決着 -ROUTE:SWEET-
無念。
その思いを抱えたまま、霜月散葉は正真正銘息の音が止まって完全に死んだ。
「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!?」」
考えてもみれば当然の話だ。
地獄送りが反転されたところで、即死効果は残っているのだ。
逆に咀嚼の間、生き残れるだけのロスタイムがあった方が驚きなのである。
不味すぎて死んでしまうレベルの料理が、美味しすぎて死んでしまう料理に反転した。
それだけの事なのだ。
しかし、すっかりその事実を失念して流れに呑まれていた連中は、ただただ慌てる事しか出来ない。
「う、うわあああああああああああああああああ!!! 一体何事、僕ちん聞いてないよ!!!!? 霜月ちゃん!!!! 霜月ちゃんちょっとっ!!!!?」
「だ……だだだ大丈夫ですよね……だだだだって始音さん大丈夫とか死ぬ前に言ってたし……」
「な、何だ何が一体何が起こってるんだ何が……霜月ちゃんしっかりして霜月ちゃん、僕ちんだよ目を開けて!」
思いっきり取り乱す天川照真と辛籐空美。
そして、天川邸内が大荒れする。
そんな中、動じずに落ちついているのはたった二人しか居なかった。
病室で倒れている少年と、今この殺人料理を出した少女の二人だ。
病室の少年はぽつりと呟く。
その言葉の内容は、今ちょうど指を鳴らして会場を静まり返させている地獄の少女が放った言葉と、完全に一致していた。
いくつもの壁を隔て、二つの声が重なりあう。
「「三柱天国…………!」」
その瞬間。
静寂が訪れる。
それから物音と吐息。
「んっ……」
倒れて死んだはずの霜月が、ゆっくりと這いあがって審査員席に戻ってきた。
その表情に、皆が安堵に包まれる。
まるで、天国が地上に顕現したかのように。
霜月は、何が何だか全く解せないような顔で、ふらふらと周囲を見回す。
「……えっ、えっと、みーは一体……」
その問いかけに応じる者はたった一人、今自信満々に他人の技名を言った少女だ。
その少女、天川甘音の両目には、光り輝く自信が宿っていた。
「単刀直入に言うわ。さっき、わたしの料理の力によって、あなたは死んだの。だけど安心して。あなたは生き返ったから」
「えっ!? ええええええええ!?」
「ひとつ、言い忘れてたけど、始音くんの残した料理には不死の力が今まで以上に詰まっていたのよ。何となくだけど、料理から放たれてるオーラですぐにわかったわ」
通常、三柱天国は一度拒絶反応を起こしたら、それで終わりだ。
しかしながら、時を停止させる程極限強化された不死の食柱毒の力は、それでもなお残留し続けた。
その効果が、たった今発揮されたのである。
これは互いの進化した力がたどり着いた「通常の遥か先」にある新天地だ。
新天地。新たな天と地の力。
遥か昔に分けられた天上と地上は、永遠にも似た永い永い時を経て、今一つとなる。
天国と地獄さえも溶け合う瞬間。
天地融合。
この料理が発揮する効果は、もう個々の名だけでは説明不可能だ。
あえて言うのならば「三柱天獄」。
天川甘音の天国料理は、辛籐空美の協力で打点を究極まで引き上げ、塩谷始音の能力でその性能を遺憾なく発揮出来るというわけだ。
三人の、HelleNの力が組み合わさった、究極至高の絶対勝利を呼び込む最強無敵の冥界の具現。
それが、天川照真の絶望を呼ぶ。神すらも裁きしこの真なる冥界は、もう誰にも止められない。
辛籐も、ようやく安堵したような顔で、髪を弄って便乗する。
「いや、オーラって何ですか。あ、ちなみに私は甘音さんが自信満々だったので、そこに賭けただけです」
明らかに取り乱していた辛籐だが、もうその顔に不安は無い。
そんな異様な空気に、天川照真は呑まれていく。
当然だ。
今この場所は神の支配する絶対空間――――を更に支配する絶望の世界なのだから。
もう天川照真の支配は終わったのだ。
「……な、何だ……さ、さっきからおかしいぞ……今、何が起こってるんだ……僕ちんは……えっと……!!!」
天川照真は顔に手を当て激しく動揺する。
この料理対決、天川照真にとってあまりにも想定外の出来事が多すぎた。
