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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「DAY:POISON」編 最終章前 ~みんなでお食事~
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阿鼻叫喚 -その日、毒が舞い散った-

 人類はある時、何の前触れも無く進化した。

 突然、漫画や小説などの娯楽でお馴染みの、超能力、が使えるようになったのだ。

 その切っ掛けとなったのは“料理”である。

 「食」は、生き物を進化させる切っ掛けとしてはポピュラーなものだ。

 だから、古来より料理に関わってきた料理人たちは、次々とその超能力を手に入れ進化していったのである。

 そしていつしか、その力は「食柱毒」と呼ばれるようになっていた。


「う……ううう……く、苦しいよー……死にそうだよー……うーわー…………」


 オレンジ色の照明に照らされた落ちついた雰囲気の店内で、一人の少女が苦しそうに蹲っていた。

 ウェーブがかった銀色のショートヘアーが特徴の、厚いコートと長いスカートを装備した、中学生ぐらいの女の子だ。

 名を、霜月散葉しもつき ちるはという。

 彼女は料理人ではないが、審査員という“食”に関わる立場の者だったので、例外的に食柱毒という特殊能力を持っていた。そういった例外も多々存在するのが食柱毒である。

 しかし、彼女は現在その「食柱毒」によって苦しめられていた。

 苦しそうに腹部を抑えて、客席にへたりこみ荒い呼吸を繰り返すその姿は、まさに悲惨の一言に尽きる。


「あー……みーはもうダメかも……せめて来世では幸せに……」

「だ、駄目よ散葉! 気を確かに持って! あなたは料理界に無くてはならない存在よ! 唯一無二なのよ! オンリーワンなあなたの人生はあなただけのモノよ! 頑張って!」


 傍にいる髪の長い少女が声を張り上げる。

 その少女は、今にも事切れそうな霜月の隣に座り、全力で励ましの言葉を投げかけていた。

 長い髪。自信に満ち溢れた目。よく動く口。紺色の制服。太すぎず細すぎない健康的な身体つき。

 そんな彼女は、名を、天川甘音あまかわ あまねという。

 天川は真剣に霜月の背をさすりながら、何とか言葉を連ねていく。

 だが、そんな献身も、圧倒的な不調の前には無意味であった。


「もー、だめだよー……みーはオンリーワンだけど、別に審査員界ナンバーワンじゃないし……ごめんね、あまかーさん…………みーはもう……」

「ああっ! 寝たら駄目よ!!! 戻れなくなっちゃうわ! もうっ! “毒の日”だか何だか知らないけど、こんなところで死んじゃダメ―っ!!!」


 毒の日。

 それは食柱毒を持つ者が、その代償を支払う日の事である。

 食柱毒は、「食」によって進化した人類が手に入れた、天へと至るための「柱」が如く超常的能力だ。

 しかしそれは同時に、己の身を蝕む「毒」となりかねない力なのである。

 食柱毒の能力を使えば使う程、身体に固有の毒素が溜まっていき、最終的には「毒の日」と呼ばれる日に決壊してしまうのだ。

 具体的には、まるで食中毒になった時のようなダメージを受けてしまうのである。

 加え、能力を使えば症状が悪化してしまうので、実質能力は使えないも同然だ。症状が進めば、能力が暴走したり使用不可になったりする、といった不具合まで起こる可能性だってある。

