が天川家で一番の存在に……」

「なれないけどね。お前は永遠にドベ1だ」


 天川照真が、何気ない仕草で黒い駒を動かす。

 それは意外にもキング、つまり取られれば負ける剥き出しの弱点の移動であった。

 これは甘太郎にとっても意外な一手のようで、次の駒を動かすまでに若干の思考を要していた。

 だが、甘太郎の動きが止まったのは、何も思考のためだけでは無かった。彼の方から、何かが切れた音がする。

 しかし、そうこうしている間に、今度は反撃と言わんばかりに、天川照真が見下したような声を放つ。


「料理なら、お前は一体天川家の誰に勝とうとしてるんだ? 五味グループ各当主には劣るとはいえ、そこらの素人よりは全然強い強い甘菜ちゃんにかい? それとも僕ちんにかい? いずれにしても、届くわけがないね」

「……あ?」


 甘太郎の身体が、ピクリと痙攣する。

 それから、細かった目を限界まで上下に引き延ばし、こめかみに血管を浮かせながら、鋭い歯を見せ、鬼人が如き憤怒の形相を浮かべた。

 一気に頭に血液が集まり、顔面が急激に赤く染まる。その姿はまさしく鬼だ。

 甘太郎は、思い切り、チェス盤の白い駒を叩きつけるように移動させる。

 それはまた、天川照真の活路を塞ぐ完璧な一手。


「……俺様が、届かない……?」


 甘太郎の声は、先ほどまでよりも相当低くなっていた。 

 常人ならば、気配に呑まれる程の醜悪な変貌。

 プライドの塊である天川甘太郎は、多少の煽りですぐこのような状態になってしまう悪癖があった。

 もう面倒くさいを通り越した異常なまでの気の短さ。

 それは、周囲の人間から見れば、まるで天災にも似た恐怖である。

 だが、そんなものなど見慣れている照真は、鼻歌でも歌いそうな余裕でただただ笑う。

 そんな態度も甘太郎の癇に障ったのか、表に出た怒りは更にその量を増していった。


「父上ぇ、それは俺様を舐めてるって認識でいいんだよな。ああ?」

「うん、舐めてるよ。だって、お前の才能、一点特化型には勝てないし。ま、せいぜい勝てるのは中の中までか。せっかく王様気分気取れてんだから、井戸から出てこない方がいいよ、このかわずめ」

「ああん……? 何だそれブッ殺すぞ、クソ親父が」


 いきなり本性を明かした甘太郎に、しかし照真は一切の焦りを見せなかった。

 甘太郎は恐くない。それが照真の根底にある「経験としての知識」だ。

 ちなみに、今の言葉は全て本音であり、別に悪意があって言ったわけでは無い。

 むしろ、優しい忠告のつもりだ。理由もきちんとある。

 なので、照真はまずその説明から始めた。


「だってさ、お前、壁にぶつかったら立てない人間じゃないか。わざわざぶつかりに来るなよ。避けろよ。特に、お前はほら、現実見ちゃいけないんだし」

「その言葉は、殺害予告の肯定と受け取ったぞ親父。よし、殺す」


 甘太郎は、膝に乗せていた人形を横に移動させ、懐からナイフを取り出し、逆手で構える。

 照真は、それを悠然と眺めているだけで動かない。

 これは、息子が生れてから幾度となく見てきた光景なので、その目に動揺の揺らぎは無いのだ。むしろ、退屈の色すら浮かんでいた。

 だが、怒りに顔を歪ませた甘太郎に、そんな事を指摘する精神的余裕は無いに等しい。

 甘太郎は、持ったナイフで、半ば八つ当たり気味に机を思いっきり傷つけた。

 木製の、高級そうな机に綺麗な一本線が刻まれる。

 それは、食柱毒発動のための予備動作だ。

 甘太郎も、料理人だった時期は少なからず存在していたので、彼にも食柱毒の能力は備わっているのである。

 その力の名を、照真は退屈そうに告げる。


「また、反魂かぁ……しかも、単調な使い方。いい加減学習しなよ」

「うるせえよ。いつから親父は、この俺様相手に意見出来るほど偉くなったんだ?」

「お前が生まれた時から。そして、未来永劫ずっとだよ。僕ちんがお前を下回った事なんて無いし」

「よく口が回るッ!」


 甘太郎が、机の傷からナイフを引き剥がす。

 すると、その傷の切れ目から錆色の不気味な光が迸り、その次の瞬間。 

 机は、変形した。

 具体的には、まるで粘土のように軟らかく形を変えていったのだ。それは生物的な変化。

 照真が、落ちそうになったチェス盤をキャッチし手元に移動させると、かつて机だった“何か”は更にぐにゃりと形を歪めて全く別のフォルムを形作っていった。

 そして、最終的に机は、いくらかが削り取られた木の幹……というよりは丸太へと変形し、そのまま落ちついた。どういうわけか、丸太にはところどころ螺子や金具がくっついていた。

