過去 「LAST:BATTLE」
「アー美味シカッタネー! ゴチソウサマー」
「お粗末さまだ」
こうして、お互いの料理が食べ終えられる。
残るは、渋堂の料理の採点のみだ。
これで全てが決まる。
渋堂我竜と塩谷始音、その頂上決戦の結果が。
忍者は、各項目をじっくりと吟味し、そして一気に結論まで思考を持って行った。
そして、残るはもう口に出すだけである。
緊張の一瞬。
それを隔て、忍者黒人が口を開く。
「ア、トコロデ、ヒトツイーデスカー?」
「何さ?」
「んだよ?」
「……実は日本語ちゃんと喋れるので、普通に喋っていいで御座ろうか?」
「「え、ああ、うん」」
やはり錯乱した時に色々安定していなかったせいか、普通に受け入れられた。
忍者としては、主を裏切りかねない一大カミングアウトだったのだが、この空気感ならばいらぬ心配は本当にいらなさそうである。
忍者は、もう本格的に料理人を目指す事にしたのだ。軽い動機ではあるが、目の前の男に触発されてしまったのである。だからもう主には拘らない。
そして、それから一拍の間を置いて、ついに最終発表が訪れた。
忍者は一つ一つ発表していく。
「まず、味で御座るが……これは、本当に最高で御座ったね。何というか、昨今、勝ちに拘るがあまり食べる者の気持ちを考えない料理人が増えてきている中……久しぶりに、食事をとった、という気分になれたで御座るよ。というわけで味、一万二千点で御座るッ!!!」
塩谷の料理の味、一万千点。
千点リードである。幸先が良い。
渋堂がガッツポーズのように強く拳を握ると、横の塩谷の顔が不快そうに歪む。
だが、まだまだこれからである。
忍者は続けた。
「次に見た目……この王道的な定食の中に黒龍があるインパクトには感服いたした……八千五百点ッ!!!」
塩谷の料理の見た目、一万三千点。
計、渋堂二万五百点。塩谷二万四千点。
ここで大きく引き離される。
その差、三千五百点。
塩谷の顔が、やはりといった形に歪む。
ここで渋堂の方が低かった理由は、単純に塩谷の方が良すぎたというのが大きい。
また、黒龍のインパクト以外はただの定食というのは、高得点には繋がりにくいのだ。
これは悪くは無いが、仕方の無い要素である。
「そして、香り……いやー! この香りは良かったで御座るよ! シンプルながら、あらゆる料理の匂いが入り混じった所謂『ご飯の匂い』は、一番食欲がそそられるで御座るな! 一万二千点ッ!」
塩谷の料理の香り、九千三百点。
計、渋堂三万二千五百点。塩谷三万三千三百点。
渋堂が一気に追いつく。天界球の食欲を刺激するだけの匂いよりも、血の通った「料理」といった感じの匂いが評価されたのだ。
これで塩谷のリードは八百点に収まる。
だが、未だに塩谷の方が上だ。
しかし、渋堂は腕を組んで真剣に前を見据えていた。
「今度は食感で御座る……いや、天晴れで御座るよ! 基本中の基本ながら、複数の料理の食感は見事に差別化されており、楽しめる余地は十二分にあったで御座る! だから、食感、九千五百点ッ!!!」
塩谷の料理の食感、八千七百点。
計、渋堂四万二千点。塩谷四万二千点。
これで点数が並ぶ。
全くの同点だ。
しかし、渋堂側からしてみれば、ここで大きく前進しておきたい所だっただろう。
天界球の恐怖は、工夫性と特別点の高さにあるのだから。
もう、渋堂も塩谷も余計な事は言わなくなっていた。
この料理対決も、残り後二項目を残すのみである。
忍者の声にも、自然に気合いがこもる。
「工夫性は、オリジナルの料理を定食に組み込み、尚且つバランスも取れているというパズルのような完璧なコンセプトで御座った! よって、一万千点ッ!!!」
塩谷の料理の工夫性、一万五千点。
計、渋堂五万三千点。塩谷五万七千点。
ここで一気に四千点も引き剥がされる。
何故こんな現象が起きたのかと言うと、ただ完璧なだけでは一万点を遥かに越えたその先には行きにくいのだ。
塩谷の天界球は明らかにその先へと行っていたから、この点数なのである。
やはり、天界の壁は厚い。
ここで、塩谷が安堵するかのように、ほっと息を吐きだす。
「勝負あったね」
「まだわかんねーだろうが」
