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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「ROUTE:DRAGON」編 ~塩谷始音の前日譚~
51/98

後日談であり前日譚 「BIRTH:HELL」

 あの闘いから二ヶ月が経過した。

 まだ年齢もそこまで重ねていない二人の料理人が、前代未聞の超高得点で競い合ったその試合は、瞬く間に一部の料理人たちの間に知れ渡っていた。

 ここはとあるファミリーレストラン。

 ほとんどの人間が、ただ食事を楽しむような場所であるが、ここでは耳を澄ますと時折あの試合の話が聞こえてきた。この事実こそが、噂が全体に広く知れ渡っていなくても、一部の知名度はかなりのものだというのを如実に表している。

 テレビや雑誌などについても、一部のものはそれなりに大きく取り上げていた。主に深夜枠の番組やディープな雑誌になるわけだが。

 無論、新聞もだ。とある新聞を見ると、その記事は一面の見出しとして書かれている。

 そして、このファミレス内でも、とある者が新聞を両手で掴んで読んでいた。

 しかし、読んでいるのは、どこからどう見ても決して人には見えない者である。

 その者の見た目は、完全に黒いロボットであった。黒いブロック状のボディを、細いシャフト状のパーツで接続しただけのシンプルなロボット。

 数ヶ月前の霜月詠華vs塩谷始音の闘いで審判を務めたロボットである。

 それが、あろうことかファミレスで新聞を読んでいるのであった。

 その上、衝撃はそれだけに留まらない。

 ロボットの正面には、相席となった男がいた。スーツを着た冴えない中年男性であるが、この男もまた恐ろしい人物である。


「いやー。ファミレスなんて久しぶりだな。僕ちん、何かわくわくしてきたよー」


 その男の名は天川照真あまかわ しょうまという。

 一見冴えないように見えるが、なんと彼は「天照大御神」の異名を持つ、この時代最強の料理人だ。

 あと何年かもすれば、彼にも同格と呼ばれる渋堂我竜という好敵手が出現するのだが、今の段階ではまだまだ天川照真の実力の方が遥かに高い。

 そんな最強の男が、ファミレスにロボットと一緒に来ているという衝撃風景である。

 けれども、まだまだ驚愕の展開は続く。

 天川照真がにこりと笑い、ロボットに話しかけたのだ。


「ところで、霜月ちゃん。そのアーマーの着心地はどう?」


 霜月、そう呼ばれたロボットは、まず新聞を手元に置く。

 それから、顔に相当する部位の装甲をシャッターのように上昇させ、中から人間の頭を露出させた。

 実は、このロボットは本当はロボットでは無く、ただの機械で出来たアーマーで、中に人が入って操縦していたのだ。

 これは、中に入っている少女がまだ子供だから、審査員としての能力が疑われるかもしれないと判断した天川照真のアイディアである。ロボットと言っておけば、何となく説得力が出るのだ。

 そして、顔部分の装甲を開いた中から出てきたのは、短いウェーブがかった銀髪と垂れ目が特徴の幼い少女であった。

 その少女は、汗にまみれた純粋な笑顔を浮かべる。

 そして、生身の顔を外に出したのにも関わらず、どういうわけか機械音声のような声で質問に応じる。


「イエース! ジャストフィット、ダヨー!」


 この少女の名は霜月散葉しもつき ちるはという。あの霜月詠華の妹だ。

 現在八歳の少女だが、この時点で既に天川照真の秘書を務めているというスーパー小学生である。

 何故、こんな小さな少女がそんな大きなポジションに着けたのかというと、一重に気に入られたというのもあるが、理由のほとんどはやはり彼女自身の食柱毒の能力に起因する。

 そしてその能力は今も発動中であった。

 そんな散葉の様子に、天川照真は苦笑する。


「もー霜月ちゃん。声戻って無いよ、まったくぅ」

「ア、シマッタ……チョットタイム…………ア、アアアア、アッ、あ、ああー。あああ、うん。よし、戻ったよー。ごめんね、あまかーさん」


 散葉の機械がかった声が、急に人間らしい気合いの抜けた声に戻る。これが本来の声だ。

 これが散葉の食柱毒、自らの口にまつわる基準点の変更だ。

 人の口内にはいくつかの基準が存在する。どこまでの味なら濃く感じるかという味判断の基準や、どれぐらいキーが高ければ歌いやすいかという発声の基準など、その種類は様々だ。

