開幕 -五味グループ、集結-
人類は食によって新たな力を手に入れた。
それは「食」によって生命が進化した結果であり、それはより高みに至るための「柱」であり、しかし強大すぎるが故に自身の身さえも危険に晒す「毒」にもなりかねない超能力だった。人々はそれを「食柱毒」と呼んだ。
そんな特殊な力を初めに手に入れたのは、食に一番密接に関わってきた料理人達だった。彼らは突如として強大な力を手に入れ、たった数年で政府からも恐れられるようになった。
そのため、現在、料理人が世間から受ける扱いは破格のものとなっていた。いい意味でも、悪い意味でもだ。具体的には、名の知れた料理人だというだけで、国からの援助や遠まわしな監視を受ける事になるのだ。
そして、そんな現代におけるトップクラスの料理人四人が、今、一同に会していた。
「随っ分っと遅いデスわねぇ! このアタクシを何時まで待たせるつもりぃぃ~!? 信じられマセンわぁ~~!」
「おい、うっせーぞ霜月ィ! てめーちょっとは黙ってらんねーのかよ!」
「いやいや、貴方たち二人とも五月蠅いですから。渋堂さんも流して下さい。そんな女の声なんてノイズみたいな物なんですから」
「同意……雑音、滅せよ……」
ここはとある豪邸の一室。
長方形の大きな部屋に、少し高い位置に備え付けられている窓から、光が入ってきている。天井には、装飾過多のシャンデリアが三つほど下げられていたが、まだ灯りをつけるような時間ではない。
日光が反射し白く輝く壁、そこにかけられている品のある絵画たち、そして部屋の中心におかれた長テーブル。これまた白くて凝った刺繍がされているテーブルクロスが敷かれた、高級そうな代物だ。
現在、そのテーブルを挟んで四人の人物が座っていた。人数よりも、圧倒的に椅子の数の方が多かったが、見事に全員等間隔を保ってなるべく他人と距離をとるような位置に座ったため、絵的なバランスはとれていた。つまり、全員がテーブルの角に近い位置に座ったため、四隅の席が埋まった形になっているわけだ。
上座には、まだ誰も座っていない。その席からは、この部屋の入り口となる木製の重そうな扉が見えるはずだが、その景色を見るべきこの家の主は、まだ現われていなかった。
「辛籐さぁん? 今、アタクシの美しき声を、あろうことかノイズ呼ばわりしましたデスわよねぇぇ~~~~? いったい何様のつもりぃぃ~!?」
そんな中、入り口から見て手前の右側に座っている少女が、若干片言で大声をあげていた。
ウェーブがかった薄い銀色の長髪に、きめ細かく脆そうな肌、そして宝石のように紅い輝きを宿した両目。全体的に、外国の人形のような見た目の少女である。彼女は真っ白なダッフルコートを身に纏っており、真っ赤なロングスカートの下には黒いタイツを穿いていた。
彼女は霜月詠華。現代の料理業界におけるトップクラスの名門、霜月家の長女であり現当主だ。霜月の家は冷たい料理を非常に上手く扱う事で有名で、その技術を完全に身につけ昇華した彼女には「月詠の女王」の異名が授けられている。
霜月は不服そうな顔で、しきりに床をつま先でトントン叩き続けていた。
「だーかーら! うるせーって言ってんだよ! いちいち噛みつくなボケ!」
霜月の対面に座る男が机を叩きつける。
短く逆立つ髪に、筋骨隆々の身体、そして攻撃的な目つき。全体的に野性的な印象を与えるこの男は、紺を基調とした和服を纏っていた。ところどころに龍の刺繍が成されたものである。
彼は渋堂我竜。ここに居る全員の中で最もレベルが高いと言われている、渋堂家の一人息子だ。渋堂の家は純和風の王道であり、彼自身もその方向性を順守しつつも、時々型破りな事をしては周囲を驚かせていた。そんな彼は、この中で唯一国内のみならず世界と戦ってきた猛者である。あまりにも高すぎる能力から最強のオールラウンダーと恐れられてきた彼の異名は「三柱龍帝」だ。
