実食の時 -愛情よりも大切な 3-
辛籐の料理が完成すると同時、鳴り響く轟音。歓声だ。
盛り上がっている中、塩谷はただ茫然とする事しか出来ない。正直な話、先ほどの踊りもそうだが、これまで辛籐がしてきたパフォーマンス的行動には意味が無い。今回の採点方式では、そういったパフォーマンスがポイントになる事は無いからだ。
だがそれは即ち――――たとえルールが変わっても――――辛籐は天川に勝てるという事実を示している。
天川にあれだけの芸当をこなすだけのスキルは無いのだ。パフォーマンスポイントまで採用されてしまえば、天川の勝率は更に下がるだろう。
つまりこれは辛籐自身の力の誇示だ。そのアピールは天川に必要以上のプレッシャーを与えており、事実そのせいで彼女の動きが阻害されている。
天川の勝利が遠のいていく。
いざ眼の前でここまでの力の差を見せつけられては、塩谷も直前まで勝てると思っていた自分自身が信じられなくなってくる。ここに来ている多くの観客も辛籐の勝利を疑っていないだろうし、辛籐自身も勝利を確信している。だがそれは思いこみでは無く、事実から推測可能な現実的な結果である。
正直、天川とは桁の違う化け物であった。それはもう、ここに居る人間のほぼ全てが認識しているただの事実である。
(そうだった……辛籐さんは仮にもここら一帯の絶対王者。少し、甘く見てたかもしれない……)
いくら分かっていた事とはいえ、こうも現実を再認識させられると塩谷の心も少しだけ挫けそうになる。
だが、それも数秒の出来事だった。その認識を塗り替えるような衝撃的光景が、塩谷の目に入ったのだ。
「!?」
塩谷は思わず目を見開き、両手で口を抑える。
これまでの絶望を吹き飛ばす勢いの“悪夢”が、その先にあったからだ。
彼は驚いて周囲を見渡す。どうやら一部の観客はもう気付いているようだが、大半の人々と辛籐はまだ気付いていないようだった。その地獄絵図に。
塩谷の視線の先、そこには調理している天川の姿があった。
(!? ちょ、ちょっと!? 僕の作戦が!?)
塩谷の心が氷のように冷たくなっていく。その光景はまさしく、彼の作戦が失敗に終わった事を意味するからだ。だが、怒るつもりにもなれなかった。何故ならば塩谷始音はここに来て、天川甘音に本気で恐怖してしまったからだ。
彼の心は、もう折れそうになる寸前まで追い込まれていく。その光景は、あまりにも見ていられない物だったのだ。
(うわ、何アレ!? こ、これ終わった。完全に終わったよ。何でもっと冷静で居られなかったんだろう。ああ、まあでも、本当に審査員が僕でよかった)
塩谷の心にあった勝利の確信が霧散していく。
もうこうなってしまえば、どう足掻いても勝てる見込みなどあるわけがない。
……しかし、そうなった時に初めて見える光明がある。塩谷の脳裏に、突如浮かぶ起死回生の思考。
(あれっ。でもこれ、今思えば作戦に何の支障も無いんじゃ……?)
