働かざる者食うべからず
「カイファ。エリア。よく聞いて欲しい。エルースのお腹の中にはお前たちの妹か弟がいる。」
「「え?」」
私とカイファの驚きの声が重なった。
咄嗟にエルース母さんを見ると当の本人はカガイ父さんをじとっと睨んでいる。
「ちょっとカガイ?妊娠はまだ言わないって約束してたじゃない。」
「すまん。だがいずれは言わんといかんし、お前がそんな身体で更に働くって言うからだぞ。黙ってたら本当にそうなりかねん。エリア?だから、エルースが今以上に働くのは無しだ。分かるな?」
「もちろんだよ!わぁ!母さんおめでとう!」
「おめでとう!」
「もう……ありがと。カイファ。エリア。」
仕方ないわね、と少し恥ずかしそうに笑う母さんの元に私とカイファが駆け寄る。
「触ってもいい?」
「どうぞ。でもまだ何も分からないわよ?」
許可を頂いたので無遠慮なく母さんのお腹に触れてみる……よく分からない。
「いつ産まれるの?」
「そうね……まだ妊娠が分かったばかりだから春先頃かしら?」
「ねっ!ねっ!私も触りたい。やった!弟?妹?」
「まだ分からないわよ。」
カイファが飛び跳ねて全身で喜びを表現する。
私もできることなら同じようにはしゃいで喜びたいがこの病弱な身体でそんなことしたら最悪ぶっ倒れるかもしれないので喜びを静かに噛み締めるに留めよう。
「……エリアも喜んでくれる?」
「え?もちろんだよ!」
そんな私の様子のせいか母さんが少し不安そうに尋ねてくる。
カイファみたいに全身を使って表現できないだけで、ちゃんと喜んでますとも。
例えエリアになってから1週間足らずとはいえ家族は家族だ。
一番身近で親身になってくれている両親の朗報に喜ばない訳がない。
「そう、良かったわ」
私の答えを聞いた母さんがほっとした表情を浮かべるのを見ると、ふとある考えが過る。
もしかしてすぐに妊娠したことを言わなかったのは私の事を想ってのことかな?明日の命も分からない病弱な私を前に新しい命の話ってのもどうか、とか?
だとしたらそんなこと気にしなくてもいいのに。
赤ちゃんには関係ない話だし、おめでたいことに変わりないんだから。
「エリア?」
「何?父さん?」
そんなことを考えていると父さんに名前を呼ばれる。
「エルースが妊娠したからこれから何かと金がかかる。多少お前たちの使い古しが利用できるとはいえ、色々と必要な物は多いからな。出産の時には近所の女衆に手伝ってもらうから謝礼を払ったりとか色々だ。かといって身重のエルースに今以上に働いてもらうのは体に良くない。」
「そうなんだ。うん。分かるよ。」
そうだね。
産まれてくる赤ちゃんには綺麗な布とか産着とかおしめもたくさん必要だし、出産を控えた母さんには栄養がある物も食べてもらわなきゃだし、お金がかかるのは当然だよね。もちろん母さんがそのためにたくさん働くのは本末転倒で無しだ。分かってますとも。
「だからなんだが、さっきも言ったように森が閉鎖されて虫除けの葉やらリィヴの実が自分達で採れなくなっても市場でそれらを買えない。そのお金を出産の出費に使いたいからな。エリアには悪いが我慢してくれるか?」
「え?買っちゃダメってそういうこと?」
「あぁ。そういうことだ。」
森に出たという『紅蜂』のせいで近いうちに森が閉鎖になる。
そうなれば、私が愛用している虫除け用のミントの葉も石鹸の原料のリィヴの実も森で採取をしてくれているカイファにはどうもできない。
かといってそもそも森で採れないのも相間って高値になるだろうそれを買うのはダメ、というところまでは聞いていたが、まさか母さんの妊娠まで関わっているとは思わなかった。
私のために使うお金を母さんに使って欲しい。
「それなら我慢するよ。仕方ないも……ん?」
あれ?
