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虫嫌いの異世界永住計画  作者: 佐久間
14/15

夜と朝と

窓から見える多階住居が建ち並ぶ景色を夕日が橙色に染め上げている。


チリチリと肌を焼く暑さも少し和らぎ、時々部屋に吹き込む風が照った身体になんとも涼しい時間帯だ。


(もうすぐ今日も終わるなぁ。まだ18時くらいだけど。)


夏だから日の入りが遅いのもあってまだ明るいし、1日の終わりというにはまだまだ早い時間だ。とても"今日の終わり"と表現するのを日本にいた頃じゃ考えられない。


これも沈み太陽に代わる光が蝋燭の火くらいしかないこの世界ならではだろう。貴重な蝋燭を消耗するくらいならさっさと寝て、明日の朝に備えようと考えるのは当然だ。


窓から差し込む光もあと数十分もしたら完全に途切れるはず。


景色が完全な闇に呑まれるまでの束の間に1日のやり残したことを片付けたり、寝る準備をしたりとやることは多い。かく言う私にとってもこの僅かな時間は貴重な自由時間だ。


いつもなら。


「今日はごめんね。」 


「む?何かあったっけ?」


目の前には赤茶色の髪の少女が体操座りをしていた。


夕日を反射して髪が更に赤く見えるなぁ、膝を抱えて謝る姿が可愛いなぁ、この世界にもその座り方あるんだなぁ、なんて考えながら少女こと姉のカイファの返事を待つ。


「ご飯の時に色々意地悪言っちゃったから」

「え?そんなこと?」


(わざわざ部屋に来てくれるから何事かと思ったら)


「いつものことだよ。」

「いつもは言ってないもん……たぶん。」


カイファはぷすっと膨れっ面をしながらもその目は上下左右に泳いでいる。否定しながらも自覚はあるようだ。


彼女が言う意地悪ってのはたぶん私がこの世界について無知なことを馬鹿にしたり、病弱な身体で動くこともままならない癖に、とか言ったことだろう。


(普通なら怒ってもいいの、かな?)


確かに普通に聞いたら馬鹿にされていると思わなくもない内容だ。この世界に来て間もない私が何も知らないのもあるけど、5歳児をやってる私が物を知らないのは許されてもいいことだろうし、病弱な身体も別に望んだ訳でもないのだから虚仮にされるのら納得できない事だ。


もちろん、もし他人が同じことを言えば怒っていたやもしれない。だけどカイファについて言えば姉として愛情の裏返しだと分かっているのだ。


「カイファはいつも私に意地悪言ってるよ。でもいいの。だってカイファってば私と喋れるのが嬉しいんだもんね?母さん言ってたもん。『だから少しくらい意地悪言っても許してあげてね』って。」


「えっ!?ち、違うもん!別に嬉しくなんかないもん!そんなの母さんがう、嘘ついたんだもん!ちょっと聞いてくる!」


頬を赤くしたカイファがばっと立ち上がると私に背を向け駆け出す。そのまま扉を抜け、私の部屋から出ていく。


(むふふ、可愛い姉め。さてさてカイファも行っちゃったし、私は私で…あれ?)


……かと、思ったが扉の手前で立ち止まったカイファは振り返るとトコトコと私の傍にやって来て隣にちょこんと座り込む。


「えっと?カイファ?どうしたの?」

「………エリアってば本当に働くつもりなの?」


訊ねられた声はこの距離じゃなければ聞こえない程、とても小さかった。


「心配してくれるの?」

「違っ……うわないことなくもない……こともなくない……」

「どっちなの?」


ぶつぶつと囁くカイファの様子に自然と笑みが零れてしまう。


カイファが私に意地悪を言うのは本当にいつもの事だ。


だけどそれは私からしたら甘噛みされているようなじゃれている感覚のもので、カイファからしてもそこに悪意なんかない姉妹のコミュニケーション程度の認識のはずだ。だから謝られることなんかほとんど、いや、全くない。私だって言い返すんだからそこはお互い様ってやつ。


のはずなのに、今日に限ってはわざわざ部屋に来てまで謝ってくれた理由に微笑まずにいられなかった。


「やっぱり働くのって大変かなぁ?」

「っ!?うん!!大変だよ!森で採取するときは他の子よりも早く採らなきゃいけないからすっごく走らなきゃいけないけど、木の根っことか土の山とか窪みとかあって躓くし、転ぶことだってあるんだよ!だから、エリアには無理だよ!」


「でもたぶん私が働くのって森じゃないと思うよ?」

「あ、えっと……じゃあ……あっ!たくさん人がいるかも!エリアってば父さんと母さんと私くらいとしか喋ったことないでしょ?ちゃんと喋れなかったり、変なこと言っちゃうかも!」


「あー……それはちょっと緊張しちゃうかも。」

「でしょ!だからやっぱり……」

「でも色んな話を聞けるのは楽しみかも。」

「止め……あ、そっか……楽しみなの?えっと…」


再び体操座りの姿勢になったまま「あー」「うー」と唸りながら、首を捻るカイファ。その小顔にくっついた可愛らしい頭を必死に働かせている。


きっと私がカイファの望む答えを言ってあげれば、これ以上頭を酷使することもなくなり今夜は安眠もできるだろう。


だけど、カイファには悪いけどどんな事を言われても私はそれを言うつもりはない。


「じゃあ…外にはいっぱいムs…」

「あ"ーーーー聞ーこーえーなーいーーっ」


すかさず耳を塞ぐ。

やめて!その単語を聞いたら私の決心が揺らぐ!


