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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「ROUTE:SWEET」編 vs神
32/98

天照 -高天原、顕現-

「はい。では次の食材ですが……」


 辛籐空美の指示が飛び、塩谷始音が食材を持ってくる。そして、天川甘音は好きにやらせる。

 三人の即席ながら息の合ったコンビネーション。

 連携によるコンボ料理の作成。これで、天川照真と互角以上の撃ち合いが出来る。

 それだけで十二分に勝てる可能性はあった。あったのだ。

 けれども、それはもう過去形だ。

 優勢な流れは突然断ち切れる事なる。そう。快進撃は長くは続かないのだ。

 三人は忘れていた。

 今、相手している存在の大きさを。

 敵は国内最強にして、料理界創成にも携わった創造神だ。

 天に昇り立つ沈まぬ太陽。太陽神。

 その異名は、天照大御神。

 最強の男は、静かに、たった一言でこの世の全てを掌握する。


「おい」


 そんなシンプルな言葉。

 だが、それによって塩谷始音も辛籐空美も天川甘音も一瞬で動けなくなる。

 恐らく、屋敷内に居た全使用人たちも止まった事だろう。この威圧感の中で動けるわけがない。

 それだけの何かを感じさせるオーラが、この言葉には詰まっていた。

 天照大御神は真顔だった。

 これまでが喜怒哀楽を素直に表現する中年だったので、そのギャップはどこまでも大きい。

 天照は、ゆっくりと口を動かす。

 ほとんど呟くような声。

 なのにも関わらず、その声は、どういうわけかその場に居た全員の耳に、やけに鮮明に届いた。


「調子に乗るなよ」


 またしても、さして珍しくも無い威圧。

 それは全員が理解している。

 なのに、全くと言っていいほど動けない。

 呑まれているのだ。迫力に。

 この瞬間、世界は天川照真を中心に回り始めた。

 日本創成神話最高位の太陽神たる「女神」の異名を冠する男は、天地を揺るがすような覇気を纏いながら右手を持ち上げる。

 そして、「女性風」の人形を出現させた時のように、素早く右腕を振った。


「偶像よ消えろ。そして顕現せよ―――――」


 天川照真の隣に立つ人形の姿が一瞬で崩壊し、黒い靄のような形へと変化する。

 あからさまな予備動作。この後、間違いなく何かが起こる。

 何故この「男」が天照大御神の名を冠しているのか。

 それは、彼の持つ食柱毒の影響だ。

 天川照真の食柱毒は本来、人形を出すだけのモノでは無かった。

 むしろそれは天川照真が能力の「応用」を考えている際に、戯れで生み出しただけのただの人形。

 そう人形。文字通りの人形なのだ。

 だから、天川照真は己の能力の本来の姿を解放する。

 もしこれを最初から使っていたのなら、もし対戦相手が三人以下だったのなら、もし対戦相手のうち二人が相当な実力者じゃなかったのなら、発動したらその時点で捕まるレベルのギリギリの限界点。

