過去 「NOVEMBER:QUEEN」
塩谷始音。
それは渋堂我竜がまだ幼かった頃、近所に住んでいた二つほど年下の少年である。
今となっては思い出せないほど些細な出来事で知り合った二人は、瞬く間に仲好くなり、いつの間にか何処に行くにしても一緒の友人となっていた。
その一環として、もともと料理人の家系でも何でも無かった塩谷を料理界に招いたのは、他でもない渋堂だ。
何か打算があったわけではない。単純に楽しみを共有したかっただけなのだ。
もちろん塩谷は快く料理を始め、筋が良かったのか徐々に実力をつけていっていた。
しかし、ある時を境に、塩谷は家の事情で引っ越す事となり、それ以降連絡がとれなくなってしまったのだ。
「……でも、まさかあいつが料理続けてるなんてなぁ」
渋堂は観客席に座りながら、思い出に浸る。
空は快晴。風通りも良好。ここは市営のコロッセオだ。
円形に展開された観客席に囲まれる形で、中心に広い料理用スペースが用意されている。
本日の対戦は霜月詠華vs塩谷始音だ。
一方は、冷たい料理ならば、デザート類から納涼料理まで幅広くこなす氷の名門・霜月家の長女。
一方は、家は無名だが、最近料理界の名だたる英雄達を次々と葬って、伝説を築きあげようとしている天才少年。
この二人が今日、このコロッセオにて雌雄を決するのだ。
渋堂我竜は、今日という日を楽しみに待っていた。
だが、彼の席は最前列で、霜月サイドのちょうど真後ろという位置になる。多少悪い位置だが、ここしか場所が無かったのだ。仕方が無い。
しかし、渋堂はそんな不満を欠片も出さずに、満面の笑みでまだ試合の始まらぬ会場をじっくりと眺めていた。
「こりゃ、どっちを応援していいか困るなー!」
「別に、どっちを応援しようが結果は変わらないと思うケド」
渋堂の隣に座っている少女が呟く。
赤い帽子を目深に被った、全体的にラフな格好の少女だ。
この少女は渋堂と知り合いであったが、わざわざ隣同士の席にしたわけではない。
あくまで偶然こうなってしまったのだ。
そして、この少女をあまり良く思っていない渋堂は、不快そうな声音をストレートに響かせる。
「んだよ。しらけんなオメー。黙れよ天川」
「違う」
「あん?」
「アタシを呼ぶなら甘菜って、下の名前で呼びな。アタシを天川と呼ぶのは許さない」
「……めんどくせーな。お前も」
天川甘菜。八歳。
この年齢にして、既に心が荒み切っている残念な少女である。
彼女はとある事情から、自分の家の名を極端に嫌っていた。
だから、名字で呼ばれるのを嫌がるのだろう。
しかし、渋堂や天川のような料理の名門の人間が、相手を下の名前で呼ぶというのは特別な事なのである。
正確な括り方をするならば、渋堂、天川、霜月、辛籐、三ヶ峰の五つの家系の人間は、自らを名字で呼ばせる事によって「自分は名門の人間」という位置づけを定着させようとする節があった。
それと同時に、他者を名字で呼ぶ事によって「名門では無い人間」というのを強く意識させようとする傾向にあるのだ。
これは、各家の歴史の出発点から既に存在していた、いわば伝統のような傾向であるため、なかなか簡単に無視する事が出来ない問題なのである。
そして、逆にこれらの家の人間が相手を下の名前で呼ぶという事は、呼んだ相手「個人」を見ているという意味合いになり、主に親愛や友好、恋慕や信頼などを表現する事になってしまう。
もちろんそういうのは嫌だと思っている渋堂は、その件にはほとんど触れず、すぐに話題を変える事にする。
「ところでよ。お前は今回、どっちが勝つと思うよ?」
「そんなの、聞くまでも無い事だと思うケド。十中八九、詠華ちゃんでしょ」
「やっぱ霜月かー。だよな。いくら相手が快進撃を続けようと、そう簡単に負ける奴じゃないよな」
「ただ、一つだけ懸念があるとすれば……塩谷始音の悪評、かな」
「ん、何だそれ?」
それは渋堂が初めて聞く話であった。
