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アンジュと白のペンダント  作者: 北村 清
Case 2アシールの奥さんがやって来た

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エスターさんの元婚約者が現れました

この男が、エスターさんの元婚約者。


そう思いながら私は、男の顔を見上げた。

そして思った。


顔ではアシールの負けだな。


いや、アシールも別に不細工ではないのだが。目の前の男が、ものすごく顔がいいのだ。セブラン王子にさえも勝っているかもしれないレベルで。


背も高いし、スタイルもいいし。服のセンスがこれまた良い。これはアシールも弱気になるかもなあ、とわかってしまう。

というか、セブラン王子。何故いきなり私の横で毛繕いをせっせと始めてるんですか?


「会いたかったよ。エスター。」

と言ってユベールとやらは大仰に両腕を広げた。演劇がかった大げさな動きで、明らかにそう振る舞う自分をかっこいいと思っているナルシスト臭ぷんぷんな動きだった。「嬉しい」と言ってエスターさんが腕の中に飛び込んで来るのを疑ってもいない顔だった。だが、エスターさんは後ずさった。


「アランブール様。どうしてあなたがここに?」

「エスター。そんなよそよそしい呼び方はやめてくれ。ユベールでいいんだ。」

「そのようなわけには参りません。アランブール小子爵様。」

硬い声でエスターさんが言うがユベールは聞いていなかった。


「そんな恥ずかしがらなくても。きみが僕に会いに王都に来てくれた事はわかっている。僕も気がついたよ。君こそが僕の運命の相手なのだと。ミルカは僕の運命の相手などではなかった。わがままで僕に全く気を使えない、気の利かないつまらない女だった。君こそが僕の・・・。」


「あなた、私にも婚約を解消する時『つまらない女』と言ったじゃないですか⁉︎それを今更。」

「エスター、そんな事を気にしているのか?ふ、可愛いな。」

「近寄らないでください!私はもう結婚しているんです。」

「だけどあの平民は、きみを捨ててどこかへ行ったのだろう。散々きみの父親に援助してもらっておいて薄情な奴だよな。あんな奴、貴族を利用しようとした罪で死刑にしてしまえばいい。」

「捨てられてなんかいません!アシール様は国の為に隠密行動をしておられるんです。私の夫を悪く言わないで!」

「きみはあの平民をかばって僕を責めるのか!成り上がりの新参貴族のくせに、子爵家の僕に。きみは変わったな。あの平民と親しくして生意気になった。従順な事だけが取り柄だったのに!」


「くそ野郎。」

「え?」

とユベールが言った。


「エスター。きみが言ったのか?」

と聞かれてエスターさんもぽかんとしている。


違う。今の声は、ブランシュの声だ。

でも、まさか猫がしゃべったとユベールは思わなかったらしい。まあ、普通思わないわな。

この場にいる人間は二人だけなのだから、エスターさんが言ったと勘違いしても仕方ないだろう。


ちなみに、今室内には全猫がいる。ドアが閉まる前に全員室内に滑り込んだのだ。


「ケツの穴にバラをさしている野郎くらい気持ち悪いな。」

「・・・・。」

「耳の穢れだ。しゃべんな、カスが。」


「おまえ!」

ユベールが首まで真っ赤になって怒った。ここまで言われて怒らない男がいたら死体だけだろう。

というか、ブランシュ。あんた口が悪過ぎ!

そしていったいどういう状況で、そんな場所にバラがささってんの?そういう男を見た事あんの⁉︎


エスターさんが暴言を吐いたと勘違いしているユベールは、右手をエスターさんに向けて突き出した。きっと首を押さえつけるつもりだったのだろう。しかし、未だ抱っこされたままのアシールがペシっと猫パンチを繰り出した。

たいした攻撃ではなかったが、ユベールの怒りに油を注いだようだ。


「うがあっ!」

と変な叫びをあげて、エスターさんに飛びかかって来た。


そこにすかさず!

お兄様が、ユベールの脛に体当たりした。体重四キロの生物(なまもの)が『弁慶の泣きどころ』にぶつかって来たのだ。想像を絶する痛さだと思う。更にリュッカがユベールの逆の足の膝裏に体当たりして膝カックン。ユベールは、べちゃあ!っと床に倒れた。

そこにトドメとばかりに、ユベールにとって最大の自慢であろう美しい顔をブランシュが引っかいた。


「ぎやあああー!」

という汚い悲鳴が響き渡った。


「何があったの⁉︎」

ドアの外で盗み聞きでもしていたのだろう。ミルカがドアを開けて飛び込んで来た。

顔を手で押さえて悶絶していたユベールは突然


「ミルカーーーッ!」

と叫び

「僕の顔が、僕の顔が!ミルカ、貴様のせいだー!」

と更に叫んだ。


意味がわからん?

と私は小首をひねったが、のんきに考えている場合ではない事に気がついた。ユベールは上着のポケットから大きなナイフを取り出し、立ち上がってミルカに向かって振り上げたのだ。


「ふぇっ?ぴいぃ!」

ミルカがわけのわからない声をあげながら腰を抜かす。襲われているのがミルカだからか、猫達は誰も助けない。私はというと驚きすぎてフリーズしていました。


「やめて!」

と叫んで動いた人がいた。エスターさんだ。ナイフを振り上げるユベールに体当たりしたのだ。お兄様の10倍以上の体重があるであろうエスターさんの体当たりだ。ユベールは吹っ飛んで頭からこけた。その時頭をローテーブルの角に激しくぶつけてしまった。聞いた事もないようないびつで大きな音がした。


・・・これは、たぶん死んだ。


次の瞬間


「ぎゃああああーー!」

とアメリカンホラーの映画ヒロインみたいな絶叫をミルカがあげた。


「お姉様が、お姉様がユベールを殺したーーー!」


待てや、こら!

エスターさんはおまえをかばおうとしたのだろうが!


というのに、ミルカは叫びながら廊下を走り去ってしまった。私は一縷の望みをかけてユベールの顔を覗き込んだ。しかし、ユベールの瞳孔はがっつりと開いていた。


「・・・私。」

と呟きながらエスターさんがへたり込んだ。


「お嬢様!」

と言いつつ支配人が部下と共に部屋に飛び込んで来た。


「ああ、なんて事を!」

「お姉様がやったの。お姉様がやったのよ!」

とミルカがオウムのように繰り返している。


「エスターお嬢様、とにかくこっちへ来てください!おい、この部屋の前に人を置いて立ち入り禁止にしろ。絶対、人を入れるなよ。」

部下にそう言って、支配人はエスターさんの腕を引っ張り部屋の外に引きずり出した。


部屋のドアがバタンと閉まる。


かくして、部屋の中には死体が一つと六匹の猫が残された。

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