そもそも原初の切っ掛けは天川甘音が辛籐空美に勝利した事であり、それからこの対決が成立するまでの流れも娘を助けに来た辛籐にしてやられた感じがある上、もちだされた過去の娘の言葉によって料理対決を成立させられる事となり、途中で実力を見せて絶望させようとしたら娘が現れ反撃までされ、ムキになって出した真の力は、娘に発破をかけられ気合いを入れた辛籐に見抜かれ攻略され、更に塩谷によってこの最終段階まで持っていかれ、最後は娘のわがままによって機を逃し、こうして追い詰められているのだ。
だいたい娘の――――天川甘音のせいだった。
実際に行動を起こしたのは他の二人でも、ここぞという場面で突然流れを切り替え反撃の起点を作ったのは、全て彼女である。
天川照真はようやくその事実に気が付き、怒りのあまり喉奥から低い唸り声を上げる。
事の発端、HelleNが誕生したのも天川甘音のせいだ。
もうだいたい全部、天川甘音のせいだった。
「…………アマカワ、アマネぇぇぇ……!!!!!」
それは、天川甘音を「可愛い自分の娘」では無く「何があっても真っ先に倒すべきだった敵」として認識した物言いであった。かつてここまで天照大御神を追い詰めた者はいない。
天川甘音は、よく自分の事を天才と呼んでいたが、それは間違いだ。
天才どころの騒ぎでは無い。間に天災を置いて、最早「生ける天地狂乱」とも呼べる存在である。
霜月以外のここにいる人間――――塩谷始音、辛籐空美、天川照真の三人は皆ことごとく、大なり小なり天川甘音に人生を狂わされているのだ。
だが天川甘音は、そんな事実など蚊ほどにも気にしておらず、自信満々に事実を叩きつける。
「そういえば、一度もちゃんと声に出して言っていなかったわね。いい? この料理は反転しているの。あなたは、あえてわたしの料理を反転させなかったようだけれど、それは恐怖からかしら? だとしたら残念だったわね」
「う、五月蠅い……!!! 五月蠅い、五月蠅い、うるさぁぁぁぁあああああぁぁああいッ!!!!」
生まれてから一度も失敗してこなかった、生まれついての成功者のはずの神は吼える。
昔から神童と呼ばれ続け、年を重ねても地上に降りてこなかったこの男は、ついに地獄の最下層……無間地獄かコキュートスにまで叩き落とされたのだ。
それも無能だと思っていた一人の娘によって。
神話の世界では、身内に殺される神は多々存在する。
このままいけば、天川照真もそこに名を連ねる事となるだろう。
天川甘音は、躊躇無く告げる。
天の川のように滑らかに髪をかきあげ、その自信に満ちた口から甘い音色を響かせる。
「おまちどうさま、父上。これがあなたの恐れていた料理よ」
そして、目を閉じて一呼吸し、ゆっくりと目を開く。
相手が何者であろうとしっかりと見据える目。
この目に、伝説の天使と呼ばれた少年も、難攻不落の不落嬢もやられてきたのだ。
今度は、天照大御神の番である。
ここで、満面の笑みを浮かべた少女が叫ぶ。
この章のサブタイトル、ROUTE:SWEETは彼女の道の名だ。
かつて、料理に愛情“しか”詰められていないと称された少女の料理は、ついに愛情よりも大切なモノを手に入れてしまった。究極両立。
だから、もう何があっても絶対に負けるわけが無い。
必勝。これは意気込みでは無く、少し先に訪れる結末である。
大胆不敵にして絶対正義。
阿鼻叫喚と剣山刀樹の中平然と歩くその少女は、八万地獄と無限奈落をその身に宿し、悪鬼羅刹をも泣かせて世界に暗雲漂う絶望地獄を運びし存在。
その名も、天川甘音。
徹底勝利絶対無敗、至上無敵の地獄嬢様は、自らの父に高々と勝利宣言を叩きつける。
「終わりよ、父上。ここは天上。だけどあなたの居るべき場所じゃあないわ。だからわたしが……奈落の底へと……叩き落してあげるっ!!!!!」
そして、ファイナルラウンドも、そろそろ終わりの時へと近づいていた。
HelleNを潰そうとしていた男が、逆にHelleNに潰されるという歴史的瞬間。
天川甘音は力強く声を張り上げる。
「散葉ぁっ!!!!」
「えっ、ひゃいっ!?」
「……採点の時間よ。正直に答えなさい」
「……う、うんー……」
しかし、霜月の態度はどこか冴えない。
それは、天川照真の敗北を認められないからだろうか。
一瞬、天川甘音も辛籐空美もそう思った。
だが、だからこそ次の展開は読めなかった。