渋堂は立ち上がって身を乗りだしながら、霜月を睨みつけていた。
「貴方もです。全く、何でここに来るたびに、私は頭痛に悩まされなければいけないのでしょうか……?」
奥の左側に座る少女は、やれやれと首を振りながら、大きなため息を吐いた。
左右で結んだ長い黒髪、前髪のヘアピン、小柄な身体、そして不機嫌そうな鋭い目つき。
彼女は黒いゴスロリ風の奇妙なドレスに身を包んでいた。というのも、左右でアシンメトリーになるデザインなのだ。右側だけノースリーブで、左側にはきちんと袖がある。左側はミニスカートなのに、右側からはロングスカートのような部位が伸びていて、ミニスカートを半分だけ覆い隠していた。
そんな奇妙な彼女は辛籐空美。霜月とだいたい同じレベルの中華系の名門、辛籐家の三女でありながら跡取りだ。辛籐家は中華料理、それも辛い料理に定評があった。それを独自の形で完成させた彼女は、条件が決まれば絶対勝利を決めてくる難攻不落の存在として君臨する事から「不落嬢」の異名を持っていた。
辛籐は、片手で頭を抱えながら、心底嫌そうな表情を浮かべていた。
「同意見。我、静寂を渇望する……黙れ」
辛籐の正面に座っているのは、黒装束に身を包んだ忍者だった。
黒い布で全身を覆っているこの男は、金属製の額当ての下にある目の部分以外、肌を露出させていなかった。しかし、その目ですらも常に閉じているため、全体的に謎に包まれた忍者である事以外は、周囲に一切の情報を与えていなかった。本当に謎としか言いようのない人物だ。
彼は三ヶ峰酸叉之雄。彼は、酸味の強い料理を作らせたら敵はいないと評判である三ヶ峰家の人間だ。だが、正体不明な上に素顔を見せないため、家の中でどういう立ち位置なのかがまるでわからなかった。しかし、少なくとも彼が三ヶ峰家最強の力を有している事は間違いようのない事実であり、気配を消していつの間にか現われたと思ったら、地味な料理で颯爽と勝利を手に入れていくという異色のトリックスターとして名を馳せている。彼は「影喰ラウ疾風」という異名を自称していた。
三ヶ峰は、腕を組みながら、窓の外の方に顔を向けていた。目は閉じているので景色は見ていないわけだが、何故か外を見ているような動きをしていた。
「静寂、乱すべからず……」
「ハァァァァ!? なんでどいつもこいつもこのアタクシに盾つくわけぇぇぇぇ~~~~~? 信じられマセンわ! 意味不明摩訶不思議デスわ!!!!」
「おめーがうるせーからいけねーんだろうが、こんのクソアマ!」
「再度申す、黙れ。我等、座して待つべし……」
「あーあーわかったよ! 大声出さなきゃいーんだろ!? ……それにしてもおっせーよな。あのオッサン。もしかして、俺ら呼んだの忘れてんじゃねーか?」
「……もう何でもいいから早く来てくれませんかね。天川さん」
この四人は現在、ある男に呼ばれて集まっていた。
彼らの家は、いずれも個々で名を馳せた名門であるわけだが、実は水面下で「五味グループ」というのを結成し、ひそかに停戦協定を結びつつ手を組んでいた。
この五味グループはその名の通り、五つの家で構成されている。霜月、渋堂、辛籐、三ヶ峰、そしてパティシエの名門、天川だ。
ここは、その天川の家であり、彼らはその当主である天川照真という男に待たされているのだ。もうかれこれ、三十分は待たされており、全員しびれを切らしていた。
そんな緊張感が部屋を埋め尽くし、そろそろ殺気が漏れそうになっている時だった。ようやく、重々しい扉が軽快に開かれた。
「ごめんごめーん! 僕ちん遅れちゃったー! みんな待ったー!?」
全員、一斉に扉の方を見ると、そこにはスーツを着た冴えない男が立っていた。中肉中背で、へらへらした温厚そうな顔立ちの男である。だいたい三十代前半ぐらいに見えるが、実は、本来の年齢よりも十歳ぐらいは若く見えている。
