猫猫会議、始まりました
「それはご家族の指示なの?」
とデルフィーヌ様が聞かれた。エスターさんは小さくうなずいた。
「私にはアシール様と結婚する前に婚約していた方がいました。」
それはアシールも言っていた。アシールと結婚する事になってそのせいで引き裂かれた恋人がいたって。
「子爵家の嫡男だった方でした。私の実家は男爵家ですが商売を手広くしていて、それでお金で爵位を買った新参の貴族です。ですから子爵家からの申し出は我が家にとって栄誉な事でした。姉妹達の中で私が婚約者に選ばれたのは私とお相手が同じ年だったからです。年上の女性は嫌だと先方が言われたのだそうです。ですが婚約してすぐの頃から婚約者のユベール様は私の妹のミルカに夢中になられました。
結局私との婚約は解消になり、ユベール様はミルカと婚約しました。」
淡々と話しているが内容はドロドロだ。はっきり言ってその婚約者はゲス野郎だ。
「私はその後、アシール様と婚約し結婚しました。妹達も最初はうまくいっていたみたいです。だけど、妹が成人して社交界デビューをすると妹は気づいたんです。社交界では圧倒的に女子の方が少ない事に。結婚適齢期の女子が少ないので、公爵令息や侯爵令息でも婚約者のいない人がたくさんいます。そんな上位貴族の方々に優しくしてもらって妹は、子爵家の妻になるのが嫌になったのです。妹はユベール様との婚約を解消したいと言い出しました。」
妹の方もゲスだった。まあ、姉から婚約者を略奪するような女だ。最初からまともではなかったのだろう。
そして婚約者。妹に乗り換えた時妹は未成年だったのか?真性のゲスだ。まじで気色悪い。
というか、今の話が事実ならエスターさんと元婚約者が破局したのは元婚約者のせいであって、アシールは何も関係無いではないか。
「ですが、格下の貴族である我が家の方から婚約を解消する事はできません。そしたら母が、ユベール様との婚約を私に戻したらと言い出したのです。母は妹に甘いので。」
母親からも毒親臭がぷんぷんする。もしかしてエスターさんは『ドアマットヒロイン』という奴なのだろうか?
「でも私、今更ユベール様とよりを戻すなんて考えられません!ユベール様と結婚なんか絶対嫌です。でも、誰も私の意見なんか聞いてくれなくて。それで私、家出してアシール様を探しに来たのです。」
「わかるわ。」
とデルフィーヌ様が言われた。
「他の女に走った男なんて、よりを戻したいと言われても迷惑よね。」
そうなんですか⁉︎
私は腰が抜けそうなほど驚いた。
私はお父様とデルフィーヌ様に一日でも早く再婚をして欲しいと思っていたけれど、デルフィーヌ様にとってお父様はアウトな存在だったのですか?
「あら、茶トラ猫ちゃん。びっくりした顔をしている。」
とエスターさんが言った。
「あらあら、フレーメン現象かしらねえ。」
とデルフィーヌ様が微笑んで言われる。
私は今、ショックのあまり液体になって溶けそうだよ!
「なので、お願いします。アシール様やご子息の事で何かわかっている事があったら教えてください!」
デルフィーヌ様は、アシールをちらっと見たが、アシールがひたすら耳をかいているのを見て自白する気がないとみなしたらしい。
「何かお伝えできる事があれば良いのですが、私もわけがわからない状態なのです。ですが、旦那様ならば私の知らない何かをご存知かもしれません。旦那様は毎日はお帰りにはならないのですが、こちらのお屋敷に留まって旦那様のお帰りを待たれる気はありますか?」
・・デルフィーヌ様。お父様に面倒を丸投げしている。
「よろしいのですか?」
「ええ、勿論。このお屋敷もアンジュお嬢様がいなくなって火が消えたように寂しくなってしまったのですけれど、若いお客さんがいてくれたら屋敷が明るくなりますわ。」
アシールはぎょっとした顔をしているが、寝っ転がっていたセブラン王子は嬉しそうに「ニャー」と泣き、あまつさえエスターさんの足にすりすりし始めた。
途端に、アシールが駆け寄り王子に全体重をかけて体当たり!王子は真横に吹っ飛んだ。
不敬罪になるのでは?と私は蒼ざめたが、王子の護衛の騎士猫達は皆あくびや毛繕いをしている。
「あらあら、秘書官ったらヤキモチかしら。」
と言ってデルフィーヌ様はケラケラと笑われた。
「あの、どうしてこの子だけ『秘書官』という名前なのですか?」
「さあ?アンジュお嬢様がつけられた名前なので。きっと何か意味があったのでしょうけれどね。」
「アシール様は、灰色の髪に黒い瞳をしておられました。この子を見ているとアシール様を思い出します。」
「そう。良ければ抱っこしてあげて。」
とデルフィーヌ様が言われた途端、アシールは全速力で部屋の外に走って逃げ出した。
抱っこされるくらいされれば良いのに。猫なのにチキンだな。と思いつつ私達他の猫も部屋を出て行った。
というわけで、離れにて『猫猫会議』開催である。
ここはかつて母が生きていた頃、私が暮らしていた離れである。お父様が猫用の入り口を作ってくださり、猫が自由に出入りできるようしてくださったのだ。人間用のドアの鍵はデルフィーヌ様が管理しておられるので、デルフィーヌ様以外の人間が無断で入って来る事はない。安心して猫同士おしゃべりができる空間なのである。
「アシール!おまえ、あんなに美しくて健気で足首も綺麗な奥さんがいるのに、ほったらかしにして毎日毎日ぐーぐーぐーぐー眠っとったんかい!」
とセブラン王子がアシールに対して怒った。
体当たりされた事については別に怒っていないらしい。
「仕方ないでしょうが!私にどうしろというのですか?『拝啓、奥方様。お変わりはありませんか?私は今猫になっています』とでも手紙に書いて送れば良かったとでも言うのですか⁉︎」
「今、正直に告白したら良かったじゃない。」
とブランシュが言う。
「『私』が『アシール・レジャン』だとどうやって証明するんですか?」
「確かに、そうだな。僕が『実はアシールです。今猫になってるんだ』と言っても騙せそうだよなあ。」
とセブラン王子が言う。この王子、まじでやりかねない。
「やったら駄目ですよ。」
とリュッカが言うと
「それが嫌なら奥さんにさっさと告白するんだな。」
と王子が言う。
皆の話を聞きながら、昔話みたいにエスターさんがアシールにキスしたらアシールが人間に戻れたりなんかしないかなあ。と私は考えていた。あるいは、壁に叩きつけられたりしたら。
「とにかく、私達で彼女をクズゲス元婚約者と家族から守ってあげましょう!」
と言ってブランシュは背筋を伸ばし、「痛て」と呟いていた。ウミネコに蹴られたあとが痛いらしい。
「まあ、この家にいたら家族や元婚約者に居場所がバレる事はないよ。」
とお兄様は言った。
しかし、その見通しは甘かった。