塩谷は、ようやくその事実に気がつく。
それは本来もっとに早く気付いても全くおかしく無いほどに、当たり前の事実であった。しかしながらここに至るまでの不確定要素の連続が、塩谷から正常な思考を奪っていたのだ。
(は、ははは……何だ。全く恐がる事無かったじゃないか。だって、これ、もう絶対勝てるよ。何で気がつかなかったんだろう。馬鹿じゃん、僕)
そして舞い戻ってくる勝利の確信。それは確かな理論に裏打ちされた絶対の確信だ。
無論これが勝負である以上、百パーセントという確立はあり得ない。どんなアクシデントが起こるかわからないからだ。だが、それでも自信をもてるぐらいの“可能性”はある。そして、この勝負ならばその程度の確信で充分だった。
もちろん塩谷は、天川の料理に期待しているわけでもなければ彼女の気持ちが実る事を信じているわけでもない。
ただ単純に、彼女ならば勝ってくれるだろうという信頼。
塩谷の中にあるのはそれだけである。何故ならば、塩谷始音は一度味わっているからだ。世界の終わりを。全ての存在が最期に行き着く場所を。天川甘音の作り出した悪夢を。
天川の作りだした料理は、常識では測れないのである。ならばその力を全力で受け止めてやるだけで良いのだ。彼はもう覚悟を決めた。
(どんなに凄い料理でも、所詮この世レベル。だけど、天川さんは違う。僕はもう、知っているんだ)
そう。彼はもう、地獄を知っている。
「辛籐さん」
「どうしました? 一応忠告しておきますが……貴方は私に話しかける前に、あのお嬢様に何かアドバイスをあげるべきだと思いますが」
辛籐は、もう天川を見ていなかった。
そんなもの眼中にも無いといった体で、もう観客席をぼーっと眺めながら実食開始を待ちわびていた。とても退屈そうなさまである。天川の方から変な音や匂いは届くが、それすら無視しているようだった。
だから、塩谷は一つだけアドバイスをすることにした。
「ねえ、辛籐さん。あれ、どう思う?」
言いつつ天川の方に指を向け、辛籐を促す。
「あれ……?」
眉をひそめながら億劫そうに振り返る辛籐。いかにも面倒そうな仕草である。
しかし、そうしてゆっくりと天川の方を見た瞬間、辛籐の表情は一瞬で凍てついてしまった。
「ひっ!? ……なんですか、あれ……?」
「いや、凄いよねあれ。多分、あれが地獄って奴なんじゃないかな……」
彼らの視線の先。
そこには鬼が居た。
その鬼のような少女は、長い髪を振りまわし低い嗤い声を上げながら、赤く濡れた包丁を片手に“ぐちゃぐちゃに溶けた何かの塊”を断ち切っていた。まるで親の敵かのように何度も何度も包丁を振り下ろす。そのたびに塊からは赤い汁が飛び散り、彼女を返り血のような何かで染めていく。
鍋からはまるで地鳴りのような音が鳴り響いており、更に隙間からは虹色の煙が溢れ出ていた。何よりもこの広い会場の中、鍋の音が鳴り響くのがおかしかった。まさに爆発音のような大音量である。決して、鍋からしていい音では無い。
フライパンの中には燃え盛るヒト型に固められた肉塊が、這うようにゆっくりと動きながら煙を発している。最早、それが真っ黒に焦げてしまうのは時間の問題だった。焦げる音が、人の呻き声に聞こえるのは気のせいだろう。
まな板の上には、両目と口を抉り取られた皮の剥がれた鮭の頭が鎮座しており、胴体部分はまるで蟲に食い荒らされたかのように肉が欠けていた。その上、包丁で何度か刺した痕まで残っている。
更に、鞘から半分だけ出した刀のように骨が胴体からはみ出ていた。もちろん血まみれである。まるでゾンビのようだ。そばに落ちている潰れた目玉が哀愁を誘う。
――――端の方で放置されている、フルーツの山だけが唯一の救いだ。
そして、どういうわけか彼女の頭上には虹色のオーロラが浮かんでいた。これは虹色の煙が何らかの反応を起こしてこのような見た目に変形しただけなのだが、明らかに色々な法則を超越していた。
何と言うか、食柱毒持ち以上に人間離れしている調理風景である。
「……あれが、天川甘音さんだよ」
「……料理の腕は昔から酷いものでしたが、まさかあんなに悪化しているなんて夢にも思いませんでした」