 本気の一部。

 天川照真は、両手を交差させるように動かし、自らを神として君臨させる「座」を招来させる。

 その名は、日本創世神話に登場する神の住処。

 天照大御神の支配する一つの異界。

 叫ぶ。その世界は――――


「――――タ、カ、マ……ガハラァァァァァァッ!」


 高天原。

 その神聖なる世界は、永劫の時を経て地上に顕現する。

 黒い靄は弾け、複数の黒い球体となり、四方八方へと飛びまわっていく。

 まるで、黒い流れ星が地上で暴れまわっているかのようだ。

 高天原は、この黒い球体が動き回れるだけの「射程距離内空間」の名である。

 そして、この中庭程度ならば簡単にオールカバー可能だ。

 黒い異物が蔓延る新たな世界。

 塩谷始音も、辛籐空美も、天川甘音も、この出来事に対処出来ない。

 直後。

 塩谷達の調理台に置かれていた食材に、黒き弾丸が雨あられと降り注ぐ。

 挽き肉に、パスタの麺に、玉葱などなど、多くの食材が被害にあう。

 具体的に言うならば、塩谷と辛籐が使おうと思っていた食材が刺し貫かれたのだ。


「えッ!?」


 それを目視する事が出来たのは、三人の中で最も動体視力に優れた塩谷だけであった。

 撃たれた銃弾を目視可能な人間など、普通は存在しない。

 そして、それよりも遥かに速かったであろう今の黒い弾丸を見切れるのは、この場では塩谷だけなのである。

 否。

 もう一人いた。

 この現象の元凶。

 天川照真が、やはり無表情で塩谷を見つめていた。


「へえ、今の見えるんだ」


 その言葉に、またしても呑まれそうになる塩谷。

 しかし、くじけそうになる心を何とか保ちながら、頑張って睨み返す。


「何さ……? 僕と辛籐さんの食材に何をした!?」


 必死に叫ぶが、天川照真はぴくりとも動じない。

 それどころか、全く感情を感じさせない小さな呟きで返してくる。


「別に。それで料理作ればいいと思うよ」

「はあ? 明らかに何かされたよね、今!」

「それは塩谷。お前だって不死の力を料理に注いでたろ? 僕ちんのは、それを他人にしただけさ」

「ふっ、ふざけるな!」

「料理には、食柱毒にて生成された特殊エネルギーを注いでよい。それがたとえ相手の料理に対しても違法じゃない。初心者向けのルールブックにもそう書いてある。だから、お前のような料理人が居られるんだ」


 天川照真はそこで言葉を一旦切る。

 そして、更なる威圧感で塩谷を睨みつけた。


「なあ塩谷、お前は自分を生かしてくれたルールに対して牙を剥くのか?」

「――――っ!!!!!」


 そこで、塩谷は一瞬言葉に詰まる。

 その上で、重ねるように囁かれる。


「とはいえ、それにしたって理不尽なルールだと、そうは思わないか塩谷? だってそうだよな。自分の料理に力を注ぐのと、他人の料理に力を注ぐのではまるで意味合いが違う。本来、同列に扱われていいわけが無いんだよ。相手の料理“そのもの”に対しての妨害行為は基本的に禁止されているのに、エネルギーを送り込むのはアリだなんて誰の目から見てもおかしい。そうだろ?」


 急にもっともな事を言い出す天川照真に、しかし塩谷はまた言葉に詰まる。

 事実、妙な話だ。だいたい、塩谷のように食柱毒で生まれたエネルギーを「注ぐ」事の出来る料理人の数は少ない。

 そして、そういった力をもつ者は殆どが「自分の料理の強化」という目的のために、自身の料理に対してのみエネルギーを注いでいる。塩谷もそうだ。

 わざわざ対戦相手の料理に、エネルギーを注いでやる意味なんて全く無いのだ。

 そもそも、塩谷の場合だと、料理との距離が近くなければエネルギーが届かないので、相手の料理に注いでやるとすると、多少なりともリスクを冒して相手の調理台へと接近せねばならない。同じタイプの能力者も大概がそうだろう。

 それは無用なリスクであり、そんなことをしていいルールが残っているのは、やはり不可解であった。

 そんなルールを利用出来るのは、今まさに遠隔操作のエネルギーで、塩谷達の食材を貫いた天川照真の食柱毒ぐらいであろう。

 それはまさしく天川照真のみが使える道。神の通り道。

 そして、そんな物が存在する理由を、天川照真は知っていた。


「これはね。僕ちんが僕ちんの為にあえて残したルールの穴、なんだよ。ズルいと思うだろ? でもな、塩谷。僕ちんの権限も僕ちんの力だ。対抗したいのなら、お前も同じだけの権力を手に入れたらいい。いいか……」


