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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「ROUTE:DRAGON」編 ~塩谷始音の前日譚~
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過去 「UNKNOWN:LEGEND」

 時は五年前まで遡る。

 現在、渋堂我竜は十八歳なので、彼が十三歳の時の話だ。

 その頃はまだ五味グループも無く、ちょうど料理対決が流行り始めてきた頃だった。

 そして、何よりも明らかに現代と違う点が存在した。


「やっべ、また失敗した……」


 今と変わらぬ和風屋敷の一角。広いキッチンにて、渋堂は料理をしていた。

 品目は王道的なハンバーグ。

 なのだが、フライパンの上に乗っているそれは、形が酷く歪な上に相当焦げ付いている。ソースの色も鮮やかな緑色と不気味である。

 つまりは失敗作だ。

 渋堂は、その現実に舌打ちしつつも、せっせせっせとフライパンから食器へと失敗作を移動させる。

 現代でこそ、渋堂我竜は世界最強の料理人と称されているが、五年前においては全く事情が異なっていた。


「……くそ、これで何度目だよ」


 渋堂我竜十三歳。苦手な事、料理。

 和食の名門渋堂家に生まれておきながら、彼にはほとんど料理の才能が無かった。

 だからこそ、幼い頃から抱え続けてきた劣等感が、彼の心を苛む。

 だが、問題はそれだけでは無かった。

 渋堂が失敗作の乗った皿を客間まで持っていくと、中心に背の低いちゃぶ台が置かれており、その上には、渋堂のものと比べ物にならないほど整ったハンバーグが置かれていた。

 そして、すぐ傍には一人の少女が座っている。この少女が、この綺麗なハンバーグを作り上げたのだ。

 渋堂はその出来の差に落胆しつつも、なんとか笑みを形作って、ちゃぶ台に己の失敗作を置く。


「あいっかわらず完成度たけーなぁ。どうやったらこんなスゲーの作れるんだ!?」

「……べ、別に。れ、レシピ通りに作っただけ……だよ?」

「うっそマジで!? いやありえねーよ。やっぱ凄いな、霜月は」

「……そ! そんな事ないよ! わ、私なんてそんな!」


 霜月詠華しもつき よみか。それが彼女の名だ。

 銀色のウェーブがかった長髪に、兎のように紅い両目、そして触れれば雪のように溶けてしまいそうな白い肌。

 顔を隠すように両手をぶんぶん振っている仕草もあり、全体的に小動物的な印象を与えられるような少女だ。

 そんな霜月は渋堂の幼馴染であり、同時に料理の師匠でもある。


「おいおい、あんま謙遜すんじゃねーよ。弟子の俺の立場がなくなっちまうじゃねーか!」

「ご、ごめんなさい……」

「謝んなって。でよ、今回の俺の失敗作、何で上手くいかなかったかわかるか?」

「え? うーん……」


 霜月の目が細められ、静かに渋堂の失敗作を、まじまじと観察し始める。

 これはいつもの光景だ。

 渋堂が何かを作っては失敗し、そのたびに霜月に見てもらい問題点を浮き彫りにして、改善する。霜月程の実力者になると、見ただけでだいたい全部わかるので、それを活かした勉強法だ。

 本来なら、調理中に見て貰うのが一番いいはずなのだが、それは渋堂にとって望むところでは無かった。あくまで調理場に立つのは一人だけ。それが渋堂我竜のポリシーだからだ。

 何はともあれ、この料理観察は今まで延々と繰り返してきた流れなので、二人の挙動に淀みは無い。

 しばらくして、霜月が見回す動きをピタリと止める。


「……渋堂くん。た、試し過ぎだよ」

「あ、やっぱり?」


 その一言だけで全てが伝わる。

 原因は、渋堂が一度に複数のレシピを参考した事にあるのだ。

 肉汁をたっぷり出すためのレシピから、素材の味が活きるシンプルな味付けのレシピに、どんなお肉でも美味しく食べられる味の濃いソースづくりが載ったレシピなど、本当に目につくもの全てを参考にしていって、無理矢理組み合わせたのだ。更に、そこに独自のアレンジまで加えてしまった。