ちなみに、天川はこの料理対決中ゆっくりと作業を進めていたため、最初はここまで地獄絵図にはなっていなかったのだ。しかし辛籐が料理を完成させるや否や、天川の地獄も徐々にヒートアップしていき、最終的な結果がこの有様である。
もうこの時点で塩谷の“本来の目論見”は失敗しているのだが、この状況になった事で新たに使える策が誕生している。彼はもうそれに賭けていた。
一度心を決めた以上、もう揺らがない。塩谷の心はこの土壇場に来て、少しだけゆとりを得た。もう余計に焦らなくても良いのである。
だから、塩谷は辛籐に忠告をしてやることにした。
「辛籐さん。唐突で悪いけど、料理で愛情よりも大切な物って何だと思う?」
「本当に唐突ですね。そして愚問です。愛情なんかよりも大切な物なんて、たくさんあるじゃないですか。技術、知識、経験など、それこそ挙げきれないぐらいです。むしろ愛情以下の物の方が少ないぐらいです。何事においても、心や気持ちが伴っていなくても結果は出せます。逆に、あそこのお嬢様のように力が伴っていない気持ちなんて全くの無意味じゃないですか」
辛籐は、心の底からそう思ってそうな顔で告げる。たしかに、それは間違った考えでは無かった。
だが今の心に余裕をもった塩谷は、それを真っ向から否定する事が出来た。
「そうだね。僕も天川さんの料理を初めて食べた時、素直にそう思ったよ。でも、違うんだって気が付いたんだ。今の天川さんには技術も無ければ知識も無いし、経験も無い。でも、もしかしたら君に勝てるかもしれない。それは、何でだと思う?」
「……それは冗談のつもりですか? 笑えませんね」
辛籐の目つきが鋭くなる。それも、かつて無いほどに敵意のこもった眼差しだ。普段の塩谷なら、確実に視線を逸らしているレベルの睨みつけだ。
だが勝利の確信をもった塩谷は、こんな事ぐらいで臆する事は無かった。
「いや、単に思った事を言っただけだよ。少なくともこの勝負、拮抗する。それは何故かというと、天川さんには“愛情よりも大切な物”が全て抜け落ちているからなんだよ」
「なんですかそれ。駄目じゃないですか」
「そうだね。まるで駄目なんだ。でも、だからこそだよ。あの人は中途半端な駄目さじゃなくて、もう突き抜けているんだよ。気持ちさえあればいいと思っている。その姿勢こそが、あの地獄を生んだんだよ。つまりさ」
塩谷は一旦ここで言葉を切る。
そして、それと同時進行する天川の調理姿を見て気分を悪くしつつも、勢いよく続く言葉を放った。
「あの料理には、愛情“しか”詰まってないんだよ。僕、昔から思ってたんだけど……本来、人の感情というのは食えたもんじゃないんだ。結構みんな汚いからね、心。
だから、綺麗な言葉とか感情を緩和させた態度とかで、それとなく気持ちを伝えるんだ。でも天川さんは違う。あれはもう純粋な心だけしか無いんだ。それをそのままぶつけてくるんだよ。言ってしまえば、常識から大きく逸脱しているんだ」
「ちょっと待って下さい。それ、普通にあのお嬢様を貶していませんか? てっきり私は自分が散々貶されると思っていたんですけど、そっちにいくんですか?」
「いやだってアレ見てよ。褒められないよ」
塩谷が指さす先には、会場を喰らい尽くさん勢いの地獄が展開されていた。
それを改めて見た辛籐は、腑に落ちない顔で納得した素振りを見せる。
「たしかに、そうですが……」
「でもさ。これだけは言っておくよ。天川さんはもう、正攻法で来ちゃいない。確かに、実力は圧倒的に辛籐さんの方が上だよ。でも力の劣る者がやけになって襲ってくるのが一番怖いって事を、忘れない方がいいと思うよ」
「……そうですか。忠告、ありがたく頂いておきますね」
皮肉気な辛籐の言葉で、二人のやり取りは止まる。
後はもう天川の完成を待つだけだ。塩谷と辛籐の二人は、地獄によって気持ち悪くなりながらもなんとか耐えて意識を保つ。
……なお、この地獄は終了時間ギリギリまで続き、その場の全員を苦しめたという。
そんなこんなで調理終了から少しして地獄は緩和され、一つの料理が生まれるのであった。
「ふう、完成したわ!」
そんなやりきった顔の天川とは反対に、塩谷と辛籐は少しテンションダウンしていた。
塩谷に至っては勝てるという希望があるのにも関わらず、天川に殺された時の記憶が甦って落ち込んでしまったのだ。恐るべし天川効果だ。
