二人の時間をはじめよう
CDショップでもうかれこれ、1時間は無駄な時間を過ごしている美里。正確にいうと、店を出たり入ったりを繰り返している。たった1枚のCDを買うか買わないかで迷っている。いや、買おうとは決めているのだけど、たったそれだけのことにどうしてこんなにも勇気を要するのだろうか。自分でも嫌気がさしてきた。
お目当てのCDの前に立ち尽くす美里。その背中を押したのは、冷ややかな視線を送りつけてくる店員同士のひそひそ声。それよりも、催促するようにタイミングよく店内に流れ始めた、East Topの新曲だった。
《二人の時間を始めよう~》
「分かったわよ! 買えばいいんでしょ!」
その言葉は自分に対してなのか、店員に対してなのか、それともCDジャケットの“エンジェルスマイル”テヨンに言ったのか……。
美里はCDを手に取りレジを済ませ、そそくさと店を後にし、家へと急いだ。
* * *
ソファーに腰を下ろし、ブラックコーヒーを飲みながCDを聴いている美里。その頭の中にフラッシュバックするのは、テヨンとの出会いと再会。
『ごめん、なさ。ペンだと思て……』
『いえ、ありがとごじゃいます』
『Thank you girl!』
『待て……ください!僕の名刺を……』
テヨンの声を思い返しながら、CDの声と重ねてみる。
「どれがテヨンの歌声なの? さっぱりだわ」
そして、テレビから聞こえた声を思い返す。
『僕、日本ではあれから、この缶コーヒーしか飲むことしてません』
あのカメラを真っ直ぐ見てそう言ったテヨンの目が、まるで自分に向けられたものだったような。
美里はそんな可笑しな錯覚がして、頭を横に振った。
「まさか! 大きな勘違いよ」
そんな言葉とは裏腹に、期待のような何かくすぐったい想いが胸の中に広がった。
勇気を出さなければ買えなかったCD。それとセットのDVD。今度はそれを観るのに勇気が要るような気がした。
「そのうち観ようかな」
さっきの一杯で最後だったインスタントコーヒー。美里は缶コーヒーを買うために、公園の自販機を目指した。そこはあの日、テヨンと出会った時とは少し違う景色。
「まだ寒かったもんな」
7月の今は、半袖姿の人ばかり。自販機のコーヒーも、あの日テヨンにあげたものがホットからクールに替わっている。ポケットから小銭を取り出し自販機に投入し、そのコーヒーを購入しようと美里が指を伸ばした途端、背後からヌッと現れた指が、ボタンを押した。
「なっ?」
驚いて振り返った美里を更にギョッとさせたのは、いたずらっぽく笑うエンジェルスマイル。
「……!!?」
声にならない叫び声。本当の頭が真っ白って、きっとこんな状態をいうんだろう。
「やっと会えた~!」
そんな言葉を笑いながら言うテヨンに、美里は眩暈がして気が遠くなるのを覚えた。