「いや、もう結果を見るまでも無いよ。君は次の特別点で、二万点以上取る必要がある。でも、何かの折に聞いたんだけど、今までの歴史上、特別点で二万点以上が出た事は無いらしんだ。で、君の料理はそこまでいける要素があるのかな? 無いよね。だから、これは僕の勝ちだよ。そういえば、君は僕が負けた際の条件付けとかしてたけど、僕が勝った場合はどうするか決めて無かったよね。どうしようかなー。料理人でもやめて貰おうかなー」
塩谷は、心の底から落ちつけたかのように余裕を取り戻していく。
対する渋堂の表情は真剣そのものだ。
渋堂は腕を組んだまま、忍者から視線を逸らさず、声だけで塩谷に応対する。
「塩谷」
「何さ? 謝っても遅いよ」
「言ったろ。料理人はな。一度作った料理には自信を持って、最後までドンと構えてるもんなんだよ。オメーも自信あんなら、黙って最後まで聞き遂げろ」
「……うざいなあ! わかってるよ!」
これでラストだというのに、渋堂は、己の言葉を貫き何の迷いも逡巡もせず、ただただ立ち尽くしている。
その背中には、料理人の魂が詰まっていると言っても過言では無かった。
この男は、いずれ大きくなる。
会場にいたほとんどの者がそういった感想を抱いた。
これは、一歩を踏み出す物語だ。
とある男が、世界最強に近づくための一歩を踏み出す。そういう話だ。
もう忍者には全てがわかっていた。
だから、告げる。
この闘いの終結を決定づける最後の言葉を。
「…………最後、で、御座るな。ところで、特別点とは固有の要素が強ければ得点が上がるので御座ったな。ならば拙者は、この料理固有の要素を高く評価しているで御座るよ。最近、忘れられがちな料理人の心、魂、それがこの料理には詰まっていたで御座る」
「……ちょっ、ちょっと待ってよ」
塩谷が、横から制止の声を入れる。
一体何事かと、多くの人間が彼を見る。それだけで、だいたいの事情を掴めた。
塩谷始音は、忍者がこれから言うであろう一言を想像し、心の底から怯えていたのだ。
「何その御託……何だよその前振り……!? それじゃ、それじゃまるで……!」
塩谷は心底怯えきった目で、ふらりと手を彷徨わせた。
が、核心部分を口に出来るほどの勇気は、彼には無かったようだ。
だから、忍者も言葉を止めずに続ける。
「……料理、それは人の空腹を満たす存在。料理、それは人の心を魅了する存在。料理、それは人の魂を救い出す存在。これが拙者の家の家訓で御座った。だが、長い年月を過ごしていくうちに、拙者自身この理念を忘れかけていたで御座る。しかし、この料理は拙者にそれを思い出させてくれた。そのボリュームで拙者の空腹をこれ以上無いほど満たし、その味で拙者の心を魅了し、最後に錯乱していた拙者の魂を救ってくれたで御座る…………塩谷選手の料理が、天界の如き味わいだとしたら、渋堂選手の料理は現世での幸せの籠った料理だったで御座る。さて、前置きが長くなってしまってかたじけないが……そろそろ……」
「ま、待って……! そ、その締め方は不味いって! 何、良い感じに終わらせようとしてるんだ……! 嫌だ! 負けたくない! あんな思いまでしたのに……何度も勝ってきたのに……! やだ、負けるなんて嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…………!!!」
塩谷がついに確信に触れる。
だが、現状は何も変わらない。
もう結果ばかりはどうする事も出来ないのだ。
だから、あえて迷わず忍者は告げる。
文字通り、決着の言葉を。
「特別点、二万五千点……で、御座る」
前代未聞、現時点での料理界最高特別点である。
もちろんこれは贔屓でも何でもなく、渋堂自身が実力で勝ちえた点数だ。
塩谷の料理の特別点、一万八千点。
これで決着である。
塩谷始音の合計、七万五千点。
渋堂我竜の合計、七万八千点。
三千点差で、渋堂の勝利だ。僅差であるが、この勝負を制したのは渋堂我竜なのだ。
渋堂は組んでいた腕を離し、ここでようやく嬉しそうな表情を浮かべる。
そして、両手でガッツポーズを取り、天高く叫ぶのであった。
「っしゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
