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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「ROUTE:DRAGON」編 ~塩谷始音の前日譚~
42/98

過去 「TRINITY:ANGEL」

「……仕方、ないね」


 仰向けに倒れこんでいた塩谷が発した言葉を、会場のスピーカーはやけに鮮明な音として響かせた。

 この状況で塩谷が勝てる可能性など万に一つも無いのに、それなのにも関わらず、会場が不穏な空気に包まれる。

 その空気に呑まれたのは、観客席の渋堂も同じだった。


「あいつ、何するつもりだ……!?」


 直後、塩谷が自分の調理服を胸までまくりあげて肌を露出させたかと思うと、自身の右手による鋭い貫手で、己の心臓を真っ直ぐに刺し貫いた。

 塩谷は声無き叫びで顔を歪め、傷口からは鮮血が飛び散り、会場からは一切の音が消失した。

 そして、塩谷の右手が心臓から引き抜かれ、更に血が流れ出すまで、人々は何一つとして行動を起こす事が出来なかった。

 渋堂は、この状況についていけない。


「……ん、だよこれ……!? 一体、何が起こって……」


 今のは、どう見ても致命傷である。

 その証拠に、遠目からでもわかるぐらい、塩谷の身体は生気を失っていた。

 傷口から手を引き抜いた時に、調理服をまくりあげていた手が力を無くしてだらりと垂れ下がったので、現在傷口は調理服に隠れて見えない。

 が、今のが明らかに危険なダメージだという事は、誰の目にも明らかである。

 数秒の間。

 それを置いてから、人々は爆発的に動き始めた。会場が一斉にどよめき、会場のスタッフは救護班を呼びにかかり、会場の霜月すらも混乱によって自身のすべき事を見失っていた。

 無論、渋堂の隣の甘菜ですら、言葉を失っているようだった。

 だから渋堂は、自分がまず何とか冷静にならねばと判断する。


「お、落ちつけ、天川……!」

「……だ、大丈夫、アタシはまだ落ちついてるから……」


 名字で呼ばれたのに全く反応しないあたり、あまり落ちついてはいないようだった。

 今ので渋堂は、会場を包みこむ異様な空気の影響力の高さを思い知る。

 試合中に、片方が自殺まがいの行動をとれば、こうなるのは半ば必然だろう。

 この現象、一体どうしてこうなったのか。

 渋堂が思考を巡らせようとする。

 その時だった。


 とある人物が発した一言により、会場は嘘のように静まりかえる事となる。


「あれ、どうしたの? みんな騒いで」


 その声に、その姿に、会場の全てが取り込まれた。

 それは、全ての元凶となる者の声だったからだ。

 会場は確かに静まり返った。が、混乱と困惑と恐怖は先ほど以上に大きくなっている。

 渋堂も、ついに何も言えなくなった。

 何故ならば、試合会場の中心で何事も無かったかのように立って、言葉を発しているその男の名は―――――



 塩谷始音というからだ。


「あー、痛かった」


 塩谷は、未だに血が滲んだ胸のあたりをさすり、あたかも当然かのようにキッチンで念入りに手を洗い始める。

 それは異様な光景だった。

 さっきまで死んでいた男が、当たり前のように調理に戻ろうとしているのだ。

 これは、対戦相手である霜月も困惑せざるを得なかった。


「…………なっ! なんでっ、どうしてっ……!?」


 それはまるで質問になっていなかったが、塩谷には伝わったようだ。

 彼は最初の時と同じく、邪な笑みを浮かべてこう答えた。


「別に、僕は生きてるよ。何があったかは教えないけど、そっちもだからおあいこだよね」


 今の発言は、恐らく食柱毒についての話だろう。

 霜月が自らの能力を明かさなかったので、自分もどうしてああいう行動をとったのかを伝えないつもりなのだろう。

 しかし、渋堂にはだいたいの目星はついていた。

 自身も似たような能力を持っているせいか、不思議と直感で理解出来たのだ。


「……俺の正反対ってわけか」

「……そうカモ。少なくとも見る限り、そうとしか思えなかったし」


 これはあくまで渋堂の推測だが、塩谷の食柱毒は「再生」である可能性が高い。

 傷ついた肉体の再生。死から復活するという意味での再生。

 これが塩谷の力なのだと、渋堂は理解する。

 そして、この推測が正しければ今の行動にも納得がいく。

 ようは、一度死ぬ事によって、霜月の食柱毒の影響をかき消したのだ。

 ここまで塩谷が気づいていたかは不明だが、霜月の能力は呼吸をキーとして感覚を操る性質を持つ以上、死人には使えない。しかも、強力な能力故に、連続発動は出来ないのだ。なので、今回の塩谷の対応は、攻略法としては完璧である。