 そして、霜月散葉はそれを自在にコントロール出来るため、味覚を変更して誰よりも正確な審査員を務めたり、発声の基準を変更して別人の声を出したりなど、かなり広い分野で活躍する事が可能なのである。

 もちろん彼女自身の小学生離れした高すぎる実力もあり、霜月散葉はこの年齢なのにも関わらず、天川照真の傍らに居る事を許されているのだ。

 今までアーマーの中に入っていた散葉は、機械音声を自分の喉から発していたのである。


「いやいや、凄いよ霜月ちゃん。僕ちん、いつ見ても感動するよー!」

「ほんとぉー?」

「本当だよっ! あ、そうだ。今度はアレやってよアレ」

「アレ……?」

「こないだあった料理対決あったでしょ、今話題の……確か、しぶ……何とかと、何とかって奴の試合。あの時、散葉ちゃんがやってたやつ」

「ああー」


 そこまで聞いて散葉は納得する。

 渋堂我竜と塩谷始音の超激戦。天川照真はその事を言っているのだ。

 実はあの試合、散葉も来ていたのである。

 その上、それなりに行動もしていた。

 だから、その時の再現をしろと言っているのだろう。

 散葉は得心し、快く了承する。


「おっけー! ちょっと待っててねー。あ、あああ、ああ、あ、ああああ、よしッ」


 わくわくした様子で鼻息を荒げる天川照真の前で、散葉は、じっくりと声の調子を整えていく。

 散葉の声が徐々に、少女離れした成人男性のものへと変化していった。

 そして、準備が完了したその時、散葉は思いっきり声を裏返しながら叫ぶ。


「おおおぉぉぉおぉぉぉぉぉっとォッッッ!!!!! 渋堂選手、そこでジャガイモを掴むッ! 掴んだッ!!! もう離さないッ!!!! ああああああああああああああ!!!! なんと、皮を剥き始めたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!!? 早いッ!!! 速過ぎる手捌きだああああああああああああああああああッッッッ!!!!」


 これは、試合当日に流れていたアナウンスである。

 もちろんその日、実況していたのは全て散葉だ。散葉はその能力の特性から、声関連・味関連の仕事なら大概何でもこなせるので、様々な仕事の依頼が舞い込む事で有名である。今回もその一環だ。

 ちなみに、正義のアナウンス「T」のTは、散葉のTである。

 今の絶叫で、何人かの視線を集める結果となるが、天川照真は相変わらずニコニコしたままであった。


「ありがとう。もういいよ」

「おおおおおおおおッッッ!!!! 了解ッ!! 了解ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!! あ、ああ、ああああ……あー。あっ、あっ、あん、あんあんあはーんうふーんいやーん、あーあー、あああ、良し。戻ったよー」