兎にも角にも、これで両者の料理は出揃った。残るは実食のみである。
(ついに、ここまで来ちゃったか……)
塩谷は嫌な予感を隠しきれない。
実際、この戦いの結末を迎える前に塩谷は一度腹を括る必要がある。だが、それは同時に楽しみでもあった。何故なら、今日が“不落嬢が先攻で初めて負ける日”になるかもしれないからである。
けれども塩谷は油断しない。もちろん評価を贔屓するわけでもない。
きちんと両の料理を食べ、見極め、決断を下す。そう決めた彼の意志は固い。
こうして各々の想いが錯綜し、戦いの結末はついに塩谷始音に委ねられるのであった。
(とは言っても実際、ほとんどこの機械が審査員みたいな物だけどね)
塩谷は、頭にヘッドギアのような物を被せられていた。これこそが、先ほど話に出ていた味覚版嘘発見器のような機械である。
塩谷は審査員席で、眼の前に並ぶ二つの料理を見比べる。
片方は、以前見た物と同じ辛籐のパスタだ。深紅のパスタ「THE END OF ROAD」。
中に入っているベーコンやピーマンすら真っ赤に染まっているその麺類は、彼女曰くパスタでは無くオリジナル料理であるようだ。
トマトソースの香りが鼻に届いて心地が良い。だがやはりその効果は味覚破壊なのだろう。
塩谷は気を引き締める。
(まあ、こっちは一度見たからまだいいとして、天川さんの方は……うわぁ。辛籐さんのと比べてこれはひでぇや)
もう一方は、最早料理ですら無かった。
簡単に説明するのならば、まさに雪が積もった土を掘り返してそのまま食器に乗せたような見た目の「何か」である。一応、楕円型のその形からしてギリギリハンバーグと推測出来なくもないが、しかし肉は崩れて変色してるため本当に土のようになっており、その上に乗っている雪のように白い何らかの物体に関してはもう推理不能だ。
辛うじて、その横にあるフルーツを積み重ねた歪なタワーだけが食品としての姿を保っていた。
塩谷は大きすぎるため息を吐き、テーブルを挟んで立っている二人の料理人の片方に声をかける。
「……天川さん」
「ん、何?」
「君さ、たしか反省してなかったっけ? 僕にヤバい料理を食べさせたこと。あとさ、味見もするって言ってなかったっけ?」
こんな料理を冒涜するかの物体を作るという事は、即ち反省していないという事になる。
塩谷の視線は自然と鋭くなるが、当の天川自身は何が悪いのか全くわかっていないかのような表情で告げる。
「えっ、だってこれは今までと違って初めて作った料理よ? 前回の改善点はもう全て直してあるし、だいたいスタンダードルールは味見無しじゃなかった?」
「……もういい。わかった。もう、僕は何も言わないよ」
問題点が明らかに増しているという現実に、塩谷はもう何も言えなかった。と、塩谷と天川がそんなやり取りをしているのを見て、辛籐が明らかに不機嫌そうに眉をひそめる。
「塩谷さん。そんな事よりまず、私の料理の話をしましょうよ。まずは先攻、まずは私の番です。それを無視して弟子の駄目出しとは、やっぱり貴方は失礼な人ですね」
「えっ、師匠扱い? ごめんごめん。そういうつもりは……」
「もういいです。いいから早く食べて下さい。冷めます」
「うっ、うん……」
辛籐の機嫌は明らかに悪かった。
よほど塩谷が天川ばかり気にかけていたのが気に食わなかったのか、それとも自分の料理が無視されるのが嫌だったのか、塩谷にその真偽ははかれない。
兎にも角にも、確かに彼女の言う通り料理を食べなければ何も始まらない。
塩谷は、皿の前に置かれたフォークとスプーンを手に取り、その赤い赤いパスタに手を伸ばす。スプーンを支えに、フォークに赤い麺を巻き付け一口サイズにしていく。こうして食べる姿勢が整った。塩谷は覚悟を決め、口元までそれを運び、一気に咥えて勢いそのままに咀嚼する。
瞬間。口の中全体に広がる稲妻のような衝撃。体中を高速で這い回るその電流は、塩谷の身体に爆発的な衝動を叩きつけてくる。塩谷は、一刻にも早く次の味が欲しくなってしまうという中毒現象に支配されそうになる。
が、あくまで今回は味をきちんと把握する必要があるので、ぐっと気持ちを抑え込む。すぐに呑みこもうとする衝動も堪え、なるべくゆっくり噛んで味を理解していく。すると、この間は分からなかったこの料理の全貌が明らかになっていく。