 死と再生を利用したデスリセット。

 常人の精神ならば普通ここまで出来ないだろう。何せ、霜月の感覚暴走を食らっているので痛覚も上昇しているのだ。そんな状態で、普通ならば致命傷となる自傷行為など出来るわけが無い。

 塩谷始音。

 それは、まさしく怪物の名であった。


「でも、久しぶりにやられたーって感じだよ。だから僕も、ちょっと反撃」


 手を洗い終わった塩谷は、おそらく本来は冷やし中華を作る予定であったろう食材類を、全て巨大冷蔵庫へと戻しに行った。

 そして、代わりに持ってきたのは信じられない材料だった。

 それには、流石の霜月も声を荒げた。


「……ちょっ、ちょっと待って! そ、それって……その、私の……!!!」

「うん。君と全く同じ食材だよ。ついでに言うと、それと同じの作るから」


 塩谷が持ってきたのは、砂糖を始めとした氷菓子制作用の材料であり、その内容は霜月の調理台に置かれているものと全く同じである。

 だが、たった一つだけ相違点が存在した。

 それは、塩谷の方が圧倒的に材料の量が多いという点だ。

 まさか、この短時間で対戦相手の必殺料理を真似て、その上量まで増やそうとしているのか。

 会場がどよめく。無論、渋堂も。


「なっ! 何考えてんだあいつ!」


 それはあまりに愚策であった。

 ただでさえ霜月に有利なルールだというのに、塩谷はこの期に及んで、更に不利を抱え込んできたのだ。

 それなのにも関わらず、相も変わらぬ余裕の表情である。

 その態度は、渋堂の怒りを燻らせた。

 渋堂には、誰かが料理を作る時、どれぐらい真剣なのかは顔を見ればだいたいわかる。一見、ふざけているように見えても、真剣に作っているような対戦相手も今までに居た。

 だが、塩谷の表情はどう見ても真剣では無かった。それどころか、彼は最初から今に至るまで、ずっと霜月を見下し続けている。

 渋堂には、それがどうにも許しがたかった。


「くそっ……バカにしてんのかよ!」

「あの感じだと、まだ七割ってとこカモ。でも、もしかしたらこれ、詠華ちゃん負けちゃうかもしれない……」

「縁起でもねー事言うなよ! ちっくしょう! 頑張れえええええええええ! 霜月ーーーーーーっ!!!」


 渋堂は、必死に声援を送る。

 しかし、状況は何一つとして変わらなかった。

 必死に氷の城を組み立てていく霜月だが、塩谷の制作速度はその倍以上なのだ。

 その制作過程を見て渋堂は気づく。

 霜月の作っている氷の城よりも、塩谷の作っている氷の城の方が凝った造形をしている事に。しかし、一部簡略化されている場所もあった。時間節約のためだろう。

 渋堂が考えるに、塩谷の超人的スピードには三つの使い道がある。

 一つは、単純に無駄を省いてスピードを活かし、速攻で料理を作り上げる「最速」。二つ目は、その素早くも精密な手の動きを利用し、時間いっぱい使って良いものを作り上げる「最良」。

