激情爆発 -えっ、ここで遭遇しちゃうの!?-
「それじゃ、とりあえず皆お疲れ様って事で……乾杯っ!!!」
「「か、かんぱーい……」」
塩谷と女二人が乾杯の声を上げるが、明らかに一人だけ機嫌の悪そうな少女は、あえて少し遅れてぶっきらぼうに吐き捨てた。
「……乾杯」
ここはとあるファーストフード店。
とは言っても、都心部にある激戦区のように客を取り合うような場所では無く、街の中心から少し離れた穴場的スポットに存在する店舗だ。
店自体はまるで小さな一戸建ての家程度の大きさしかなく、二階用のスペースすらも無い。
一般的なファーストフード店と比べても少々小規模だ。
そんな小さな店の窓際。四人席。
そこに、紙コップの飲み物で乾杯している集団が居た。テーブルの上に食べ物は置かれていないが、その代わりに調理品完成待ち用の小さな白い番号札が複数個置かれていた。
座っているのは、塩谷始音、天川甘音、辛籐空美、霜月散葉のHelleNメンバーだ。
とはいっても、塩谷始音以外の人間は皆俯き気味で、どう見ても居づらそうにしている。
だが、塩谷は気にもしていない様子で、笑顔で手元の紙コップを一気に傾けコーラを飲み干す。炭酸飲料を久々に口に含んだせいか、まるで舌に稲妻でも走ったかのような痺れが走った。
けれども気にする程の刺激では無いので、気にせず飲み切る。
もちろんストローと透明な蓋は撤去済みだ。
「ぷはーっ! うん。このいつも通り単調で変化無い味が、これまた堪らないね! チープチープ最高にチープだ! 中の氷が心の底から真剣に邪魔くさいけど、それが逆にらしくていいね。みんなも飲まないの? ねえ、天川さん?」
「えっ!!!? い、いえ、わたしは……ううん。飲む。飲むわ!」
酷く焦った様子の天川も、ストローの刺さった蓋付きの紙コップを掴み、ストローに口をつけて一気に吸い上げ、苺風味のシェイクを飲み干していく。
それを見た塩谷は満足げに笑い、次に霜月にも視線を向ける。
急に見られた霜月は、動揺しながらも自分の手元にある紙コップを持ち上げる。中身はホットコーヒーだ。
「……じゃ、じゃあ、みーも……!」
霜月も、既にミルク類を全て入れてある、穴のあいた蓋つき紙コップを傾け、熱そうに、苦しそうに、そのホットコーヒーを飲み干す。誰が飲み干せとまで言ったのか。
どうやら味がわからなくなってしまっているようだったが、塩谷はまたしても満足げに微笑む。
そして、塩谷の視線は、ついに辛籐空美に向けられる。
だが辛籐は、軽蔑心の籠った心底不快そうな目で、塩谷を睨み返す。
辛籐は本来かなり具合が悪いはずなのだが、それよりも怒りの方が勝ったようだ。気力と憎悪だけで抑え込んでいる。
その鋭い目つきに陰りは無かった。
「……なんですか?」
「いや、その水、飲まないのかなーって思って。あ、でも、あんまり飲み過ぎるのも良くないか。流石に店内で漏らしたら危な……」
「始音くんっ!!! もういいから口開かないで!!!!」
「いいですよ、甘音さん。これは祝勝会ですから。無礼講です」
そう言った辛籐の目は一切笑っていなかったどころか、もう並々ならぬ怒りが見え隠れしていた。
霜月が怯えたように「ひっ」という声を漏らすが、生憎それに反応出来る人間は、この場には一人として居ない。
祝勝会。それは数日前に、霜月を除く塩谷達HelleNメンバーが、天川照真という現世最強の料理人を倒した事に起因する。
非公式試合ではあったものの、その勝利の喜びは大きく、いつか祝勝会をしようという話が前から出ていたのだ。
すぐにやらなかった理由としては、塩谷が料理対決中に出血多量で死にかけて、全治一ヶ月という悲惨な状態になっていたからである。それから、なんやかんや理由があっては開催が延びに延びて、本当にやるのかどうか怪しい空気になってしまっていたのだ。
だから、事前に絶対守るという約束を取り付けて、その日に祝勝会を行う事にしたというわけだ。
しかし、その約束していた日がちょうど毒の日で、そのせいでこんな葬式まがいの空気になってしまっているのであった。悲惨すぎる現状だ。
辛籐は、とても弱っているとは思えないような眼光で、塩谷を思いっきり睨みつけていた。
「これは素敵な勝利のお祝いですよ。そこの始音さんが、何度もガチ泣きしそうになった上に、あろうことかしつこいぐらいに勝負を投げだそうとしてまで頑張ってくれたお陰で得た勝利です。まずは祝いましょうよ」