 甘太郎は、それをダイナミックに両手で持ち抱え、身体を後ろに引いて投擲準備の格好を取る。

 それに対し、天川照真は目を軽く閉じて一呼吸するだけで、特に何も身構える事はしなかった。


「やり方がスマートじゃ無いね。もし僕ちんが素早い対応してたら、お前は今その手に持ってる武器すら持てずに、ただ為すすべも無く地に伏してたろうね。だから言ったろ。お前はただ本能的に出来るだけの人間だってさ。直感ですごい事が出来るってだけで、別に考えているわけじゃないから、天才だけどただの馬鹿なんだよねー」

「……初耳だし、結果として俺様はあんたを殴る道具を手に入れた。問題無い。俺様達の距離は近すぎる。多分、投げれば一瞬で届くぜイ? 机よりも丸太の方が投げやすいし、強い。俺様の能力は、料理に身を置いている料理人達あんたらよりも優れている」

「やっぱり、頭いいだけの馬鹿だね」

「五月蠅いッ!」


 甘太郎は、力いっぱい照真に対して丸太を投げつけた。

 その食柱毒の正体は「反魂」だ。

 つまりは、死んだモノに魂を注ぎこみ、生きていた頃の姿を可能な限り復元させ蘇らせる力。

 ナイフで傷つければ、元々生きているものである以上、絶対に発動するのがこの力だ。

 木だって生命である。そして、木材は「死んでいる木」と解釈可能だ。

 そして、木で出来たテーブルを、生きていた頃の「木」の形に可能な限り復元させようとした結果が、この丸太である。机とはいえ、分解すれば複数の木材だ。けれど、一本の木に戻すのにはパーツがあまりにも足りないから、ただの欠けた丸太へと変形したのだ。

 これは生死の理を越えた強力な能力である。

 だが、やはり使い慣れていないせいか、致命的なまでに能力の使い方が下手糞であった。

 これだけの力をもっているのに、結局やったのは、机を変形させた丸太を武器に使うというだけである。あまりにも愚だ。どう考えても、もっと有効な使い方があったはずだ。宝の持ち腐れとはまさにこの事だ。