長かった闘いもこれにて決着がつく。
渋堂我竜の逆転勝利だ。
会場も、一気に沸き立つ。その声の中に、今まで黙っていたアナウンスの声も混じって、コロッセオ内の騒音は更に激しいものとなる。一種のお祭り騒ぎのような空気が辺り一面に充実する。
渋堂は、観客席の一角を見て、思いっきり親指を立てて微笑んだ。
その視線の先には、二人の少女がそれぞれ対照的な様子で座っていた。
気の弱そうな少女は涙ぐんだ笑顔で手を振り、帽子を目深に被った少女は片手を軽く上げるだけで応じていたという。
ちなみにこれは渋堂の耳には届かなかった事だが、帽子を被った少女の方は誰にも聞こえないぐらい小さな声で「よかったぁ……」と言っていたようだが、もちろんそれは会場の音の波にさらわれて溶けていくのであった。
しかし、大いに沸き立つ会場の中、主役だった片方の男は下を向いて脱力していた。
「……けた? ……くが……」
塩谷は、下を向いて呪詛のように何かを呟き続けている。先ほどからずっとだ。
敗北。
それは塩谷始音の最も恐れるものであった。
だから、彼の胸中には今、恐れている物が訪れた絶望感だけしか無いのだ。
塩谷の心にある、決して入ってはいけないスイッチが入る。
塩谷は両手をだらんと垂らしながら、首だけで渋堂の方を見た。
その目は、今までが演技だと思えるぐらいに、本当に死人のようだった。
「もう、いいや……なんかもう、全部」
塩谷は薄く微笑むと、残った全ての力を用いて渋堂の方へと突進していく。
試合による疲労で幾分かスピードは落ちていたが、それでも乗用車ぐらいのスピードは出ている。
彼は、喜びで舞い上がっている渋堂の心臓に狙いをつけ、鋭い手刀を形作った。
今の弱った渋堂なら殺せるという判断だ。
塩谷はもう負けてしまったので、後の事はどうでもいいのである。
渋堂は、塩谷がもうすぐ傍まで接近してからようやく気がついたようで、驚愕の表情を浮かべていた。
が、その表情は一瞬で引っ込み、すぐに目を細め、口元を歪めて白い歯を見せ、好戦的な表情で身体を動かす。顎を手の甲でなぞるような動き。
直線的な塩谷の動きに対し、渋堂はその場から動かずに右拳を思いっきり振り上げ構えをとった。叩き落とす気満々である。
まさかこんなすぐに対応してくるとは塩谷も思っておらず、彼に出来る事はこれから先一秒ほど先に訪れるであろう未来に絶望し、精一杯顔を嫌そうに歪める事だけであった。
塩谷が渋堂の元に到達する一瞬。
塩谷は確かに聞いた。友の声を。
「だから言ったろ……!」
瞬間。
渋堂の拳が上から下に振り下ろされ、その鉄槌は塩谷の頭に直撃する。
この時初めて、塩谷はこの攻撃が拳骨である事に気がついた。試合中、渋堂は基本的に拳を振り上げて使っていたが、それはこういう意味だったのだろう。
聞き分けの無い友人……もとい弟分を叱るための攻撃。それが拳骨だったのだ。
もちろん今更気づいたところで遅く、塩谷は走馬灯のような高速思考を放り投げ、流れに身を委ねる。
その結果、塩谷は地面に叩き落とされる形となり、今度こそ身動き出来ないぐらいのダメージを受けてしまった。
塩谷が意識を失う寸前、最後に聞いた言葉は渋堂のものであった。
「……来るなら真っ直ぐにかかって来いってよ! オメーの真っ直ぐは不意打ちなのかよ!?」
「ご……」
「ご?」
「…………ご、ごめんなひゃい……」
そんなこんなで塩谷は完全敗北し、この闘いは幕を閉じる事となった。
なお、殴った渋堂はこの後、食柱毒の反動によって全身の穴という穴から血を噴き出し、病院へ運ばれる事となる。まさかのダブルKOだ。
そのせいで、勝利後の表彰に関しては、何故か主役二人が居ないという前代未聞の事態が起こったそうである。
兎にも角にも、渋堂と塩谷の因縁はここから始まったのだ。
そして、これから先―――――
渋堂と塩谷は何度も激突し、そのたびに料理界の常識を覆す事となる。
その中で実力を上げた渋堂はやがて世界最強になり、塩谷はそんな渋堂に嫌気をさして料理をやめてしまうのだ。
それが物語の始まりなのである。
何はともあれ、これで過去のお話はお終い。
残るは、未来の話だけだ。
時系列は再び、五年後へと舞い戻る――――