 そして最後の一つは、その二つを適材適所で使い分ける事により、最速と最良を組み合わせた「最上」だ。

 今回、塩谷が行っているのは最上である。

 最速や最良と比べると中途半端ではあるものの、基本的には双方のいいとこどりである。

 ここまでされては、あの霜月ですらも厳しくなってくるのは当然の結果だ。

 しかし塩谷は、この状況でなお無駄話を挟んでくる。もちろん手を高速で動かしながら。


「そういえばさ、君、さっきアドバンテージ分勝つって言ってたよね。僕、忘れてないから」

「…………うう……!」


 ここで、霜月が何も言い返せなかった時点で、勝負は決したも同然だった。

 それ以降の調理風景は、もう細かく描写するに値しない程哀れなものであった。

 心を乱してしまった霜月は、普段なら絶対しないような凡ミスを何度も繰り返したのだ。

 加えて、能力を連続発動する事が出来ない霜月には、もう打つ手が見当たらなかった。

 だからもう、祈るしか無かった。

 渋堂も、声が涸れるまで何度も叫び続けた。

 だが、その声援は虚しく、会場の喧騒に呑まれていくのであった。

 そして、ついに調理開始から一時間が経過し、調理終了のブザーが鳴り響く。


「ま、こんなもんかな」


 そう言って自信気に鼻を鳴らす塩谷の前には、城下町までついた洋風の城があった。

 なんと彼は、氷菓子の城下町まで作ってしまったのだ。

 もちろん霜月の側は、ただの城のみである。

 だが、料理は見た目だけじゃない。

 採点してみなければ、まだ何とも言えないだろう。

 だから、二人は自らの料理を可動式のテーブルごと移動させ、審査員である謎の黒いロボットの前まで持っていく。

 すると、ロボの側から妙な機械音声が鳴り響いた。


「ワタシ、ロボ。動ケナイ。取ッテー。食ベサセテー」

「うわっ、喋った!?」


 まさしく電子音声らしいロボットボイス。

 咄嗟にそんな音がしたせいで、塩谷が急に素の反応で驚く。

 会場の一部でもどよめきが走る。

 もちろん渋堂も驚くが、それ以上の衝撃が隣の席から聞こえてくる。


「わ、よく見たらアレ、パパの会社のロボットだ……」

「マジかよ!?」


 どうやら、あの黒い箱を棒で無理矢理繋げて人型にしたようなロボットは、天川産だったようである。

 すっかり忘れられがちだが、天川甘菜の父はミルキーウェイ・ギャラクシー社という機械開発系の会社まで立ち上げており、売上もそこそこのものを記録しているらしい。

 だが、甘菜は額に手を当て、何か考えこむような仕草をしていた。


「でもアレ、まだ企画段階だったハズ……なのに、なんで……」

「あっ! おい、んな事より採点はじまんぞ!」

「えっ? ……うん」


 審査員の前では、塩谷と霜月が、双方城の屋根の部分を折ったような部位を、皿に載せて立っていた。

 どうやら、ロボの口らしき穴に入れるサイズにするため、氷の城の一部を折る事にしたようだ。

 これでは城下町まで作った塩谷の立場が無いはずなのだが、彼の表情に気にしている様子は無い。

 見たところ、まず塩谷が先に食べさせるようであった。

 彼は、箸を器用に用いてロボットの口の中に、一口サイズの城を入れる。

 そして、恐る恐る箸を引き抜き、しばらく待つ。

 すると、ロボットが両手を上げて、巨大モニタに点数が表示される。


「スゴーイ! 芸術点20点! 味20点! 愛情0点! 香り20点! 特別点20点! 合計80点ダヨ! スゴイスゴーイ!」


 ロボがそう言った直後、塩谷が鬼のような形相で、ロボの頭をわし掴みにした。


「ちょっとタンマ。何かな、愛情って? 聞いて無いんだけど」

「イタイイタイ離シテー! トレルトレチャウー!」

「…………あ、あと、芸術点も加味するなんて話、私聞いてません……」


 料理対決をしていた当の二人からも文句を言われてしまった。