だとすると心配な事がある。
「ねぇ。父さん?ちなみになんだけど出産ってどうするの?」
「どうするって、だから女衆を呼んで……」
「どこで?」
「家で。」
「家でっ!?ここで!?」
慌てて部屋中を見回す。
今にも落ちてきそうな天井。壁は穴だらけ。
掃除は定期的に私がやってるけど手が届かない高い場所には埃が積もってるし、土足が基本の床はとても清潔とはいえない。
なのに本気でここで出産する気っ!?
私が欲しい物が買ってもらえないのは貧乏が故の節約とばかり思っていた。それだけなら虫嫌いの私が個人的に欲しいだけのわがままだから最悪の中の最悪の上で最悪のどうしてもなら我慢しても良かった。
だけど、事情が変わった。
私のわがままが私だけの物じゃなくなった。
「やっぱり私働く!」
「エリア?それはダメだって言ってるでしょ?そんなに虫除けの葉が欲しいならやっぱり私が働くから家にいてくれないかしら?」
「エルース、それはダメだ。お前の身体に何かあっちゃいかん。エリアもだ。わがまま言わずに虫除けの葉…ミントだったか?諦めてくれればいいんだ。それを買わずに済むなら金はなんとかなるから。」
私の発言にやはり母さんも父さんも反対する。そんな身体で無理をするなと。そこまでしてミントが欲しいのかと。
だけど、2人とも勘違いをしている。
「でもその必要なお金の中に部屋の掃除用具代とかは入ってないでしょ!それにむしろミントは産まれてくる赤ちゃんに必要なんだよ!石鹸だってもっと必要なんだから!買わないなんて絶対ダメ!無いのなんてもっとダメ!」
「エリアじゃなくて赤ちゃんのため?どういうこと?」
私が欲しいと駄々を捏ねていた物をまさか赤ちゃんのためと言われた事が意外だったのか母さんが尋ねてくる。
「だって産まれたばかりの赤ちゃんなんて私以上に身体弱いんだよ?こんな汚い部屋で産むなんて信じられない。しかも石鹸で綺麗にした手で触ってあげなきゃ細菌が付いてそれで病気になったりしちゃうよ。それに虫だって変な病気を運んでくることがあるんだから、ちゃんとミントで虫除けしてあげなきゃダメだよ。あぁ、もう。こうなったら早く殺虫剤も作らないといけないし、消毒用のアルコールも必要だ。やっぱり私が働くしかないよ。色々、買わないと。」
ふんすと鼻息を荒く説明する。
「エリア?石鹸やミントがなくても赤ん坊は産まれてくるぞ?俺達を説得したいのは分かるが、お前を働きに行かせる訳には…」
「父さん!何言ってるの!産まれてくる事も大事だけど産まれてからはもっと大事でしょ!赤ちゃんが産まれてすぐに病気になった話とか聞かないの?」
「そりゃあ赤ん坊なんだから病気になることも多い。そういうもんだ。」
「そういうもんじゃないよ!ちゃんと衛生管理しないからだよ!お母さんだって出産直後は免疫力落ちてるから、ちゃんと綺麗にしてあげなきゃいけないし。うん。どう考えてもお金が必要だよ!だから私が働いて稼がなくちゃ。これはもう譲らない!」
「お、おぅ」
私の勢いに父さんがたじろぐ。
「エリア?赤ちゃんのことを想ってそう言ってくれるのは嬉しいけど私達にとってはエリアも大事よ。身体に何かあったらどうするの?」
「母さん、心配してくれるのはすっごく嬉しいけど私もこのまま部屋にいたって病気は良くならないと思うの。たくさん寝るようにしたら急に気絶する症状は出なくなったけど、治った訳じゃないんだよ?」
私の病気の症状は急激に奪われる体温と伴って襲ってくる耐えられない眠気だ。たっくさん寝ることでその症状がある程度管理できることは分かったけれど、決して治った訳じゃない。
今でも寝る前には雪原にいるかのような寒気は襲ってくるし、闇に全身が包まれる感覚は健在だ。
