夏の名残のバラ(2)
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・!」
僕達は三人共驚いたけれど、驚きの種類が僕と両親では違ったと思う。僕の場合「こう来たか!」という驚きだった。
定規を使って筆跡を誤魔化そうとしているけれど、これを書いたのはセブランだろう。こんな怪文書にわかには信じられないだろうが、こんな文言を見せられたら両親も一応警戒するはずだ。
「単なるイタズラと思いたいが日付まで書いてあるところに信憑性がある気もする。『闇の蜘蛛旅団』は残酷な盗賊団として有名だ。警戒する必要があると思う。」
「『闇の蜘蛛旅団』ですか・・・。」
父が真剣な声で言った。
「他の賊ならともかく『闇の蜘蛛旅団』なら、当家が襲われる理由が確かにあります。私は西の辺境伯家の血を引いていますから。」
「父上。」
「リュッカ。今年の初めにな。西の辺境伯領で『闇の蜘蛛旅団』と呼ばれる盗賊団が捕縛されたんだ。リーダーは捕まえて処刑したそうだが、一部の賊は取り逃してしまった。取り逃した賊の中にはリーダーの弟や子供がいたという。そいつらが復讐をしようとしているのかもしれない。」
僕は無言でうなずいておいた。既に知っている情報だったが、『一周目の僕』はまだ知らない情報だったからだ。
「盗賊とはいえ気持ちはわかります。僕だって家族を殺されたら復讐したいと思います。でも、だからと言って僕はそいつらに殺されたくなんかありません。」
「当然だ。相手は盗賊なんだ。共感してやる必要なんかない。」
「でも、貴族街は城門に囲まれていて、不審者はそう簡単に入っては来られないわ。それなのに襲撃などあるでしょうか?」
と母上が言った。
その言葉に胃のあたりが熱くなった。母上が言う通りだ。貴族街は警備が厳しく盗賊は簡単には入って来られない。
手引きした者がいたのだろうとは、当時から噂されていた。今ならそれが誰だったのかわかる。オーギュスト叔父だ。
叔父のオーギュストも貴族街に住んでいる。
叔父は王宮に仕える役人で、執事のレイモンの話によると今は地方に視察に行っており王都にはいないとの事だった。もしもいたら、叔父の屋敷に突入して斬り殺していたかもしれない。この三日の間に頭も冷えた。叔父が盗賊団と繋がっている証拠を確実に見つけなくてはならない。と考えられるくらいにはたかぶった気持ちも落ち着いて来ていた。
「何事にも絶対はない。だから貴族街の警備は騎士団に言って増強するつもりだ。」
とセブランは言った。その後更に言った。
「だけど今、近衞騎士団の団長が行方不明なんだよな。」
僕はびっくりして手に持っていたティーカップを落としかけてしまった。
「リュミエール卿がか?」
「三日前から休暇中。今どこにいるかは不明だ。」
「へえ、奥方が亡くなっても仕事を休まなかった仕事中毒の彼がですか。」
と父上が言った。
母親が亡くなっても父親が仕事を休まないなんて、『彼女』も可哀想な人だったんだな。と、彼女に対して肯定的な気持ちになっている僕は思った。
「王都騎士団に相談したら良いのではないか?」
「王都騎士団なあ。」
僕の提案にセブランは渋い声を出した。
「苦手なんだよ。あそこの騎士団長。」
「セクハラでもされたのか?」
「されるか。部下にな。ちょっと度を超えたパワハラをする人でな。あまりにもムカついたから、王宮の女官達が使っている除毛液を頭にぶっかけた事があるんだ。そしたら断末魔みたいな悲鳴をあげてな。騎士団長のくせに。」
「それは全人類が大絶叫だろう。」
「あれ以来、僕が近寄ると距離をとるんだ。なので話を聞いてもらえるかどうか。」
まあそもそも、王都騎士団の騎士団長は王妃派だ。セブランとしては必要以上に関わりたい相手ではないのだろう。
「休暇届は四日分だったそうだから、明日にはリュミエール卿も戻って来るだろう。それから相談するのでも問題あるまい。」
「そうだな。」