彼は、全て目の前の敵に集中するスタンスでここまできたので、自分と関わりの無い料理人については疎かった。
そのせいだろうか。
甘菜の側から、そんな事も知らないのか、と言わんばかりのオーラが放たれていた。
「い、いや、しょーがねーだろ! 別に気になった時調べりゃいーんだしよ!」
「……はぁ。まあいいケド。教えたげる。あのね、塩谷始音は……」
そうして甘菜が何か言いかけた時、急にマイクに音が入ったような金切り音が鳴り響いた。
いや、ような、では無い。これはマイクに音が入った音そのものだ。
その証拠に、すぐに追いかけるようにアナウンスが入った。どうやらこれから選手が入ってくるそうだ。
なので、渋堂と甘菜は会話を一旦止め、試合開始までの流れをじっくり見る事にした。
そして、二人の会話が再開されたのは、塩谷始音が入場し始めた時である。
「……ん? あれ、本当にあの塩谷か?」
「もしかして知らなかった? あれがアタシの知ってる塩谷始音」
渋堂我竜の知っている塩谷始音は、純粋で真面目で、利発的な大人しい少年であった。そして、いつだって目に好奇心の光を宿していたはずである。
しかし、会場に入ってきた塩谷は、渋堂の知る塩谷像とは大きく異なっていたのだ。
「……あいつ、一体何があったんだ……?」
塩谷は、真っ白な神父服のようなものを纏っていた。これは最近発売したばかりの変形型調理服である。
だが特筆すべきはその表情の方で、明らかに目に生気が宿っていなかった。渋堂の常人離れした視力ならば容易に確認出来るので、見間違いはあり得ない。その目は、薄い光すらも宿っていない深淵のようだった。
まともな調理服を身に纏って、不安そうに歩いてくる霜月とはまさしく対照的である。
渋堂が、嫌な予感を隠しきれずにそわそわして見ていると、会場スタッフから霜月と塩谷に装着型の小型マイクが手渡されたのが確認できた。
これから行われるのは、恐らくルール決めだろう。
今回の試合形式はアドリブトークバトルという形式だ。
試合直前に、話し合いによって複数用意されたルールの中から一つを選ぶ、という内容である。
そしてここらで、大型モニタに選手二人の映像がアップで表示され、巨大スピーカーから音声も届くようになる。
霜月は緊張しているのか、所在なさげに視線を彷徨わせながら、何とか小型マイクを襟のあたりに装着していた。
「……あ、あの。ルール、希望とかって、何かありますか……?」
その言葉を受けた塩谷は、酷く歪な笑みを浮かべてこう答えた。
「無いよ」
そして、こう続けた。
「ところで君、得意なテーマとかってある?」
「えっ、私……ですか? そ、その、冷たい料理だとか……あの、そちらは……」
「あっ、そう。なら、それでいいや」
塩谷始音は、事もなさげにそう言ってのけた。
一瞬、会場が静寂に包まれたかのような錯覚。
事実。誰もがどう反応していいか、わからなかったのだろう。
このアドリブトークバトルのミソは、話し合いによっていかに自分に有利なルールを用意するかという点にあるのにも関わらず、それを完全に無視した挙句自分に不利なルールで戦おうとしているのだ。
当然、観客席の渋堂も言葉を無くしていた。
だが、そんな凍りついた世界で、塩谷だけが自由に動く。
「いいよ。大まかなルールも細かなルールも全部決めちゃって。僕、こういうの苦手で」
「……だっ、駄目ですよ……! ちゃんと話し合いで決めないと……フェアじゃ、ないです……」
「だから何? 関係無いよ。どっちでも結果は同じだし」
結果は同じ。
つまり、塩谷始音はどんなルールであっても、霜月に勝てるつもりでいるのだ。
いくらなんでも相手を見くびりすぎている。
塩谷始音の悪評。即座に、その単語が渋堂の脳裏に浮かぶ。
もしかしたら、こういった事は、今回が初めてでは無いのかもしれない。
そこまで思考が至った時、渋堂は、胸の奥底から嫌なものがこみあげてくるのを抑えられなかった。