それはもう反撃だった。
今まで散々言われてきたお返しと言わんばかりに、辛籐も口を悪くしていく。
毒の効果が強まってきたらしい。
塩谷も、それを受けて眉をひそめる。
天川と霜月が嫌な予感に震えるが、明らかにもう遅い。
塩谷と辛籐の目は、もう傍から見ても臨戦態勢である。
こうして、互いに不満をぶつけあう舌戦が開始された。
以下、別に耳を塞いでいても問題無いような、不毛で醜い言い争い。
「……泣きそうになってた? 僕が? そんな記憶無いよ。だいたい、あの勝負の決め手は僕だったよね?」
「はあ? ふざけろ、ですよ。口を開いたかと思えばピーピーピーピー弱音吐きやがる貴方が、決め手? なんて面白い冗談なのでしょう。はッ! しかも、最後まで居なかった貴方がですか?」
「…………辛籐さんはさ、天川照真の能力を見抜いた癖に、一秒料理に対する対策しか出来て無かったよね? わりと後は投げっぱだったよね。僕が味覚反転される食材を入れ替えなかったら、どうするつもりだったのかな?」
「普通に、味覚反転を食らっていない甘音さんの食材で私が料理を作り、味覚反転を食らった私の食材を甘音さんに使わせていました。これで味覚反転は敵ではありません。わかっていますか、始音さん? 貴方が血反吐吐いてまで積み上げた功績は、結局は最後の死者蘇生しか意味がありませんでした。他は、無くても何とかなりましたし」
「言ってくれるね……でもさ、僕の料理が割り込み効果を発揮した件については……」
「活かしたのは甘音さんですし、だいたい、あの状況では天国料理の作成に目をとられて、相手は行動出来ていませんでしたよ。よって、無駄ですね、やっぱり。以上の事から、貴方は戦力にはなったものの、決め手になったというのには根拠に乏しいという事がよくわかったでしょう? この口ばかりの腑抜け玉無し駄目人間」
「……でも、聞いたけど最後に辛籐さんが作ったパスタも点数上昇に貢献したとか言って、実際全く意味無かったみたいだよね。天国料理の素の点数だけで十二分だったんでしょ? 辛籐さんだって、決め手にはなって無かった」
「だから、私は自分が決め手になったとは、一言も言っていないじゃないですか。それに、あれは保険です。あの時点では反転させた地獄料理が、どこまで武器になるかわかりませんでしたしね。あと、あれはパスタじゃありませんし。間違いだらけですね。そんな事も、わからないのですか?」
「うるさいなぁ……! そもそもさあ、辛籐さんってあの時すごい司令官ぶってたけど……天川さんが来てから三人で同じパスタ作って対抗した時とか、あれよくよく考えたら僕らまで同じものを作る意味は一切合財無かったよね? THE ENDLESS ROADとか。ぷっ」
「何度言ったら分かるんですか? あれはパスタじゃありません! と、いうか。何も分かっていないんですね、貴方は。私の味覚破壊香辛料は、麺類と相性がいいんですよ。貴方に作らせたのはそれだけの話ですし、甘音さんの方は単に既存の地獄料理をアレンジした方が手っ取り早いと判断しただけです。ほんと、馬鹿ですね貴方は。死に過ぎて頭がおかしくなりましたか?」
「……! 失禁したくせに偉そうに……!」
「……! 貴方は他に言う事が無いんですか? 人間だって生物です。別に、小水ぐらい誰だってするでしょう。むしろ私は栄養管理がきちんと出来ているので、あの時排出した分には不純物が少なかったはずです。つまり、ほぼ純水……!」
「!?」
辛籐らしからぬ下品な発言。普段の彼女ならば、自分の身体から出た排泄物を肯定するような発言は絶対にしない。これも毒の日の影響だ。
口が悪くなっているのは毒の日のせいだ。仕方のない事なのだ。
ちなみに、性感帯を刺激された事で失禁したのならば、どう考えても不純物が混じっている事になるが、塩谷がそこに触れる前に辛籐は言葉を繋げていく。
「だいたい闘う前はあんなに偉そうにしてたのに、闘いが始まってからの、あの体たらくは一体何ですか? 何が、手を抜いて勝つ、ですか。笑わせないで下さい。片腹痛いです。あー痛い超痛い痛いです。いたたたーっ! 始音さんって、なんか、いつも闘う前がピークですよね」
前回の闘いの件で、激しく罵り合う塩谷と辛籐。
話が噛み合わず逸れていくせいで、思い出がどんどん汚れていく。
霜月がどんどん居づらそうになっていく。
