お祖母様の来訪
「キャアアアアー!」
と侍女長が悲鳴をあげた。
「何をするのです。離して!痛たたた‼︎」
私は侍女長を怒鳴りつけた。
「自分が腕を捻じられるのは5秒と耐えられないのに、幼いルナールの腸が捻れる痛みは我慢しろというのですか⁉︎恥を知りなさい。この人でなしっ!」
「アンジュ、やめなさい!侍女長の腕を離しなさい‼︎」
とお祖母様が言った。
私は侍女長の腕を離した。
お祖母様は手元のベルを鳴らし、執事を呼んだ。
・・いかん。これは、叩き出されるかも。
と思ったが、違った。
「ルナールを病院に連れて行きます。用意をして頂戴。」
とお祖母様は執事に言った。
「というわけです。今日のお茶会は終了とします。皆、帰ってもらえるかしら。」
突然の事に、皆顔を見合わせているが、そう言われた以上帰るしかない。お兄様が私の側に駆け寄って来て肩を抱いてくれた。
「帰ろう。」
「はい。」
正直私は、ほっとしていた。
「ごめん。」
と馬車に乗った途端にお兄様に謝られた。
「アンジュがひどい事ばかり言われていたのに助けてあげられなくて。」
「全然大丈夫ですよ。」
と私は言った。別に何の期待もしていませんでしたから。
「でも、せっかくおいしそうなお菓子がいっぱい並んでいたのに、食べられなかったのは残念ですね。」
「帰ったら一緒にクッキーを焼きましょう。」
とデルフィーヌ様が言ってくれた。デルフィーヌ様は趣味がお菓子作りなのだ。クッキーやパイをよく焼いてくださる。その時には私もお手伝いをしていた。手伝いといっても型抜きくらいだけど。
「ルナール君の病気があまりひどくないといいね。」
お兄様にそう言われ私は
「そうですね。」
と曖昧に微笑んだ。
全然、何の病気でもなかったら、私に対してお祖母様が超怒るだろうな。と思った。
クッキーを焼いた後、お兄様とデルフィーヌ様とトランプで遊んでいたら今日もお父様が家に戻って来た。
開口一番
「お茶会はどうだった?」
と聞いてくる。
「アンジュさんは素晴らしかったのですよ。皆様に難しい質問をされてもすらすらと答えられて。」
とデルフィーヌ様が言ってくれる。
その後の騒動についてはデルフィーヌ様もお兄様も何も言わなかった。黙っていても、そのうちバレそうな気がするけれど。
「よく『エトワール数』の事なんか知ってたね、アンジュ。」
とお兄様が言った。
「え、ええ。何日か前の新聞に載ってました。」
私は苦しい言い訳をした。
それから4人で夕食を食べた。正直お父様にしょっちゅう戻って来られると敢えて話す会話が無い。デルフィーヌ様もお兄様もあまり口をきかないので夕食の席はしーんとしている。安寿だった頃の夕食とは大違いだ。あの頃は、お姉ちゃんと妹と3人、ゲラゲラとおしゃべりしながら食べてたもんな。
デルフィーヌ様の心の中はよくわからないが、お兄様はお父様に対して遠慮や反発があるような気がする。まあ、5歳ならまだしも15歳になって初めて会った父親にすぐすぐ甘えたりはできないよね。お父様がもうちょっと気を遣ってくれれば嬉しいんだけどなー。
微妙に胃もたれする気分で夕食を済ませた後、来客が伝えられた。
お祖母様とシンシアが訪ねて来たのである。
最初に思ったのは今日あった騒動について、お父様に苦情を言いに来たのかな?って事だ。
時と場合と展開によっては、今すぐ修道院送りになるかもしれない。
お父様と私とデルフィーヌ様とお兄様の4人は応接室にお祖母様達を迎えた。
開口一番お祖母様は私に言った。
「ありがとう、アンジュ。」
「ええと、あの・・?」
「ルナールは腸の病気だったの。」
「何があったのですか?」
とお父様が聞きお祖母様が今日あった事の説明を始めた。お父様は黙って聞いていた。
「病院に着いた頃には、ルナールは何度も吐いて熱も高くなっていたわ。お医者様がお腹の触診をして、十中八九腸の閉塞を起こしているだろう。と。すぐに手術をと言われたけれど、腸が壊死して腹膜炎を起こしていたらもう助からない。手術をしても命が助かる可能性は50%以下だ。と最初に言われたわ。そして腸閉塞は再発の可能性も高い。手術をしても再発したらもう一度の手術を耐える体力は幼子には無い。それでも手術をするか?と最初に確認されたの。」
「それで、どうしたんですか?」
とお父様が聞いた。
「勿論、それでも手術をすると決断したわ。そして、手術は一応成功した。それを報告に来たの。今日中に手術をしなければ手遅れになっていたのだそうよ。」
「良かったです。」
「貴女のおかげよ、アンジュ。」
お祖母様はそう言ってまた頭を下げた。
「勿論まだ安心はできないけれど。一つの山は越したわ。ありがとう、アンジュ。」
「いえ、私は別に。ルナールが助かったのはお医者様の技術あってこそです。お医者様にお礼を言ってください。」
「勿論言ったわ。そしたら『お礼の言葉はいらない。金をくれ』って。病院は資金不足で、この数ヶ月は看護婦にも満足にお給料を払えていなかったらしいの。新聞に連載コラムを書いていたのも原稿料が目当てなのですって。」
「それは、是非払ってあげて欲しいです。」
「ええ、病院を建て替えられるくらい寄付をするつもりよ。」
と言ってお祖母様は笑った。
「アンジュ。貴女にもお礼をさせて。何が欲しい?」
「いえ、そんな。プレゼントするなら、ルナールにしてあげてください。ルナールが一番頑張ったのですから。」
「そうね。アンジュ。」
「はい。」
「私は貴女を誤解していたわ。」