 霜月散葉の能力発動及び解除のためには、こうした発声練習が必要不可欠である。

 これも数年すれば、声を戻す時のみ「ぷしゅー」の一言で簡単に行えるようになるのだが、今はまだ出来ない。

 そんな散葉は、数年後、料理店HelleNの四人目の従業員となる事になる。

 つまり、審査員ロボット、実況アナウンス、四人目の従業員は全て霜月散葉、同一人物なのだ。

 まるで黒幕のような立ち位置だが、別に彼女は悪い事など何もしていない。

 ただ、仕事をこなしていただけである。


「それにしてもー。最近、仕事がおーくて気がめいるねー。その点、ここは落ちつけていー場所だねー。やっぱり、庶民レストランが一番ぐっど、だよー!」

「はははは。喜んでもらえて僕ちんも嬉しいよ。さ、何でも頼んでいーよ。ほんの二千万ぐらいなら奢ったげるよー! それで足りなかったら増額してもいいけどねー」

「ほんとにー!? やったー! みーは最高に嬉しいよー! えっと、どうしようかな……」


 まるで学生のようにはしゃぐ天川照真だが、奢る額が普通より万多かった。

 しかし、散葉は慣れているので一切突っ込みをせず、嬉々としてメニューを選ぶ。

 だが、その肩に、突然先端の長い銃が突き付けられた。

 楽しみを邪魔され、嫌そうに眉をひそめる散葉。

 見ると、スキンヘッドの筋肉質な黒人が、猟銃を持って立っていた。


「オマエーラ、ウルサイーネ!!!」


 その黒人は、二ヶ月前の渋堂我竜vs塩谷始音の試合にて、審査員を務めていた日本人の飯岳食という男だ。

 もっとも一般には知られていないが、あの時審査員席に居たのは影武者で、今この場にいるのが本物なわけだが、部外者からすれば全く同じ事である。

 ちなみに、これは描写する必要性がほとんど無い程些細な事だが、今このファミリーレストランは飯岳が率いる一味によって制圧されていた。

 ほとんどの客が一ヶ所に集められていたり、辛うじて逃れた数人の客がテーブルの下などに移動して隠れていたり、各々身の安全を確保するために動いている。

 そんな中、普通に食事をとろうとしていたこの二人は、かなりの少数派であった。

 散葉は不満げな声を漏らす。


「えー。じゃーわかったよー。しょーがないから、みー達は静かに食べるよ。それでいーでしょ?」

「良イ訳アルカ、ボケー!!! チークショー!!! オマエーラモ、アノSHINOBIト、同ジナノーカー!?!? 私ノ言ウコート、聞カナイノーカ!?」

「この人意味わかんないよー! もー。お腹すいたー」

「ダイジョブ! 私ターチ、コノ店ノ、オーナー! ソウ、オーナーニ、料理バトル、挑ミニ来タンダーヨ! 作ッタ料理ハ、イーブン! 皆ニ配ルネー! ソレカーラ……」

「…………うわー。なんか語りだしちゃったよー。みー、おなか減ったって言ってるのに~」

「黙ラッシャーイ! 良イデースカ! 私ターチハ…………」


 飯岳は、聞いてもいないのに勝手にこれまでの経緯と、己の壮大な野望について語り始めてしまった。

 もちろんだが、ちゃんと聞いている人間などほとんどいない。

 散葉は面倒くさくなって半分以上聞き流していたし、天川照真に至っては始めから今に至るまで付き合う気ゼロである。彼に関しては、全く話を聞かず、いかにも退屈そうな顔でメニューを眺めるだけであった。

 黒日本人はだいたい三十分以上も語り続けていたので詳しくは割愛するが、一応、散葉は聞き流しつつも要点だけは頭の片隅でまとめていた。


 話によると、この黒人は、ある時「忍者」と名乗る男に自身の影武者を頼んだらしい。自分は危険な取引などに手を染めていたので、狙われる危険が多かったのだという話だ。しかし、当の影武者は、影武者らしからぬ挙動を何度も繰り返した挙句、いきなり辞表を叩きつけてきたらしい。

 理由は、これからベトナム料理の修業をするのに影武者なんぞやってられるかで御座る、との事だ。

 もちろん憤慨した飯岳は、部下を用いて忍者を殺そうとするが途中で見失う事になる。

 そして、ここからが話の本題。

 この飯岳達が忍者を見つけるためにとった方法が、なんと自分の持つ料理の力を使ってこの街、ひいては世界を支配して、影響力が広がってから探すという馬鹿げたものだったのだ。