「そ、それでも……話し合いっていうルールですから……」
「めんどくさいなー。じゃあ僕そういうのヤだし、もう帰っていいかな?」
「そ、それは駄目です……っ! 友達が、友達が見に来てるんですぅぅ……!」
「……んだよ。この会話?」
渋堂は精一杯目を見開いて動揺しながら、事の成り行きを見守る事しか出来なかった。
昔と比べてすっかり変わってしまった塩谷と、珍しく相手に食らいついている霜月。
この二人の変化に、渋堂は、もう余計な言葉を吐きだす事さえも難しくなっていた。
隣の甘菜から、やっぱり、という声が聞こえてきた気もしたが、それに反応出来るだけの余裕が無い。
しかし、それでもこの流れは留まる事を知らなかった。
「友達? へえ、友達が来てるんだ。なら、逆に良かったんじゃないかな?」
「……な、何が……ですかぁ?」
顔を強張らせる霜月だが、塩谷は絵に描いたような平坦な笑みを崩さぬまま、じっくりゆっくりねっとりと、一字一字はっきりこう告げる。
「友達に、負けるところを見られなくて」
「――――――っ!?」
動揺して言葉を失う霜月。
だが、塩谷は言葉を止めない。
「大丈夫。安心して。ここで僕が帰ったら君の勝ちだよ。無様なところを友達に見られなくて本当に……」
塩谷は、人間らしく厭らしい笑みを浮かべ、有機的に弾んだ声色で宣告する。
「良かったね」
その言葉に、誰よりも早く反応したのは渋堂であった。
反射的に拳を握りしめ、今にも会場と観客席を隔てるフェンスを破壊して、ほぼノータイムで塩谷始音に殴りかかりそうな勢いである。
渋堂には、塩谷に何があったのかは分からない。
しかし、今の冗談は流石に笑えなかった。
料理対決の場は、互いに互いを高めあうための神聖な場である。それが渋堂我竜の信条だ。
それを穢された上に、自らの師までコケにされたのだ。ここまでふざけた料理人は今までもいなかったし、まさか本当にいるとも思っていなかった。少なくとも渋堂はそう信じていた。が、裏切られたのだ。
こうなってしまえば、怒ってはいけない理由が存在しない。
多分、塩谷は一発殴られないと分からないだろう。渋堂は半ば本能だけでそう判断し、ゆっくりと椅子から立ち上がろうとした。
が、甘菜の側から伸ばされた手に止められる。
「馬鹿。ちょっと冷静になれないの? 沸点低すぎ」
「うるせぇ。止めんな。俺はあいつを殴らなきゃならねぇ」
「だから、それが馬鹿つってんの。だいたい、アイツをやっつけるのはアンタの役目じゃないでしょーが」
甘菜は、渋堂を止めていた手を機敏な動きで正面まで持っていき、フェンスの向こう側に居る霜月詠華の背中を指さす。
「やるのは詠華ちゃん。わかったら座ってな」
「……くそっ!」
その言葉と真摯な眼光に、渋堂は着席せざるを得なくなる。
確かに甘菜の言うとおり、ここで渋堂が行ったところで何の意味も無い。
だから、必死に歯を噛みしめ試合を見守るしかないのだ。
しかし、そんな彼の無念も調理場までは届かない。
が、その代わり、霜月が俯いたまま、ぽつりと何かを呟いた。
「……ない」
「え、何か言った?」
塩谷が聞き返すと同時、霜月は顔を上げて、力いっぱい叫ぶ。
「……私、負けないからっ!」
それは彼女なりの必死の言葉であった。
だが、対峙する塩谷の表情はあきれ顔である。
「だから言ってんじゃん。僕の不戦敗でいいって。ていうかそれしか君の勝つ方法なんて無いと思うけど?」
「……もうルールは私の有利なルールでいいです。だけど、そのアドバンテージ分お釣りが来るぐらい私が、か、勝ちますっ!」
これは、宣戦布告だ。
霜月から、塩谷に向けての勝利宣言。
これは、もうどう控えめに見積もっても宣戦布告である。
渋堂はその様子に一瞬だけ感動するが、よくよく振り返ってみると、霜月詠華という人間はもともと非常に負けず嫌いだったという事実を思い出した。