 だから、これは食柱毒持ちにとっては、地獄のような一日になるというわけである。

 霜月は、これまで能力を使ってきた代償を、今その身に受けているというわけだ。

 だが、被害者はそれだけに留まらない。

 水の流れる音。そして扉を開ける音が店内に響き渡る。

 それから少しして、店の奥、具体的にはトイレの辺りから、ふらふらとした足取りで一人の少女が歩いてきた。

 天川と同じ紺色の制服に身を包み、長い黒髪を左右で結んで、前髪をピンで留めている少女だ。

 名を、辛籐空美しんどう からみという。

 辛籐は、平時は鋭いはずの目を弱々しく垂らしながら、まるで雪山で遭難しているかのような足取りで歩いてくる。


「…………う……全然、すっきりしません……こ、これは……な、何度体験しても慣れないモノ………………です」

「か、空美!? 大丈夫!? ああ、もう! あなた達は、後先考えずに食柱毒ばっかり使うから……!」

「面目無いです……が、今は勘弁して下さい…………心を乱すとお腹にキます……ああ、苦しい……」


 辛籐空美は料理人である。

 そして、彼女は普段から食柱毒を必要以上に使っていた。

 そのツケが、今来たわけである。

 複数の料理人が同時に「毒の日」を迎えるのは珍しくない。

 伝染するわけでは無いのだが、何故か特定の周期を皮切りに流行り始める傾向があるのだ。

 風邪や生理のようなものだと考えて差支えは無いだろう。

 そんな中、天川だけが無事な理由は、やはり彼女が食柱毒持ちでは無いという事に他ならない。

 辛籐は天川に、恨めしそうな、羨ましそうな、妬ましそうな、複雑な感情の入り混じった視線を向ける。


「…………畜生です……何故、私がこんな思いをしなければ……うっ……!」

「ほ、本当に大丈夫!? 何も無理しなくてもいいのに……やっぱり、今日は帰って休んだ方が……!」

「……ふざけろ、です。ここまで這ってきた私の努力を無駄にするのは、私の美学に反しますね…………! はーっ……はーっ……でしょう? 散葉さん」

「え゛っ!? み、みーはもう死にそうって言うか…………正直、帰れるなら帰りたい……」

「ほらっ! やっぱり死にそうじゃない! 無理しない方がいいのよ絶対!」


 彼女らは本日共通の用事があり、そのためにまずこの店を集合場所に選んだのだ。

 「HelleN」という名のこの店は、彼女ら全員の働く料理店である。

 ここは、全従業員がたったの四人しかいないという小規模な店だ。だから、かなりの自由がきく。

 なので、今日はもちろん閉店済みだ。

 こんなに大変な事になっているのに、客を呼べるわけが無い。その上、用事もある。

 そのため、彼女らは残る最後の従業員である一人の少年を、ここでずっと待っているのだ。

 辛籐は、またしても恨みの籠った低い声を漏らす。


「…………あー。それにしても、あの人は一体何処で何をして道草食ってるんでしょうね…………私はこんなに死にそうになっているのに…………いっそ、あの人が死ねばいいのに……」