 天川照真は料理界創成にも携わったと言われる古株であり、その権力も相まって多大な影響力を持っている。

 いわば創造神の一柱に数えてもいいぐらいの存在だ。

 この程度の我がままが、許されないわけが無かった。

 天川照真は冷酷に、淡々と、しかしほんの少し弾んだ声色で、その事実を告げる。


「ルールはルール、絶対なんだよ。創造神ぼくちん料理界せかい法則ルールを作って何が悪い」

「…………!!!!!!!」


 塩谷始音は、今度こそ完全に沈黙する。

 卑怯。大人げない。それらの言葉が脳裏に浮かぶが、反論しても無意味なのだ。それは何の解決にもならない。

 神の所業に、人は抗う事が出来ないのである。

 この世界には幾億もの法則が存在するが、人間に、その根底を揺るがす事は決して出来ないのだ。

 神が神のために作った道を、人は崇める事しか出来ないのである。

 神の道は壊せない。

 天川照真は、己の作った合法的反則かみのみちを盾に、己の力を行使しようとしていた。

 それが合法である以上、塩谷達には絶対に干渉不可能である。

 それがどんなに口惜しくて、それがどんなに理不尽であってもだ。


「もちろんエネルギーの質によっては違法なものもあるけど、僕ちんのは何ら問題無い。当然だね。それに、料理は普通に作れるよ? さあ。早く作れよ。これでも手加減してやってるんだ。本気でやったら、この時点で勝負はついてる」