気弱なせいで気づかれにくいだけで、これは無理をしていない、紛れもない霜月の本心なのだ。
これを受け、塩谷も不気味な笑みを更に濃くする。
「へえ、面白い事言うね。ならいいよ。やろう?」
「……のっ、望むところですっ!」
「あーあ。せっかくのチャンスを手放すなんてね。まあ、僕からしてみればどうでもいい話か。ま、とにかく……」
そして、塩谷は今日初めて好戦的な笑みを浮かべる。
「真上から叩き潰してやる。覚悟しててよ」
こうして料理対決は始まろうとする。
テーマは「冷たい料理」という酷くアバウトなものに決定した。
食材は、このコロッセオの中心に置かれた巨大冷蔵庫から、好きなものを好きなだけ持って行っていいという形式だ。
けれども、完成品は一品のみなので注意が必要だ。
制限時間は一時間だが、完成した時点で審査員に渡して良しとなっている。
今回の審査員は、正体不明のロボットらしき何かだ。
黒い箱を細い棒で連結して作られたような雑なロボは、口のところに空洞があり、そこに食事を突っ込むと、料理の評価をしてくれるというシステムらしい。
ちなみに、調理中の妨害は可となっている。
何はともあれ、ルール説明は以上だ。
そして、運営サイドからこれらの説明が終わった後、ついに試合開始のカウントがモニターに大きく映し出される。
三、
観客席の渋堂と甘菜の手に力がこもる。
二、
霜月が、真夏にも関わらず白い息を吐きだした。
これは彼女の食柱毒を発動するため、安全装置を外すような意味合いを持つ動作である。
これで、霜月は試合中、自由に食柱毒を使えるというわけだ。
一、
しかし、残り一秒になっても、塩谷は余裕の笑みを絶やさず構えもせず、ぼおっと立ち尽くしている。
強いて言うなら、軽く両目を閉じたぐらいしか何もしてない。
そんな事で何が出来るのか。
渋堂は皮肉気な疑問を浮かべる。
零。
そして、カウントはゼロを刻み、戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
瞬間。
塩谷の立っている場所から、大量の砂埃が爆ぜるように吹き飛んだ。
それが、ただ塩谷が大地を蹴って一歩踏み出しただけの動作で発生したという事に、会場にいる大半の人間は気付けなかった。
旋風を纏いながらの爆発的加速。
塩谷始音は、まるで水平に打ち出されるロケットが如く、煙の中から一直線に飛び出していった。
その姿を視界で捉える事は可能でも、脚の動きに関しては速過ぎて目視すら出来ない。
瞬く間。そう、瞬く間に巨大冷蔵庫の前までたどり着いた塩谷は急停止し、両の腕の残像を大量に量産する程のスピードでいくつもの食材を回収し、霜月が何かする前に速攻自分の持ち場に戻った。
この間、ほんの数十秒。
驚愕に口を開けて茫然としている渋堂の横で、甘菜が顎に手を当て感心したような声を漏らした。
「へえ。実際見てわかったケド、あの速度、まだ伸び白あるんだ。このまま成長すれば、パパより速くなるカモ」
「……マジか、マジで言ってんのかオメー!?」
「残念ながらアタシの審美眼は食柱毒じゃ無いから、断言は出来ないケドね」
「……でも、的中率かなりたけーよな。お前の眼」
「まあねー。だけど、ま、この勝負に関しては、安心して見てても大丈夫じゃない?」
「はあ? あんな超スピードで来られたら、いくら霜月だって……!」
「それ、遠まわしな自画自賛?」
甘菜に問われ、渋堂の動きがまたしても止まる。
言われてみれば、渋堂も能力を発動したら、今の塩谷と似たような事が出来るのだ。
だが、渋堂が今言いたいのはそういう事では無かった。
今回の場合、殺人的加速力だけが驚異というわけでは無いのだ。
「そんなんじゃねぇ。俺が知ってる塩谷は、もっとこう、じっくりやるタイプだったんだよ! 他の奴より完成が遅くても、誰よりも良いものを作り上げる奴だったんだよ。だからもし、あのスピードがスタイルを変えた結果なら問題ねーが……もしも、あいつの地力の上に速度を重ねた形になってんなら、相当やべーぞ……!」