「空美っ! 体調のせいか口が悪くなってるわよ!!!? 大丈夫! ちょっと遅くなっただけよ! ね、散葉!」

「…………どーでもいいから帰りたい…………これ、ホント死んじゃうよー……」


 店内はもう阿鼻叫喚であった。

 その様子はまるで、冥府に堕ちた屍人共の嘆きの歌だ。

 そろそろ収集がつかなくなってくる。

 普段ならば周囲の頭を抱えさせる事の多い天川甘音が、本日は逆に頭を抱えそうになっていた。なんたる皮肉。

 これは、辛籐空美と霜月散葉がこの店に来てから、初めて迎える「毒の日」である。

 そのため天川は、この現象に慣れてもいないのに、重病人を二人も抱えなければならないのだ。

 それはいくら何でも厳しい状況だ。

 天川が、そろそろ何か手立てを考えようとした。

 その時だ。

 店の入り口の方から、来客を告げる小さな鈴の音が響き渡る。

 店はもう閉めてあるので、誰かが来るとしたら、あの少年しかあり得ない。

 店内にいる全員が、一斉にドアの方を見る。

 するとそこには、いかにも無個性といった感じの、学生服を身に纏った男子高校生が立っていた。


「ごめんごめん遅れちゃった! みんな待った!? って、何この状態……?」

「し……塩谷始音くん……! よく来てくれたわ……!」

「な、何でフルネーム……?」

「ちょうど良かったわ! わたしを助けてーーーーーっ!!!!」

「ええっ!?」


 今の天川の台詞の通り、この少年は塩谷始音しおや しおんという。

 この店の従業員、最後の一人だ。

 彼は、恨めしそうな視線を向けてくる辛籐と霜月にただひたすら困惑しながら、天川に事情を問う。


「と、とにかく、何があったのさ?」

「食柱毒!!! あの日よっ!!! それも二人同時!!!」

「……ああ。あのお腹が痛くなるやつね……それなら仕方ないか」

「…………と、いうか。何で貴方は無事なんですか……? ねえ、始音さん……!」


 並々ならぬ怒気が込められた辛籐の問いかけは、多少理不尽であったものの概ね正しい疑問だ。

 塩谷始音は元・伝説の料理人であり、もちろん食柱毒を持っている。

 だから、このタイミングで毒の日になる可能性も十二分にあったのだ。

 毒の日の料理人は、ほとんどの層が体調不良を訴え、特に腹痛を訴える者が多い傾向にある。

 それなのに、塩谷は目に見えて快調だ。だからこその質問なのだろう。

 しかし、塩谷はさも当前かのように鼻を鳴らして応える。


「別に、かからない人はかからないよ。それに僕は、そもそも日常的に食柱毒を使わないからね。なっても比較的軽く済むんだよ」

「…………そういえば貴方のは汎用性を捨てている代わりに、一回で多大な効果を発揮出来るモノでしたね…………! 悔しいです……! でも、感じちゃいます……強い怒りを……!」

「そうかい。で、この分だと、みんな無理そうだね。またになっちゃうけど……やっぱり延期にする?」

「……みーもそれ希望……」


 話の流れはどんどん予定を変更する方向へと傾いていく。

 なので、それぞれの主張を汲んだ天川が纏めの一言を放とうとする。


「そうね。これだと厳しそうだものね……それじゃあ……」

「……で、ですが皆さんっ……!」


 苦しそうな辛籐が、何か言いたい事でもあるかのように、声を張り上げる。

 その声に、他の三人は不思議そうな顔で首をかしげる事しか出来ない。

 辛籐が一体何を言い出すつもりなのかは、無論、誰も察せてはいない。

 だが、辛籐は何か確信があるかのように、悪人のような鋭い眼をより一層悪そうに細める。

 そして、主張する。


「……いいですか、食柱毒の“毒”は“食”によって緩和する事が出来ます……そして、私は食柱毒緩和のための店を知っています…………! 穴場なので混んでいる心配はありません……! さあ、どうですか……!?」


