できることから
前話の投稿でブックマークどころか評価まで頂きました。感謝です。
「森で怪我人が出たのはどうも『紅蜂』のせいらしい」
「「え?」」「あかばち?」
父さんの発言に母さんとカイファの声が重なり、私はといえば聞きなれない単語をそのままオウム返しをする。
あかばちってなんだろう?
あかば…赤羽…地?地名?なわけないよね。ここは東京じゃないし、怪我をするってことは…あか…血……なんだろう?
頭の上にふよふよとクエスチョンマークが浮かぶ。
こんなときに私の選択肢は2つだ。
①知ったかぶる②素直に聞く
元々、この世界の住人じゃなかった私に時々起こるこんなシチュエーションではどちらを選ぶかが問題な訳だけど、こういう時にどうするかは既に決めてあるんだ。
すぐ横で驚いた顔をしている我が姉の服を摘まむ。
「ねぇ、カイファ?あかばちって何?」
「え?また~?」
カイファは困った"ような"顔をして私の顔を見る。
その嬉しい気持ちを隠そうとして隠しきれていない、見慣れた表情に私は心の中でちょっとだけ笑う。
前に変なプライドでこういう場面で知ったかぶって恥をかいたのは今でもちょっとしたトラウマだったりする。
その経験を踏まえて、恥を忍んで年下の姉に教えを請うた時にこの表情を見たときから分からないことは分からないと言える人間になると私は決めた。
そして、それからは決まって質問するのは姉のカイファだ。なんやかんやで面倒見が良い素敵な姉は頼られるのが好きらしいから、これはまさにWINWINな関係でしょ?
「もう、エリアは本当に何にも知らないんだから。ずっと寝てたから知らないのも仕方ないんだけど~。も~う、本当に仕方ないなぁ~。カイファお姉ちゃんが教えてあげる。ふふふっ。あかばちってのはね、真っ赤な~…ハ·チ·だよ。蜂っ!」
「真っ赤な…8…蜂ぃっ!?」
「ちょっと!エリア危ないわ!」
予想外の単語にバランスを崩して椅子から落ちそうになるところをエルース母さんに後ろから支えられる。その様子をニマニマとカイファが笑う。
前言撤回。ろくでもない姉だわ。こ、こいつめ。さては私を意地悪して怖がらせようと嘘ついたな?許さんぞ。噛みついたる!グルルルル。
「エリアは落ち着いて。カイファも変な言い方しないの。ただでさえ、エリアは虫が嫌いなんだから余計に怖がるでしょ?」
「そうだそうだ。私を怖がらせる為に嘘ついて!カイファなんて嫌い!」
「え?嫌い……エリア、ごめん。嘘ついた訳じゃないんだけど、びっくりさせよっかなって。だから、その、えっと……」
あわあわと慌てるカイファがなんだか可愛くて怒るのがアホらしくなって笑えてくる。
「ぷぷ、可笑…え?嘘じゃないの?」
笑てる場合か。
え?あかばちって本当に蜂なの?嘘でしょ?
恐る恐るに父さんの顔を見る。
「紅蜂は赤い身体をした少し大きめの蜂だ。森で薬草を採取していた奴がたまたま見かけてな。こんな時期に紅蜂が出たのに驚いて、慌てて追っ払おうとしたところを刺されたらしい。」
父さんはやれやれと息を吐き、その口で芋のスープを啜る。
「こんな時期?」
「そうよ。紅蜂は少し涼しくなって来た頃に出てくるから、まだ暑いこの時期に出るのは珍しいって私もカイファも驚いたの。たまたま早起きの紅蜂がいただけでしょうからエリアはそんなに怖がらなくても大丈夫よ。そうでしょ、カガイ?」
「あぁ」
「そう……なんだ。」
私は母さんに頭を撫でられながら父さんが会話に耳を傾ける。
紅蜂。赤い蜂か。
その姿を想像する。
黒と黄が印象的なスズメバチの黄色部分を真っ赤に変えた姿……キッモっ!?なんだそれ!?
ダメでしょ。そんな見るからに危ねぇ奴は存在しちゃっ!
しかも人を刺すってガチ派バチじゃん。ひぃ~。
蜂という不吉なワードに背筋が凍りつく。
不衛生な虫も嫌いだけど、直接的に危害を加えてくる虫も大嫌いだ。
そんなのが近く(?)の森で出たなんてなんとまぁあ恐ろしい。
さっきまで外に出たかった気持ちが見事に霧散する。
決めた。私は引きこもる。
生涯部屋で石鹸を捏ねり続ける。
虫除けの用のミントの葉もあれば虫に会うこともない。
ここが私の永住地だ。
「でも、父さん?紅蜂が出たってことは森も閉鎖されちゃうかな?暑いうちに森で色々収穫しないといけないのに。」
私の嫌い発言を受けて動揺していたカイファが父さんに尋ねる。私の方をチラチラと見てるから、まだ私が怒ってると思ってるのかな?
嫌いって言ったのは勢いだけの冗談だからそんなに気にしなくてもいいんだけど、少しは反省して欲しいからこのまま黙っておこう。ムスっとね。
それにしても森が閉鎖?