この意外な結末に、驚く事しか出来なくなるのである。
審判の時は、意外に呆気なく訪れた。
「71点、ぐらい、かなー……?」
「な……!」
霜月の茫然とした声に、辛籐は動揺を隠しきれない。当然だ。
必勝の策が今破れ、これから天川照真の独断場が始まるのだから。もう新たな料理を作る暇も無ければ、ここで仕留め損じる天照大御神であるわけもない。
辛籐の表情が驚愕で固まる。それにより、少しの沈黙が流れる。
だが、そんな沈黙も長くは続かない。
静寂を切り裂く嗤い声。低く、天から見下ろすような傲慢さを感じせる微笑。天川甘音と辛籐は同時に振り向く。
天川照真が、頬を引き攣らせて嗤っていた。
「くっ……くくくくく……あはっ、はははははははははは……ぎゃははははははははははははははははははははーーーーーーーっ!!!!! どうしたのかな! ここで100点取るんじゃなかったのかな! ハン、だから僕ちんに逆らうなって言ったのに! 言ったのにさぁ! 一歩。届かなかったみたいだね! ざまぁみろ! ざっまあみろよぉ! ぎゃはははははははははは!! 僕ちんの勝ちだ! いい社会勉強になっただろう!? ねえ! いい勉強になっただろう!!!! さあ、そこをどいてよ。僕ちんの番だ!」
敗北確定。
これでHelleNの負けは決まったも同然だ。
その事実に、狂喜乱舞する天川照真。それを咎める者など誰もいない。
可能性は潰えた。天川照真の優位が復活し、再び神の世界が周囲を埋め尽くす。
それに対し、辛籐も憎々しげに呟く事しか出来ない。
「……くぅ! 全くこの人は……なんて品の無い……」
「いいわ、空美」
平然としているのは、天川甘音だけだ。
彼女は、腕まで組んで仁王立ちしていた。
その佇まいは、徹頭徹尾揺らぐ事を知らない。
その瞳には、あまりにも強すぎる超新星のような輝きが宿っていた。
「それより父上。早く作って持っていった方がいいわ。ほら、お得意の一秒料理でも何でもやればいいじゃない。なるべく早く、この子の気が変わる前にね」
「……はあ?」
天川照真が、狂人のような焦点のあってない目を向けてくる。
どうやら彼は、負かした相手をとことんまで馬鹿にする性格のようだ。
何度も勝利を積み重ねてきているくせに、いちいち勝ちに喜べるその性格は、まさしく天性の物があるだろう。
しかしそんな相手に、天川甘音は一歩も引かなかった。
むしろ、一歩歩みよる。その不遜な態度に、天川照真は逆に一歩後ずさる。
「な。何を言ってるのかな甘音ちゃん? これ、僕ちんの勝ちは確定しているんだよ? 一体何を言って……はっ!?」
「ようやく気付いたみたいね」
天川甘音のその背後、霜月の表情がおかしかった。
顔を伏せ、何かに戸惑っているかのような態度だ。
天川照真にはその表情の意味がわからない。だから、ひたすらに焦る事しか出来ない。
そんな時、ついに霜月がその顔を上げた。
完全に明らかになった霜月の表情には、百パーセントの困惑しか浮かんでいなかった。
「!? い、一体何があったのさ! どれ、僕ちんに話してごらん!?」
「……あまかーさん。こんなの初めてだけど、許してほしーな……」
「へ?」
「点数の訂正。してもいーかな……」
「な、何を馬鹿な……!」
「お願い。だってこれ、何か違うよ……なにこれ……考えれば考えるほどわかんなくなってくる……!」
「な、何……ま、まさか……甘音ちゃん……この料理に何か……!」
「ええ。その通りよ!」
天川甘音が力強い笑みを浮かべ、またしても強く肯定する。
彼女には最後の可能性が残っていたのだ。
こんな所で終わる「三柱天獄」であるわけがなかった。
塩谷が残してくれた最後の切り札。辛籐が自分の分の点数を犠牲にしてまで強化した最強武器。互いが互いを信じて完成させたこの料理には、尋常ならざる思いがこもっているのだ。
だから、こんな所で負けはしない。
天川甘音は、作っている時点で理解していた。
この料理が負けるわけが無いと。
「……父上」
「な。何…………? 何だ……今度は何だって……!?」
「わたし、気づいたの。悔しいけど、わたしの地獄料理はどう考えても人間の認識可能な味じゃないのよね。味見をした事のあるわたしだから、自信を持って言えるわ」
天川甘音の脳裏に浮かぶ、死ぬほど吐いた記憶。
