天国 -まさか本当に死ぬとは-
人類は食によって新たな力を手に入れた。
それは「食」によって生命が進化した結果であり、それはより高みに至るための「柱」であり、しかし強大すぎるが故に自身の身さえも危険に晒す「毒」にもなりかねない超能力であった。
人々はそれを「食柱毒」と呼んだ。
「あれ、始音くん……?」
天川甘音は、不思議な現象に遭遇していた。
彼女は、倒れている塩谷が突然起きあがって叫び始めたところまでは見ていたのだが、その後一陣の風が吹いたと同時に塩谷の姿が消えてしまい、見失ってしまったのだ。
それに加え、不可思議な現象はまだ起こっていた。
いつの間にか、作った覚えの無い肉野菜炒めが審査員席に置かれていたのだ。天川照真も不思議そうな顔をしている事から、これを作ったのはどうやら彼でもないらしい。ならば誰なのか。
その答えは、審査員席のすぐ傍の地面に落ちていた。
「はーっ……はーっ……はーっ……」
「始音くん!?」
塩谷始音はいかにも重傷といった体で、地面に倒れこんで荒い呼吸をしていた。
目と耳からは絶え間なく血が流れており、手足は重要な腱が切れているかのようにだらんと垂れさがっていた。
その様子に、この場に居た誰もが驚きを隠せなかった。そのせいで、全員の調理の動きは完全に停止していた。
もちろん、辛籐も慌てて駆けよる。
「始音さん! 一体何があったっていうんですか!? その重傷は一体!?」
「はーっ……はーっ……辛籐さんか……僕は、さっき死んだ時、食柱毒の強化を試してみて……暴走みたいな事させてみて……それで上手くいって超スピードで動けたはいいんだけど……奈何せん、反動でかすぎるよこれ…………僕、もう無理っぽい……一応、一つだけ作っといたから……えっと、天川さん……!」
塩谷は、辛うじて首を動かし、天川甘音の方を見る。
呼吸が荒い。今にでも死んでしまいそうだ。
当然、受けた天川甘音も焦りを感じてしまう。
「何!? そんな事よりお医者さんを……」
「そんなの別にいいから……僕死なないし……んな事より、君の分の食材……活かすも殺すも君次第っていうのを忘れないで…………それには魔法がかかってるから、遠慮なく地獄料理バージョン1でいって平気だよ…………それと辛籐さんにも、普通に料理作って大丈夫って……多分、それで、勝てるから…………」
「わかったわ! 今ので全部わかったから! だからもう休んでっ!」
「あ……あと」
ここで、塩谷は残った力を振り絞るように、ゆっくりと表情を変形させていく。
眉を寄せ、下唇を軽く噛むような、そんな悔しそうな表情。
塩谷は、執念の籠った眼で、残った未練を口にする。
「ごめん……! 僕が……まだ能力強化時間が残っているうちに……天川照真をブン殴ってブッ飛ばしておけば……そこでKO勝ち出来たのに………………本当に、ごめん…………殴りたいのは山々だったけど…………料理に意識が向きすぎてて…………それでも殴ろうとしたけど、やっぱり時間切れになっちゃって……………もし、これで負けたら僕は…………!」
「構わないわ! 始音くんはやれるだけの事をしたもの! 後は任せて!」
天川甘音は、塩谷の血に濡れた両手を力強く握り、力強い言葉を口にした。
それを受け、塩谷の表情はどんどん軟化していき、やがて笑みとなる。
「……うん。じゃあ、また後で、HelleNで会おうね。天川さん、信じてるから……」
塩谷の全身に辛うじて残っていた力が、全て抜けていく。
彼は眠るように目を閉じ、そのまま微動だにしなかった。
「始音くん!? ちょっと、誰か!」
結局、塩谷始音は中庭の外で控えていたメイド達の手によって、この屋敷にある医務室へと連れて行かれた。どうやら食柱毒を暴走させて使用したのが良くなかったらしい。
しかし、料理対決で流血沙汰が起こるのはそう珍しい事ではない。
だから、彼女らも対決に戻っていく。
「父上、この一品でどう動くのかはわからないけど、これがきっと最後の攻防になると思うわ」
「文字通りファイナルラウンドってわけだ。でも、大丈夫なのかな? そっちは一人欠けているっていうのに」
「欠けてないわ」
天川甘音は断言し、自らの胸を叩き、彼の残した料理を指さす。
「ここに居るから」
「まるで死んだみたいに言わないで下さい」
即座に辛籐からの突っ込みが入る。