結構な大事だ。そうなったらほとんど毎日森に出掛けているカイファは困るだろう。引きこもりを決めた私には関係ないけどね。
「いや、閉鎖されるのはいつも通りもう少し涼しくなってからになるらしい。ただ、これ以上被害が出るとどうなるか分からん。だから、カイファも森に行くなとは言わんが気を付けるようにな。あまり森の奥にも行かないようにして、紅蜂が隠れてるかもしれない藪みたいな見晴らしが悪い場所には近づくな。」
「うん。分かった。」
「………」
父さんとカイファのそんなやり取りを見つつ、私は最初からずーっと抱いていた怒りを納めることに決めた。
私が虫を大嫌いなのを知ってるはずの父さん。
それがどうして私の前で蜂の話なんかを始めたのか。しかも夕飯時に。
これが怒れずにいられるかい?いや、無理でしょ!
だから、いつ詰問してやろうかと思ってたけど森に出掛けているカイファを心配してのことだったなら仕方ないよ。私としても時々意地悪なカイファでも森で蜂に襲われるなんて嫌だ。十分に気をつけて欲しい……って、あれ?
じゃあ、やっぱりカイファにだけ言えば良くない?
だって私、森どころか外にも出られないんだよ?
そんな私に蜂の話を聞かせる必要ある?ないよね?
だったら私ってば怖がらせられ損じゃん!
これは許せん!やっぱり問い正す!
「父さん!酷い!」
「どうしたエリア?大声を出して」
「だって、私が虫を嫌いなの知ってるのに蜂の話なんかしたじゃん。森に行くのを気をつけるって話なら私に聞かせる必要なんかないでしょ?そもそも石鹸で手を洗おうって話だったんだから関係なかったよね。」
思い返せば、こんな話になったのは父さんが手を洗うか洗わないかという話が脱線したせいだ。父さんが手を洗いたくないから、話を反らしただけならまだしもついでに私を怖がらせようなんてやっぱり酷い。
「いや、関係ないことないだろ?」
「なんでっ!だよねカイファ?」
惚ける父さんに半ば食いぎみに反論する。
ついでに私の頼れる姉を仲間に引き込む。
「えっと、エリア?私があんまり森に行けないとエリアも困るよね?」
「………?」
そんな私の姉は不思議そうな顔をしている。
私もきょとんと見つめ返す。
私困る?
蜂が出たっていう森には近づくつもりはないし、そんな危ない森にカイファが行くのも反対だ。蜂が出てカイファが森に行かなくなっても私困らないよ?
「だって、石鹸に使うリィヴの実も虫除け用の『ミント』と他に頼まれてたのも全部森で採れるんだよ?困らないの?」
あ
「ついでに言えば、そんな状況になれば森で採れる物を売ってる店では値段が上がる。それを採れないからって買うのは無しだ。分かるだろう?」
父さんがカイファに補足する。
「だから言ったんだ。石鹸を使わなくなるのが"丁度いい"ってな。」
「な…なら…石鹸作れない?」
「そうだな。」
「そんなぁ~」
ガックリ肩を落とす私の頭を母さんがまた撫でる。
◆◇◆◇◆
「「「いただきました」」」
「いただきました……。」
紅蜂の話も終わり、その後は差し障りのない会話で夕御飯が終わる。もしかしたら他の話題が私の頭に入らなかっただけなのかもしれない。
危ない蜂が出たせいでカイファが森に行ける機会が減る。
そうなればカイファに頼んでいる森で採れる品々の数も自ずと少なくなる。
それにしたって今はまだ森に入れるだけマシだ。
紅蜂が本格的に出る季節になれば、森は完全に閉鎖される。
つまり、ゆくゆくは一般人は森へ入ることができなくなるらしいのだ。
石鹸の材料に使ってるリィヴの実。虫除けの草ことミントの葉。
それ以外にもカイファに頼んである他の植物も採取できなくなる。
どうしても必要なら買わなければならない。決して裕福とはいえない今の生活の中で、そんな物を買って欲しいなんて、どうして言えるだろうか。何もできない病弱な私がわがままばかりを言って良いわけもない。
思えば私はエリアになってから何かできただろうか?
与えられるばかりじゃないか。
何かをしなければ、誰かに何かをしてもらう権利なんかないんじゃないだろうか。
そんな事が頭の中を回ればすっかり定番になった食後の挨拶も上の空だ。
「私、手伝う」
「ありがと、カイファ。エリアは座っててね。」
食器を片付けようと母さんとカイファが立ち上がる。
その様子を見て、靄のように心に湧いていた考えが1つにまとまる。
「………私、働く。」
「え?エリアは座ってて良いわ。」
食器を片手に私の呟きに母さんが反応する。
このいつものやり取りは私が折れてすぐに終わるが今日は違う。
「ううん。お手伝いじゃなくて、私、お金を稼ぎたい。外に出て、何か仕事をしたいの。そのお金でリィヴの実もミントも自分で買うよ。」