 無理矢理優位な要素をもってきたはずなのに、天川照真はそれでもまだ手加減していると主張する。

 ならば、これさえも彼にとっては、本気を封じるためのただの遊び要素に過ぎないのだろう。

 そう。これは必死になって勝利を得ようとしたズルでは無く、言ってしまえばゲームをやり込んだプレイヤーがチートプレイに走ったようなものなのだ。

 それも、普通にやった方が遥かに強いはずなのに、あえてそういう事に手を染めて遊んでいるだけなのである。

 この神の上限は誰にもわからない。

 塩谷は、唇をかみしめながらも受け入れるしかなかった。


「…………わかったよ」

「あと、これ使ったら人形出せないからさ。僕ちんも、そろそろ動くから」

「「「…………ッ!!!!」」」


 ついに、最強の太陽神が直接動き出す。

 その事実に、天川甘音と辛籐もようやく我に返る。

 近づくであろう終末の時。

 ここで負けたらHelleNは無くなるのだ。

 その事実に、全員の心が折れそうになる。

 だが、ここではまだ終わらない。

 最後に特大の絶望が叩きつけられる。

 天川照真の発言。

 神の宣告。

 それは、かつて無い究極の絶望感を伴って地に叩きつけられた。


「三回だ」

「な。何の宣言だよ……?」

「僕ちんが勝つまでに、料理を作る残り回数だよ」


 天川照真の現在点数。

 250点。

 まだ半分も残っている。

 だが、それを残りたった三度の料理で、終わらせると宣言したのだ。それは残り点数を埋めるのに必要な最低料理数だ。

 塩谷達の点数は291点だが、三度の料理で最後まで行くのは不可能である。打点不足だ。

 人数差があるので手数はこちらの方が多いとはいえ、天川照真はそれに張り合えるだけの速度を持っていた。

 こちらに打つ手は無い。

 しかし、天川照真は、やると言ったらやるだろう。

 この男の強さを、誰も止められない。

 塩谷は絶句して何も言えなくなる。ここで、立ち直ったはずの彼の心は再び粉々に粉砕されてしまう。 

 今まで折れなかった辛籐ですらも、今にも漏らしそうな程震えていた。

 けれども、それでも折れないメンタルの持ち主がいた。


「だ、大丈夫よ! きっと、頑張ればきっと勝てるわ!」


 天川甘音である。

 しかし、それも結局は風前の灯火だ。

 もう一押しすれば、簡単に消えてしまう。

 このタイミングで、天川照真は告げる。

 天川甘音に対して、満面の笑みを浮かべて、その言葉を告げる。


「いやーーーーその毅然とした態度っ! やっぱり甘音ちゃんは可愛いなあー! いいよいいよー!!」

「「…………っ!?」」


 急激なテンションの変化に、塩谷と辛籐は目を見開いて驚愕する。

 さっきまで圧倒的な存在感で神として君臨していた男が、いきなり親バカなバカ親の中年になってしまったのだ。

 だが、これによって塩谷と辛籐に圧し掛かっているプレッシャーは多少緩和される。

 少なくとも、動けるレベルまでには戻った。

 けれども、天川照真はすぐに、残った威厳でこう言い放ってくるのであった。


「じゃ、続きやろうか」

「「「……!!!!」」」


 その一言で、第四ラウンドが始まる。

 それと同時に、塩谷達は同時に動き出した。

 辛籐は、急に動き出した現状に戸惑うような仕草を見せつつも、すぐに押し殺して指示を飛ばす。

 次のコンボ料理は塩谷主体の大技だ。


「でっ、では! 引き続き、始音さんは私のサポートをしつつ自分の料理をお願いします! 甘音さんは手早く地獄料理バージョン2を!」

「う、うん……!」

「わかったわ!」


 こうして作業に入る三人。

 だが、その表情はぎこちない。幸いなのは黒い球体に貫かれたはずの材料に、何の外傷も見当たらなかった事だ。

 それもある意味では不気味であるが、それでも料理をしなければならない。でないと本当に負けてしまう。HelleNが無くなってしまう。

 しかし、この状況を不気味に演出する者が居た。

 言うまでも無い。天川照真だ。

 天川照真は、最早動く事すらしなかった。この試合が始まった時のようにだ。

 その時は意地になって同じく作業を止めた塩谷だが、今は残念ながら余裕が無い。

 だから、悔しさは胸にしまっておく。

 だが、その気持ちを代弁する者が居た。

 これも言うまでも無い。天川甘音である。


「父上っ! どうして動かないの!? 馬鹿にしてるのかしら!?」


 天川甘音は、最初に天川照真が手を抜いた時、この場には居なかった。

 だから、ここで改めて言う事が出来たのである。

 しかし、天川照真の態度は何も変わらない。