しかし、天川甘音は訂正しない。何故ならば、本当に塩谷はやるだけの事はきちんとやって退場したからだ。
彼は、もう最大限のものを残していってくれた。だから、ここにいるのも同然だ。
天川甘音はその意志を既に受け取っている。後は、これを可能な限り活かして勝利へと持っていくだけだ。
291vs436の現状だが、今の彼女に不安は無い。
「さっき、空美からあなたの食柱毒の能力を聞いたわ。そして、どうやったのかはわからないけど始音くんが何とかしてくれた。だからあなたの力はもう通用しない!」
「言ってくれるじゃないか。本当に僕ちんの本質を理解出来ているのか疑わしいものだけどね。それに、本当だったところで僕ちんに負ける要素なんて……」
「御託はいいわ。わたしはあなたを倒す。倒してみせる」
「やってみなよ。そっちがどんな対策を練ろうが僕ちんの勝利は揺るがない」
火花を散らす父と娘。
そこには、とても親子とは思えないような複雑な敵意が籠められていた。
「……倒す前に言っておくわ。父上、わたしはあなたの事が大嫌いだった。ずっと、ずっとね」
「……全く、僕ちんは親ながら情けないよ。どうして分かってくれないのかな? 僕ちんはいつだって甘音ちゃんの事を……」
「演技ね。というよりは上辺だけって感じかしら。わたしは生まれてから一度も、そう、たったの一度も父上から愛情を感じたことがなかったわ」
「どうしてそんな事を言うのかな? 僕ちんは、甘音ちゃんに対して精一杯家族愛をつぎ込んだつもりだよ」
「そうかしら? わたしにはどこか、見限られているような感じがして、ちょっと辛かったわ」
「それは甘音ちゃんに料理の才能がないから、なるべく傷つかないようにってさあ……今回だって!」
「余計なお世話よっ!」
天川甘音は感情の全てを爆発させる。
彼女は今まで、父に認めてもらいたくて努力してきた。
自主的に料理に手を出そうとしたのだって、父に認められたかったからだ。地獄料理のルーツだって、なるべく父の気を引けるように工夫し続けてきた結果だ。辛籐に挑んだのも父に自分の実力を認めさせたかったからというのに他ならない。
天川甘音は愛情が欲しかったのだ。
しかし、そうしてHelleNを手にしてからは、彼女は父に固執しなくなった。
そんなものよりも、もっと大事なものがある事に気がついたのだ。
「ったく、どうしてそこまで反抗するかな。やっぱり、あの塩谷とかいう男がいけないのかな。何、やっぱり甘音ちゃんはああいう男が好きなのかい?」
「人としては好きよ。でも、ラブじゃないわ」
「……そうか。なぁんだ。はは。愛がないんだ。なら、その程度の繋がりなら、やっぱり家族愛の方がよっぽど強い! 甘音ちゃん。やっぱり君は料理なんかせずに、ずっと僕ちんに甘えてていいんだよ」
「父上、あなたは一つ大きな勘違いをしているわ」
「……何だって?」
「愛は確かに大事だけど……人と人を繋ぐ絆はそれだけじゃないって事よ! 愛情よりも大切なものがあるって事を教えてあげるわ! 空美、行くわよ!」
「え? ああ、はい……」
その言葉が合図となり、お互い動き出す。
目の前で親子喧嘩をやられた辛籐は結構気まずそうにしていたが、天川甘音は今更気にしない。
作戦は先ほどから変える必要はない。それは辛籐も把握しているはずだ。
天川甘音は作戦の全容を知っているわけではない。が、やるべき事はもうだいたい察しがついていた。
だから、変わらず天川甘音は残された食材で地獄料理を作り続け、辛籐はまたしてもTHE END OF ROADを作る。
後はもうスピード勝負だ。
「甘音ちゃん。その程度で勝てると思わない事だね。遊びは終わりだ」
制作途中の光景からして、どうやら天川照真の最終料理は、円形のショートケーキをホールサイズにしたもののようだ。
これが最終神器「八咫鏡風ショートケーキ」である。
これは、彼が毎回フィニッシュに使う料理である。恐らく反転する能力の持ち主だから大技が鏡なのだろう。まさに天照大御神の最終料理に相応しいチョイスだ。
これで残る点数を取ってそのまま決めるつもりなのだろう。
当然だ。彼はそういう男だ。
天川照真はここに来て初めて、自らの手を使った調理風景を披露する。
素早い手捌き。超常的な技術。
先ほどまでの怪奇現象と比べると、意外と普通であるが要領はいい。
人形を用いた超高速調理を使わないのは、やはり最後故のこだわりか、それとも圧倒的優位の余裕からか。