「あ"ーーーー」


的確に私の懸念を突くとはやるな!我が姉っ!!


そう。私が外の世界に二の足を踏むとしたら、それは奴ら、ムにゃららの存在だ。考えたくはないが外にたくさん奴らがいるとすれば私は外に出たくなんかない。引き籠りたい。


だけど、一週間ほどこの世界で生活をしてみて私はある可能性を信じてみたくなったのだ。


この世界に来てから私がまともに奴らを見たのは初日に見かけた布団下のムカdと溜箱に集ったハeだ。それ以外のムsに私は出会っていない。夏の時期にも関わらず、その頻度は実に少ないように思っていた。


壁に穴が空いているおんぼろ部屋にも関わらず虫があまり出ないのは初日以降に私が小まめに掃除をしているおかげなのかもしれない。はたまたミントで虫除けをしているおかげなのかもしれない。


だが、果たしてそれだけで奴らは出ないだろうか?


隙間とあらばどこからでも侵入し我が物顔で徘徊する不躾者共がこんなその場しのぎの対応で本当に出ないだろうか。


「あ"ーーーー」


いや、そんな訳はない。

奴らは存在する限り所構わず現れるはずだ。


にも関わらず、これだけ見ないということは1つの希望が見えてくる。


「あ"ーーーー」


外に奴らはいない。そうに違いない。

だから部屋にも出ないし見かけない。


今までに見かけたのはたまたまの偶然に偶然が重なった稀なレアケースな事故なんだ。実は。ふふふふふ。なんて素晴らしい世界なのかここは。


だから出掛けても大丈夫。


私は産まれてくる赤ちゃんのために、そして、外の世界を見たいと願ったエリアちゃんのために外の世界に行ける!


「もう」

「あ"ーー……カイファ?」


変な声を出し続ける私の頭に少しだけ重い感触。

それはカイファの手だ。小さな手で頭を撫でられる。


「エリアのこと前よりもちょっとだけ嫌い。」

「えぇっ!?何でっ!?」


予想外の発言に驚きの声が漏れる。

何で急に嫌われたのっ!?


「だって前は私の言うことは何でも聞いてくれて反対の事なんか言わなかったし偉そうに私の事を馬鹿にしたりリィヴの実で石鹸作ったり変なことなんかしなかったもん。」


「あ、えっと、それは」


カイファが言う"前"とはもちろん私が入れ代わる前のエリアちゃんの話だろう。今の私と違うはずだ。結果、性格も仕草も変わってしまったんだから。実際、両親はすぐに違和感に気がついて薄々と私がエリアちゃん本人じゃないと気がついているようだ。だけど、2歳上なだけのカイファにまで簡単に勘繰られるなんて予想もしてなかった。


どうしよう。告白するべき?

でも、どうやって?てか、私って嫌われてたのっ!?

すごくショックなんですけどっ!?

どうしよう立ち直れる気がしない。


「でも、今の元気なエリアの方がたくさん好きだよ。」

「あわあわ……え?」


咄嗟にカイファを見るがそこにカイファはいない。


「こんなに心配してあげてるのにわがまま言うエリアなんてバーカ。おやすみ!」


カイファは扉のところでそう言うとさっさと出て行ってしまう。

その顔が未だに赤かったのは夕日のせいだけじゃないだろう。










「待たれよっ!」

「え?何っ!?なんで抱きつくのっ!?」


言い逃げしようとするカイファを捕まえる。


「バカなんて酷い。そんな酷いカイファお姉ちゃんは私の実験に付き合ってもらいます。来るのです。」

「はぇ?実験?え?何する気なの!?」

「ちょっとその可愛い頭を借りるだけだよ。大丈夫痛くないから……たぶん。」

「頭っ!?やだっ!?怖いっ!?」


暴れるカイファを部屋の中に引き擦り込む。


本気で抵抗すれば逃げられるはずなのに、それをしないカイファの優しさが嬉しい。本当は嬉しいくせにぃ。


そんな大好きな姉を怖い目に合わせる訳ないでしょ?