「そりゃー甘音ちゃん。ここで僕ちんが動いたら、本気を出したと認定されかねないからね。さっき大人げない真似をした代償ってわけだよ。でも大丈夫」

「……どういう事よ?」

「今のハンデは、僕ちんの勝利に何の影響ももたらさないから」


 それは、あまりにも余裕すぎる発言であった。

 その上で、天川照真は加えて言う。


「この高天原内で、天照大御神ぼくちんが負ける事は決してない」


 まるで当たり前の事実を言っているかのような平然さだ。

 だが、この上無く説得力に溢れていた。

 これは塩谷達の気付いていなかった事だが、高天原の効果は持続している。

 その意味や、その効果は未だ未知数だ。

 娘の甘音でさえも知らない神の力。

 その正体もわからないうちに強く反論する事など不可能だ。

 流石の天川甘音も、多少狼狽しつつも、悔しげな表情をする事しか出来ない。


「……そう! それを、後で後悔しないようにするのよ! 父上!」

「うん! わざわざありがとうねー。甘音ちゃん! 大好き!」


 それに対する反論は、天川甘音には無かったという。

 しかしながら状況は最悪である。

 相手が調理をしないのであれば、先ほどまで有効であった悪口攻撃が使えないのだ。

 まさかこういった状況になってくるとは思っていなかった、HelleNの三人の面持ちは暗い。

 結局、天川照真が発動した力が何なのかが全くわからない以上、心の中にある不安感が拭えないのだ。

 明らかに、何かをされた食材で料理を作らされているという不快感や異物感が、少なからず全員の胸中にあった。

 そして、それなりの時間をかけて三人の料理が完成した。

 だが、三人の表情は当然ながら浮かない。

 またしても三人で霜月の所に料理を持っていくが、霜月の表情もどこか浮かないものであった。


「んー……あまかーさんは好きだけど、この技ばっかりはちょっと辛いんだよねー……まー、しかたないかー」


 意味深な事を言う霜月。

 怪訝そうに眉をひそめる三人。

 だが、その言葉の意味はすぐにわかる事となる。

 今回の料理は、辛籐のTHE END OF ROADと、天川甘音の喰い荒された臓器のような料理と、塩谷の辛いハンバーグの三連続だ。

 まず前回分の味覚破壊は、辛籐の料理に三柱天国トリニティヘヴンを使う事により、殺す事が出来る。それから、辛籐の料理が再び味覚破壊を発動するのだ。

 その味覚破壊の効果は、次の地獄料理で破壊可能であり、それによる相乗効果でかなりの不快感を生み出す事が可能となっている。その後に来る塩谷の料理には、辛籐の味覚破壊香辛料が使われており、それによってかなりの幸福感を生み出せるであろうという魂胆だ。

 だから、まずはTHE END OF ROADである。

 霜月が、珍しくフォークを使って一口分を口に入れる。これまで皿を掴み、一気に口の中へと流し込んでいた彼女らしからぬ食べ方。

 咀嚼。しかし、どういうわけか噛む顔が辛そうだ。

 そして、完食後、霜月は俯き気味で申し訳無さそうに告げる。


「0点…………」


「「「は……?」」」


 一瞬、HelleNの三人は言葉の意味が理解出来なかった。

 確かに辛籐の料理は、さっきからずっとTHE END OF ROADだったので、飽きて点数が下がるのは仕方の無い事だ。

 けれども、それでも0点はあり得ないだろう。天川甘音の地獄料理じゃないのだ。

 これまでの採点基準から大きく逸脱している。

 明らかなる異常。

 これでは、味覚破壊が発動しているかどうかも分からない。

 三人が明らかなる事態に困惑し、話の真偽も確認出来ずにいると、霜月が恐る恐る語り出した。


「……って、いきなりこんなに点数下げられてもわかんないよねー……ちょっと、これ、一口食べてみてよー……」


 そう言って、一口だけ食べた辛籐の料理を差し出してくる。


「……わかったよ」


 応じたのは塩谷だ。

 ここで天川甘音に任せるよりも、精度が高いだろうという判断だ。辛籐に至っては、普通の食事が出来ないという事情を抱えている。

 ここは審査員経験もある塩谷の出番だ。

 塩谷はフォークを持ち、辛籐の料理に手をつける。

 そして、不安げな挙動で口内まで持っていき、咀嚼した。

 その瞬間。

 塩谷にも、霜月の言いたい事が全て伝わった。


「……っ?!」

「どうしたんですか、始音さん!?」


 それは、あまりに酷い衝撃だった。

 思えば最初からおかしかったのだ。食べる前の霜月の態度もそうだが、いくら何度目かとはいえあそこまで中毒性の高い料理を、一口だけ食べて放っておけるはずが無いのである。