あの味はまさしく地獄であった。
塩谷始音も、ふとした時に「あの味はこの世にあっちゃいけない」と、ぽつりと零していた。
「バージョン2の生き地獄も試してみたけど、あれもヤバかったわ。だけどね。父上。より危険なのはやっぱりバージョン1、地獄送りの方なの。だってあれはね、文字通り死ぬほどマズイの。そう文字通り。そしてね」
ここで一旦言葉を切る。
昔の天川甘音ならば、ここまでの言葉は言えなかっただろう。
妙な自信だけがあって、それでも認められないのが悔しくて、意地を張っていた日々。
だけど、いつの間にか、本当にいつの間にか、HelleNで働いているうちに、そんな無意味な自信を持っていた自分が馬鹿らしく感じてきたのだ。
家では、料理が下手すぎて当主の座を妹に譲った罪悪感が、いつも纏わりついていた。
だが、もうそういうのはやめである。
今まで、天川甘音は前しか見えていなかった。それは人の目が前についているから、真っ直ぐ進むのに適していると勘違いしていたのだ。
しかし、視界は自由に動かす事が出来るし、人間の視野自体それなりに広い。
だからもう余計な拘りは捨てて、正しいと思った道を探して見つけて、ただ愚直に突き進めば良いのだ。曲がりたくなったら曲がればいい。好きに進むと決めたのだ。
そして、もう十二分に色んな道を走りまわった。
そうしてたどり着いたここは直線である。
ならば、今は真っ直ぐアクセルを踏む時だ。
天川甘音はゆっくりと加速していくイメージを脳内で展開し、そして父を跳ね飛ばすところまで想像する。殺す。轢き殺す。
そして、一気に言い切る。
「料理対決にマイナス採点は無い。だからこそ、わたしの地獄料理は、実は今まで一度も正しく評価されていないの。だから未知数。けど、それが反転された今ならちゃんと評価されるわ。そこまではいい? でもね、父上。人の味覚を超えた食べ物を、果たして人が最初から正しく評価出来るとでも思っているのかしら?」
「な……何……!?」
そんな事を言っている間に、霜月は目から大量の大粒の涙を流していた。
そして、天川照真が慌ててそちらを見る前に、その裁きを下す。
神殺し。
悪逆非道の邪神に裁きの鉄槌を。
「うそみたいだけど…………これは80点……ううん、それも違う。じゃあ89点。や、もっと高いはず……95……近いけどまだ…………98……まだ上がる………」
「えっ……!? ま、まさか……まさかっ!?」
そこで霜月は息を吐き、ゆっくりと告げる。
「100点……」
「な……な……! なァ…………!!!!?」
霜月が、止まらない涙を拭いながら呟く。
彼女の中で感動する何かがあったのだろう。
そして、その言葉は、塩谷始音、辛籐空美、天川甘音の三人の勝利を表す言葉であった。これで100点になる。
こうしてモニターに堂々と500ポイントの文字が刻まれ、ここでようやく試合終了のブザーが鳴り響く。
もちろん勝者は、塩谷始音、天川甘音、辛籐空美の三人だ。HelleNの勝利である。
最初は、誰ひとりとしてまともに動けなかった。その結末に実感が持てなかったのだ。
結局、一番最初に反応したのは天川照真であった。
「……そ、んな……ここで、決めてくる、だと……あり得ない……! こんな、物理的にあり得ない且つ倫理的にも問題がある方法で決めてくるなんて……こんな、くだらない方向で……」
彼は、がっくりと膝を折り、頭を掻きむしりながら蹲る。
しかし、そんな彼のもとへ歩み寄る影があった。
「父上」
「あ、甘音ちゃん……」
「今回は、色々あったわね。例えば、あなたが本気を出せなかったり、露骨なハンデを与えてくれたり、時々動揺でまともに動けなくなっていたり、強引な手段で妨害されたり……そもそも途中からとはいえ三体一だったわけだし、これは正式な父上の負けとはとても言えないわよね」
「……そ、そうだよね! 僕ちん何だかんだ要所要所で必要以上の手加減してあげたもんね! だったら……」
「だから、これからは清算の時間よ。あなたがくれたハンデ分。全部まとめてお返しするわ」
「えっ……!?」
天川照真が、今日一番露骨に疑問を露わにした表情を浮かべる。
本気で何を言われたのか理解出来ていないようだ。
しかし、嫌な予感だけは感じていたらしく、その顔はどんどん青ざめていく。