これは目に見えてよくない展開だ。よくなさすぎる展開だ。
だから、天川は何とかせねばと両手を叩き、まずは二人を落ち着かせようと動く。
「はいっ! ストップストップ! 落ちつきなさい、二人とも!」
「「……」」
そこで、塩谷と辛籐は一斉に天川の方を見る。
しかしながら、すぐに視線をお互いの方へと戻し、またしても火花を散らせあってしまった。
制止が聞こえなかったわけでは無いのだろうが、罵り合いを止めるつもりは一切無いらしい。
どうやらこの程度の制止では止まらないようだ。
霜月が深いため息をつくのにも気づいていないようなので、かなりの重症であると客観的にも判断出来た。
相当毒が回っているらしい。
そして、塩谷が口火を切る。
「……じゃあわかったよ。落ちつく。落ちつくよ。だから、あの時の闘いの件はもうどうでもいいよ。でもさ、そもそもにして辛籐さんって偉そうだよね。鼻につくから改めた方がいいと思うよ。最初凄い調子に乗ってたけど、言ってしまえば雑魚戦専用みたいなものなのに可笑しいよね。味覚破壊もコツさえ掴めば思ってた以上に簡単に何とか出来たし、ほんと恐がってた自分が馬鹿みたいだよ。多分、五味グループ最弱じゃないの? あの程度の実力で、よくもまあ僕相手に喧嘩とか売れたよね?」
「喧嘩……? あー。それ、貴方が何時も通りの面倒臭さで、私との料理対決を嫌がりまくった時の事ですよね。そこまで嫌がるからには何か凄い理由があるのかと思いきや、ただライバルについていけなくなったから不貞腐れただけだなんて、情けないにも程がありますよねー。ええ、確かに貴方は私より強いです。認めます。でも。始音さんって、本当に強さしか無いんですよね。だからこそ、自分より格上が現れた時や、力が必要とされていない状況下での無能っぷりが浮き彫りになるんですよ」
「……っさいなぁ……! だいたい、辛籐さんにそこまで言われる筋合い無いし……!」
「ええ。私もさっきから同じような事を貴方に対して思っていました。ついでに言わせて貰いますが、貴方は料理人をやめたとの話ですが、貴方から料理の腕前を取ったら一体何が残るというんですか?」
その言葉を受けて、塩谷の方から何かが切れた音がした。
天川は、咄嗟にこれはいけないと思い、今度こそ止める決心をする。
霜月は今にも死にそうな程ぐったりしていた。もう猶予はそこまで残されていないだろう。
今は争っている場合では無いのだ。
だから、天川は右手を振り上げて拳の形を作り、塩谷の顔面めがけて全力でぶつけようとする。
もちろん殴る相手は塩谷だ。そもそもの原因は煽った塩谷にある。辛籐が悪かったら当然辛籐を殴っていた。
やはり、言っても通じないのなら殴るしかない。
だが、その動きは途中で止まる。とある発言に阻まれる形で。
殴るモーションの途中で声が聞こえたので、動きが止まってしまったのだ。
それは、意外な乱入者であった。
「……うるさい……しんどーさんも、おにーさんも、ちょっと黙ってて欲しいなー…………みーが、こんなに苦しい思いをしてる時に、そんな下らない話とか、ちょっとー……やめて欲しいかな……!」
「ち、散葉っ!?」
霜月散葉にも毒が感染した。
霜月は、机に頭を寝そべらせた体勢のまま、呪いのような勢いで、ぽつりぽつりと不満を口にしていたのだ。
その事実に、誰もが驚愕を隠しきれない。
この状況、確かに怒っても不思議では無いのだが、少なくとも天川達は霜月が怒ったところなど今までに見た事が無かった。これは明らかに危険とわかる変化だ。
つまりは、これも毒の為せる効果なのである。
恐るべし毒の日。
天川は、振り上げた拳を彷徨わせながら戦慄するのであった。
霜月の勢いは止まらない。
どうやら溜まっていたのは、あながち毒だけでは無いようだ。
またしても、過去話の蒸し返しが始まろうとしていた。
「……だいたい、みんなはさー……みーに何か恨みでもあったの……?」
「それは……一体何の話ですか?」
「……みーはずっと気になってたんだけど、味覚破壊、地獄料理、拒絶反応、なんで、みんなこぞって食べる側に何らかのダメージを与える料理が必殺技なのかなー……? あの料理対決で、みーが受けたダメージは計り知れないよ……?」
「でも! 天川照真だって似たような事してたよね!? 味覚反転! あれは……!」