だから怖がらなくてもいいよ~、大丈夫大丈夫。


本当はこっそり一人で試そうと思ってたんだけど、こんなに色々と変わってしまった私を好きと言ってくれたカイファにお礼をしたい気分なのだ。


それにちょうどこの実験は一人じゃやりにくいなぁって思ってたんだ。


だから、大人しくお礼をさせてくださいな。


◆◇◆◇◆


翌日。日が昇ってすぐの早朝に私は玄関にいた。


「行ってらっしゃい」

「おぅ、行って……ん?エリア、お前何か違うか?」

「え?どこか変?」


仕事場に向かうカガイ父さんを見送るところでそんなことを言われる。違う?確かに昨日の夜はカイファと夜更かしをしたせいでだいぶ眠い。けど最近はたっぷり睡眠時間は取っていたおかげで体調は悪くないよ?鏡がないから分かんないけど顔色だって良いはずだ。


「いや、変というか、なんだ……大人びたというか、雰囲気が違うと言うか…」


お?マジですか?


「へぇ~、父さんってばそこに気がつくとはさてはモテるでしょ?流石だね。」

「は?ワケわからん…って話し込んでる場合じゃなかった。行ってくる」

「うん、いってらっしゃい。」


不思議そうな顔をしつつも急いで仕事に向かうカガイ父さんを今度こそ見送る。部屋に戻って窓を覗けば、走る父さんの背中がみるみる小さくなる。


(次に会うときはどんな仕事か分かるのかぁ)


昨日の食事終わりの父さんの台詞を思い出す。


『ちょっと話をつけてからまた仕事の話をしよう。』


病弱な私でもできる仕事ってのはどうやらすぐに「はい、どうぞ」では働けないらしく色々と父さんの準備が必要らしい。


言われてみればその通りなのだが、今日から働けると思って昨晩はカイファに付き合って貰って気合いを入れたのに無駄になってしまった。


というわけで、今日一日暇になった。

いつもの虫除け作業はするとして他は何をしようか。


 『トントン』


今日の予定を考えているとさっきまで私と父さんがいた玄関からノックの音が聞こえる。それは彼と私だけが分かる秘密の合図だ。


(あれ?今日はずいぶんと早いな。)


「はーい。お待ちください。」


部屋に置いてある布団を頭から被り、穴が開いている箇所にちょうど目が来るようにする。まるでハロウィーンのお化けスタイルで玄関を開けるとそこにはフード付きの服で全身を隠した人物がいた。


「今日はずいぶんと早いね」

「まぁ、色々と……相変わらずお前は変な格好だな」

「テルテル君だって似たようなもんでしょ?お仕事お疲れ様。溜箱よろしくね。」

「テルテル……」


彼はぶつぶつと何かを呟きながらも玄関の外に置いてある『溜箱』を見つめる。


それはこの世界でトイレの役割をしている箱だ。使い方はおまると一緒。これ以上は説明いらないよね?


彼が誰かというとそんななんとも汚い箱を集めて回る仕事をしている少年だ。名前は教えてくれないのでてるてる坊主のような風貌から勝手に『テルテル』と呼んでいる。実際、彼について語ろうにも名前も教えてもらえていない位なので詳しくは知らない。


そんな彼の周りには仕事内容が故にいつもハエが集る。

虫が嫌いな私からしたら本当は一番会いたくない人物だ。


だけどある"お願い"をしてからというもの、こうして会うのが普通になっていた。そのために考案したお化けスタイルならハエを直接見ることも(ほとんど)ないので今のところはなんとかなっている。


ちなみにノックの習慣がない世界で彼にそれを教えたのは私だ。だって、初めて会ったときなんか無断で部屋に入ってきて溜箱を持っていこうとしたんだよ?ちょっとしたトラウマだ。


そんな彼が袋を突き出す。


「これ、いつもの……」

「わっ、ありがと!」


テルテル君から受け取った袋はずしりと重い。


中を見るとコロコロと芋がいくつも入っている。どれも食べるにはかなり小さい上に傷やら腐った物までごちゃごちゃだ。


「わぁ。本当にありがとう。お礼できなくてごめんね。いつかはちゃんとするね。」

「いや、別に……どうせ捨てるもんだし。そのくらいは……」   


「それでも助かるよ。それでお願いした上に更にお願いで申し訳ないんだけど、あれって、どうなったかな?」

「それも中に入ってる……少しだけど」


「え?」


改めて袋を覗くとそこには赤い陰が見えた。


「あ、本当だ。へぇ~……テルテル君!本っ当にありがとう。」

「いや、その……別に……それじゃあ。」

「うん!」


私がお願いしていた品を確認すると、テルテル君は溜箱を担ぎ立ち去る。それを布団の中から全力で手を振って見送る。


テルテル君は何度か振り返る度に腰くらいまで手を上げては下げてをしている。


振り返してもらうにはまだまだ信頼関係が足りないらしい。

ずいぶんとお世話になってるからもっと仲良くなれたらいいんだけど。


まぁ、こんな格好でどうかと思うけど………あっ!そうだ!忘れてた!?


「そうだ!テルテル君っ!私、昼間はお仕事に行くから今度から家に居られないかもっ!」


私の声が届いたのだろう。

テルテル君の動きが止まる。


フードに隠された表情はこちらからは伺えない。

上がりかけた手がまた下がる。




「そう、か………また持ってくる。」


彼はそう言い残すと立ち去って消えてしまった。

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