お茶会への招待
私の従兄弟は『絞扼性イレウス』で死んだからだ。
絞扼性イレウスは腸の病気だ。腸管が癒着したり、ねじれたりする事で血行障害を起こしている腸閉塞の事で、やがては死に至る恐ろしい病気だ。従兄弟のルナールはまだ2歳だった。
幼い子供は腸捻転とか腸重積とか腸閉塞とかを非常に起こしやすい。そして厄介な事に喋れない年齢の乳幼児は「痛い」と他者に伝えられない。その為、お腹が痛くて泣いていても「お腹が空いたのかな」とか「おむつが汚れているのかな」としか周囲の大人に思われずに見過ごされ、死後解剖して死因がわかるのである。21世紀の地球でもそうなのだ。レントゲンやCTの無い世界では予測や診断はほぼ不可能である。
絞扼性イレウスの治療法は全身麻酔をしての手術しかない。
なので私は、この世界に麻酔や手術があるのか知りたかったのだ。
そして、どうやら麻酔はあるらしい。消化器外科の名医も王都にはいる。優秀な麻酔科医もいる。だったら、適切なタイミングで医者に診てもらえばルナールは助かるかもしれない。
だけど、どうやって伯父夫婦に近い将来ルナールが絞扼性イレウスになる事を伝えたら良いだろう。
私は伯父夫婦と仲良くない。というより会った事すら無い。初めて会ったのはルナールの死後、養子縁組をした時だ。
私とルナールは一回り年が離れている。伯父夫婦は結婚した後長く子供に恵まれず、ルナールはやっと授かった子供だったのだ。
それだけにルナールの死は伯父夫婦にとって衝撃が深く、伯母は精神に変調をきたしてしまった。
養子に入った伯父夫婦の家はまるで、蓋の閉じられた棺桶のようだった。あの小暗い家に再び養子に入るのは、心の底からごめんである。
それに、助けられる命なら助けてあげたいと思う。ルナールは私にとっても、大切な従兄弟なのだ。
どうしたものかな?と悩む事数日。
その手紙は突然来た。
伯父夫婦と同居している祖母が私とお兄様とデルフィーヌ様にお茶会の招待状を送ってきたのである。
ちなみに私は祖母にとても嫌われている。理由は、祖母が母の事を大嫌いで、そして私はそんな母に顔がそっくりだからだ。
どれくらい嫌われていたかというと、私が伯父夫婦の養子に決まった途端、私の顔など見たくないと言って、領地のマナーハウスに引っ越してしまったくらいである。
過去世では一度も来た事のない招待状が来たのは、きっと突然存在がわかったお兄様にお祖母様が会いたいからだろう。どう考えても私はおまけである。
なので、本音を言えばお祖母様に会いたくはない。お兄様とデルフィーヌ様にだけ行ってほしい。だが、これはルナールが未来でかかるであろう病気について匂わせる絶好のチャンスだ。
お祖母様が苦手。という理由でルナールを見殺しにはできない。
私はお兄様とデルフィーヌ様と一緒に、急遽リュミエール侯爵邸へ行く事になった。
しかし、ここで一つ問題が起こった。
お茶会に来て行くような服が私には一着も無いのだ。
仕方なく既製服を慌てて買いに行ったのだが、基本服はオーダーメイドのこの世界で既製服は多くはない。しかも私が標準よりかなり痩せている特殊な体型ときている。そうなると本当に服が無くて、ようやくサイズのあったドレスはものすごく私に似合わないドレスだった。
たぶん、日本のアニメに出てくる魔法少女なら似合うだろう。というドレスは、私が着るとハロウィンのコスプレにしか見えなかった。
こんなドレスを着て行って、祖母や伯母に頭がおかしくなったと思われないだろうか?
小暗い気持ちで、私はお茶会に出かけて行った。
伯父夫婦の屋敷は王城近くの貴族街にある。爵位持ちの貴族ばかりが住んでいる地区だ。
そして、侯爵である伯父の屋敷と庭はとても広い。田舎の県の小学校の敷地くらいある。
そんな屋敷の、完璧に手入れされた庭でお茶会は行われた。バラ園の側に長机が置かれ、お誕生日席にお祖母様が座っている。
招待客は私達を除いて10人ほど。何となく顔を記憶しているようないないような人達なので、分家や寄子の家門の奥様達なのだろう。お兄様に気を使ってかお兄様と同じくらいの年代の少年も二人いた。
「デルフィーヌ、久しぶりね。会いたかったわ。」
祖母はデルフィーヌ様に会えた事をとても喜んでいた。
「貴方がジュストなのね。会えて、とても嬉しいわ。」
と言った後
「アンジュも久しぶりだこと。」
と、とってつけたように言った。声のトーンが天と地ほどさっきまでと違う。
久しぶりも何も10年ぶりくらいだ。いや、安寿の人生が間に挟まっているから四半世紀ぶりである。
「お久しぶりです。お祖母様。」
と私は言った。『会えて嬉しい』とか『光栄です』とは言わなかった。だって、別に嬉しくないし。
お祖母様の一番近くの左右の席にアナイス伯母様と、お父様の従姉妹のシンシアが座っている。私が伯母様の隣、デルフィーヌ様がシンシアの隣更にその隣にお兄様が腰掛けた。シンシアの隣でなくて良かったけれど、デルフィーヌ様がシンシアの隣になったのは心配だ。
シンシアはお父様の事が好きで、過去世でもめっちゃお父様に付きまとっていたのだ。そして、私に執拗に嫌がらせをして来た。
だからデルフィーヌ様にも何かするかもしれない。さすがに毒を入れたりとかは無いと思うけど、お茶にこっそり虫を入れたりとか。
しっかり見張っとこ。と思って私は前方をガン見した。
「アンジュ。貴女も来年はデビュタントね。」
とお祖母様が言い出した。
「貴女に礼儀作法や教養がどれだけ身についているかを確認しておきたくて今日は呼んだの。」
さいでっか。
とお茶を飲みながら心の中で思った。
「ここにいる、皆の質問に答えてくれる?」