「……それをいわれちゃ、みーも困る。でも、あれはめったに使わない技だったし、そもそも、あまかーさんが同じような事をしてたからって、みんなが許されるわけでも無いと思うよー?」
「味覚破壊はまだマシじゃないですか!」
「しんどーさん、それは味のしない料理の辛さを、身をもって知ってから言ってほしいかなー……!」
「うっ……!」
「もういーよ。みーはトイレ行く……戻るまでに頭冷やしておいてねー……」
そう言って、霜月は席から立ちあがって店の奥まで歩いて行ってしまった。
嵐が去った後の静寂。
流れが変わった。塩谷と辛籐の口論も止まった。
何はともあれ、これで何とか収まりそうである。
天川が安心の溜息を吐いた。
が、その安心は、一秒後には粉微塵に破壊されてしまう事となる。
塩谷がまたしても余計な口を開いたのだ。
「あーあ。辛籐さんが五月蠅いから」
「はあ? 私のせいなんですか。随分と、都合のいい思考回路をしているようですね」
「都合のいい頭はどっちさ。言っとくけど、君がよくわからない潔癖症振りかざして散々面倒臭い事態にしてくれたの、僕はまだ忘れてないからね。やっぱり今までの全部を総合すると、全面的に君の方が悪いのを忘れないで欲しい」
「あのですね……いつまでも過ぎた事をグチグチ言いすぎじゃあありませんか……? 前から思っていましたけど、始音さんの器って相当小さいようですね」
「過去を蒸し返してるのはそっちも同じだよ……狭量なのは、そっちだと思うけどな……!」
もう完全に不満のぶつけ合いであった。
HelleNの闇は、天川の想像以上に深かったのだ。
どうやら、全員が全員に対してそれなりの不満を抱きながら、日々を過ごしていたようだ。
誰も恨んでいなかったのは、天川甘音ただ一人という切ない状況だったのである。
天川は、ほんの少しだけ俯いて落ち込む。
しかし、すぐに顔を上げて息を吸い込んでいく。
やはり、止めねばならぬと判断したのだ。今度は、殴るよりも威力の高い怒鳴り声を上げる予定だ。
このままでは収拾がつかなくなる。毒の日が終わってもギスギスしたままになる。
それだけは避けようとした天川が、つい反射的に、今まで以上に大声を出そうと大きく呼吸し……
またしても、意外な声に阻まれた。
「席あきまくりデスわぁ~! さっすが猫の額レベルのちっさい店デスわよねぇ~っ!!」
「おい、うっせーぞ霜月。店ン中でぐらい大人しくできねーのかよ」
「で、どこ座る? アタシは別にどこでもいいケド」
「あん? んなモン適当にその辺で良くねーか? 拘るこたねーぜ」
それは新たな参戦者達。
HelleNメンバーが座る四人席から、少し離れた位置から届く声。天川甘音が知っている者達の声。
天川が、その声がする方向を見る。
すると、そこには三人組の男女がいくつかの飲み物と番号札の載ったトレイを持って、周囲を見回しながら歩いていた。
どうやら注文を済ませ、何処に座るのかを決めるところだったらしい。
そして、その中の一人。真っ先に目に入ったその姿。
さっき最後に声を発した主が、天川に気づいて、驚いた表情を浮かべて制止する。
紺色の和服を身に纏い、髪を逆立てているその男。
その名を、天川は驚きの表情のまま叫ぶ。
「し、渋堂我竜くんっ!!!!?」
「お、おう……!? おお、天川のねーちゃんか。よ、元気か?」
トレイを持った渋堂我竜がそこにいた。
その両隣には、ウェーブがかった長い銀髪の美少女と、少年的な帽子を左斜めに被り、髪を右側で縛って纏めている少女の二人が陣取っている。
それらも、天川甘音の知り合いであった。
天川はそれに気づくなり、大声を上げる。
すると、それに呼応するかのように銀髪の美少女も大声を上げた。
「「ああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」」
二人はお互いを指さしあって驚きあう。
正確には、お互いの属している集団そのものに対して指をさしたのだ。
さっきまで言い争っていた塩谷と辛籐の動きもようやく止まり、そして固まってしまう。
思わぬ遭遇がここにあった。
世界最強の料理人である渋堂我竜と、その仲間たち。
そんな連中と、HelleNメンバーが遭遇してしまったのだ。
これは大事件である。とにかく大変だ。
叫び終わった銀髪の美少女、霜月詠華……という霜月散葉の姉は、未だに驚愕が抜けきらない顔で、塩谷達の座るテーブルに、舐めまわすような視線を飛ばす。