その耳に、恐ろしい声が届く。
まるで地獄に落ちた子供のような小さな呟きが、具体的な意味を伴って鼓膜を震わせたのだ。
その内訳はこうだ。
「ううん……やっぱり違う……140……273……もっと高かったはず……467……764……」
「う、え……!? 霜月ちゃん、何言って……」
「1400ぐらい……? いや、もっと高い。これはその程度じゃ済まされない…………1785……3450……
もっと……9780……妥当? ううんまだまだ……」
「ま、まさかこれ……! い、いやッ! そんな、嘘だろう……!? 何だこれ……ゆ、夢……!?」
天川照真がうろたえる。
何故ならば、今霜月が言っているのは、天川甘音の最後に出した「三柱天獄」の点数だからだ。
今回のルール上、100点以上はあり得ないので、この計測に意味は無い。
しかし、霜月散葉は審査員としてきちんと評価したいのだろうと、天川甘音はきちんと理解していた。
けれどもそれは天川照真からしてみれば、今までいないと思っていた自分よりも更に上の存在に遭遇するという、まさしく圧倒的恐怖の体験だ。
それでも点数は伸び続けていく、そのたびに天川照真はその誇り、その自信故に心に深い傷を負っていくのだ。これは神に与えられた罰である。
ちなみに辛籐はというと、化け物でも見るかのような目で、天川甘音の方を見てくる。
「いやいや、最初から高得点の応酬をするような青天井ルールならいざ知らず、これ一応満点出すのも難しい点数基準の採点ルールですよ……!? どんだけ点数盛るんですか……!!!! ていうか貴方は一体何なんですか!? 人なんですか!?」
「天川甘音よ」
それは、これ以上ないほどの説得力を持っていた。
ちなみに一方、霜月サイドの採点はまだ終わっていなかった。
「156000……174090……あ、もっと行くこれ……230000……」
「待って待って待ってよ!!!! 聞きたくないからやめて! あああああああ! もう聞きたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
「450001……940940……」
ちなみに参考までに天川照真の最高得点、94点。
三種の神器の最後は結局食べられなかったが、どう頑張っても100点を少し超えればいい方である。
父親越え。
完全に天川甘音が父を超えた瞬間だ。
同じ苺のショートケーキによる完全勝利である。
しかし、それでもまだ増え続ける点数。
最高傑作である神殺しの剣は、決して日の届かぬ地獄から飛び出し、数多の王が歴史を築いた地上すら抜け、龍の住処と言われている雲さえも抉じ開け、天使の居る天界さえも突破し、最後に天照大御神を高天原ごと貫き砕いて、跡形も無く消し去っていく。
その勢いは、何の誇張も比喩も無しに、本当に文字通りの意味で誰にも止められはしない。
神は空ごと滅され、何度蘇ろうとそのたびに死を迎えさせられるのだ。
天川照真の心は、魂は、今、必要以上に傷ついている。長年築き上げてきたプライドの崩壊。
明らかにオーバーキルだ。天川照真の嘆きは深く重く周囲に轟く。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ごひゃく…………っ……ぼぉんっ! ぷしゅー」
結局、霜月が途中で口から血煙を吐き出し、能力が完全に解除されてしまったため、最終的な結果は不明のままに終わる。
結果的に、採点は「5900000」の位置で止まった。
今回は500点先取の勝負だったので、もし100点満点でなければ、これだけで千回以上も勝っている計算になる。圧勝だ。超圧勝である。
この厳しい採点基準の中では、現世最高得点である。
最強が今ここに更新された。
そして、地面にへたりこむ元・最強の元・神は、ただの中年男性として蹲っていた。
人生初の完全敗北。
その精神ダメージは計り知れない。
だから、天川甘音はもっと距離を寄せて語りかける。
「父上、結果はわたし達の勝ちよ。さっさと店の取り壊しを撤回して」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ちょっと待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
