Triangle
《五月ですからね。いよいよ初夏ですが、寒暖の差や急激な……》《今、話題のダイエット方法とは? CMの後、必見です!》
美里はソファーにもたれ、テレビをザッピングしながらモーニングコーヒーを啜っている。朝一で飲むのは砂糖とミルク入りと決めている。それ以外はブラック。ダイエットを意識したそれを大分続けたけれど、最近はチョコレートに目がない。
独りになったら味の好みも変わるのかね。もう痩せろとか煩く言われる事もないし、好きなものを好きなだけ食べよう。
小さくため息を吐いて、今のはため息じゃないと言い聞かせながら、美里はもう一度チャンネルを変えて、目を瞑りソファーに横になった。昨夜は眠りにつくのが遅かったのと、テレビから聞えてくる音楽が心地良いのとで、直ぐにうとうととし始めた美里。
《~East Top 日本デビューシングル Triangle ナウオンセール》
いつの間にか眠りいった美里は、夢の中で誰かと手を繋ぎ、歩いている。これは夢だな、そして顔の見えない相手は、おそらく元彼だろう。そう半分、客観視しながら続きを傍観している。そういえば、手を繋いで歩いたのはいつが最後だっただろう? 当たり前に一緒に居て、ただそんな時間がなんとなく流れて、気付いたら離れていった彼。
もう忘れたいのに、夢に出てくるなんて……。そんな事を思いながら、なんだか違和感がする。
なんだろう? やけに懐かしいような、でも初めてのような、切なくて胸がギュッと締め付けられるような感覚。
元彼じゃない!! そう悟った美里は、胸の鼓動が激しくなるのを感じながら、夢の中の相手の顔を必死に見ようとした。霧がかかったように、その顔が見えない。そして変わりに聞えてきた声。「ペンだと思て。ありがとごじゃいます」
* * *
《……ポ~ン……ピンポ~ン》
微眠みを打ち砕くように聞えるチャイムの音で、美里は目が覚めた。胸の激しい鼓動はまだ続いている。テーブルの上の携帯に手を伸ばし、目をしばしばさせながら時間を確認すると、10時50分。この時間に前触れもなくやってくるのは、同級生の洋子と決まっている。美里は起き上がり、寝起きでボ~ッとした頭のまま、ふらつく足取りで玄関へと向かった。
『留守ですか~? 居留守ですか~? ちょっと、まさか傷心自殺とか!?』
案の定、洋子だった。
《ドン! ドン!》
『美里―! まだ生きてたら開けて!』
ただでさえ大きな声なのに、その叫び声とドアを激しく叩く音に、寝起きの頭を直接ノックされてるようで、美里は頭痛がしてきた。
だから~、近所迷惑だっての! アパート中に響き渡るような洋子の大声に、美里は焦りながらドアを開けた。目の前に、ドアをノックしようと振り上げた手と、凄い形相の洋子が立っていたので、美里は思わず身を屈めた。
「美里! あ~良かった!」
と言いつつ、即座に美里の足元を確認する洋子。
「はいはい、ちゃんと足は付いてますよ。幽霊じゃありません。それよりあんたの大声で血の気が引いた……」
美里が言い終わらないうちに、洋子はいそいそと靴を脱いで、部屋へと上がりこんでいった。全く! と思いながら、美里もその後に続いた。
「で、今日は何?」
「それ差し入れ!」
テーブルの上に置いたケーキの箱を指差し、美里の質問など全く聞いていない様子で、洋子はバッグから取り出したCDをデッキにセットしている。
「な~に? 誰のCD? あんたの好きなSM○Pの?」
「NO! 私、もうSM○Pファンやめるわ! だって、出会っちゃったんだも~ん」
またかと思いながら、美里は無造作に置かれたCDジャケットを手に取った。そして、思わず息を呑んだ。
「この子って……」
「ん? 何?」
「いや、なんでも……」
そう呟いたまま、ただCDジャケットを呆然と見つめるだけの美里。写真の数人の男の子のうちの一人。まさかこの子に会ったことがあるなどと、洋子に言えない。
耳に入ってくるのは、聞き覚えのある曲。最近、よくCMで流れているものだった。
《East Top 日本デビューシングル ナウオンセール》
今朝も聞いたそのフレーズが、美里の脳裏を過ぎった。
「ねえ洋子……」
「いい曲でしょ!? 私、これからは彼らのペンとして、一生を捧げるんだ~」
「そう……、あのさ、この子の名前って……」
「あ~、この子はね、テヨンよ」
“テヨン” その名前を聞いて、美里は確信した。
やっぱり、そうだ。数ヶ月前に公園通りで出会った男の子。一緒に居た男の人に“テヨン”そう呼ばれていたもん。
“エンジェルスマイル君”と、その正体、そして今朝夢の中に出てきた相手。トライアングルの3点が繋がった。美里は、知らず知らずに高鳴る鼓動が、洋子にばれないよう注意をしながら聞いた。
「で、ペンって何?」
「あぁ、日本語で言うファンの意味よ」
「そっ……か」
この時、美里の中で、トライアングルの中身はまだ無色透明だった。




