食卓にて
「ご飯できたわよー」
「はーい」「わーい」
エルース母さんの声に私とカイファの声が重なる。
私は手を止め、部屋を出て居間にある自分の席へ座る。
「はい、これエリアの分ね。」
「ありがと。」
元々居間にいたカイファは私の前にスプーンとフォークを並べると左側の席に座る。そこはカイファの指定席だ。ちなみに右側がエルース母さん、正面にカガイ父さんの席だ。
「ねぇ、エリアってば部屋で何してたの?」
「私?いつも通りだよ。カイファは?」
「私もいつも通り。見て見て今日の自信作。」
カイファは手に握る自分のスプーンとフォークを私の目の前に突き出す。
「え?またスプーン作ったの?」
「またじゃなーい。ほら、持ってみてよ。持ちやすいでしょ?」
「え?うーん……確かに?」
「でしょ!」
手渡されたスプーンを握ると確かに手にフィットして持ちやすい。ただ、今、目の前に置かれている私用のカイファ特製スプーンもフォークもすでに持ちやすいのだ。その違いは素人にはよく分からない。
「ほら、遊んでないで手伝って。」
「「はーい」」
「で、も。エリアは座ってていいわよ。」
「うっ。はーい……」
浮きかけた腰を静かに椅子に戻し、母さんに呼ばれたカイファを台所へと見送る。
「う~、そんなに気を遣わなくてもいいのに。」
以前に比べると元気になったとはいえ、今だにエルース母さんは病弱な私に過保護だ。簡単な事なら手伝わせてくれるようになってきたが、極力そうはしない。母さん的にはこうして元気に食卓を囲えるだけで十分に親孝行とのことだ。
我ながら甘やかし過ぎじゃないかと思う。優しいっていえばそれまでなんだけど、私としては家事くらい手伝えるって証明して、そろそろ外出許可なんか欲しいところなんだよね。何かいい作戦はないかな。
そんなことを考えながら、手持ちぶさたでさっきカイファが自慢げに見せてくれたスプーンを指先で転がす。
「……あ、こんなところに鳥が彫ってある。」
「エリアってば気づくの遅い。せっかく持ち手が違うでしょって教えてあげたのに。」
台所からお皿を持ったカイファが横に来て、そんなことを言う。
「え?持ちやすいかどうかって聞いたじゃん。」
「そうだっけ?気づかないエリアが悪いもん。綺麗なちょうちょを見たから彫ってみたんだ。」
「蝶っ!?」
「わわっと!?」
咄嗟に放ったスプーンをカイファが空中でキャッチする。
「ちょっとエリア!投げるなんて酷い!」
「酷くないよ!これ鳥じゃないの?鳥って言ってよ!私が虫嫌いなの知ってるでしょ!」
「彫細工ならいっかなぁって。」
「良くない!本物を想像しちゃうじゃん!う"~」
頭の中を舞う蝶を首を振って追い払う。
蝶は綺麗だ可憐だなんて言う奴らがいるが、私はあの触覚というやつがダメなんだ。足だって6本もあって気持ち悪いし、蛾と何が違うのさ。皆だって蛾は嫌いでしょ?一緒だよ!
そんなものをあろうことかご飯を掬うスプーンに彫ろうなんて我が姉は一体何を考えているのか。そんなんで将来は細工師になりたいなんて片腹痛い。今から練習したって、お客さんの需要に沿った商品を産み出さないと大成しないよ。
そんなカイファを睨む奥で、玄関の扉がゆっくりと開く。
「戻ったぞ」
「「おかえり」」
カガイ父さんだ。
父さんは荷物を玄関の端にどかっと下ろすと、そのまま私の正面の席に腰を下ろす。その様子をカイファから外した視線でそのまま睨む。
「……父さん?いつも言ってるけど手を洗ってください。」
「ん?ずいぶん機嫌が悪いな。どうした?」
私の口調に何かを察したのか父さんが聞き返してくる。
「カイファが意地悪したんだよ。でも、父さんは父さんで話を反らさないで。手を洗うの。はやーくー。」
「やれやれ。エリアはいつもそれだな。そんなに手を洗うのは大事か?」
「当然でしょ。『細菌』が口から入って病気になるってそれこそいつも言ってるじゃん。」
「そうは言ってもなぁ……父さんは今までそのサイキンってのを食べても風邪1つも引いたことないんだが……」
「これから引くかもでしょ?父さんが風邪で倒れたら私もカイファも母さんも悲しいよ。しかもお仕事に行けなくなって職場の皆さんにも迷惑かけて、ゆくゆくは信頼を失った結果必要ないって思われて無職。そんな家庭を支えるために母さんは無理して働いて身体を壊して私とカイファは毎日泣きながら父さんはすまないって…」
「分かった。分かったから止めてくれ。洗えばいいんだろ?」
「うん!」
カガイ父さんはすごすごと台所へと向かう。
それとすれ違うようにエルース母さんが食事を持ってくる。
「カガイもすっかり綺麗好きね。おかげで我が家の石鹸はすごい勢いで無くなっていくわ。ねぇ、エリア?」
「母さん……それはごめんと思ってるけど……でも『リィヴの油』で作った石鹸は母さんだって気に入ってるでしょ?それに油を取るのも石鹸を作るのも私がやってるから許して欲しいかなって。」
「でも、リィヴの実を取ってきてるのは私だよ?エリアは森に行けないからね~。」
台所から料理を運んできた母さんは微笑みながら意地悪を言い、それにカイファも便乗してくる。これ、私の精神年齢が23歳だから耐えられるけど、本当の5歳なら泣いてるよ?