(なるほど……! こういう仕組みだったのか)
今現在、塩谷の口の中にある一番強い味は「辛味」だ。
しかし、じっくりと噛むことによって、その他の味もようやく理解出来てくる。どうやら味覚破壊の副作用は時間差で発動する類のものだったようで、今はまだその効果は出ていない。当然だ。自らの料理の味まで殺してしまっては意味が無い。今更分かったところでどうこう出来る類の知識では無いものの、これは一つの発見だ。
肝心な味についてだが、何と驚いた事に香辛料以外の味は「普通」の一言に尽きた。トマトソース自体も特に特徴のある味では無かったし、麺も塩谷の好みからすれば少し茹ですぎなぐらいだ。
具材も不味くは無いが、特に変わった工夫が凝らされているわけでも無い。つまりこれは単純に中毒性発揮能力と味覚破壊能力を備えただけの、本当にただのパスタだったのだ。
しかしそれらは全て香辛料の味を活かすための武器として機能している事が、塩谷には簡単に理解出来た。これはもう、改善の余地がほとんど残されていない程に完成された料理だったのだ。
塩谷はそう結論付け、食事を続ける。残りも一口一口味わいながら、以前よりも遥かにゆっくり食べていく。やはり香辛料頼りの料理とはいえ、美味しいと言わざるを得ない出来栄えである。
こうして数分し、完食。塩谷はフォークを置く。
スタンダードバトルでは、ここで一旦感想を言う必要がある。
恐らくその間に味覚破壊効果が発動するのだろう。その時間を調節するために、わざわざルールを毎回固定にして調合も毎回その場で行っているのだろうと、塩谷は推測する。
だが構わない。あくまでフェアに、頭の中で味を反芻しながらコメントを考え、塩谷は辛籐空美に視線を向ける。
「うん、普通においしかったよ。全体的にオーソドックスなパスタを下地に……」
「パスタじゃありません。THE END OF ROADは新たな麺類です」
「ごめん。とにかく、この料理は妙に癖になる辛さが特徴的だね。やっぱり未知の香辛料っていうだけあって、他では絶対味わえないような独特な風味と中毒性があるね。何と言うか、辛いお菓子のように一口手をつけたらついつい次に手が伸びちゃうような不思議な魅力がある。で、そこにはオーソドックスな下地があるというのがこの料理の強みなんだね」
「そこに気付きましたか。流石です。そこまで気付いた人は、これまでにもほとんど居ませんでしたよ」
「ありがとう。それでこの料理だけど、未知の香辛料という武器を生かすには、ベースとなる料理に下手に凝った味付けをするとかえって逆効果なんだよね。あくまで主役は香辛料だから、その風味を阻害するような強い味は無い方がいいんだ。
この武器を活かすために無駄を省き、尚且つ邪魔にならない程度の味付けをする。これはなかなか出来た物じゃないよ。
しかも、本命の武器が香辛料のみと割り切っているのもまた良いね。料理っていうのは、あんまり一つの料理に複数の要素を込めようとすると味が干渉しあって逆に悪い結果につながることもある。そこをあえてシンプルにするなんて、流石の一言だよ」
塩谷の覆い隠さぬ本音に、辛籐がどんどん笑みになっていく。
辛籐は横目で天川をちらちら見ながら、優越感の篭った笑顔をぶつけている。
お陰で天川の方は少し不快そうだ。安定の仲の悪さである。塩谷は、過去に二人に何があったのか想像せずにはいられなかった。が、今はそんな事を言っている場合ではない。
彼はごちゃごちゃしてきた思考をまとめ、総評に入る。
「コンセプトは満点だね。あと、見た目も悪くない上に、この料理の特徴を見事表しているから加点したい気分だね。惜しいよ。これが加点式だったらこの時点で凄い点数になってたはずなのに。とにかく味も無難で尚且つやめられない魅力もあるから、これはかなりレベルが高いと言っておくよ。と、こんな感じかな。久々だから今一つ勝手が……」
「いえ、充分ですよ。どうやら脳波も嘘をついていないようですし。流石元プロですね」
「だから、その呼び方はもうやめて欲しいな」
眉をひそめる塩谷、それを笑顔でかわす辛籐。
一瞬和やかな空気が流れかけるが、天川が不快そうなオーラを放っている事に気が付き、塩谷は慌てて次の審査に意識を移す。