 なので、その足掛かりとして、ここら一帯で一番勢力の広い人間を見つけ、その人の店であるこのファミリーレストランを襲撃したらしい。


「ト、イウ話ナンデースヨ!」

「いや、それはいくらなんでも気が長すぎるよー……それに無理だと思うよー」


 この店のオーナーは天川照真である。

 ただ一つ懸念があるとすれば、天川照真は既に店員に「君と周囲の人間が嫌な目にあいたくなかったら、僕ちん居ないって伝えといて―」と伝えてある事ぐらいだ。

 天川照真は完全にやる気が無かった。

 ただ目の前で、虫が飛びまわっているくらいの不快さを感じているだけである。

 そして、この期に及んでまだメニューを見ていた。

 しかし飯岳は、その態度についに痺れを切らしたのか、銃口を散葉の頭に向けて威嚇する。


「オマエーラ! 何ダ、ソーノ態度! 本当ニ、聞イテルーノカ!?」

「きゃー。こわーいよー」


 棒読みである。

 それでも余裕を崩さない散葉。

 当然だ。彼女が今、身に纏っているのはロボアーマーだ。掠り傷一つ負うはずが無い。

 だが、ここで今まで黙っていた最強が口を開く。


「おい」


 その一言で、飯岳の手が止まる。

 それから少しして、飯岳の全身から滝のような汗が一斉に噴き出はじめた。

 一瞬で威圧されてしまったのだ。

 天照大御神の異名は伊達じゃない。

 あろうことかこの哀れな虫は、太陽神相手に喧嘩を売ってしまったのである。

 だが、短絡的ではあるものの料理店を制圧しようとしただけあって、飯岳も最低限の根性だけは身につけていたようだった。

 飯岳は、震えながらも銃口を天川照真に向ける。

 しかし、天照大御神は平然とした顔を崩さぬまま、短くこう告げた。


「殺すよ?」


「…………ウッ!」


 銃を突きつけているのは飯岳の方にも関わらず、天川照真の方が精神的に勝っていた。

 天川照真は、まるで自分の方が銃よりも遥かに速い飛び道具を持っているかのような余裕さで、ただただ相手を見下す。

 そんな冷徹な姿を見せつけた中年の姿を見て、当時八歳の散葉は瞳にハートを浮かべる。


「かっこいい……! やっぱりあまかーさん、好き……」

「でしょでしょでしょー? やっぱり僕ちんは格好いいよねー!」


 それは三十代男性と、まだ十代にも満たない少女の犯罪的な光景であった。

 この時点でもう天川照真の眼中に、飯岳の姿は欠片も無かった。

 完全に軽く見られていた。

 普通の人間ならば、ここで心が折れても不思議ではないだろう。

 だが、飯岳食はどこをとっても普通の人間では無い。

 日本人なのに黒人のような見た目と喋り方。それに連れている謎の勢力と、置かれている謎の境遇。

 普通の基準とは人それぞれであるが、飯岳のそれは、その如何なる基準にも満たないであろう。

 だから、愚行を犯してしまった。

 飯岳は銃を高く振り上げ、大声で叫ぶ。


「アアアアアアアアアアアア!!! モウッシャラクセエ!!! ダイタイ、何デ私達ーガ! アンナ料理バトォルデ、人生ノ指針ヲ大キク変エナキャ、ナラネーンダ!!!!!」