彼こそが、この屋敷の主、天川照真である。彼は、こんな見た目ではあるが「天照大御神」の異名を持ち、パティシエという限定されたポジションだというのに料理界の頂点に立っている者なのだ。
しかし、そんな彼を歓迎する者など、ここにはいなかった。
「待ちましたわぁン! もうっ信じられないぐらいに待ちマシタわぁ! 一体なんなんデスのぉ~!?」
「おせーぞ、オッサン。待ちすぎて飢え死にするかと思ったぜ。何か食いモンくれよ」
「天川さん、遅いですよ。さ。さっさと本題に入って下さい」
「遅刻、重罪。罰は与えられて然るべし……」
遅刻者に対し、四者四様の反応。
それに対し、天川照真は苦笑しながらそそくさと移動し、上座に座る。
そして、あたかも最初からここに居たかのように、わざとらしい咳払いを一つし、当たり前のように話し始めた。
「さて、今回の議題なんだけど……」
「あっ、こいつ何事も無かったかのように始めやがった!」
「人を待たせておいてこの態度ぉぉ~~? まったく呆れマスわぁん!!」
「同意……罪には罰。天川照真に懲罰を……!」
「もう、どうでもいいですので、さっさと始めて下さい。どうせまた下らない話なのでしょう?」
大ブーイングである。
いつもの事とはいえ、ここまで不満をあらわにされては、流石の天川照真も笑顔で受け流す事が難しくなってくる。
彼は仕方なく大きなため息を吐き、それから大きく吸い込む。
これは大声を出すための予備動作である。それを見た四人は一斉に耳を塞ぐ。
直後、爆音が鳴り響いた。
「さ! て! 今回の! 議題なんだけど!」
「うっ……急に何ですかこの人、完全に勢いで誤魔化そうとしてますね……」
「我……常人より優れた聴力あり……故に……ぐわあああ!」
「三ヶ峰さぁん!!! 大丈夫デスの!?」
「ほっとけ、多分ほっときゃ治る」
三ヶ峰が大きな音を受け、倒れそうになっていた。
それを見た天川照真は大声を出すのをやめ、あたかもさっきまでのやり取りが無かったかのように、当然のように話を再開させる。
「……さて、今回の議題は、僕の娘についてなんだけど……」
「娘ってぇ、甘菜ちゃんの事デスの?」
霜月が、咄嗟に天川家次女の名前を出す。
他の面々は、それを見ながら「またくだらない話か」と一斉に盛大なため息を吐く。何故、こんなハイレベルな料理人ばかりが集まっているのに、そんな話になるのかと呆れているのだ。それが今回だけならまだしも、だいたい毎回同じ感じになるというのがもう嫌だというのは全員の共通認識である。
だが、今回だけは少し違った。
天川照真は首を横に振って豪快に笑う。
「ははは、違う違う。僕ちんの可愛い可愛い甘音ちゃんの方だよ」
「「「「!」」」」
天川甘音。
彼女は天川家の長女でありながら、料理の適性が全く無く、跡取りのポジションを兄や妹に譲っているような少女である。
その名に、座った全員が視線を鋭くしていく。
彼らは、理由こそ違えど、その名に多大なる興味を抱いていた。何せ最近、とある料理対決にて異常な活躍を見せた彼女は、現在店まで持っているのだ。その存在に、今、料理業界そのものが注目しているといっても過言では無かった。
「ああ、そこの辛籐さんに勝ったという噂のぉ……それは、随分とまた面白そうな話デスわねぇ」
「同意。下らぬ話と切り捨てるには、些か惜しい……」
霜月と三ヶ峰があからさまに食いつく。
それを見た辛籐は、ほんの少しだけ眉をひそめる。彼女は数ヵ月前、料理対決において天川甘音に手痛い敗北を味あわされている。その上、負けたせいで家から追い出されて、今は天川甘音の経営する店に拾われている。だから、その話をこの場でされるのは彼女としても気分が悪かった。
しかし、そんな些細な反応を目ざとく見つけた霜月は、更に笑みを濃くして身を乗り出してくる。
「そういえば、辛籐さんは負けて実家から勘当されたのでしたっけぇん? あらあらぁ? だったらおかしいデスわね~。なんで、今、辛籐さんはここに居るのかしらぁン? もう辛籐家を追い出されたというのに、あたかも辛籐家代表のような顔をして何しれっと……」