「アタシの勘が正しければ、七、八割、後者。でも……」
甘菜が薄い笑みを浮かべる。
それと同時に、会場内で異変が起こった。
あれだけ派手に動き回っていた塩谷の動きが止まり、急に何かに怯えるかのように蹲って震えだしたのだ。
甘菜は、予想的中と言わんばかりの決め顔で、嬉々とした声を発する。
「アタシには、詠華ちゃんの負ける姿が見えない」
「……!」
試合会場の調理場では、蹲る塩谷を尻目に、何事も無かったかのようにゆっくりと、食材を取りに行こうとしている霜月詠華の姿があった。
その佇まいに動揺の色が無いのは当然だ。
塩谷の動きを止めたのは彼女なのだから。
今回の対決は妨害アリのルールとなっている。だから、霜月はそれに則って食柱毒による妨害を謀ったのだ。
後に「月詠の女王」という異名を持つ事になる絶対零度の支配者、霜月詠華。
その片鱗は、この時点ですでに出ていたのだ。
霜月は、冷やかな目をしていた。
「……負けないって、言ったから……」
「な、何さ……僕に何をしたんだ……?」
「…………詳しくは語らないけど、これが私の食柱毒……です!」
「……そうかい。くそっ、どうすればいいんだこれ……!」
塩谷は困惑しているようだったが、渋堂には何が起こったのかが、鮮明に理解出来た。
霜月詠華の食柱毒は、他人の基準点の上昇だ。特に親しくない相手には、相手の五感強化能力と伝えてあるが、その説明でも概ね間違っていない。
他者の基準点、つまりどれぐらいの寒さで「寒い」と感じるか、どれぐらいの痛みで「痛い」と感じるか、そういった基準点を自由自在に上げる事が可能なのだ。その理屈で、相手の全感覚の基準を引き上げる事により、相手の五感を強化する事も可能という能力なのである。
しかも、一定空間内なら、複数の人間に対してかける事も可能だ。
ただし、能力発動から実際に効果を発揮するまでには多少時間がかかるが、これは霜月が能力を発動してから対象が一定数呼吸をしなければ、効果を発揮出来ないという制限があるからである。
しかし今回、塩谷は過度な運動で、すぐにそのノルマを満たしてくれた。本来ならばこんなに早く効果を発揮するはずが無いのだ。
その結果、塩谷は現在あらゆる感覚を超強化されて、身動きすら取れなくなっているというわけだ。
対戦相手がその状態ならば、唯一の欠点である「連続発動は出来ない」という点も問題無いだろう。
こうなればもう勝利は確定である。
「だから言ったでしょ? 詠華ちゃんの勝ちだって」
「……確かに。つーか、こうやって見るとクソ強えーな霜月」
この時点で勝負はついているはずなのだが、霜月がこれから作ろうとしているのは、彼女のオリジナル必殺料理である「月下氷城」だ。
これは、氷菓子で洋風のお城を作るという、霜月の最強料理だ。
一見、ただの見栄え重視の料理に見られるだろうが、ありとあらゆる場所に霜月ならではの工夫がこなされてあり、いくら食べても飽きない仕様になっている。
しかも、最高に冷たい。この城は、霜月家に伝わる技術を駆使してあるため、かなりの冷気を内包しているのだ。
更に、霜月の能力で、暑さの基準点を引き上げられた審査員がこれを食べる事により、熱い中冷たい食べ物を食べるという最高のシチュエーションで、料理を味わってもらう事が可能なのだ。
その上で、霜月が得意としている、相手の五感強化と五感で楽しめる料理を組み合わせた「五感料理」という大技までもってくるのだ。これを用いれば、たとえ味覚の無い人間が食べても、まるで味覚があるかのように錯覚してしまう程の効果を発揮出来る。
この無敵さは、まさにチェスでいうクイーンだ。
女王に死角無し。
現時点で、会場に居る誰もが、霜月詠華の勝利を確信した。
ただ、一人を除いて。




