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アンジュと白のペンダント  作者: 北村 清
Case 0 闇の蜘蛛旅団

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夏の名残のバラ(1)

セブランからの招待状にはただ、夏の名残(なごり)のバラを一緒に愛でたい。と書いてあるだけで、他に余計な事は書いてなかった。


セブランには回帰の記憶があるのだろうか?ジュストは?ブランシュはアシールは?僕はグルグルと考えた。


アシールはこの時期、もうセブランの秘書官をしていたはずだと思う。ブランシュは、サンテミリオン領で家族と一緒に暮らしているはずだ。ジュストは?彼の母親が亡くなり、彼が王都に出て来たのはいつの事だっただろう?思い出せなかった。


セブランやアシールに回帰の記憶があるのなら、『闇の蜘蛛旅団』の撃退に協力して欲しかった。というか、記憶が無くても協力して欲しかった。それなりの数の盗賊団を捕縛するには絶対に騎士団の助けがいる。王都には『王都騎士団』と『近衛騎士団』の二つがあるが、そのどちらも王族の命令がなければ動かせなかった。


もし回帰の記憶があるのなら、説明や言い訳を考えなくて済む。だから、記憶があって欲しいと切実に思った。


その反面、僕は家族には未来の世界から戻って来た事を伝えなかった。あまりにも残酷な未来で口にするのも嫌だったし、信じてもらえると思えなかったからだ。僕だっていきなりリサやリラが「未来の世界から戻って来た」と言い出したら正気を疑うだろう。幸せな未来ならばともかく、身の毛のよだつようなおぞましい未来だ。無事回避して、知らずに済ませる事ができるならそうしたかった。


というわけなので、お茶会で両親がいる側で

「セブランは豚だった頃の記憶ってある?」

と聞くわけにはいかない。どうやって探りを入れよう?僕は考えた。

しかし、たった三日で妙案が浮かぶわけもなく、結局僕にできたのはアーモンドの花びらの形のブローチをつけて行く事くらいだった。ピンク色のこの花びらは、見ようによっては豚の蹄の形に見えない事もない。


僕は両親と共に王宮へ向かった。




セブランはバラ園で待っていてくれていた。


僕達を笑顔で迎えてくれたセブランの顔は、二年後よりも少し幼い。すぐ側に控えているアシールは全く変わりがなかった。身長も髪型も一緒だった。


「リディ!」

と言ってセブランは立ち上がり、駆けて来て母に抱きついた。

母はセブランの乳母だった。母とセブランの母親である先代王妃は親友だったらしく、王妃が強く望んで母が乳母になったらしい。先代王妃は体が弱い方で、自分が長く生きられない事を知っておられた。だから一番信頼のできる人にセブランを託したい、と希望されたのだ。

母はその友情に応え、セブランを我が子のように可愛がった。セブランが成長して王宮での生活は辞したが、今でも週に一回外国語の家庭教師として王宮に通っている。


そんな母が不幸に見舞われ、地方の療養所へ行った事はセブランにはかなりのショックだったようだ。僕の前で哀しみを見せる事はほとんど無かったが、憎しみの強さは僕に勝るとも劣らぬものだったのではと思う。


「リディ、リディ、会いたかった!」

と言って母に抱きついているセブランを見て、僕も回帰した時家族に抱きついたら良かったと思った。妹達にはたぶんものすごく気持ち悪がられるだろうけど。


「どうされたのですか、殿下?先週も外国語の授業で会ったばかりではありませんか?」

「そうだよ。一週間も会えなかったんだ。すごく寂しかったよ。」

「まあ、子供のような事を言われますのね。」

そう言いつつも、母は嬉しそうだった。


「殿下、そろそろ・・・。」

父が咳払いしながらセブランをジト目で見つめた。いつまでも母に抱きついているのが不快らしい。

そしてその時僕は、庭に置かれたテーブルの上の物に目が釘付けになっていた。


色鮮やかなお菓子。白く輝く磁器のセット。銀のカトラリー。それらと一緒に、五匹の豚のぬいぐるみが置いてあったのである。


「殿下、これは?」

と父が質問した。

「今、自分の中で豚がマイブームなのだ。五匹並べるとハムのようで可愛いだろう?」

「ええ、まあ小さくて可愛いですが、何故豚なのですか?」

「それは秘義(ひぎ)だ。」

母から離れたセブランは胸を張ってそう言った。


「リュッカ、友情の証に一つやる。どれでも好きな子を選ぶといい。」

とセブランが言う。豚達は、耳がピンと立ったピンクの豚、まだらの豚、黒豚、白豚、耳の垂れたピンクの豚だった。

「そう、じゃあ。」

僕は遠慮しなかった。

「この子にするよ。」

僕が選んだのは垂れ耳のピンクの豚だった。それを見てセブランは満足そうにうなずいた。


「君はそれを選ぶのだな。」

「リューという名前をつけるよ。僕の分身のように可愛がるからね。」

「うむ、そうしてくれ。」


「今時の10代男子の気持ちがわからない。」

父はそう言って首を振っていた。


「さて、前置きはここまでとして。今日来てもらったのは大事な話があるからなんだ。」

急に真面目な顔をしてセブランは言った。着席した僕達にアシールが紅茶を淹れてくれる。


「王宮にこんな文書が届いたんだ。アシール。」

「はい。」

と言ってアシールは胸の内ポケットから紙を取り出した。セブランが受け取り机の上に広げる。

紙片にはカクカクとした読みにくい文字が書いてあった。


『9月29日 サンテミリオン侯爵邸が闇の蜘蛛旅団に襲撃される』


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