 あんな料理バトルで、というのは渋堂と塩谷の闘いの事であろう。

 それが切っ掛けで忍者が謀反を起こし、その結果こうなった事を飯岳は嘆いているのだ。

 もっとも、こんな壮大な計画を立ち上げたのは己の判断であり、忍者にそこまでの責任は無い。

 その上、あの料理対決に関してはもっと関係無い。

 だが、普通じゃない飯岳は、やはり普通じゃない思考回路で、普通じゃない結論を出す。


「ソウダ!!! アンナ、アンナ、料理バトォル! アレサエ無ケレバ…………!!!!! アノバトォルノ切ッ掛ケハ……タシカ料理バトォルシタ、アノ二人ノ対立!!!! ソウダ…………ダッタラ悪イノハ、シブドーガリュー!!!! シオヤシオン!!!! コイツ等ノセイデ、私ノ人生ハ!!!」


 どういうわけか、渋堂我竜と塩谷始音のせいになった。

 普通に考えれば絶対そうはならないだろう。

 しかし、飯岳はまるで難解な数式でも解いたかのような笑みで、何度も何度も繰り返す。


「悪イノハ……シブドーガリュー、ト、シオヤシオンッ!!!!! コイツ等ガー全テノ元凶!!! ココノ、オーナーヲ倒シタラ次コソハァ……アイツ等ヲ葬ッテヤル!!!! アンナ速サダケノ料理人!!! 恐クモ、何トモ、アーリマセーーーーーーン!!!! ハハハッハハハハハハ!!!!」

「…………そろそろうざったいなぁ」


 その飛躍し過ぎた結論に、天川照真もそろそろ鬱陶しく感じてきたようだ。

 彼は、改めて真剣な表情を作り、目を閉じ、そして一呼吸した後に開く。

 これは食柱毒発動のキーとなる動作である。

 天川照真は、芯まで凍るような声で宣告した。


「もういいよお前。死ね」


 そして、天川照真が能力を発動させようとする。

 が、その前に動いた者がいた。

 突然、ガタリと椅子から立ち上がるような音が、どこかの客席から聞こえてくる。

 それにより、天川照真の興味がそちらに傾く。

 これで飯岳は命拾いした。

 しかし、彼の場合、今ので死んでしまえた方がある意味幸運かもしれなかった。

 何故ならば、遠方で椅子から立ち上がった白い服を着たその男は、飯岳に最大級の絶望を与えるからだ。

 その男、否、年齢にして十一歳ぐらいの少年は、殺意の籠った目で飯岳の方を見る。


「今…………僕の名前を呼んだよね? うん。確かに聞こえたよ。ねえ、何か用かな?」


 そして、更に変化が起こる。

 また別の席で、椅子から立ち上がる音が鳴り響いたのだ。

 見ると、また別の男が立ちあがっているところであった。

 筋肉質なその男は、紺色の和服を身に纏っている。

 その逞しい体躯から青年と一瞬見間違える者もいるだろうが、よく見るとまだ垢抜けない部分も見え隠れしている少年だ。

 その男も、ゆっくりと怒りの籠った視線を、遠慮なく飯岳に叩きつけていた。


「俺の…………名前も聞こえた気がするんだがよ。何の話だっけ、なあ。確か料理対決の話だっけか?」


 今の飯岳の発言に反応した男が二人いた。

 白い服の少年は、和服の男を見て苦々しい表情を浮かべる。

 が、それに対し、和服の男は力強い笑みを浮かべ返していた。そして、嬉しそうに右手の甲で自身の顎下を拭うような仕草をとる。

 これは、あってはならない最凶最悪の偶然であった。

 不幸なのは、飯岳はここに料理対決をしに来たという事だ。

 本人だけが、この状況の危険さに気が付いていない。

 飯岳は、ありとあらゆる意味でここから逃げ出さなければいけないのだ。

 しかし、飯岳はこの状況下で言ってはならない事を口にする。


「ナンダァ……オ前等!!!! 勝手ニ立ツナー! 殺サレタイーノカ!!!?」


 飯岳は片手を上げて、周囲に散乱させていた部下たちに指示を出す。

 指示を受けた数十人もの部下たちは銃を持ち上げ、一斉に二人の少年に銃口を向けた。

 が、次の瞬間にはもう、少年たちの姿は消えていた。

 消えた。そう文字通り消えたのだ。

 飯岳の脳が混乱の、こ、の字を認識した瞬間。

 飯岳の目の前には白い服を着た少年がいつの間にか出現しており、飯岳が何か行動する前にその銃を奪い、左手で握って砕き、それから右手で飯岳の服を掴み、飯岳の認識が追いつかないような速度で地に叩きつける。