それからお馴染の白いダッフルコートに包まれた両腕を口元まで寄せ、黒いストッキングに包まれた脚で二歩後ろに下がって、淡い青系のロングスカートをはためかせる。
そして、まだ茫然とした声色で、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「……ま、まさかこんな場所で、こんな方々とお会いするなんて……とんでもなく想定外デスわぁぁぁ~~~っ!!!!」
霜月詠華は明らかに動揺していたが、それは他の全員も同じ事である。
天川は、それに負けぬよう大声を出す。
「こ、こっちも意外よっ!!! どうしてあなた達がここに……!」
「それはこっちの台詞デスわぁっ!!!! どうして、こんな場所でアナタ達と出会わなければいけないのデスかっ!!!? 意味不明慮外千万デスわぁぁぁぁ!!!」
「おい霜月ィ! 落ちつけってんだ。知り合いと会っただけだろーが。興奮すんなボケ!!!」
渋堂が、詠華の肩を掴んで止める。
それから、渋堂はHelleNの座る四人席の方をじろりと見た。
もちろん視線の先には、彼のライバル・塩谷始音が座っている。
が、塩谷は気まずそうに視線を逸らして、軽く椅子を引いていた。やはり渋堂との直接対面は嫌なようだ。
ちなみに、その隣に座る辛籐は「また面倒臭いのが……」と言わんばかりの表情で溜息を吐いている。
そして、辛籐に呼応するように、同じタイミングで溜息を吐いたのがもう一人。
「……何この状況。聞いて無いんだケド……」
帽子を被ったサイドポニーの少女だ。
彼女は、天川甘菜といい、天川甘音の妹である。
身に纏っている薄手のオレンジパーカーとホットパンツは、まぎれもなく甘音がお下がりであげたものだ。
甘菜も、もちろん渋堂の仲間だ。
だから、ここにいてもおかしくは無い。
しかし、甘菜の喋る姿を見た甘音は、ほんの少し表情を曇らせる。
現在、色々あって姉妹疎遠の状態なので、やりにくさを感じてしまったのだ。対する甘菜は何も気にしていないようだったが、どうしても意識してしまうのが甘音のサガである。
が、甘音は即座に考え直して復活し、まずはこの混沌とした状況の解決を図ろうと、とある提案をしてみる事にした。
「と、とりあえず……せっかく会ったんだし、一緒にどうかしら? ほ、ほら、席もくっつけて……!」
それは、一緒に食事をとろうという提案。
天川甘音は、とにかくこの状況を何とかしたかったのだ。
毒の日の影響によって、荒れ始めてきたHelleNの現状を。
そして、想像を超えた遭遇により、お互い動くに動けなくなってしまった、この殺伐とした空気を。
しかし、それは相当な暴挙である。
甘音は気づいていない。この状況は、心安らかにいられる人間とそうでない人間で、ハッキリと分けられてしまうのだ。
そもそも、毒の影響で苛立ちを隠し切れていない塩谷と辛籐を、他人と引き合わせていいわけが無い。荒れてきた飲み会の場に、唐突に素面の友人を呼ぶような愚行だ。
その上、出会うのは食柱毒持ちである。これ以上の泥沼になりかねない。
どう考えても悪手だ。けれども、これは流れを変えるために必要な行為なのだ。こうでもしなければ空気は変わらない。そういった判断である。
だが、そんな甘音の意図は、塩谷と辛籐には当然のように伝わるわけも無く、二人から相当嫌そうな表情を浮かべられてしまった。同じく、渋堂サイドの甘菜も顔を歪めている。
だが、乗り気なのは二人もいた。
詠華と渋堂である。
「構いマセンわぁ!! これも何かの縁デスしぃ?」
「ああ、俺も全然いいぜ。積もる話もあるだろうしなァ」
そう言った渋堂の視線は、全て塩谷に注がれていた。
それに対して塩谷は、かつて無い程不快な表情を露わにしていたという。甘音が事前に聞いていた通り、やはりなかなか仲が良いとは言えないようだ。
かくして、天川甘音グループと渋堂我竜グループは、ファーストフード店で一緒に食事を取る事になってしまった。
恐ろしい状況である。相当危険な状態だ。
これから先、何が起ころうとしているのか。
当然、それを知る者はこの場には誰一人としていなかったとさ。
ちなみに数分後、トイレから戻ってきた霜月散葉が姉の詠華を見て「あ、おねーちゃんだ。ひっさしぶりー」と、さっきまでとは打って変わって元気そうな顔を見せていたのは明らかな余談である。