「だったら外に出て少しでも体力を付けた方がいいと思うの。それがもし意味なくて……もし、私が死んじゃってもこのまま部屋で何もせずに死んじゃうよりも少しでも働いてお金を残した方がいいと思うし、何もしなかったせいで赤ちゃんまで私と同じような病気になったりしたら悲しいよ。」
「エリア……」
"何もせずに死にたくない"
それはずいぶんと卑怯な言い回しだと私でも分かってる。
だけど、これは演技でもない本心だ。
私だけの事なら色々と我慢もできただろう。
だけど、産まれてくる赤ちゃんが私と同じように病弱だったら?しかも、それがもしこの生活の不衛生が故にだとしたら?それを改善できたかもしれないのに何もせずにいる?何もできなかった事を後悔するのに?そんなのお断りだ。
エルース母さんは少し悲しそうな顔をして口をつむる。
病弱な私とこれから産まれてくる赤ちゃんを思えば色々と考えてしまうのだろう。
「でも父さんが言ってたけどやっぱりエリアにできる仕事はないよ?森にも行けないし他の採取場所だって危ないし。一緒に行っても私も自分のことやらなきゃだからずーっと面倒見るの無理だよ?」
「カイファ……えっと、実は考えてる仕事があるの。『溜箱』を集めるのなら、同い年のてるてる君ができるんだから私でも…」
「エリア!それは止めろ。」
「え?」
カイファの意見に反論しているところを父さんの大声に中断される。ビクッと父さんを見ると眉間に皺を寄せた顔が私のすぐ傍にあった。
「いや……大声を出して悪い。だが、それだけはダメだ。話はたぶん『溜箱』を回収に来た奴に聞いたんだろう?注意しなかった俺も悪いんが、金輪際そいつとは関わるな。あれは俺達とは違う人間で、そいつがやる仕事もエリアができるできないじゃなくてやってはいけない仕事だ。」
「え、……うん…分かった」
やってはいけない仕事ってどういうこと?と聞きたかったが深く息を吐きつつ椅子に戻る父さんにとてもなのでただただ頷く。
そういえば、初めててるてる坊主君に話しかけた時も彼はずいぶんと驚いていたっけ。向こうも話かけられると思ってなかったのかな?……今度、本人に事情を聞いてみよっと。正直、もう話しかけるどうこうの関係じゃなくなってるし。
「………エリア?どうしても働かなくちゃダメか?」
「あ、うん。えっと…溜箱を集める仕事がダメなら……今は思いつかないけど、絶対に何かやる。」
「それで体調が悪くなってもか?」
「部屋にずっといれば安心なのは分かるけど、やっぱりこのままじゃ治らないと思うの。少しでも体力付けたいし、お金稼いでミントもリィヴの実も欲しいし……あ、もちろん赤ちゃんのために。」
「そうか……分かった。なんとかしてやろう。」
「ちょっとカガイっ!?ダメよエリアを働かせるなんて。」
ポリポリと頭を掻く父さんを信じられない物を見る目で母さんが睨む。
「だが、このままだと勝手に家を外に出て仕事を探しかねん。」
「それは……ねぇ、エリア?」
「可能性は高いかと。」
「ほらな」「もう…」
私の返事に父さんと母さんは違う言葉を選びこそしたが、その表情は二人とも呆れた顔をしている。
「でも、実際にエリアにできる仕事なんて思いつかないわ。体力も必要なくて、私達の目があるか、そうでなくても安全な仕事なんて。この時期に家でできる内職なんかあったかしら?」
「あぁ、それなんだが心当たりがないこともない。」
父さんはどこか遠くを眺めるようにそう言った。
察するに少なくとも家の中でする仕事ではなさそうだ。
父さんの視線の先に恐らく私の職場候補があるのだろう。
その事に期待と若干の不安を抱くのでした。
威勢よく働く宣言したけど我ながら大丈夫かな?