 これからHelleNの四人は食事処へ行く予定であったが、行く場所までは決まっていなかった。

 目的地は、今から少し話しあってから決める予定だったので、確かに今の辛籐の発言は都合が良い。

 場所はどこでも良いのだ。行った先でする事に意味があるのである。

 だからこその提案だ。

 もっとも、口が性感帯というふざけた体質の辛籐は、行っても何も食べられないだろう。

 けれども、その彼女が頑なに行こうとする姿勢を崩そうとしないので、問題は無いはずだ。

 後は、これに乗る声があるかどうかという点だけが問題だ。

 だが、その問題も呆気なく解決する。


「そ、そーなのー……? ら、楽になるなら……みーは行きたい……」


 霜月がその提案に乗った。もちろん霜月がそれに乗るのならば、塩谷と天川が断る理由も無い。

 全員同意。

 それと同時に目的地が決まる。

 そして、場所が決まり、従業員の同意も得られた以上、もう問題なんて何もない。

 この時点で、これから先の指針は決定されたも同然だ。

 塩谷と天川は微笑んで顔を見合わせる。

 そうして、HelleNの行動が決まった。

 天川が、仕方の無いような笑みを浮かべ、扉を指さす。


「じゃ、二人が乗り気なら決定ね。行きましょう! でも、くれぐれも無理しないでね」


 天川が、まるで二人の母のように心配そうな表情を浮かべる。

 それに対し、辛籐と霜月はだんだん申し訳無さそうな顔になっていく。

 天川の善意に罪悪感を刺激されたのだ。


「う、うん……ありがとー…………なんか、勝手でごめんねー……」

「わかりました…………すみません、少しムキになりすぎてしまった上に、お見苦しいところまでお見せして……」


 先ほどからずっと、霜月と辛籐の姿勢はやけにくたびれていた。

 彼女らは、疲弊しているため、いつも以上に自己中心的になってしまっていたのだ。

 今のは、その分の謝罪である。

 そして、もしかしたらこれから先にも迷惑をかけるかもしれないという心配のせいか、妙に殊勝な態度だ。

 もちろん天川は、その謝罪を頬笑みで優しく許し、最終的に問題無く話が進む。

 はずだった。

 この直後に、とある人物の放った爆弾発言さえ無ければ。

 そう。それはどう考えても言ってはいけない禁断の言葉。まさしく文字通りの禁句。

 それを言う者さえいなければ、何も滞りなど無かったのだ。

 しかし、現実は時に厳しい。

 唐突に、穏やかな空気をズタボロのグチャグシャに切り刻むようなトンデモ発言が、何の前触れも無く、いきなり誰かの口から飛び出してしまったのだ。

 それは平穏の終わりを告げる言葉。


「いや、衆人環視の中、水たまりが出来るぐらいオシッコ漏らした時以上に見苦しい姿なんて無いから。そこは安心していいと思うよ。辛籐さん」


 誰かがそんな事を言った。

 空気が凍る。世界が制止する。辛籐の肩がピクリと揺れる。

 触れてはいけない禁忌に、何処ぞやの馬鹿が触れたのだ。

 辛籐空美の恥ずかしい思い出、そう黒歴史に。

 今まで誰もが思っていても、絶対に口に出してはいなかった羞恥の記憶。

 天川は、反射的に発言主の方を見る。

 そこには、軽薄そうな笑みを浮かべた塩谷始音が立っていた。

 その笑みは、どことなく天川甘音の父に似ている。果てしなく不気味だ。

 天川は、言葉に詰まる。


「……えっ? し、始音くん……何言って……」

「だから、僕らがこの店を手に入れた料理対決の時、辛籐さん、自分の料理食って漏らしたよねって話だよ。なんだったっけ、口が性感帯だったんだって? じゃあアレ、ただの失禁じゃなくて……」

「シャラップ!!!! ごめん、ホント黙って始音くん!!! それ以上言ったら駄目駄目駄目駄目ーーーーっ!!!!」


 塩谷始音は、絶対に触れてはいけない禁忌にべったり触れた上で、更なる危険領域にまで踏み込んでいく姿勢を見せていた。

 アダムとイブが知恵の実を食べたようなものだ。いや、もっと酷い。

 その例えでいくのならば、もう知恵の実を全力で調理し、フルコースの一つとして美味しく食してしまうようなものだ。最高に背徳的且つ背信的行為である。

 流石に神でもブチ切れる。

 だが、今の塩谷はそんな神すらも恐れぬ勢いであった。

 不可解にして意味不明。

 少なくとも、平時ならば絶対にあり得ない発言である事だけは確かだ。

 明らかに異常である。

 天川は、どう考えても脳がおかしな事になっている塩谷に恐怖を抱き、警戒心を全開まで引き上げる。

 しかし状況は、どう鑑みても手遅れであった。

 辛籐は顔を伏せて震えているし、霜月は気まずそうに視線を逸らしている。

 一触即発どころで済む話では無い。

 これは出かける前に、一波乱どころの騒ぎでは無いと、天川甘音は深い深い深いため息を吐き捨てるのであった。

 そんな中、霜月がぽつりと漏らした一言が、いつまでも天川の頭から消えなかったという。


「あー……そういえば聞いた事があるねー…………毒の進行具合には段階があって、上位になれば苦痛が増したり、能力が暴走したり使えなくなったりするけど……比較的軽度なら毒を吐くだけで何とかなるって……そして、身体は勝手に毒を吐こうと無意識に脳を操作して性格さえも捻じ曲げてしまうみたい……つまり毒の日は、だいたいみんな毒舌になる…………」

「えっ!!? という事は軽傷とはいえ始音くんも発症してたって事!!!!? ていうか、雑っ!!! この現象そんなに雑なの!!?! まるで適当な創作物の設定みたいだわっ!!!! 幾らなんでも適当すぎるわっ!!!!? 意味わかんないわ、何そのクソ現象!!!!!」


 天川は、食柱毒に関する設定に文句をつける。

 当然だ。整合性も無ければ、そうでなくては道理が通らないわけでもないわけでもない駄設定だ。

 なのに、いきなり前触れも無くそんな設定を持ってこられては、いざ巻き込まれる側にはたまったものではないだろう。

 何はともあれ、こうして毒の日がスタートするのであった。

 恐らく、混乱はこれだけに収まらない。

 今、天川甘音は、今まで闘ってきたどんな強敵との料理対決よりも、苦しい思いをするのを覚悟するのであった。

 こうして、HelleN最後の物語は、こんな些細な事から幕を開けるのでありましたとさ。

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