 とても人間業とは思えない圧倒的な速度と技術。

 倒れた飯岳が、何とか残った意識で部下に指示を出そうとするが、その声に応える者は誰一人として存在しない。

 飯岳が、おそるおそる視線を動かしてみると、複数人いた部下は全員漏れなく倒れていた。そして、その近くには和服を着た男が一仕事終えたような顔で立っていた。

 もちろん、和服の男が一瞬で全て倒したのだ。

 飯岳は、いつの間にか追い詰められている事に気が付き、負け惜しみのような叫びを上げる。


「ナ…………何ナンダ……何ナンダ、オ前等!!!!?」


 その問いに、二人の少年は軽く応える。

 示し合わせたわけでもないだろうに、ぴったりとあった呼吸で同時に告げる。


「「料理人だよ」」


 そう。

 彼らは名乗った通り料理人であった。

 この戦闘力。これがこの世界の料理人だ。

 白い少年が、飯岳の首元を軽々しく掴んで持ち上げる。

 明らかに飯岳の身体の方が大きいはずなのに、その動きに淀みは無い。


「って、良く見たらこれ、前の時の審査員だ」

「うわマジだ! ……まー、道を踏み外したんだろうよ。人様に迷惑かけた時点でやられても文句は言えねぇよな」

「全くもってその通りだね。それで、これ、どうしよう?」

「あー。正直、あんまこういうのに首突っ込むなって、他の奴に言われてんだよなー俺。お前が出たから、つい反射的に顔出しちまったけどよ」

「ああ、そうなんだ。ぶっちゃけ、僕もどうでもいいんだよね。馬鹿にされた気がしてムカついただけだし」


 その二人は、どういうわけかこの修羅場でも全く動揺していなかった。

 ここまでの様子を、主に声だけで聞いていた散葉だが、自分も大概ながら二人の冷静さには感嘆の声を漏らさざるを得ないと感心していた。それほどまでに、余裕のあるやり取りである。

 散葉には、両方の声に聞きおぼえがあったが、片方には特に強い印象を抱いていた。

 力強い声を発する男は、たしか霜月散葉の姉と幼馴染である。

 姉。霜月詠華。気弱だった少女。

 姉は最近、幼馴染の試合を見て「……私、強くなるねっ!」と言って以降、自分の新たなキャラ性を模索して幼馴染を困らせているという話だ。その結果、霜月姉は今ではすっかり「デスわ」口調になっていた。これでは、いつか愛想を尽かされてしまうのも時間の問題だろう。

 しかし、これは完全に余談である。

 現状はそれどころでは無い。

 二人の会話は続く。


「そういえばさ、何か料理バト……料理対決がどうこう言って無かった? この人」

「ああ。あと、聞き取りづらかったけど、俺らの事、あんな速さだけの料理人恐くも何ともねーって言ってたよなぁ」

「そうなんだ。じゃ、それだけ豪語するなら相当強いんだろうね」

「だろーな。じゃ、るか」

「だね。ここのオーナーいないみたいだし、僕らが代わりにって事でっとっ!」


 そう言って、白い少年はほんの軽い動作で、倒れている飯岳を蹴って浮かび上がらせる。

 わけもわからず蹴られた衝撃と、宙に浮かされた不安定感で混乱する飯岳。しかし、少年は宙に浮いた飯岳の身体をきっちり掴み、無理矢理足を地面にくっつけ着地させた。

 その現実に、飯岳の意識はまだ追いついていないようだった。

 が、それに対して二人組は告げる。


「じゃあ、君の希望通り、やろう? 料理対決」

「ああ、俺らがオーナーの代わりって事でよ。構わねーか?」

「エッ!? エッ!? ……マー、イイデース! ソモソモ、ワタシ達ハー武力制圧シニキタワケデハ、アーリマセン! コノ店デ料理バトォルシテ世界征服ガ目的デース! ソシテ、SHINOBIヲ殺シマース! ダイタイ、オ前等ハ、何ナンデースカ!? 一体、何者ナンデスカ!?」