 その答えが、塩谷の口の中にあった。

 何かされたとは思っていたが、その警戒心すら馬鹿馬鹿しくなるような現象が起こってしまったのである。

 塩谷は、ただただ茫然自失になって呟く。


「……ま、不味い…………?!」

「えっ!?」

「わけがわからないけど、味はそのままのはずなのに、全然美味しく感じないんだ……! 意味がわからない……何だよこれ……!?」

「本当に不味いの? 空美のが!? 嘘でしょ!?」


 天川甘音も続く。

 が、咀嚼したあたりで不快そうな表情に変わっていく。

 それを見た辛籐が、絶望的な顔を浮かべていた。

 辛籐はこの時ほど、自分で味を確認出来ないのを、口惜しく思った事は無かっただろう。

 辛籐のTHE END OF ROADは、致命的なまでに不味い料理に変化していた。

 というわけではなく、まるで塩谷自身の味覚が狂ったかのような現象が起こったのだ。

 今まで美味しく食べていたものの味が変わっていないというのに、全く美味しく食べられないどころか不味いとさえ思えてくる。そんな不可思議な現象が起こったのだ。

 もうここまで来れば原因は明確である。

 塩谷は、怒りをあらわにして声を荒げた。


「天川照真ぁ!!! 一体、何をしたっていうんだ!!!?」

「僕ちんのせいなのかな? 突然、料理が下手になっただけなのかもしれないかもよ」

「嘘をつくなぁ! お前、こっちをどこまで……!」

「そんな事より、自分の料理の心配をした方がいいんじゃないかなぁ?」

「っ! 五月蠅い!」


 塩谷の怒りは届かない。

 無情にも採点は続く。

 今度は天川甘音の料理だ。

 今は異常事態が起きているから、何か例外が起こるかもしれないと、一瞬誰もが期待した。

 けれども、食べた霜月が悶絶して床を叩き始めたのを見て、やはりと三人は落胆する。

 もちろん点数は決まっている。


「0点……」

「……くそっ!」


 不安を隠しきれなくなった塩谷は、自分のハンバーグを、提出前に軽く味見させてもらう。

 最初は味覚を感じなかった。

 恐らくこれは、辛籐の味覚破壊がきちんと発動していた事の証明だろう。

 その後、きちんと不死の力による拒絶反応もあった。

 しかし、味が戻った後でも、どうしても美味しく感じられなかった。それどころか、先ほどの辛籐の料理よりも明らかに悪化している。より、不味く感じてしまったのだ。

 自身に何かをされたのならば、今の拒絶反応で治っていたはずだ。

 けれども、これは違う。

 そもそもにして食材に何かをされたのは明確である。

 塩谷は、深い絶望を感じながら、霜月に皿を差し出す。

 どちらの表情も、浮かないものであった。


「……うん、0点だよー……」


 わかっていた。

 霜月は今にも謝りそうな表情だったが、やはりプロとだけあって謝罪はしなかった。

 塩谷は、その事実に心から安堵する。

 今謝られたら、どうにかなってしまいそうだったからだ。

 逆上しかねない。それだけ不安定な状態だったのだ。

 天川照真。

 その食柱毒は、相手の食材に何か特異なエネルギーを撃ちこむ事によって、その料理を美味しく感じさせなくする。そういう能力だったのだ。

 なのに、その全貌が未だに掴めないのが何より不気味である。


「加えて言っておくけど、僕ちんのこれ、高天原を発動している限り、何度だって撃てるから」

「「「!!!!?」」」


 三回連続0点。だが、それは今回だけで終わらない。

 食材を持ってくるたびに、何度だって続きかねないのだ。あの速度はかわせない。絶対必中だ。

 故に、これから先も不毛の地獄は続く。

 それは、塩谷達の戦意を削ぎかねない絶望だった。

 天川照真に本気制限がかかっていなければ、この時点ですでに三品作られて、もう決着がついていただろう。

 だが、同じ事だ。

 天川照真がゆっくり肩を回して調理台を見据える。ついに動くつもりだ。

 そして、天川照真の料理が始まる。そう、三人は思った。

 けれども、事実は全く異なる形で現れる。

 天川照真は、何も乗っていない調理台の上に手の平をかざして、厭味ったらしく微笑んだ。


「なあ塩谷。僕ちんが本気になったら、だいたいどれぐらいの時間で完成品を用意出来ると思う?」

「…………そんな事、知らないよ……」

