扉を開ければ
美里の目の前に広がる光景。見慣れたその景色の中央には、住み慣れたアパート。ただ異様なのは、こんな場所にいるはずのない彼が、韓国の人気グループEast Topのテヨンが居るってこと。
アパートに向かって何の躊躇いもなく、スタスタと歩いているテヨンの後姿が、あたかもスローモーションのように美里の目に映っている。
夢でも見ているんだろうか? つい今しがたの会話が、美里の頭の中にリプレイされる。
『待って! 何処に行くの?』
『キミの家』
ハッと我に返った美里。
「ス、ストップ! ストップ!!」
遠ざかっていく背中に向かって投げかけた言葉に、少し呆れた顔でテヨンが振り返った。
「今度は何?」
可笑しいでしょ? どう考えてもダメでしょ? こんなのは大きな間違いよ! そんな正当なセリフが喉まで出かかっているのに、180度反対側から訴えかけてくる本音。それを代弁するかのように、いつかの洋子の言葉が聞えてきた。
『こんなチャンス滅多にないんだから! いや、この先絶対ないね! これからますます人気出ちゃって、間近で彼らに会うことなんてあり得ないんだから!』
それはEast Topの名刺交換会に、行くか行かないかでさんざん迷っていた美里へ、洋子が浴びせた言葉だった。
「……? 呼んで、止めて、どうして黙てる?」
「え……」
「家、入るのは何処から?」
「そっち……」
「はぁい! お、先に歩いてください」
テヨンに促されるまま、アパートの自室に向かい階段を上っていく美里。
だって、洋子がそこまで言うから。なんて友のせいにしている自分は最低かも。そんな罪悪感と高揚感との板挟みで、3階の部屋に辿り着くまでが、美里には長く感じる。
どうか誰にも見つかりませんように! そんな祈るような気持ちを知る由もない、背後ののん気な口笛。
「シーッ!!」
振り返り、テヨンに静かにするようジェスチャーしてみせた美里。
「いいじゃん別に」
まるで、ネイティブのような日本語に一瞬ひるんだけれど、美里は生意気な態度の年下男の子を、軽く睨みつけた。
「ごめな……僕、謝てばかり」
拗ねた子供のようなテヨンが可愛くて、思わず笑ってしまいそうなのを、美里は我慢した。とにかく今は、早く部屋へ帰らなければ!
この扉を境に何かが変わる。そんなことなんて思いもしないけれど……。