何にせよ、ここで確実に仕留めるつもりだけは確かなようで、緊張感が周囲に迸る。
しかし、見るからに天から降りた人間という印象はぬぐい切れなかった。
辛籐は意識を集中させ、一秒料理の阻止に全神経を集中させる。
あれを使われたら、まともにやって追いつけるわけがない。
そして、それとはまた別に、霜月は塩谷の残した料理を目の前にして、視線を彷徨わせていた。
「ねー。これ食べていい?」
「あ、えっとですね……!」
ここで料理を食べられてしまえば、次に料理を提出するのは天川照真になる可能性が高い。そうなれば勝負はついてしまうだろう。
何だかんだ言って天川照真の作業は速い。
辛籐の複数同時作業も、追いつくまでには至っていないのだ。
このままでは勝負を決められてしまうかもしれない。その上、天川照真は常に一秒料理のチャンスを見計らっているのである。
天川甘音も辛籐もまだ二工程以上も残している現状で、あれをやられてしまえば、ここから追いつくのはまず不可能だ。
心情的にもあまりよく無い状況である。せめて、後ほんの少しでも余裕があれば希望の上に胡坐をかけるのだが、これではその余裕すらも出せそうにない。
だから、天川甘音は切り札を使う事にした。
全ての心配を消し飛ばす文字通りの外法を。
「ちょっとだけ……待ってーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「「!?」」
「ふぅ。やっぱりその作戦ですか……いえ、もう策とかそんなレベルじゃないですね」
突然の天川甘音の叫びに、天川照真と霜月が反応する。
それから、天川甘音はこのように続けた。
「今回、父上は本気を出し過ぎたと思うの。それ、国から見ればまだセーフでも、例えばそう……ゴシップ記事だとかになるのなら不味いんじゃないのかしら……スキャンダルは種のようなもので、育てば何処までも広がるわ。ま、だからそうね」
ここで一息吸い込み、一気に言葉と共に吐き出す。
「父上が新聞の見出しに映っているのを見たくなければ、もうほんのちょーっとだけ大人しくしててくれないかしら。あ、そうだ! 予約もお願いするわ! 次は空美、その次はわたしね!」
ただの脅しだった。
そんな神すら恐れさせる勢いの外道発言を吐いたのち、何事も無かったかのように作業を再開させる。辛籐も呼応するように作業を続ける。
霜月はそんな彼女らの行動に困惑するように、ひたすら斜め上を見て考えるような仕草をしていた。
この要求が受け入れられれば、天川照真がどんな速度で料理を作っても問題は無い。
それどころか、もう全く眼中にないと言わんばかりに対応可能になるのだ。
「えっ、ちょっと甘音ちゃん!?」
「こうしちゃ駄目なルールは無いはずよ!」
「マナー違反だよ! あと法的にもどうなの!?」
「知りません。そんな事言ったら人様の店を勝手に潰す方がマナー悪いです。法的にもアウトですよ」
「そういう問題じゃないよね!?」
天川照真が突っ込んでくるが、そんなものは気にせず作業を続ける。
それに苛立ちを感じたのか、天川照真は霜月に「さっさと食べてよ! ほら、時間もあれだし!」と促すが、結局彼女の長い考察時間を削る事は彼ですらも不可能だった。
これで霜月を悩ませ、時間を稼げるのならそれでいい。天川照真の意識を少しでも逸らせるのならそれでいい。
天川甘音は、当たり前のように調理を続ける。
「父上は、さっきルールを自分の権限で好きに弄ったって。言っていたわよね。だから、わたしだって自分の立場から出来る事をしたまでだわ。言っておくけれど、娘の暴露は結構恐ろしいわよ」
「…………くっ! そんな小細工なんかに……!」
天川照真が悔しそうに顔を歪める。
が、言っても無意味な事に気がついたのか、彼も自分の作業へと戻っていく。
そして、順当に調理は進んでいった。
ここまでは当然の流れである。
しかし、ここで塩谷以外誰も予想だにしてなかったイレギュラーな事態が起こった。
否。辛籐も塩谷の態度からだいたい察してはいた。が、ここまでのモノとは思ってなかったのだ。
皆、茫然と天川甘音の方に視線を向ける。
気づいていないのは、何だかよくわからない模様を白い料理に刻んでいる本人だけである。
流石に、痺れを切らした辛籐がそろそろ突っ込む。
