冷戦勃発っ!
超激戦区、というものが存在する。
それは、同系統の料理店が、一ヶ所に過剰密集した結果生まれた戦場だ。そこにある店は常に客の取り合いを強いられ、少しでも隙を見せたら即閉店になるという恐ろしい場所である。
そんな料理店ばかりが並ぶ通りを、中身の詰まったビニール袋を片手に、少女は楽しそうに歩いていた。
長い茶髪に、つり目気味の顔つき、綺麗に弧を描いて笑みの形になっている口元、そういった特徴を備えた、独特の空気を放つ少女である。そして、白い制服の上に紺色のカーディガンを纏っている。全体的に落ちついたカラーリングの制服だ。これは、私立・伏丹高校の制服である。
「ふんふふんふふーん♪」
ここは中華の超激戦区であり、上機嫌で歩く彼女の周囲には、赤や金や緑色が目立つ看板が大量に並んでいる。やはりどの店のデザインも中華風だ。
しかし、彼女はそれらを無視して歩みを進める。何故ならば、彼女は客では無いからだ。
どちらかと言えば、店側の人間だ。手に持った袋は、彼女がさっきまで買い出しに行っていた事を如実に表していた。
「二人とも待ってるかなー。だったら、急がないといけないわね!」
彼女の名前は天川甘音。
こんな平凡な格好をしている彼女は、実はこの超激戦区に存在する「HellenN」という店のオーナーである。とはいっても、彼女含めて従業員がたった三人しかいないという小さすぎる店だが、なんとかギリギリやっていけている。
何故、そんな事になったのかを簡単に説明すると、天川は以前、この超激戦区に店を構えている相手と料理対決し、見事打ち勝った勢いで、半ば店を奪うような形で手に入れたしたのだ。
その際に協力してくれた元料理人と、対決した相手を取り込む形で「HelleN」は成り立っていた。
「ふーっ。ようやく着いたわ。二人とも待ってないといいけど……」
天川は、超激戦区の中で、一つだけ浮いているデザインの店を見つけて安堵する。
そこは、周囲が中華系のデザインで統一されているこの超激戦区の中で、唯一西洋風のカフェテリアのような外観の店であった。煉瓦造りを模した茶系の店。それが「HelleN」である。
ここが、天川甘音の店だ。彼女は手に持った荷物の重さも忘れ、一心不乱に駆けだす。
この店は、入り口付近だけが木造となっており、そこにはいくつかの小窓が張られていた。もちろん、扉も木で出来ており、開け閉めするたびにカランカランというベルの音が鳴り響くようになっていた。しかし現在、扉の前には「休業日」と書かれた札がかけられている。
だが、天川は迷う事なくドアを開け、大胆にベルの音を響かせた。
「たっだいまーっ!」
「「……おかえりなさい」」
店内には二人の人間が座っていた。
この店は、オレンジ色の照明で照らされた雰囲気のあるつくりとなっており、一見乱雑に置かれているテーブルや椅子からは、アンティークという言葉を想起させるほどの貫禄が漂っている。そんな中、一つのテーブルを挟んで、ひと組の男女が向かい合って座っていた。
彼らこそが、ここの二人しかいない従業員である。だが、どういうわけか二人とも不機嫌であり、険悪なオーラが漂っていた。
天川は、何があったのか全くわからなかったので、不思議そうな顔で首をかしげる事しか出来ない。彼女はとりあえず、女の方の従業員から事情を聞く事にした。
「えっと、随分機嫌が悪いみたいだけど、何かあったの?」
「聞いて下さい、甘音さん。この人が、大変穢らわしい事をしでかしました。なので、さっさとここから追い出す事を提案します」
「え……? どういう事?」
「そのままの意味ですよ。そこの変態にも聞いてみたらどうですか? もっとも、どんな言い訳が飛んでくるかわかったもんじゃないですが」
そう言って、眼の前に座る男の従業員を睨みつけるのは、辛籐空美という少女だ。左右で結んでいる長い黒髪に、常に睨んでいるかのような鋭い目つき、そして平坦な口元という特徴を持っている彼女は、ここの従業員である。
だが、今日は店が休みのため、店の制服は着ていない。今は、彼女の趣味であるゴスロリ風のドレスを着ている。袖やスカートの長さがアシンメトリーになっている代物だ。
彼女は、元々この超激戦区の覇者として君臨していたのだが、天川に料理対決で負けたせいで、店を奪われ、地位も無くし、家から追い出され、それで行き場を無くしているところを天川に拾われここで働いているという経緯を持つ。まさしく悲惨すぎる少女である。
そんな辛籐は現在、眼の前の男に対して怒りをあらわにしていた。
しかし、男の方も黙って言われているだけでは無かった。彼もゆっくりと口を開く。
「別に、店から追い出されるのは大歓迎だよ。僕だって、好きでここに勤めてるわけじゃないからね。でも、そんな一方的に僕が悪いみたいな言われ方されると、流石にちょっと気分が悪いかな」
「私は、何か一つでも間違った事を言ったでしょうか?」
「うん。間違いなくね。だいたい、何であんな事ぐらいで怒るのかがちょっと理解出来ないかな」
こうして言葉の一つ一つを皮肉気に放ち続けているのは、ここの男性従業員である塩谷始音だ。特に特徴らしい特徴を持たず、強いて言うなら少し温厚そうな顔立ちに見える彼は、実は見た目ほど善人では無い。常に内面になんらかの不満を抱えているような男なのだ。
彼は、元々伝説と呼ばれている料理人で、天川に助けを求められて、天川対辛籐の料理対決に関与した経緯がある。何故かその後、天川によってこの店の従業員にされ、現在ここで働いている。
そんな彼は現在、辛籐に対して、不満を抱いているような態度をとっている。
どうしてこうなったか、天川には全く理解が出来なかった。何せ、塩谷と辛籐は元々そんなに仲が悪いわけじゃなかったからだ。
「って、ちょっと待って! なんで、二人がこんな喧嘩する事になったのか、ちゃんと説明してくれないとわかんないわよ!」
「そうですね。すみません。では、私から説明しますよ。この変態は自分から説明するつもりが無いようですからね」
「別に、説明しても良かったけどさ。ただ、妙なところで口出しされるのが嫌だったんだよね。そこは違う、あれは違う、で、事実を捻じ曲げられそうな気がしてさ。だから、僕は出来る限り矯正側に回りたかっただけだよ」
「相変わらず妙な理屈をこねまわしますね。まあ、いいでしょう。私は嘘偽りなんて一切話すつもりがありませんから心配しないで下さい。いいですか、甘音さん。実は……」
「う、うん……」
こうして、辛籐の口からこれまでの経緯が語られる事となった。
天川は、心底嫌な予感がするのを顔に出さないようにしながら、じっくりとその話に耳を傾けるのであった。




