天地戦争っ!
超激戦区、というものが存在する。
それは、同系統の料理店が、一ヶ所に過剰密集した結果生まれた戦場地帯だ。
そんな料理店ばかりが並ぶ通りを、中身の詰まったスクールバックを片手に、少女は楽しそうに歩いていた。
左右で結んだ長い黒髪、まるで睨んでいるかのような目つき、綺麗に弧を描いて笑みの形になっている口元、そういった特徴を備えた独特の空気を放つ少女である。そして、制服の上から紺色のカーディガンを纏っている。全体的に落ちついたカラーリングの制服だ。これは、私立伏丹高校の制服である。
さっきまで学校で授業を受けていた彼女は、放課後、仕事場に行かなければならないのだ。
彼女は、超激戦区の中で一つだけ浮いているデザインの店を見つけ、安堵する。唯一中華系の見た目をしていない「HelleN」という看板が掲げられた店だ。
ここが、彼女の働く店だ。彼女は手に持った荷物の重さも忘れ、少し速足で向かう。
この店は、入り口付近だけが木造となっており、そこにはいくつかの小窓が張られていた。もちろん、扉も木で出来ており、開け閉めするたびにカランカランというベルの音が鳴り響くようになっていた。
彼女は多少の迷いの後にドアを開け、小さくベルの音を響かせた。
「こんにちは!」
「「ああ、こんにちは……」」
店内では、塩谷と天川が、客用のテーブルを挟んで向き合っていた。何故か、険悪なムードで。
それは、先日ここで行われたやり取りを彷彿させた。
辛籐は、止まらない嫌な予感に咄嗟に身構え、二人の出方をうかがう。
「あ、あれ? 何ですか、この既視感は……!? あの、どうしたんですか……」
「どうもこうも無いわよ! ちょっと聞いて空美、始音くんが酷い事を言うの!」
「し、始音さんが……?」
「あのさ、先に酷い事したのはそっちだよね。何、あの料理!?」
「あれは改善されてるじゃない! もう、あれで人が死ぬ事は無いわ!」
二人の話している料理とは、おそらく昨晩、塩谷の亡骸の横にあった桃色のブヨブヨした頭蓋骨のような見た目の料理の事だろう。
どうやら、塩谷の怒りは、全てその製作者に向かっているようだ。
「だからといって、誰が生き地獄を体現しろって言ったのさ!? なまじ死ねない分、不快感が昨日の夜からリセットされずに残ってるんだけど!?」
「でも死なないじゃない!」
「だから何!? 僕からしてみればむしろパワーアップだよ! まったくもう……いちいちいちいち人を苦しめる方向にばっかり特化しないでよ!」
「……あれ、このパターンは……まさか、まさかですよね!?」
辛籐は、尋常ならざるデジャヴを感じていた。
同時に、嫌な予感も爆発寸前だった。
どうやら原因は、天川の地獄料理がバージョン2に進化した事のようだ。これまでは食べた相手を即死させる「文字通り地獄送りにする」料理だったのが、今度は食べた相手に「生きたまま地獄を味わわせ続ける」料理へと進化したのだ。
もちろん、天川がその気になれば、今の状態でもバージョン1「地獄送り」も使えるだろう。どうやら彼女の進化はとんでもない方向に行ってしまったようだ。
それらの事実に、辛籐は滝のような汗を拭いきれずにいた。
彼女にはもう、この先の展開が見えているからだ。
「どうやら話し合ったところで、わたし達は分かり合えないようね」
「同感だね。もう天川さんにはうんざりだよ」
「じゃあやっぱり、料理対決しか無いわね!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! それはちょっと……」
「……やはり、こうなるんですね。わかってましたよ」
そんなこんなで、辛籐の予想通り料理対決が始まってしまう。
塩谷は何だかんだいいつつ、今回も押し負けて結局やる羽目になるのだろう。
彼女にはもうここまで見えていた。そして、自分の身に降りかかる災悪も。
だから、せめて巻き込まれぬようゆっくり移動して、その場から退散しようとする。
だが、そんな抵抗すら無駄だった。
「空美! 審査お願い!」
天川の一言によって地獄行きが確定した。
バージョン2「生き地獄」は、おそらく辛籐の体質との相性は最悪だろう。もしかしたら本当に死んでしまうかもしれない。
だから、辛籐は半ば涙目になりながら、全力で首を振る。
「い、嫌です……! 絶対やりません、やりませんからねーーーーーーーーっ!」
そんな少女の悲鳴が轟き、今日もHelleNは平常運転だった。
しかし、早速こういった騒動が起こったため、天川も塩谷も見逃していた事があった。
それは、結局辛籐は塩谷に対し、どんなペナルティを発動させたかについてである。塩谷は料理対決で手を抜いたので、何らかの報いを受けなければいけなかったのだ。けれども、それを覚えていたのは辛籐だけであった。
そして、塩谷は当事者でありながら、そのペナルティが既に実行されている事に気がついていないようだった。
果たして、彼はいつ辛籐からの呼ばれ方が「塩谷さん」から「始音さん」に切り替わっている事に気がつくのか。それに気が付いた時、それをどういう意味で受け取るのか。辛籐は今から楽しみで仕方がなかった。
なるべく意味深な態度を取って、好意を持たれているかのような錯覚をさせ、いつかどん底に叩き落としてやるのだ。
だが、こんな騒動ばかりの毎日では、気付いて貰える事自体、相当先になるのは目に見えて明らかであった。
辛籐空美は、微かな不満を胸に今日も日常に身を投じていく。
空は今日も美しく、彼女らの未来を明るく照らしてくれていた。




