助けてくれたのは意外な人でした
凄い!
と感動した。
くるぶしまであるワンピースを着ていた女性だ。着衣の重みで女性が溺れるのでは?と思ったがそこは大丈夫だった。
人間なら普通に足が届く深さだったのだ。海の水は女性の太ももの辺りまでの深さだった。
「まあ、白さん!何があったの?」
聞き馴染みのある声が後方からした。振り返ると、デルフィーヌ様がスカートをお兄様に引っ張られながらこちらに来ていた。
デルフィーヌ様。キッチンメイド達と一緒に市に来ていたらしい。それを見かけたお兄様がスカートを引っ張ってここへ連れて来たのだ。
「猫ちゃん、ウミネコにいじめられて海に突き落とされたんです。」
と女の人が言う。
その言い方は語弊がある。むしろブランシュの方からケンカを売ったのだ。
「まあ、ガッツのあるウミネコがいたものねえ。」
と言いつつデルフィーヌ様はブランシュを受け取った。海水で濡れて美しい白い長毛がペシャンとなっている。しかしそれ以上に心がペシャンとなってしまっているようだ。ブランシュは力なく、ケホケホと咳き込んでいた。
でも良かった。
ブランシュが無事で本当に良かった!
女の人はブランシュを渡した後、自力で海から上って来た。目撃していた人達の間で拍手が起こる。
「どなたか知らないけれど、我が家の猫の為にありがとう。白さんのせいでずぶ濡れになってしまったわね。ご自宅はこの近くなの?」
「いえ、私は今日田舎から出てきたばかりの田舎者です。たまたま歩いていて通りかかって。」
「まあ!だったら、うちに来てちょうだい。体を洗って着替えないと。うちはすぐそこだから。」
「え。・・そんな。でも。」
女の人は遠慮がちにそう言った。
そんな女性を王子とお兄様とリュッカは『感謝!』という瞳で見上げているが、なぜか秘書官のアシールはじわりじわりと距離をとっている。
「夏とはいえ風邪をひいてしまうわ。お願いだから遠慮しないで。さあ、行きましょう。あなた、お荷物は?」
「・・ええと、飛び込む前にその辺りに放り出したのですけれど・・・あれ?」
そう言って見回しているがカバンが無い。
もしかして盗まれちゃったの⁉︎
私は怒りに震えた。女性が人道的な行動をしている間に邪悪を働くとはなんて外道な奴なのだ、犯人は。
女性も呆然としている。
「とにかく、盗まれた荷物の事は巡回騎士に相談して、うちに行きましょう。服もタオルも貸してあげるから。」
「すみません。かえってご迷惑をおかけして。」
女性が肩を落として言った。
女の人の事も心配だしブランシュも心配だ。デート(?)は中止して、私達も家に戻る事にした。
「ええと。こちらの猫さん達もお宅の猫ちゃん達なのでしょうか?」
一緒に歩き出した猫五匹を見ながら女性が聞いて来た。
「ええ、そうよ。この子が『白さん』という名前なの。他の子が『黒さん』に『赤さん』に『三毛さん』に『茶々さん』。それに『秘書官』よ。」
この名前は全て私がつけたのである。
猫になって初めて家に帰った日。お父様に
「アンジュが医局で飼っていた猫達という事にするから、アンジュが名前を考えなさい。」
と言われたのだ。
ここで『ジョゼフィーヌ』とか『アントワーヌ』とか下手に奇をてらうと、後々絶対に忘れてしまうので、レジャンさん以外全員毛の色をそのまま名前にした。私の名前だけちょっと可愛い呼び名にしたのはご愛嬌というものである。元いた世界の戦国時代の絶世の美女と同じ名前でちょっと憧れがあったのだ。
困ったのがレジャンさんである。「何色?」と聞かれたら悩む色をしているからだ。結局答えが出なかったので、絶対忘れない名前という事で『秘書官』にしたのである。
女性は目を細めて
「素敵な名前ですね。」
と言った。
いや、どう考えても素敵ではないと思うが・・・。
「王都には観光で来られたの?それとも、お友達に会いに?」
とデルフィーヌ様が質問する。
「いいえ。」
と硬い声で女性は言った。
「私・・行方不明になった夫を探しに来たのです。」
いきなりのヘビーな事情!
「まあ、それは・・・。」
とデルフィーヌ様も言った後
「何かの事件に遭われたのかしら?それとも、他の理由で?」
と女性に尋ねた。
「わかりません。仕事中に同僚の方々と一緒に行方不明になったので、事件なのかもしれませんし、同僚の中には女性もいたらしいので事件ではないのかもしれませんし。わからないからわかる為に王都に来たのです。」
「そうなの。そういえば、猫の名前は言ったけれど私の名前を言っていなかったわね。私の名前はデルフィーヌ・ド・ブリクールよ。あなたのお名前も聞いても良いかしら?」」
「ド・ブリクール、という事はブリクール男爵家の御方ですか⁉︎」
女性は血相を変えて質問して来た。
「すみません。私は、エスター・レジャンと申します。あの・・・。」
その時、全猫の視線がアシールに集中していた。全猫の心の声は一つだった。
おまえの奥さんだったんかい!