 結果がこれである。あらゆる要素が噛み合わず、焼き過ぎなどのミスも相まって、出来たのは結局のところただの失敗作だ。

 渋堂からしてみれば、ある程度予想内の結末だったとはいえ、途中までは本当にいけると思っていたのだ。

 美味しいとこどりをしようとして、逆に不味いとこどりになってしまった。


「だ、駄目だよ……きちんと一つのレシピ通り作らなくちゃ」

「うっ! で、でもよ! たまたま今回が駄目だっただけで、もし上手くいってたらどのレシピよりもうめーモンが作れたと思っ……」


 渋堂がそこまで言いかけた時、突然廊下に面している襖が開けられた。どうやら誰か来たようだ。

 だが台詞を中断された不快感から、渋堂が不快そうな表情を隠しもせずに、廊下の方に視線を移す。

 すると、そこには背が低くて、長い黒髪をそのまま流した少女が腕を組んで立っていた。

 だいたい渋堂達と同い年ぐらいの見た目だ。その上、スカートの丈がやたら短いセーラー服を着ている。このデザインは近所の中学校のものだ。

 その少女は、ほんの少しつり目気味の両目で、じっくりと客間内を観察した後、鼻で笑った。


「貴方のハンバーグ、へったくそですねー」

「いきなり来ておいて第一声がそれかよ!? ていうか、下手な方の料理を俺のと決めつけやがったなこの野郎!」

「それはそうでしょう。霜月さんがそんなハイエナの餌のような料理なんか、作るわけが無いじゃないですか」

「ちくしょぉぉぉぉぉ!」


 口調は今も変わらず、人を見下したようなこの少女は、辛籐空美十二歳だ。

 年齢は渋堂の方が一つ上だが、それは彼の誕生日が早く来る事に起因しているため、学年は同じである。もっとも、クラスは別々であるが。

 辛籐は、この渋堂邸に来る事は滅多に無いとはいえ、初々しい反応をとってくれるような客でも、気を使ってくれるような客でも無かった。

 渋堂は図星を突かれた悔しさと、何故突然来たのかという疑問で、自然と苦々しい表情になる。


「……んで、何の用だってんだよ? 単にヒマ潰しとかじゃねーだろうな」

「いえ、私には料理の修業がありますので、暇なんてあるわけないじゃないですか。ただ、家族から頼まれただけですよ。軽視されているようでムカつきますが使いっ走りです。貴方がたの料理対決の観戦用チケットを貰って来いと。正確には、コネ使ってなんとかして来いと」

「あー。そういや近い時期にマッチング組まれてたっけなー。まだ相手確認してねーや。霜月は?」

「わ、私は見たよ」


 料理対決。

 それは最近ブームになっている戦いで、料理人同士が市営のコロッセオや特設ステージなどの専門会場にて、料理を作って出来やスピードを競いあうというものだ。

 渋堂や霜月に関しては、対戦内容は親が管理しているという形になる。

 なので、本人達も知らないうちに、マッチングが組まれているという事が度々あった。

 今回もその一端である。


「そっか。どんな奴だった?」

「……何だか、最近話題になってるっていう料理人みたいで……すごく、強いみたい……」

「マジかよ! 強敵じゃん! 羨ましい限りだぜ! 俺も確認しとかねーとなぁ。あ、チケットぐらいならちょいと待ってもらえばすぐ渡せると思うぜ。辛籐ンとこって五人家族だよな? じゃあ五人分……」

「いえ、四人分で十分です。私は行きませんので」

「おお、そうか。何でだ?」

「私は、今、自分の事で手いっぱいなんですよ。だから他人の試合に興味はありません。もう少しで、力を手に入れられそうなんですよ……道を終わらせるための力が……」

「は、はあ? まあがんばれ」


 残念ながら、渋堂にその言葉の意味を理解する事は出来なかった。

 だが、辛籐の発言には時々そういうところがあったので、特に深く考えること無く流す事にする。

 後に、これをきっかけとして辛籐空美がオリジナル料理を完成させて、一つの伝説を築きあげる事になるのだが、それはまた別の話だ。

 と、そんなところで辛籐は要件が済んだと言わんばかりに、二、三言だけ残して部屋を去って行った。

 こうして、辛籐が居なくなった事によって、客間には再び静かな空気が流れだした。

 渋堂は、またちゃぶ台のあたりに座りなおす。


「さて、落ちついたし食うか」

「……うん。そうだね」


 いくら失敗作とはいえ、作ったハンバーグは昼食用だ。

 それに、実際に食べてみなければ、正確な判定は不可能である。

 このように、お互い作った料理を自分で食べるという行為も、最早日常風景の中の一つである。

 だが、今回は少しだけ空気が違った。

 霜月が視線をそらすかのように俯き、なかなか自作ハンバーグに手を付けようとしなかったのだ。

 露骨にそんな態度を取られてしまえば、流石の渋堂も心配になってくる。


「どうしたんだよ? 食えよ。それとも何か心配事でもあったのかよ?」

「……う、うん。悩み事ってほどじゃ、無いんだけど……次の対戦相手が、ちょっと不安で……」

「ああ、話題になってるって言ってたもんな。何てやつだ?」


 ここで、渋堂は初めて、霜月と戦う者の名前を聞いた。

 それは、奇妙なめぐり合わせを感じるような偶然であり、今の彼らは知る由も無いが、これから先引き起こされる必然の出発点であり、まさしく運命の交差点とも言えるような遭遇であった。

 霜月は、俯いたまま静かに口にする。

 その少年の名を。

 当時十一歳だった伝説の名を。


「塩谷、始音……」


「何ぃっ!?」


 その名は、かつて渋堂が料理の道に誘った友人の名であった。

 そうであると同時に、ある時の引っ越しをきっかけに疎遠になってしまった、昔の友人の名でもある。

 そんな運命の流転に衝撃を受けながらも、渋堂は胸中での嬉しさを隠しきれなかった。

 何せ、自分が料理の道に連れてきた相手が、まさかここまで大きくなって、その上自分の師と戦おうというのだ。渋堂我竜からしてみればそれは、心が躍らない展開のわけが無かった。

 だが、現時点で相当な運命を感じている渋堂ではあるが、これはまだ始りに過ぎない。

 塩谷始音と渋堂我竜の、闘争の運命はここから始まるのだ。

 そして、それが本格的に動き出すのは、数日後、霜月詠華vs塩谷始音の戦いの火蓋が切って落とされる時であるのだが、現時点でそれを知る者は誰一人として居なかったという。

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