 それは今更過ぎる質問。

 どうやら飯岳は、己が名前を挙げた相手の容姿を知らなかったようだ。

 恐らく、データを確認するだけで済ませてしまったのだろう。

 勉強不足もいいところだ。

 だから、二人の少年は告げる。

 己の名を。

 そして、その強さを象徴する二つ目の名を。

 まず和服の少年が、誇らしげに、料理対決後に進化した己の新しい異名と共に、その名を告げる。


三柱龍帝トリニティドラゴン、渋堂我竜」


 その様子を見て、少しムッとして張り合うように、白い少年も告げる。


三柱天使トリニティエンジェル、塩谷始音」


 その名を聞き、しかも二人揃っている事を認識し、飯岳は驚愕に目を見開く。

 流石に勝てると豪語していても、本人達を目の前にして同じ事は言えないらしい。


「エッ…………?」


 料理を用いた世界征服の野望、終了。

 その名は、飯岳に絶望を与えるのには、充分過ぎる程の威力を持ち合わせていた。

 後に、世界最強と呼ばれる男と、伝説の料理人と呼ばれる男が、二人揃って敵に回ったのだ。

 これだけの強敵を前にして、一体どれだけの料理人が生き残れるのだろうか。

 その上、本人たちに自覚は無いが、この二人は互いの傍で料理を作ると、お互いの技術を無意識に盗みあって、信じられない勢いで飛躍的に強くなっていくのだ。

 そこに、異名も持っていない飯岳が挑むのは、無謀という表現がまだ生ぬるく感じるレベルの不可能である。

 核と隕石が、ピンポイントで自分めがけて同時に襲ってくるようなものだ。

 一つでも死ぬ。

 なのに二つもある。

 その上、こちらは拘束されていて身動きが取れない。

 これは、そういうレベルの闘いである。

 勝てるとか勝てないだとか、逃げるだとか逃げないだとか、そういう次元の問題では無いのだ。

 死ぬ。

 それは仕方の無い事であった。

 だが、塩谷と渋堂はその上に更に絶望を重ねがけしてくる。


「ちょうど良かった。僕、ちょうど天界核ヘヴンズコアの改良を試してみようと思ってたんだよね」

「んなっ! オメーそんなモンまで用意してたのかよ! じゃ、じゃあ俺も龍神焼き定食を更にパワーアップさせてやんよ! 見てな!」

「エッ?! エエッ!!!? ソレハ噂ノ、ヒッサーツ!!!? チョットォォォォ!?」


 死体蹴り。泣きっ面に蜂。死体に鞭打つ行為。

 それらの表現が、まだ何とかなりそうに思える程、もう飯岳には選択肢が残っていなかった。

 将棋で言うならば、自分には王将しか無いのに、その他の全てのマスには相手の駒がぎっしりと置かれているようなものだ。しかも、相手の全ての駒は何故か全部チェスのクイーンだというレベルである。その上で、勝負を反故しないように、何十人もの黒服が見守っているような状況なのだ。