と言った後僕は、庭園に咲いている花が欲しいとセブランに頼んだ。妹達へのお土産用だ。
「好きなだけ持って帰れ。アシール。ハサミを持って付き添ってやってくれ。」
「かしこまりました。」
そうして僕はアシールと二人きりになる事ができた。
母達に声が届かないところまで移動して、僕達は話を始めた。
「セブランも君も・・二年後の記憶があるのだよな。」
豚のぬいぐるみの耳をぴこぴこ触りながら僕は聞いた。
「はい。」
「どういう状況だったか聞いても良いか?」
「リュッカ様が連れて行かれそうになった後、突然白い光がほとばしって目がくらみました。目を開けると執務室で、殿下が目の前の机に突っ伏してよだれを垂らして寝ていました。」
「それで。」
「殿下を揺り起こすと目覚めた殿下が、『リュッカが、リュッカが連れて行かれてしまう。丸焼きにされてしまう!』と叫び出され始めた為、殿下を落ち着かせる為に頭頂部を一回殴らせてもらいました。」
「・・・さすが君は落ち着いているなあ。」
「目の前にやかましく取り乱している人がいると逆に落ち着くものでございます。」
「それで、すぐにセブランは過去に回帰している事を受け入れたのか?」
「いいえ。『自分は今夢を見ているに違いない。もう一回寝て起きたら豚小屋に戻っているはずだから寝させてもらう』と言って殿下がまた眠ってしまわれたので、その間に私が情報収集を行いました。もう一回目覚めても執務室の中だったので殿下もこちらが現実だと受け入れる気になったようでございます。」
切ったバラのトゲを抜きながらアシールが言った。
「その時点で夜になっておりましたので、リュッカ様にのみ手紙を送りました。ジュスト様やブランシュ様は王都にはおられませんので所在の確認はできませんでした。本日のお茶会もリュッカ様のみ呼んだ方がゆっくり話ができたのでしょうが、殿下がどうしてもサンテミリオン夫人に会いたいと言われたのです。」
「そうか、この現象は『古の秘宝』が関わっているのだと思うか?」
「わかりません。この三日の間『古の秘宝』について可能な限り調べてみましたが、詳しい情報はわかりませんでした。しかし、他に原因を思いつきません。殿下は、リュミエール令嬢が生きているうちに時を巻き戻す秘術を秘宝に願っていたのでは?と推測されておられます。」
「何で、そんな事を。」
「あくまで空想ですが、元々私達を永久的に豚にしておくつもりはなかったのではないでしょうか。数日で、あるいは命の危機が迫ったら術が発動するようにしていたのでは?と推察します。時を戻したのはおそらく我々を人間には戻せなかったからです。」
「どういう意味だ?」
「『豚になれ』と言った後、それを否定する命令つまり『人間に戻れ』という命令はできないのではないでしょうか。人間に戻せなかったので、時を戻したのです。というのが殿下と私が話し合った結論です。」
胸が痛んだ。
この数日間心の中で100万回くらい『彼女』を罵ったが、彼女はそこまで悪い女ではなかったのだ。
自分達を豚にしたのは、婚約破棄をされてどうしようもないくらい傷ついていたからなのだろう。それでも、数日で人間に戻してくれるつもりでいてくれたのだ。
「何故二年も前に戻したのかについては、二年以内の長さで戻すのが無理だったか、あるいはサンテミリオン家の事件を知っていてそれ以前まで戻してくれたのか、どちらかだろうと殿下は言っておられました。」
「・・『彼女』は今どうしているのだろう。」
「わかりません。この三日間殿下も接触を試みたのですが、社交界デビュー前の女性は親の許可がなければ異性は会う事が叶いません。そして今彼女は親が王都にいない状況ですので。」
「・・・・。」
「彼女の思惑がどのようなものであれ、チャンスを与えられたのだから今回は必ずサンテミリオン家の人達を守りたい。殿下はそう言っておられました。」
ありがたい。と思った。
そして必ず、家族と使用人達を守ってみせると僕自身も強く思った。