とどめを刺した。
別に今言わなくても良い事を、追い打ちをかけるかのように言った。
天川照真は泣きながら追いすがってくる。
その姿はどう見ても小物のそれだった。
「見苦しいわ。父上。過程はどうあれ、あなたの負けに変わりはないわ。もう一度言うわ! あなたは負けたの! 今のあなたが何か言っても、それは負け犬の遠吠えに過ぎないわっ!」
「えええええええええ!? ま、負け犬ぅぅうううう……!!!!? こ、の、僕ちん、がっ!? この僕ちんがァァ!!? そんな! そんなっ! そんなあ! 馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁあああああ!? うわぁぁぁあぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
天川照真は悔しさを隠そうともせずに絶叫する。そして地面に頭をこすりつけながら、ひたすら悶絶していた。
彼の食柱毒である黒い球は、ヒュルヒュルと空へと舞い上がり、まるで花火のように派手に爆発する。どうやら能力生成には、メンタルが大きく関係していたようだ。
その花火のような爆発は、まるでHelleNの勝利を祝っているかのようだ。
HelleNメンバーの勝利を誰よりも望んでいなかったその男は、皮肉にも自らの力によって祝砲を上げてしまったというわけである。
その事実に、またしても天川照真は絶望の中へと叩きこまれる。
「…………あ、あああ。ボクチンが……負け、ま、まけまけっけけ……負けた……なんて…………あははははははは……」
使用人達は、彼がこんなに悔しがる事など見たことがなかったのか、ただただ不思議そうな表情で窓から中庭を覗いてくる。これにより、天川照真が敗北したという事実が公然の事実となったわけだ。
こうして、長きにわたったこの対決も、幕を下ろす事となるのだ。
もうここに居る必要はない。そう判断した天川甘音と辛籐空美は、肩を揃えて一気に歩き出す。
「さよなら父上。もう邪魔しないでね」
「……負け、負け、負け、あああ…………」
嘆き苦しむただの中年男性には、娘の捨て台詞も、もう届いていないようであった。
だから、天川甘音はもう気にすること無く歩みを進める。
これ以上無く無様な姿を晒したこの屋敷の主など、もう気に留める必要も無いのだ。
その足取りはどこまでも軽い。何せ、神を倒した勝利の凱旋だ。
辛籐は、呆れたような顔で、背後をちらりとだけ確認する。
「なんというか、実力ではかなりの物があるのにも関わらず、最後まで小物っぽい人でしたね」
「父上は、ある意味始音くんの負けなかった版みたいな人だから。強いだけで本質は小物よ」
「……言いますね。始音さんが聞いたら怒りますよ」
「怒るでしょうね。だから、秘密にしましょう?」
泣き崩れる天川照真に目もくれず、二人は談笑しながら中庭を出て行く。
ひとまず、塩谷始音の様子でも見に行く事にしたのだ。
「そういえば、甘音さん」
「ん?」
「結局、貴方は始音さんに好意があるわけじゃ無かったと言ってましたよね。その際に、愛情よりも大切な……なんて事を言っていましたが、あれは結局なんなんです?」
「別に深い意味は無いわ。ただの信頼よ」
「信頼、ですか?」
「ええ。あんな状況だったけど、わたし、あの時の始音くんなら大丈夫だと思ったの。だから、最後の満点の時も、怯えずに待つ事が出来たわ。愛じゃなくて、単純に今ある事実、始音くんは凄く強い人っていうのを信じただけよ」
「……なるほど。そういう落ちですか。良かった」
「……ん。どういう事よ?」
「別に何でもありません」
こうして、二人は屋敷内の病室へと向かう。
そこには塩谷が寝ている事だろう。もし目覚めていたら、まずは勝利報告からだ。
それから、色々と話したい事があるので、全部話してみる事にするのだ。
天川の心の中では、まるで天の川のような光の群れが輝きを放ち続けていた。ずっと目標だった父を倒したわけだが、彼女の挑戦はまだまだ終わったわけではない。
これは始まりなのだ。これから、三人でまた始めるのだ。
病室に辿りついた彼女達は、顔を見合わせてから同時に扉を開く。その音は、まるで始まりを告げているかのようだった。




