助けてくれたのはアシールの奥さんでした
ここまで話したところでリュミエール邸に着いたので、エスターさんとブランシュはそれぞれお風呂に入る事になった。
エスターさんは客室のバスルームで。ブランシュは庭でたらいに張ったお湯でである。
普段はお風呂大好きのブランシュも、今はたらいの中でしょぼぼんとうなだれている。
やがて宝石のような紫色の瞳から、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「悔しい。」
「ブランシュ。」
「故郷を出る時、王都一強い騎士になるって心に誓ってやって来たの。なのにウミネコにさえ敵わないだなんて。」
王都一の騎士になるという事は、お兄様やリュッカは勿論、騎士団長であるお父様より強くなるって事だ。でっかい夢だなあ。と私は感心した。
私は人間だった頃、出来得る限りブランシュの事を避けてまわっていたのでブランシュの事を何も知らなかった。知っているのはリュッカの従妹だという事くらいだ。何人兄弟で親はどんな人で、どんなふうに育って来たのか全然知らなかった。
どういうふうに生きて来て、どうして力を望んでいるのか?
それがわからないから、何と言って慰めてあげたら良いのかわからなかった。
私はボロ泣きしているブランシュの肩をそっと撫でた。
「ブランシュは優しいよ。ブランシュが私に『お腹が空いているの?』と言って心配してくれた時、とても嬉しかったよ。」
「アンジュ・・。」
カサリと草を踏む音がした。ブランシュが顔を背け、前脚で両目を隠す。現れたのはお兄様だった。
「ブランシュ。タオル持って来たぞ。」
「ちょっとー、お兄様。レディーの入浴中に側に来ないでよー!」
「・・・え?」
私の発言に黒猫なお兄様は、心底納得できないという表情で首をひねった。
30分後。
客室で、デルフィーヌ様とエスターさんはソファーに向かい合って座っていた。デルフィーヌ様は膝の上にブランシュを抱き、タオルで残った水気を拭いてあげている。そして私を含む他の猫達はそれぞれ好きなポーズで床に座っていた。三毛猫王子はへそ天で寝っ転がっていたが。
エスターさんは綺麗な人だった。
ライムブロンドの髪に銀色の瞳をしていて、華やかさはないが知的な雰囲気がある。
男の色気はまるでないが頭が良さそうなオーラはビンビンのアシールとはお似合いの夫婦だったのでは。と思う。
「改めまして。デルフィーヌ・ド・ブリクールです。そして、ここはリュミエール侯爵家の別邸です。私はこの屋敷で侍女長をしています。」
そうなの!
デルフィーヌ様の立ち位置ってそうだったの⁉︎お父様の婚約者、とかじゃなくて!
知らなかった。
「エスター・レジャンと申します。アシール・レジャンの妻になります。・・・あの、ジュスト・ド・ブリクール様という方は。」
「私の息子です。」
「そうでしたか。」
と言ってエスターさんはうつむいた。猫の視線からでは、泣きそうになっているエスターさんの顔がはっきり見える。
「・・夫が行方不明になったと聞かされて、でも王都から遠く離れた田舎ではそれ以上の情報が入って来ません。なので王都に来て、夫と共に行方不明になった方達の御家族の、リュミエール侯爵家やサンテミリオン侯爵家、ブリクール男爵家を訪ねてもっと情報が聞けたらと思ったのです。どうか教えてください!夫はどうして行方不明になってしまったのでしょう⁉︎」
それは私が貴女の夫を猫に変えてしまったからです。
と言ったら、この人ショックで倒れてしまわないかしら?
ブランシュを助けてくれたくらいだから猫嫌いではないのだろうけれど、だからってショックを受けないわけじゃないよね。そう考えると、すぐに現実を受け入れてくれたお父様やデルフィーヌ様は肝が座っているなあ。
というか、カミングアウトするなら自分でしろよ。と思って私はアメショーを眺めたが、アメリカンショートヘアはそっぽを向いて後ろ脚で耳をかいていた。こいつ絶対、カミングアウトする気がないな。
「ご主人を愛しておられるのね。」
とデルフィーヌ様は優しい声で言われた。それに対して、エスターさんは
「尊敬しています。」
と返事をした。
「あの方は科挙で状元になった時、国王陛下から王女との婚約話を持ちかけられたのです。それなのに、その話を断って私を選んでくださいました。その一件で、私が親国王派から嫌がらせを受ける事があってはいけないと別居婚をしていたので、一緒に暮らした時間は短かったですけれど、でも私にとって大切な方でした。」
突然の胸キュン展開!
私の半径五メートル以内でこんなロマンティックな恋バナが繰り広げられるなんて!
私は感動した。
しているんだから、秘書官!いつまでも耳をかいているんじゃない!
私とブランシュは、じとーっとした目でアシールを睨んだ。そんな私の耳に、びっくりするような情報が聞こえて来た。
「このまま旦那様が見つからなかったら、私、他の男性と結婚させられるんです。」