「あの、甘音さん……何ですかそれ?」
「えっ?」
天川甘音の足元の芝が、明らかに足首の元まで伸びていた。その上、明らかにあり得ないはずなのだが、足元付近の芝生からは、どういうわけか色鮮やかな花々が咲き誇っていた。
もちろん最初から咲いていたような代物では無い。明らかに、今さっき生えたばかりだ。
更に、まばゆい何か光ったモノが空間内に浮かびあがっている。
それはどう見ても異常な光景だった。
しかし、天川甘音は苦笑しつつ首をかしげるだけであった。
と、ここらで霜月散葉も異常に気がつく。
「ねーねー。こう、何というか空気が美味しくなってないかなー……?」
「えっ? あー。言われてみればそうかもしれない……でも一体、何でだ……」
いつの間にか空気まで支配されていた。
恐らく、今の天川甘音の周囲にはマイナスイオンが充実している事だろう。
これは見ている辛籐空美の回想だが、天川甘音が普段作る地獄料理の調理風景は、これとは間逆の光景であった。
最近は緩和されつつあるが、しかし、最初に見た時のインパクトが薄れるわけでもない。
何故か料理をしているだけで出現する謎の煙、それとドギツい異臭、無残にグロテスクな姿にされた食材達。
それこそが天川甘音の料理だったはずだ。
実際、今回反転された食材を使っていたところで、変化するのは味だけのはずである。
しかし、どういうわけか地獄料理は見るからに反転されていた。
天川甘音が、不気味なぐらい素敵な笑みを浮かべて微笑む。
「ねえ空美。世の中って、どうしてこんなに綺麗なのかしら」
「ちょ、ちょっとぉ!? 大丈夫ですか甘音さん!?」
これには流石の天川照真も動揺し、挙動不審に周囲を見渡す事しか出来ない。
「こ、これは一体……!? ん? う。うわぁあぁああ!!!?」
「~♪」
それはまさに天国と呼べるような澄んだ光景であった。
ついに、天川甘音の足元から一面の花畑が出現しだしたのだ。
天川家の庭が全て綺麗な花畑で埋め尽くされる。
加え、天川甘音の周辺には、薄い小型の真っ白な雲みたいな物体まで漂い出した。雲と雲の間には幾重もの小さな虹がかかっており、それが冗談めいた異世界観を演出している。
徐々に新鮮味を増していく空気。
どういうわけか、他の三人には空気さえも輝いて見えていた。やがて仄かに甘い、いい匂いまでしてくる。どこかから水の流れる清らかな音までも聞こえてきた。
そのうち、天川甘音の周囲を飛び交う天使の姿すらも、幻視するようになっていくだろう。
これはもう地獄料理などでは無かった。
天国料理である。
何故ならば、今、天川甘音が作っているのは、大きな大きな円形のショートケーキなのだ。
ここでまさかの親子合致である。
しかし、天川甘音以外の三人は、不可思議なこの風景に対する疑問しか抱いていない。
「…………な、何これ。僕ちん知らないしこんなの……」
「わ、私も知りませんよ……!」
何はともあれ、天川甘音はその無意識のパフォーマンスで他の全ての動きを停止させ、調理をこなすのであった。
呆気にとられた辛籐が慌てて調理に戻ったのはそれから少ししてからで、天川照真に関しては動揺と困惑のあまりついに最後まで動く事は無かった。
しばらくして、天川甘音と辛籐空美は作業を完了させ、続けざまにテーブルに置く。
色々と問題のあるファイナルラウンド。しかし、もうなりふり構っている余裕など彼女らには全くないのだ。
天川甘音が、父に対して勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「これが、わたし達の最後の攻撃手段。これで決められなければ終わり。でも、ここで一気に決めて見せるわ!」
「……でも、本当にそれが出来るのかな? 今、君たちの点数は291ポイント。残り209も残っている。そのたった三品でどうにか出来るのかな?」
「……わーってるわよ」
しかも、反転したとはいえ特に天川甘音まわりはイレギュラーな事が多すぎて、正直な話どう転ぶかが全くわからない。
だから、もう彼女らはこの土壇場で運否天賦に賭けるしかないのだ。
長く続いたこの戦いも、最後には神に祈る他無いのだ。
もちろん本物の神にだ。
天川甘音は、力強く告げる。
「でもね父上。三回よ」
「な、何が……?」
「わたし達が勝つまで、料理を提出する残り回数よ」
「な…………!!!!」