 これは、それぐらい絶望的な状況だ。

 そして、二人は告げる。

 かつて、お互いがお互いに向けて放った宣戦布告の言葉を、今度は共通の敵へと向けて。


「じゃあやろうか。真上から……叩き潰してやるッ!」

「んで、落ちてきたところを俺が、真っ向からブッ倒してやんよッ!」

「ハハ……ハハハハハ…………」


 こうして、店の厨房を借りる形で飯岳は連行されていく。

 後はもう心配無いだろう。

 散葉は、まるでヒーローショーを見て満足した子供のような心境で笑う。

 目の前の天川照真も笑っていた。面白い見世物が見られたと、何やら満足しているようだ。

 店の奥からは、飯岳の断末魔のような悲鳴が聞こえてくる。

 叫びたくもなるだろう。

 料理対決によって世界征服を目論んでいた男の野望は、ここで綺麗さっぱり潰える事になるのだから。

 だが、そんな大層な目的を掲げる以上、今この店に居る天川照真、渋堂我竜、塩谷始音のうち最低一人でも倒せなければ話にならない。実際、一人でも無理だ。

 ならば、料理界はしばらく安泰である。

 散葉は天川照真に目配せし、店を出る事にした。

 このあと警察が来て、事情聴取でもされた日には、その日の食事がカツ丼で確定してしまうからだ。

 店の奥からは、勢いよい叫び声が重なって聞こえてきた。


「「三柱トリニティ…………」」


 溜めた声は、溢れ出る赤と青の光と共に放たれる。


「……世界ジアースッ!!!!!!!!」

「…………天国ヘヴンッ!!!!!!!」


「イヤァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」


 その音をベル代わりにし、天川照真と散葉は店の外へと出ていく。

 まだあの二人の闘いを見ておきたいような名残惜しい気持ちもあったが、生憎目の前の問題の方が大切だ。

 それに、あの二人がいるならば、少なくともあの小悪党と、あの店に関しては何ら問題は無いだろう。

 久々に心の底から楽しそうな天川照真が先導して歩く。


「ねえ、霜月ちゃん。次は何処に行く?」

「んー。正直みーは、美味しいところなら、どこでもおっけーって感じかなー」

「はは、随分また難しいチョイスだね。僕ちん困っちゃうよ……」


 談笑しつつも歩みは止めない。

 何故ならば、もう二人の中で結論が決まっているからだ。


「じゃ、たまに歩きながら探そうか」

「うんっ! みーもそう思ってたところ!」


 こうして、二人は何処か別の料理店を探しに歩き出す。

 その果てに見つけるのは、一体どんな店なのか。

 探し始めたばかりの二人には想像もつかない。

 だが、その心はまだ見ぬ料理に向けての想像で一杯であった。


 これが第二の後日談。

 これこそが、渋堂と塩谷が本格的に袂を分かつまでの間にあった、つかの間の、慌ただしい日常の物語だ。

 二人はこれ以降、何故か様々な事件に遭遇する事になるのである。

 渋堂と塩谷の料理対決は、そんな不思議な時間を生んだのだ。

 それから時は流れ、互いが互いについて全く触れなくなったとしても、この期間の間は、間違いなく二人は過去の友人関係そのままであったのは言うまでも無い。

 そして、未来の、更にその先で、また道が交差する可能性も無いとは言い切れない。

 その時は意外に近いのかもしれないし、もしかしたら来ないのかもしれないだろう。

 何はともあれ、これで本当に過去の話は終わりである。

 時はまた、現代へと戻っていく。

 その先では恐らく、塩谷がまだ渋堂との思い出話を熱心に語っている事だろう。

 時間は流れ、流れ、そして戻った先でも更に進んでいく。

 もう過去話の画面が遠のいていく。

 これから先は、未来の物語だ。

 だから、過去話は幕を閉じなくてはいけない。

 時が進んでいく画面の中、最後に映ったのは髪の長い少女であった。その少女は、微笑みを浮かべて、地獄の具現のような異物を皿の上に乗せて笑う。


「出来たわっ! これがわたしのオリジナル料理!」


 それが全ての始まりだ。過去は終わり、本編が幕を開ける。

 だから、過去の物語は完全に幕を閉じるのであった。

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