特にカイファはよっぽど私と喋れるのが嬉しいのか、彫細工含めて時々こうして調子に乗って意地悪をする。だが、これは好都合。ちょっと吹っ掛けてみようかな?
「うぅ~…カイファ、酷い!私だって本当はお出かけしたいのに~。私だって出掛けられたら森にだって、リィヴの実だって取れるもん……。」
声を震わせながら、小動物の気持ちでチロリと母さんを見る。
母さんも乗ってこないかな?『そうよ?意地悪言わないで今度はエリアも連れていってあげなさい』的な。
「エリアはダメよ。まだ家の中を歩けるくらいなんだから。それにちょっと動いただけですぐに気絶しちゃうでしょ?外になんか行かせられません。カイファもあんまり意地悪言わないの。」
「「はーい……」」
ダメかぁ。
カイファの反省した声と私の落ち込んだ声がまた重なる。
なかなか母さんを説得するのは骨が折れそうだ。
「よっと」
私達の話が落ち着いたタイミングで目の前の席に父さんが戻ってくる。
「盛り上がってる所悪いが父さんは腹が減ってる。飯にしよう。ほら、エリア。いつものやるんだろ。」
「あ、うん。やるよ。もちろん。こほん。それでは皆さんご一緒に…」
私の掛け声に合わせて家族の皆が胸の前で手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
この世界に来る前はそんなに意識したこともなかった日本では当然の挨拶につい顔が綻んでしまう。
◆◇◆◇◆
「で、なんの話をしてたんだ?」
父さんが野菜のスープを掬いながら尋ねてくる。
私のリクエストしたお芋のスープだ。塩味でさっぱり。
というか、ここのご飯って基本塩味なんだよね。味付けも日本風に改善したいけど、ひとまずは後回しっと。
スープを啜りながらそんなことを考えていると話題が進む。
「最近は皆が綺麗好きだから、石鹸の消費が早いわねって。」
「確かにそうかもな……丁度いい。いっそ止めるか?」
「え!?石鹸使わないなんてダメだよ!最近じゃ母さんもカイファだって『リィヴ石鹸』をよく使うんだよ!無かったら困るでしょ!」
石鹸に対して後ろ向きな父さんの言葉に前のめりに反論する。
我が家の大黒柱の父さんの発言は決して無視するわけにはいかない。だから、対抗するためにこっちは女子が味方につけたんだ。負けないぞ。
そうだよね、皆!
「エリアの作る石鹸すごくいい匂いなんだもん。豚油の石鹸と両方置いてあったら、そっち使うよ」
「そうね。リィヴの実の油は料理に使いたいから本当は残しておきたいんだけど、一度使っちゃうとどうしてもね。」
「でしょでしょ?油を取るのだって私がやってるんだから、いいよね。」
期待通りの援護射撃に私、大満足。
そうだよ。今さら『エリア印のリィヴ石鹸』を手放せるもんですか。
この世界で石鹸といえば、料理の時に出る肉から出た油を灰と混ぜて固めたものだ。確かに汚れは落ちるのだが、泡立たないし、臭いはするし、ぐにぐにと柔らかいしで使いにくいのなんのって。
そこで、私が提案したのが代わりに植物の油を使った石鹸だ。
植物の油なら泡立たないまでも変な臭いはないから完璧って考えたわけ。
だけど、最初は却下された。
植物油なら『リィヴの実』が良いと教えてもらったんだけど、それは料理に使いたいとのことだったからだ。
小さな実から取れる量があまり無いのにそれを他に回すのは勿体ないとのことで。
しかもこの『リィヴの油』は売りにも出せるから、動物の油で事足りる石鹸には使えないってね。
だけど、そこをなんとかこっそりカイファに頼んで取ってきてもらった『リィヴの実』でこっそり作ったリィヴ石鹸の良さをエルース母さんに必死にプレゼンした。隠し味にミントの葉っぱを入れるのが企業秘密なんです!とかね。
最初は『もう』と難色を示していた母さんも、作るのが生き甲斐だーとか、このままじゃ病気が酷くなっちゃうーとか、最終的には"最期"のお願いって言ったら『家計に影響がない範囲なら』という条件付きでオッケーしてくれた。
病弱な身体を盾にした卑怯な言い回しだったと申し訳ない気持ちにはなったけど、こればっかりは譲れなかった。
虫が嫌いな私は同じくらい不衛生が嫌いなんだ。虫も寄ってくるし万病の元だよ。
実際に使ってもらうのは効果テキメンで今やカイファも母もエリア印の石鹸の虜だ。後は父さんさえ陥落させれば敵はいない。
「いや……別に父さんだって石鹸を使いたくないわけじゃないし、お前達が使うのも構わない。」
「え?そうなの?やった!」
そんな父さんから思わぬ台詞が飛び出す。
すでに攻略していたとは。これで大々的に製造できる。こっそりカイファから融通してもらう必要もなくなるぜ。ふー。
てか、使いたくない訳じゃないなら帰ってきたら手を洗って欲しいんだけど?
「…ただ、な。」
「ただ?何か問題なの?」
石鹸に賛成してくれたはずの父さんの表情が少し曇る。
「どうも森でな。怪我人が出たらしい。」
「怪我人?それが何か関係あるの?」
予想外の言葉に頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
怪我人と石鹸は関係なくない?
「あぁ。どうも『紅蜂』が出て、それにやられたらしい」
「「え?」」「あかばち?」
その『あかばち』という単語に母さんとカイファの声は重なる一方で、私は訳も分からずオウム返しをする。
なんだそれ?
エリアの石鹸作りは最近の日課です。
古い石鹸に毎日こねこねと継ぎ足しています。