 だが、不満を持っているのはそれだけに留まらない。

 観客席からも徐々に不満の声が出始めた。

 もちろん、渋堂も甘菜も同感である。


「ていうか何だよ特別点って。意味わかんねーよ。しかも人に食わせてって頼んだくせに動けるじゃねーかあのロボ」

「やっぱり、企画段階のモノなんて持ってくるから。パパのバカ……」


 会場全体から総ブーイングであった。

 ロボットは、それの言葉の意味を理解したのか、一度俯いてから再度両腕を持ち上げる。

 すると、巨大モニタには、先ほどとは違う点数が表示された。


「ジャー味ダケデ評価ニスルネ! ハイ、100テーン!」

「くっ、満点なのにどこか解せない気分だよ……!」


 何故か塩谷が悔しそうにしていた。

 しかし何にせよ、これで塩谷の点数は満点という結果になってしまった。

 これでは、霜月が何点取ろうが、勝つことだけは不可能になってしまったのである。

 ロボを二、三度叩いてすっきりした顔の塩谷は、再び余裕げな表情で告げる。


「……さ、どうぞ。君の番だよ」

「っ!」


 霜月の顔はもう青ざめていた。

 今回の採点基準がいかなるものなのかは不明だが、彼女はこれまでの採点式バトルで満点を取った事だけは一度も無いのだ。

 その上、今更気づいた事だが、相手がロボである以上、五感料理は使えないのだ。これは痛い。

 霜月は、震える手で、氷菓子をロボの口の中まで持っていく。

 そして――――― 


「88点ダヨー! スゴイネー!」


 見事に負けた。

 その結果に霜月は膝をつき、渋堂は拳を地に叩きつける。

 そこに、余計な言葉は不要だった。

 渋堂我竜の師、霜月詠華は負けたのだ。

 その事実が、渋堂の胸中を隙間なく埋め尽くす。


「……畜生ッ!」


 それからの流れは、正直、渋堂の記憶にはほとんど残っていなかった。

 自らの師が敗北したショックや、ここまでコケにされておきながら完全敗北を喫した悔しさで、まともに思考できるだけの余裕が残っていなかったのだ。

 どの道、あとは勝者が決定するだけである。無論、そこまでの流れで既に結論は出ているわけだが。

 だから、渋堂は顔を上げる事すらせず、じっと座り続けていた。

 それから何分の時間が経過しただろうか。渋堂がふと顔を上げると、大型モニタには塩谷始音がでかでかと映し出されていた。どうやら勝利者が何かコメントを残す流れらしい。

 渋堂は、何の気なしに、その映像に目を向ける。

 画面の中の塩谷は、相も変わらず真っ黒な目で、退屈そうな表情を浮かべていた。


「別に、この結果は最初からわかってたものだし、そんな騒ぐほどの事じゃないよ」


 塩谷は、やはり当たり前のようにそういう事しか言わない。

 渋堂は、奥歯を強く噛みしめる。

 画面から視線を落とすと、カメラを介さずして、コメント中の塩谷の姿が見えた。

 どうやら塩谷はまだ会場内に居るようだが、渋堂の怒りや無念はそこまで届かない。


「何か対策や努力はしてきたか、って? いや、僕は何もしてないよ。だって、必要無いし。意味の無い努力なんて、実らない努力と同じぐらい無意味だよ」


 その言葉は、渋堂の何もかもを否定するかのようなものだった。

 しかも、塩谷始音はそれから持論のようなものを語り始めた。


「場合にもよるけど、人が失敗するのって必然なんだよね。本来、人は身の丈にあった目標に向けて努力してるだけなら、運が悪かったり見たての甘さが無い限り、失敗なんてしないはずなんだよ。でも、僕に挑んできた人はみんな失敗した。何故なら、みんな僕を倒す事が身の程にあった事だと思ってしまったからだよ。見たて甘いよね」


 塩谷がほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 その姿に、その言動に、渋堂は確かな苛立ちを感じていた。