「はい回答権放棄ー。つまんなー。はい、では答え合わせだよ。正解はねー」


 天川照真の周囲に、四つの黒い球体が等間隔で出現する。

 直後。

 文字通り直後。

 塩谷達の頭に、突然揺れたような不快感が発生した。

 船酔いの時のような安定感の無い不快感。

 突如発生したそれに頭を抱え、塩谷は天川照真の方を見る。

 すると、気持ち悪くなっていた自分の気分すら、心の底からどうでもよくなってしまうような現象が起こっていた。

 天川甘音や辛籐の側からも、驚いたような気配が伝わってくる。

 が、そちらの方を見られるだけの精神的余裕は、塩谷に無かった。全く無かった。

 急に真剣な表情に変わった天川照真は、厳かに告げる。


「一秒だ」


 天川照真が翳した手の先、そこには完成した棒状のチョコレートケーキを乗せた皿が、いつの間にか出現していた。

 それも特殊な形状をしており、青銅剣をデフォルメして刀身を厚くしたような形状をしていた。

 天川照真が一体何をしたのか、塩谷達には欠片も理解出来なかったが、間違いなく食柱毒を用いた行為だろう。

 これだけ凝った料理が、たった一秒程度で作られた。

 その絶望に、塩谷は言葉を無くす。

 最早、元々無かったこちらのアドバンテージが、ここで完全にゼロになった。

 沈黙。痛いほどの沈黙がこの高天原に充満する。

 そんな中で唯一、天川照真だけが笑っていた。


「あーあ、そんなに怯えちゃってー。ま、いっか」


 天川照真は、当然のように、作った料理を霜月の元まで持っていく。

 一応、最後に食べさせた塩谷の料理にも味覚破壊香辛料は入れてあるので、多少なりとも点数ダウンには繋がるはずだ。

 だが、それもただの気休めにしかならないだろう。この神の前では。

 辛籐は、その料理を驚愕の目で見つめ、急に胸のあたりを抑えて、心底血の気が引けた表情を浮かべる。


「……し、しかも……あれは……天川照真の三種の神器じゃないですかっっ!!!!!?」

「知ってるの空美!?」

「逆に何で貴方が知らないんですか!? いいですか、あれは天川照真さんが最も得意とする三つの必殺ケーキのうち一つですよ!!!!!」


 それは塩谷も初耳であったが、リアクションを取れるだけの心の余裕は残されていない。

 そんな中でも聞いた辛籐の話によると、天川照真は実在の三種の神器、つまり剣、勾玉、鏡をそれぞれ模したケーキを必殺料理として用意しているという話だ。

 これは「天叢雲剣あめのむらくものつるぎ風チョコレートケーキ」という代物らしい。ネーミングだけが和洋折衷。

 これが出てきたという事は、天川照真の点数はかなりの物のはずだ。

 塩谷達は動かねばならなかったのに、その光景に心呑まれていた。


「さあ、霜月ちゃん。食べてみてよ」

「……おっけーわかったよー。いただきまーす……」


 霜月が、今度こそは皿ごと掴んで、一気に口の中へと、ケーキを丸ごと突っ込む。

 咀嚼。その間、霜月の頬がどんどん緩んでいった。

 今までの霜月の浮ついた感じの笑顔ではなく、まるで天界に連れて行かれた聖者の如く穏やかな笑みだ。

 その時点で、塩谷は最悪の可能性を想定する。

 それが功を為した。

 何故ならば、これから霜月の出す結論は、覚悟無しではとても耐えられないような圧倒的絶望だからだ。

 審判の時は来たれり。

 口の周りにチョコレートをつけた霜月は、この世の人間では無いかのような優しい笑みで、地獄に居る悪鬼羅刹達よりも遥かに残酷な判決を下す。


「92点」


 初の九十点台である。

 味覚破壊を発動していたのにも関わらず、この点数だ。

 先ほどまでと同じく五感料理を用いたのか、それとも料理としての質があまりにも高すぎて点数が下がっても問題無いのか、どういう方法で味覚破壊を回避したのかはわからない。

 が、少なくともわかる事が一つある。

 それは、こんな点数を取られてしまえば、味覚破壊にも意味は無いという圧倒的に無力な事実だ。

 味覚破壊は破壊されたのだ。今度こそ完全に。

 神の力、ここに極まれり。

 これで291vs342。

 天川照真が宣告した残り料理回数、二回。

 ……そして、絶望が世界を支配した。

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