波乱のお茶会
うっわー。吊し上げ大会かい!
恐ろしいばーさんだ。仮にも孫にする事か?
デルフィーヌ様もお兄様もすごく心配そうな顔をしている。そら、そーだよね。私に家庭教師がついてまだ2週間しか経っていないのだから。教養も何もあったもんじゃない。
ある夫人が口火を切った。
「アンジュ様は14歳なのですから、もう数学は『エトワール数』くらいまでは勉強しておられますよね。」
『エトワール数』というのは元いた世界の『フィボナッチ数』の事だ。
「そうですね。」
と私は曖昧に答えた。
「まあ、すごいわ。私は貴女くらいの頃数学が苦手だったの。是非『エトワール数』の解説をして。」
とシンシアが言った。やっぱり、この女は意地悪だ。
「・・・あの!」
とお兄様が割って入ろうとする。だけど私はその言葉を遮った。
「エトワール数は、連続した2つの数字の和がその上位数となるという規則の数列です。個体数の成長モデルや人口変動モデル、経済の成長モデルなどの研究に使用されます。自然界にも多く見られる数列で、松ぼっくりやヒマワリの種、台風の渦巻きがエトワール数列で成り立っています。花の花びらの数もほとんどがエトワール数と言われています。具体的な数字も言いましょうか?」
「い、いえ、結構よ。」
と最初に口を開いたご婦人が言った。
「アンジュ様は天文学はお好き?」
と違う夫人が聞いてきた。
「普通です。」
「太陽系の惑星の並びはもう勉強された?」
実はこの世界、地球があって太陽が一個、月が一個、と以前の世界と同じである。そして何と太陽を回る惑星や準惑星も全く一緒なのだ。呼び方までもだ。
「水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星・・それと冥王星です。」
この並びの覚え方は、安寿のお姉ちゃんが教えてくれた。
「『最近痴漢は減ったんかいねー』と覚えなさい。」
木星と、あと土星はどこに行ったのだろうか?
「アンジュ様は、どんな哲学者がお好きですか?」
と少年の一人が聞いてきた。私は『哲学』はあまり好きではない!
そもそも、こちらの世界の哲学者を全く知らない。仕方なく安寿時代に、比較的好きだった哲学者の名前を言った。
「ニーチェです。」
「・・・そうですか。僕はよく知らない哲学者なのですが、どんな言葉を残しているのですか?」
「『殊、恋愛と復讐において、女は男よりも遥かに残酷である』です。」
・・・・。
場がしーん、となった。別にどうでもいいけど。
「よく勉強しているようね。」
とお祖母様が言った。
「恐れ入ります。」
私の向かいで、シンシアが悔しそうな顔をしている。仮にも貴婦人なら取り繕ってほしいな。
そろそろ私も言いたい事言ってもいいよね!
「アナイス伯母様。ルナールは元気にしていますか?」
「・・ええ、元気よ。」
伯母様の返事はたどたどしかった。さては乳母や保母に子育てを丸投げしていてよく知らないな。
「そうだわ。せっかくだから会っていってくれる。ジュストにも紹介したいわ。」
「喜んで。」
と私は言った。
やった!会話がルナールの事に移った。後は子供の罹りやすい病気に話題をスライドさせれば!
「侍女長、ルナールを連れて来てくれる。」
「かしこまりました。」
と、側に控えていた女性が言った。この人侍女長だったのか。上級貴族の夫人と言ってもおかしくないほど、気品と威厳がある人だった。
しばらくしてルナールが連れて来られた。ルナールは、ルネッサンス時代の宗教画の天使のように可愛い子供だった。こんな可愛い孫が側にいたら、悪女顔の私など可愛くなかろうな。と納得した。
お祖母様が抱っこをしようとしたが、ルナールがぐずる。乳母や侍女長が焦ったような表情をした。
「あらあら、お母様が良いのかしらね。」
とお祖母様が言った。
反抗的な態度でもルナールの事は可愛いようだ。そもそも2歳なら『イヤイヤ期』が始まるお年頃である。
だが、私は違和感を覚えた。
「ルナール、おかしくないですか?」
「えっ?」
とアナイス伯母様が言い、侍女長は目を怒りの表情で吊り上げた。
「あらあら。」
とシンシアが言う。
「アンジュさん。幼い子供に嫉妬は醜くってよ。」
「『おかしい』とはどういう意味?」
お祖母様が硬い声で言った。
「幼い子供が泣く時は、通常背を後ろに反らせます。でも、ルナールは前に体を丸めています。もしかしてお腹が痛いのではないでしょうか?」
「アンジュ様。貴女に幼い子供の『通常』などがわかるのですか⁉︎貴女が何を知っているというのです!」
侍女長が馬鹿にしきった態度でそう言った。
「私は最近新聞に載っている医学博士のコラムを読んでいます。そのうえでの情報です。」
「新聞!あんな嘘ばっかりの代物、真面目に信じてらっしゃるの?淑女として、いかがなものなのでしょうね!」
こいつとの話し合いは時間の無駄だ。と思って私は伯母の方を向いた。
「伯母様。疑いがあるのなら診察してもらうべきです。勘違いだったというのなら、それで良いではありませんか。恐ろしいのは勘違いではなかった時です。腸捻転や腸重積は幼い子供にとても多い病気だそうです。腸の壊死が始まり破裂すれば死亡率は100%です。」
伯母の瞳が恐怖に揺れた。それを見てお祖母様が侍女長に言った。
「我が家の主治医の所へ連れて行きなさい。」
「お祖母様。消化器外科の専門医に診てもらった方がいいと思います。もし、手術という事になれば手術室のある大病院でなければ対応できません。貧民救済病院のユーシェル医師は消化器外科の権威だそうです。貧民救済病院では最近生後2ヶ月の赤ん坊の手術も行われたそうです。」
「貧民救済病院!」
シンシアが嫌悪感も露わに吐き捨てた。
「あんな病院に行くなど悍ましい。足を踏み入れたらどんな病気が感染るかわかったものではないわ。皆様もそう思うでしょう!」
「そうね。」
「仮にも貴族が貧民救済病院なんて・・・。」
とご婦人方がざわざわする。
「子供の全身麻酔はとても難しいのです。エビデンスのある病院で診察、治療してもらうべきです。」
「アンジュ様、いいかげんになさってください!病気かどうかもまだわからないのです。もう少し様子を見てから判断しますから、これ以上侯爵家の品位を貶める事を言わないでください!」
侍女長が私を睨みつける。
「新聞だ、貧民救済病院だとか、これだから育ちの悪い方は・・・。」
私は立ち上がって侍女長の側に行き、侍女長の右手を掴んでねじり上げた。