 そして、脳裏にフラッシュバックする試合中の舐めた態度の数々。

 渋堂の怒りが急上昇していく。この試合、彼には直接関係のある事では無かったが、それでも怒りを抑えきれない。否、これは抑えてはいけない怒りであると魂が叫んでいる。

 自分の料理の師であり、弱くも優しかった大事な幼馴染を、幼いころからずっと好きだった料理を、いつも自分を高めてくれていた料理対決を、全部一気に侮辱されたのだ。

 これは決して私怨だけの怒りでは無い。

 渋堂の体に、魂に、心に、爆炎と言わんばかりの憤怒の炎が灯る。

 彼の視線はもう、未だ試合会場の中心に居る塩谷に向けられていた。


「ま、まだ全力を出して無い僕にすら負けるような下手糞は、もう料理やめちゃった方がマシかもね。不味い飯を量産されても困るしさ」


 その発言は、ついに、ついに渋堂我竜の逆鱗に触れた。

 渋堂は、ゆらりと無言で立ち上がる。

 横でじっと待ってくれていた甘菜が、ふと気付いたように渋堂の方を見る。


「ふーっ。やっと立ち直った? じゃ、帰……!?」


 甘菜は、渋堂の表情を見て絶句していた。

 が、渋堂はそんな事など一切気にも留めずに、右拳を強く強く握りしめていく。

 同時に、左拳で自分の顎を、血でも拭うかのようになぞる。これは渋堂の食柱毒発動のためのキーとなる動作だ。

 その効果は、自身の生命エネルギーの上昇だ。これを用いれば、身体能力を極限強化する事も出来るわけである。

 準備完了。

 そして、渋堂は甘菜の方を見向きもせずに、いつもよりも低い音程で告げるのであった。


「ちょっと行ってくる」


「えっ!? ちょ、ちょっと!?」


 刹那。

 突然。渋堂が立っていた位置から、ロケット発射時の煙のような勢いで、砂埃が吹き荒れる。

 気がつけばもう、渋堂は一筋の流星のように駆けだしていた。

 今のは、試合中の塩谷と同じく、常人にはとても信じられない勢いで、単純に前へと踏み出しただけである。

 直後、試合会場と観客席を隔てるフェンスが、一つの衝突音と共に爆ぜた。

 まるで、鉛筆を突き刺された紙のように捻じ曲げられたフェンスの頂点、拳によって無理矢理抉じ開けられた穴から、一直線に人型のような何かが飛び出していく。恐らく観客の大半が、観客席の内側から大砲でも発射したのかと勘違いしただろう。だが、フェンスを貫き射出されたのは、生憎鉛玉では無い。血の通った人間だ。

 それは、背後に残像を残す勢いで地面を滑り、激しく砂埃を巻き上げていった。

 その惨状は、あたかも龍が地上に降りてきたかのようだ。

 そして、龍のあぎとは地を捲り上げる程の勢いで爆進した後、とある人物の前で急停止し、砂色の旋風を盛大に巻き上げる。

 もちろん、その人物とは塩谷始音の事だ。

 塩谷は、ここまで激しい勢いで観客席から飛んできた渋堂を見ても何の動揺もせずに、しかし先ほどまでよりも明らかに楽しそうな笑みを浮かべて歓迎した。


「すごいね。一体誰だか知らないけど、僕に何か用でもあるのかな?」

「……よお。いきなりでわりぃけどなァ……」


 巻きあがった砂色の煙が晴れていき、お互いの姿が明るみになっていく。

 そのタイミングで、渋堂我竜は塩谷始音に人指し指を向けて、天まで轟くような勢いで力一杯叫ぶ。


「俺はッ! てめぇに料理対決を申し込む!!!」


 まるで声に散らされるかのように砂埃は完全に消し飛び、二人はそこで初めて、至近距離でお互いの顔を見る事になる。

 そこで渋堂が見た塩谷の表情は、珍しく驚きの表情であった。


「あれ……? 君、もしかして渋堂?」

「ああ、久しぶりだな。塩谷」


 果てしなく意外な形で訪れてしまった数年ぶりの再会の時。

 まさかこんな事になるとは、お互い欠片も思っていなかっただろう。

 だが、今は再会を喜ぶ時では無かった。

 渋堂の怒りで濁った眼を見て、塩谷も得心したように手を叩く。


「もしかして、今日の人……えっと、何て言ったっけ……あー。まあいいか、あの人、渋堂の知り合いだった? だったらごめんね。倒しちゃって」

「謝るべきはそこじゃねーよ……実際、あいつが負けたのは事実だしな。だけどッ! だけどな! あそこまで大切な仲間をコケにされて黙っていられる程、俺は大人じゃねぇ。本当は今スグにでも殴りてぇが、ある奴に止められたから今は殴らないでおいてやる。その代わり、俺と勝負して負けたら全部取り消せ!」

「ちょっと待ってよ。いきなり盛り上がられても困るって。とりあえず、取り消すって何?」

「お前の対戦相手、霜月詠華をバカにした事全部と、対戦相手を舐めたようなオメー自身の態度全部だ!」


 そう、渋堂が怒り任せに言葉を叩きつけると、やはり塩谷は変わらぬ笑みを崩さずに応える。


「よく、意味がわからないけど、ま、戦うっていうならいいよ。受けて立ってやる」

「なら、成立だな。あと、これは個人的な願いだがな。塩谷」


 一息、軽く間を置く。

 そして、やはり叫ぶ。


「本気で来い! 真っ向からブッ倒してやる!」


 それは全身全霊の宣戦布告であった。

 それに対して塩谷は、何かを間違えたかのような不気味な笑みを浮かべる。


「……渋堂のお願いなら構わないよ。いいよ、やってやる。真上から……叩き潰してやる!」


 こうして、渋堂我竜と塩谷始音の因縁は始まるのであった。

 後に、ライバル同士となるこの二人の戦いは、こうした経緯があって成立したものだったのだ。

 だが、渋堂我竜の実力は、塩谷始音には遠く及ばない。

 この差をどう埋めるのか。この二人は昔のように笑いあう事が出来るのか。

 そして、勝つのは一体どちらか。

 結果は既に見えている。重要なのはそこに至るまでの過程だ。

 ここから先は、天に食らいつこうとし足掻く龍の物語。

 龍の咆哮は、天界を砕けるか。

 はじまりの戦いが、今、幕を開けようとしていた。

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