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第一章 何処へ?

ーーあなたは何を望む?

この世界では思考が可能になった年齢から成人を迎える18歳までに一年に一度必ず聞かれる言葉だ。簡潔に言ってしまえばこうなる。

『世界を無下にするとかみさまが怒って、私たち人間を滅ぼしてしまいますからね。せかいはだいじにしましょう。世界を大事にする為に必要なのは願いです』

 幼い頃からの刷り込みだからなのだろうか、この話に違和感を持つ人々は少ない。だが一定数違和感を持つ人々もいるのも事実である。しかしそのような人々は「旧世代」と弾圧されてしまう。神々の逆鱗に触れた「旧世代」は必ず精神が崩れるそうだ。

 高校生活初めての夏が訪れようとしている最後のホームルーム。騒がしい教室の中、高い女性の声が響く。「皆さん!『願い』を決められる最後の夏です!既に決まった方は関係ありませんが、決まっていない方はこの夏必ず『願い』を見つけてくださいね。詳細は今から渡すプリント見てくださいね。じゃあ決まってない方の名前呼びますので、前に来てくださいね〜」嘘だろう、詞杷は瞬間的に考えた。いやいやさすがに聞き間違いだろう。いくらなんでも全員の前で名前は呼ばれまい。そう詞杷が己を納得させていた時だった。

「三園さん」詞杷の苗字が呼ばれる。

あぁ、聞き違いじゃなかったのか。絶望しながらも詞杷はプリントを受け取りに教卓前へと向かう。

「じゃあ三園さん。明日までに保護者の方に印鑑を貰ってきてくださいね。プリントは保護者の方が学校へ持ってくるようにも伝えてください」「…はい」詞杷はここでこの大人に幾つか質問をしたかったが、人前ではまともに喋れないため諦めざるを得なかった。

 あぁ共同生活をしている大人に話さなければならないのか、そんな2つ目の絶望が挨拶をしてくる。

その後、複数名の名前が呼ばれる。

「では皆さん。今日のホームルームはこれで終わりとなります。気をつけて帰ってくださいね」

やっと終わった。だが家に帰る気には到底なれなかった。何気なしに手元のプリントを見ると

「まだ『願い』が決まっていない生徒の保護者の方へお子様に旅をさせてください。了承される場合には下記の欄にご記入をお願いいたします」

そう書かれていた。詞杷自身の意見は無視なのか。それはそうだろう。『願い』を決めるのはこの世界の義務なのである。この義務を放棄した場合、世界に存在する権利を失う。面倒な世界だな、詞杷はそう思いながら帰路についた。

 途中『立ち入り禁止』と書かれた看板がさげられている図書館兼公民館の前を通る。詞杷はふいに幼少期の思い出がこみ上げてきそうになった。しかし思い出そうにも何も思い出せない。ただあるのは従姉妹である紡と楽しく探検をし、世界には此処ではない外がある、そんな思い出のみである。

 「おかえり、詞杷」女性の声が響く。生物学上の母である。「ただいま」詞杷は短く返事をする。普段ならこれだけ言って自室に籠るのだが、今日だけはそうもいかなかった。「…ねぇ、今日学校でこんなプリント配られたの」詞杷の決定権はない紙を見せる。

「あら、詞杷。まだ『願い』を決めていなかったの?だからこれまであれほど早く決めておけと言ったじゃない」

またいつもの口上が始まる。よく何回も言えるものだ。

「…わかったから、早く記入して」一刻も早く自室へと戻りたかった詞杷はそう女性を急かす。

「はいはい、ちょっとそこで待ってなさい。印鑑とペン取ってくるから。あ、そこにあるみかん、食べていいからね」そう言い紙を片手に台所を離れる。

さっさと書いて持ってきてくれないだろうか、そう幾ばくか思考した時1人の足音が聞こえた。

「はい、書いといたわよ。ほら、早く旅の仕度終わらせてきなさい。明日か明後日にはここを立つことになってるんだから」やはり詞杷の意思は無視である。「わかった」短く返事を返す。そこにおいてあるみかんは減っていなかった。

 詞杷がここまで両親と仲が悪いのには理由があった。もちろん幼少期はごくごく普通の親子であった。だが詞杷が中学校に上がる頃、一番仲が良かった従姉妹、紡が自殺をした。理由は不明。しかし年齢が17歳であった事を考えると、『願い』が見つからず絶望し自殺を選んだという結論に大人たちは至った。実際『願い』が見つからないが故に命を絶つ高校生は少なくない。従姉妹である紡もそうだと結論付けるのはなんら不思議ではなかった。しかし一番仲が良かった詞杷はそうではないと考えていた。彼女から見た紡はそんな単純な事で自殺を選ぶように思えなかった。

 しかし両親や叔父夫妻に理由を尋ねても「『願い』が見つからなくて、絶望してしまったのよ」そう答えるばかりだった。それだけならまだ理解はできたのだろう。だが必ずと言っていいほど後にはこう答える。「まったく、あの子ときたら孝行もなしに消えるのか。やっぱり掟の言うとおりにしたほうがいいんだよ。詞杷、お前はああはならないようにね」

 この言葉で詞杷は両親たちに対して嫌悪感のみが残った。こうして詞杷は親族らが苦手になったのである。

 詞杷は自室にてパッキング作業を行っていた。本来なら従いたくもないが、掟は絶対であるため準備ができていなくとも家から追い出されるだろう。それならば自ら動いたほうが幾分か良いだろう。そう結論に至っての行動である。歯磨き、財布、身分証等をリュックへと詰めていく。こんなものか、と詰める作業を一度中断する。ふと詞杷は思い出す。従姉妹である紡との大事な交換日記も持っていかなければ。この日記は唯一の従姉妹との遺品だからだ。『願い』が見つけられず自殺した人間の遺品は不吉なものとして全て処分されるしきたりがある。そしてこの世界から忘れられることとなっている。しかしこの日記だけは詞杷が強い拒否感を示したため遺されたのである。

 ついにパッキング作業も終わった時、リビングの方から「ご飯できたわよー!」と声が聞こえた。もうそんな時間になっていたのか、詞杷は少しばかり驚く。窓の外をみると既に空色から朱色へと塗り替えられていた。

 「お前、旅はどこへ行くつもりなんだ?」

男性が尋ねてくる。生物学上の父である。

「昔、皆で過ごした土地を回ろうかなって」

詞杷は答える。しかし本人としては紡との思い出の土地を巡ろうと思っていた。だがそんな事を言えば確実に反対され、ルートも決められてしまうだろう。数少ない詞杷自身の意見が反映される機会なのだ。失いたくはない。

「そうか、頑張って『願い』を決めてこい」

「紡ちゃんみたいにはならないでよね」

男女がそう話す。どちらも余計なひと言である

「…ごちそうさま。私、もう寝るから」

何とも言えない不快感が出てきた詞杷は自室に帰り、安全な最後のひとときを過ごすことにした。

 その晩詞杷は考えた。もし旅路が危険なものでいつ死ぬか分からないものだったとしよう。詞杷が死んでもあの大人たちは悲しむのだろうか。前提として旅自体が危険なものだと知っているのだろうか。どんなに考えても共同生活者の大人に嫌悪感が湧くのみだった。

 翌朝詞杷は通気性の良い長袖、裾が少しばかり広がるズボン、体温調節用の上着を着ていた。玄関には既にまとめていたリュック。

「詞杷、気をつけていってらっしゃい。『願い』が見つかったら、すぐに帰ってきて良いんだからね」

「いってきます」女性の言葉には何の反応もせずに詞杷は玄関を出た。空は薄鼠色に変わっていた。

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