アシールから手紙が届きました
エスターさんは迷いの無くなったような顔をしているが、妹の方はそんな姉を忌々しげに睨んでいる。猫の目線からだとよく見えるんだよね。
と、そこへ。
「旦那様。」
と言ってデルフィーヌ様が一歩前に出て来た。
「レジャン氏がご無事かどうかくらいは、教えて頂けないでしょうか?」
お父様はちらっとアシールを見た後
「レジャン氏は無事だ。健康状態にも問題はない。もし万が一にも死ぬような事があれば、その時は夫人、あなたに必ず連絡を入れる。」
と言った。
「人倫に背くような真似をしておられるわけではないのですよね?」
とデルフィーヌ様が重ねて聞く。
「そのような任務ではない。異性と問題を起こしているという事もない。と思う。たぶんな。」
まあ、一日の半分以上眠ってるからね。アシールは。
「じゃあ、お義兄様はぁ・・・。」
「話は以上だ。仕事があるので出て行ってくれ。」
お父様はピンク髪のセリフをぶった切った。
「お話ありがとうございました。お忙しい中時間をとって頂いて感謝します。」
と言ってエスターさんが深々と礼をする。エスターさんはこの家を出て行くつもりのようだ。行く所なんかどこにもないのに。
猫になったばかりの頃。お父様に「家に帰ろう」と言ってもらえて、泣きたいくらい嬉しくてほっとした事を私は思い出していた。お父様にそう言ってもらえなかったら地域猫になってしまうところだった。行く所も帰る所もない生活はどれほど恐ろしく悲しい事だろう。でも私にはお兄様がいた。ブランシュ達もいた。けれど、エスターさんはひとりぼっちなのだ。
私はお父様の腕から抜け出し、お父様の執務机の上に立った。それから、エスターさんの側に寄り
「ミャー、ミャー。」
と可愛く鳴いて抱っこをせがんだ。
私と同じ気持ちなのか、ブランシュもエスターさんの足にすがり
「うみゃ、うみゃ。」
と鳴いた。
その時私は見た。セブラン王子がアシールのお尻を蹴ったのを。アシールはゆっくりと立ち上がりエスターさんの側に寄った。そして
「なーう。」
と鳴いた。
「みんな、あなたに出て行って欲しくないみたいね。」
とデルフィーヌ様はエスターさんに言った。
「白さんの怪我が治るまでの間でいいから、この家に居てくれないかしら。この子達がこんなに誰かに懐くのはとても珍しいのよ。ね、お願い。」
「・・はい。わかりました。でしたら後もう少し、御厄介になります。」
「じゃあ、私も。」
と言ってピンク髪は、私に触ろうと手を突き出して来た。顔の前にいきなり手が来たのだ。私は思わず
「んやー!」
と人間のような声をあげてしまった。途端にお兄様が
「シャーッ!」
と怒りの声をあげる。お父様も立ち上がって私を抱きしめ
「茶々に何をするかー!」
と怒鳴った。
「私ぃ、別にー。」
「茶々こそは、我が家の法にして絶対正義。茶々を害そうとする者、嫌われた者が足を置く場所など、我が家には1平方センチメートルさえない。今すぐ貴様はこの部屋から、いやこの家から出て行け!」
「お姉様ー。」
とピンク髪はエスターさんにすがったが、明らかにエスターさんもお父様の迫力に引いている。私もちょっと引いた。
「あなたは商会に帰りなさい。」
とエスターさんは言った。
それでも、動かぬピンク髪をお父様の護衛騎士達ががっ!とつかみ、外へ引きずって行った。
騎士団長であるお父様には常に複数の護衛がついているが、お父様自身がとても強い人であるので護衛達が働いているところを今まで私は見た事がなかった。護衛達が働いているところを今初めて見たかもしれない。
結局ピンク髪女は馬車に放り込まれ、実家の商会へ送り返されて行った。
その日の夜の事だ。
入浴を済ませ、体をプルプルさせた後、更にタオルで体を拭いた私は、ブランシュと一緒にエスターさんの部屋に向かっていた。
普段は離れの寝室で寝ている私達だが、今夜はエスターさんと一緒に寝るのだ。エスターさんに許可をとったわけではないが、可愛い我らが頼めばきっと部屋に入れてくれるはずだ。
「そういえばさあ、エスターさんの妹がお父様が『ヤミクモ』とかいう盗賊を退治したとか何とか言っていたけれど、ブランシュ知ってた?」
「・・・うん、まあ、知ってたよ。」
ブランシュにしては珍しく歯切れが悪かった。
私は全然知らなかったが、お父様もいろいろと仕事をしているらしい。だけど、その褒章で爵位がもらえるという話には目の前が暗くなる思いだった。お父様がそんなものをもらってしまったら、ますますセブラン王子との結婚の可能性が高くなってしまう。
さっさと家を出て行き貴族社会と手を切りたいが、その前に人間に戻りたいし、他の五人の事も戻さねばならない。猫になって1ヶ月経っているわけだから1年後まで後11ヶ月だ。先は遠く長い。
エスターさんの事も後11ヶ月待たせてしまうのか。そう思うとため息が出て来た。
翌日の事だ。私はエスターさんのお膝・・というか太ももの上に乗ってブラッシングをしてもらっていた。まるでマッサージを受けているようでとても気持ちが良い。エスターさんにこの家に居てもらって良かった、と心から思う。
「よし、じゃあ、次は三毛君ね。」
嬉しそうに私が降りた太ももの上に飛び乗ろうとして、セブラン王子はアシールに背中を押さえつけられていた。
「ニャー!」
と王子が抗議すると、アシールは眉間にシワを寄せてエスターさんの太ももの上にクッションを置いた。
セブランは少し不満そうな顔をしながらクッションの上に乗った。
「レジャン様、お手紙が届きました。」
と言って執事が手紙をエスターさんに持って来た。
怪訝な顔をしてエスターさんが手紙を受け取る。
「まあ!」
とエスターさんが驚きの声をあげた。
「アシール様からだわ。」