意趣返しによって、神と名乗った男の顔が醜悪に歪む。
どうやら間抜けな事に、自分が言われるとは思っていなかったらしい。
これによって胸がすっとした天川は、心の底から気合いを装填して宣言する。
「さあ、これが最後の三連続攻撃よ! 遠慮なく食べるといいわっ!!!」
「う、うん」
霜月が、たどたどしい仕草で肉野菜炒めの皿を掴んで、一気に傾け口の中に入れる。
それから、いつも通り長い咀嚼が始まった。
この突然出現した料理に、高天原の影響がないというのは、目に見えて明確である。
だから霜月も一気に食べたのだろう。
そうして、審判が下される。
「79点~っ!」
「はっ、やっぱりあんなガキの作ったのなんてその程度……ってアレぇえ!?」
「っし!」
天川甘音は小さくガッツポーズを取り、辛籐も安心したように微笑む。
思っていた以上に得点は高い。序盤、塩谷は同じ料理を作ったが、その時は精神的動揺のせいもあり、たったの20点前後しかとれなかった。
しかし、味覚破壊の影響も受けていない今、こうして以前とは比べ物にならない点数を発揮したわけだ。そもそも本来ならば塩谷の料理はこのレベルなのである。
リベンジ完了。
これでポイント370vs436。まだ500までにはだいぶ遠いが、一気に近づく。
しかし、残るこっちの弾は、辛籐のTHE END OF ROADと、天川甘音の天国料理のみである。これで残り100ポイント以上を稼がなくてはならないのだ。
「じゃ。次ですね。私です」
「えー。またこのパスター? これで何回めー?」
「パスタじゃありません! THE END OF ROADは新たな麺類です!」
「えっ? ごめん……」
こうして辛籐のTHE END OF ROADが食される。
またしてもフォークでつついてからの長い咀嚼だ。
しかし、確かに霜月の言う通りTHE END OF ROADは、些か今回の試合で使われ過ぎている。
これでは点数が下がってしまう可能性もある。
だが、塩谷のお陰で高天原の味覚反転から逃れているため、普通の料理として出せただけ上出来だ。
途中で普通に美味しく食べられる事に気がついた霜月が、丸呑みスタイルへと変わった瞬間、天川照真の表情も驚愕に変わる。
あらかた想像はついていたのだろうが、まさか本当に味覚反転を破ってくるとは思っていなかったのだろう。
そして、採点。
「30てーん。うん、ちょっと飽きちゃったー」
「……すみませんね」
やはり点数は大幅に落ちたが、それでもこれで点数は400vs436に並ぶ。
辛うじて次につなげる事が出来たという形になるが、辛籐はこれまでの流れで霜月の傾向は掴んでいた。
塩谷の料理に頼り過ぎていたという節もあるが、少なくともこれで次に繋げなくなるような事だけは無いと、辛籐は確信していたのだ。
そして、それはギリギリとはいえ実り、二品目で決着がつく事は無くなる。
だが、こうなってしまった以上、もう最後の料理に賭けるしかない。
ここまでは想定内の展開だ。運が絡むのは、ここから先だ。
天川甘音が自分の天国料理を見せつける。
「じゃあ次はわたしの料理よ!」
「……あまかーさん。これ、何……?」
「ショートケーキよ!」
「ええ……?」
これはこれで不思議そうな顔をされてしまい、天川甘音も少しどうしていいか困ってしまう。
差し出したのは十三段重ねの立派な立派な円形のショートケーキだ。まるで豪勢なウェディングケーキのようである。
しかも造詣もかなり凝っており、まるで名だたる彫刻家が掘ったような天使の模様などが側面に描かれている。
逆に迫力がありすぎて困ってしまうぐらいだ。
だからこそ、霜月がああいう反応になったのだろう。
しかし、どういう料理を作っても結局若干引かれてしまうという事実に、やはりショックを拭えず天川甘音は項垂れる。
「うぅ。やっぱりこうなるのね……」
「大丈夫です甘音さん。計画のうちです」
「はっ、計画ぅ~……?」
調理台の方から、天川照真の、若干余裕を無くした嫌みな声が聞こえてくる。
しかし、彼のように馬鹿にしたくなる気持ちは、わからなくも無かった。
実際、次の一撃で最後だというのに、必要とされている点数は100点である。つまり満点だ。だが、この試合において、それに近い点数は出たが、肝心の満点自体は一度も出ていない。三種の神器のうち二つがあるのにも関わらずだ。だから、可能性は著しく低いのである。