 天川照真は嘲笑する。

 それから、照真が小声で「モード偶像」と言って手首を軽くスナップさせるのと、甘太郎から投擲された丸太が激突するのは、ほぼ同時かのように見えた。

 しかし、結果は大きく違った。

 丸太が照真に届く寸前。照真の身体から、黒い靄を伴って出現した人間サイズの黒い人形が、両手で丸太を捉えて衝撃を殺しつつ受け止めたのである。

 これは天川照真の能力の応用で生み出した、素早い行動が可能な人形である。この程度の攻撃を受ける事など朝飯前だ。

 けれども、ここまでなら甘太郎にも知られている手札だ。

 このままで終わるわけがない。

 照真がそう思った直後、人形の死角から、姿勢を低くした甘太郎が襲いかかってきた。

 やはり、パワー系の攻撃で相手の動きを封じてから、持ち前の身のこなしで攻撃するという作戦のようだ。

 その片手には、やはりナイフが握られている。

 なかなかに速いスピードだ。

 なのに、天川照真の余裕は揺らがなかった。


「ああ、やっぱり近づいての直接攻撃がメインか」


 甘太郎の能力は二つの性質をもっている。

 一つは、先ほど見せた魂の注入……つまり「再誕リバース」であり、もう一つは対象の魂を奪い取る力……つまり「吸魂ソウルドレイン」である。

 反魂は、死者を蘇らせ、生者を殺すという生死反転の能力だ。

 それには対象をナイフで傷つける必要があるが、一度傷をつけてしまえばもうその時点で発動可能だ。

 吸魂が発動してしまえば、対象の魂は問答無用で甘太郎に全て取り込まれ、その場で肉体は死を迎えてしまう。

 早い話が、甘太郎のナイフは今、一撃必殺の威力をもっているというわけだ。

 それも、今、かなりの速度で死角から襲いかかってきたのだ。これは驚異である。

 だが、それもやはり天川照真の「モードチェンジ、モード高天原」という声と、邪魔なものをどかすような手の動きよりは遅かった。

 瞬き程の間を置いて、天川照真の指から黒い弾丸が放たれた。

 それは真っ直ぐに甘太郎の頭を撃ち貫き、その動きを停止させる。


「えっ……!?」


 照真のもつこの力は、家族にさえも詳細を伝えていない、幅広い汎用性をもつ力だ。

 言ってしまえば、照真は黒い靄のようなエネルギーで色んな形を作り、応用の幅を広げているというわけだ。

 黒い人形と、黒い弾丸。

 それぞれ違う効果を発揮するものの、同じ能力の上で成り立っている。

 そして、黒い弾丸で額を撃ち抜かれた甘太郎は、立ったままの体勢でしばらく固まり、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 その表情には困惑しか浮かんでいない。


「な、なんだ……親父の食柱毒はあの人形生成のはずじゃ……!?」

「残念。三分の一ぐらい正解だよ。お前には本日初公開、本質は“反転”だ。ま、能力の詳細はそのうち教えたげるけどさ。今、すごく具合悪いだろ、お前。とりあえず、僕ちんが一体何をしたのかだけでも先に聞いとけよ」

「な……に……?」


 息をするのも苦しそうに、甘太郎は地に両手をつける。

 彼の脳内では、まるでかきまぜられたかのような不快感が這いまわっている事だろう。

 明らかに、物理干渉力をもたない不思議な黒い弾丸を食らったせいで、身体に異常をきたしている。

 それは天川照真によって引き起こされたものだ。

 甘太郎からしてみれば「何をされたのかは不明だが、仕掛け人だけは判明している」という何とも歯がゆい現状だ。

 その答えは、ようやくソファーから立ちあがった、その仕掛け人本人によって明かされる。


「お前の“正常”な健康状態を“異常”に反転させた。具体的にどういう異常なのかは、僕ちんにもわかんないけどね。……こういう使い方をすれば、僕ちんは甘音ちゃん達にも負ける事は無かった」


 天川照真の力の本質は反転である。

 その対象は、実はほとんど何でもありなのだ。

 目に見えるものは元より、見えないものや、物理的に存在しない概念的な部分にも干渉可能なのである。

 それは、どう考えても広すぎる範囲である。せいぜい言って、生死の反転だけは不可能なので、反魂の真似ごとが出来ないぐらいだ。

 これほどまでに何でもありの食柱毒は、他を探してもそうそう見つからないだろう。

 天川照真が、料理対決において国から本気を出すのを禁止されている理由の中に、この能力の万能性が含まれているのは言うまでも無い。

 今回は、正当防衛が成立する上に、そもそも料理中の出来事では無いため、よほどの事がない限り問題になる事はまず無いだろう。

 甘太郎は苦しげに過呼吸を繰り返している。

 そこで、照真は唐突に新しい話題をもちだしてきた。


「ところで、僕ちんさ……娘達の事全然見てないってある人に言われて、それからずっと悩んできたんだよね……それで初めて気づいたけど、僕ちんって、甘音ちゃんとか甘菜ちゃんをちゃんと見てなかった結構酷い父親だって事に気がついたんだよ。うん、僕ちんが悪かった。でもさ……」


 ここで言葉を切り、うずくまる甘太郎を思い切り見下しながら、しゃがむ。

 顔の距離が一気に近くなる。

 照真の不敵な笑みに、甘太郎は表情を思い切り引き攣らせる。

 そして、照真は当たり前のように、少し困ったような声で続けた。


「やっぱ、勝手に家飛び出して、責任ぜんぶ妹になすりつけたお前も悪くねー?」


 それは、確かにその通りであった。

 だが、反省以前にこの状態の甘太郎は、目を見開いてこれから照真がしようとしている事に対して怯えた声を出す事しか出来ない。

 だから、照真は期待に漏れる事無く右拳を強く握って、上段に構える。


「それに今更だけど、お前ちゃんとしつけしないと駄目だよね。というわけで、一発殴られろ」

「ひっ…………!」


 照真は躊躇なく事務的な動きで、拳を真っ直ぐに振り下ろす。

 直撃。衝撃。甘太郎の頭は勢いよく地面に叩きつけられる。

 こうして、意外にも重い一撃が甘太郎の脳を揺らし、鉄拳制裁は完了するのであった。

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