「五月蠅いですね。だから貴方は嫌われるんですよ。私は別に、天川さんから呼ばれたから来ただけです。そもそも天川さんが私達を招集した際、たったの一言でも『五味グループ各代表が来るように』と言っていましたか?」
「……っ! それは……!」
「はっ! 残念だったな霜月ィ! 言われてやんのー! やーいやーい!」
「霜月無残、気分爽快……我、愉快」
「うっさいデスわね! そんな、みんなして責めてこなくても……いいのに……」
霜月が立ちあがりそうになったあたりで、天川照真が手を叩いて制止した。
その音で、その場に居た全員が振り返り、また元の流れへと戻っていく。
何人か納得していなさそうな人間もいたが、照真はそれを無視して喋り始める。
「はいストップ。僕ちんの話を再開していいかな?」
「あっ! ……どうぞぉ。すみません、アタクシったらつい……」
「いいよいいよ。それで僕の可愛い可愛い甘音ちゃんについてだけど……」
「その娘がどうかしたのか? また何かやらかしたのかよ?」
興味がないふりをした渋堂が、天川照真に絡みつくような視線を浴びせる。彼は、どちらかというと天川甘音の店で働いているという噂の男性従業員の方に興味があるようだ。だからこそ、これは彼の真意とは微妙にかけ離れた、遠まわしの質問だ。
そして、その答えはすぐに発せられる。
それは渋堂の望む答えでは無かったが、状況を大きく動かすには十分すぎる重さを伴った言葉であった。その言葉こそが、今回巻き起こる騒動の原因であり、同時に天川甘音の平穏を砕いてしまうようなものとなるのだ。
天川照真が、純粋な笑みで辛籐の方を見る。
いきなり見られた辛籐は、一瞬だけ驚いた顔を浮かべてしまう。
「……何です?」
「甘音ちゃんさー。今、料理店をやってるみたいじゃない? 辛籐ちゃんと、何かよくわからん男と一緒にさー」
「あ、はい……ですが、それが一体……?」
「正直さ、甘音ちゃん料理の才能ないじゃない? 辛籐ちゃんに勝てたのも、正直まぐれだよねー」
「そ、それは……」
天川甘音が辛籐空美に勝った方法は、とても正攻法とは言えないものだった。
けれども、まさかそれを実の父が指摘してくるとは思っておらず、流石の辛籐も動揺する。それにより、周囲の目線も自然に真剣味を帯びてくる。空気が変わった。もう他の三人は完全に、辛籐と天川照真の話に集中していた。
この流れは良くない、辛籐は本能的に理解する。
「ね。やっぱ、甘音ちゃんには才能がないんだよ。だけど、それなのに頑張るのは、僕ちんが無意識のうちにプレッシャーかけちゃったせいだと思うんだ」
「は、はあ……」
「だから、もういいんだよって、苦しみから解放させてあげようと思うんだ! せめてものの親心! いい案でしょ?」
「解放、ですか……?」
「と、いうわけで甘音ちゃんの店は今日限りで終了ーでーす! 僕ちんが持てる権限の全てを使って、甘音ちゃんの店を潰してあげまーす!」
「……は!?」
辛籐は、まともに反応する事が出来なかった。
彼女は今、天川甘音が経営する「HelleN」という店の従業員だ。
だから、彼女にとっても他人事じゃ無いのだ。当然焦る。理由はよくわからないが、とにかく店が潰されようとしているのだ。彼女としてはそれは困る。自分自身の居場所がなくなる上に、ここでこの提案を止めなければ天川甘音に会わせる顔が無いからだ。
それだけは避けようと、脳内で色んな方法も考える。冗談である可能性も模索する。
しかし、辛籐は心の奥底ではもう理解していた。
天川照真、いや、天川家の人間は一度言い始めたら聞かない人種だという事を。
「それに噂によると、悪い虫が娘のそばに居るみたいなんだ。僕ちん、そいつ気に食わないんだよね」
今、HelleNに未曾有の危機が訪れようとしていた。