それを取れなければ敗北なのに、あくまで計画と言い張る彼女らが、よほど滑稽に見えたのだろう。天川照真の笑みは歪みに歪む。
「もう、これで甘音ちゃん達の敗北は確定したようなものなのに、よくもまあそんな事が言えるね」
「父上」
「何だい?」
「先に種明かしをしておくわ。あなたにも、わたし達と同じ気持ちを味わってもらいたいから」
「……どういう事かな?」
「ちょっと甘音さん! それは……」
「いいじゃない空美。どうせ、泣いても笑ってもこれが最後なんだから」
「そうですけど……」
天川甘音は決心をする。
ここで彼女らが仕掛けた全てを明かす事を決めたのだ。
それは調理中に小声で相談しあって決めた、文字通り最後の策。
今回出した三つの料理を用いて、叩きだした100点の可能性の話だ。
「まず、最初の肉野菜炒め。これは割り込みとして最高の活躍をしてくれたわ。それと、点数稼ぎね。そして、次の空美のTHE END OF ROAD。これは今回、味覚破壊に特別重点を置いて作ってもらったの。なんでかわかる?」
「次の甘音ちゃんの料理の味を緩和するため……だろ? 甘音ちゃんの料理は不味いって言われてるから、それを少しでも緩和させようという悪あがきだ」
「逆よ」
「!?」
「わたしの地獄料理は味覚破壊すらも破壊するわ。そう。何だって壊せるの。そして、壊す際に生じる抵抗が大きければ大きい程、食べている人間の苦痛と負担は増すという事が最近判明したわ。これは反転しても残る力よ。その料理が持つ固有の能力は反転しないって空美が教えてくれたわ」
「まさかっ……僕ちんの反転の能力に気づいて……! じゃあ、その料理はまさか……!!!?」
「今更そんなの!!!!! ……どうだっていいわ。大事なのは、これこそが苦痛を生み出し打点を挙げられる料理って事よ」
これは天川甘音の能力がバージョン2に進化した時、ひたすら料理対決を繰り返したお陰で判明した事実だ。
その時の事を思いだしたのか辛籐空美はびくりと震え、意図的に強すぎる苦痛を味あわされる予定の霜月散葉はびくびくと怯えていた。
天川照真に至っては、もう既に結論にたどり着いたのか、険しい顔で戦慄していた。
それらの様子はまるで、閻魔に審判を委ねている地獄の罪人たちの姿のようだった。
「そして、その苦痛の直後に食べた料理はまるで天国の宮廷料理のように感じるらしいわ。もっとも普通に食べられる今回の場合、一口目で苦痛を感じたとしても、二口目からはもう天国みたいね。そこで問題よ。苦痛を増した今、このあなたも多用している天川のフルーツも利用したこの巨大ショートケーキは、果たして何処までの力を発揮すると思う……?」
「――――っ!!!!」
これが、天川甘音が仕込んだ最後の策である。
もっとも策と呼べるほど上等なものではないが、それでもこの状況を打開出来る可能性を秘めた大技であった。
それに、地獄復活の際に食べる料理は、元々の点数よりも倍近く上がっている節があるので、更なる打点上昇が見込めるというわけである。
これは、天照大御神に届き得る唯一無二の刃だ。
「……でも、100は無いはずだ」
「いけなければいけないでそれまでよ。でも、どう? あなたも不安になってきたでしょ」
「う、五月蠅い!」
「さあ、散葉……だっけ? とにかく、食べてみなさい。そして、正直にジャッジを下すの。わたし達はもうそこに賭けるわ」
「う、うん……」
霜月は、ゆっくりと十三段重ねのケーキの皿を取り、やはり大口を開けて一気に流し込んでいく。とはいっても莫大な量であるため、口に含む事すら難しいはずだ。しかし、霜月はまるで飲み物を一気飲みするかのような勢いで、高速で咀嚼しながら徐々に徐々に呑みこんでいく。
それから、長い長い咀嚼の時間が始まった。
当人たちにとっては、まるで永遠かのように感じられる長い時間。もうこうなってしまえば、ひたすらに祈るしかない。
散葉の顔はだんだん笑みになっていくが、先ほどの肉野菜炒めの時と比べて、あまり変わっていないように見える。
そして、長い時を経て、最後の審判が下されるのだ。
霜月は立ち上がりそして――――
「これは、げ…………っ」
謎の遺言を残して倒れ、そのまま死んでしまった。
採点途中で息絶えたのだろうが、生憎「げ」から始まる数字など存在しない。




