父との話し合い
考えを巡らせている間に時間が流れた。
ナナメ60度の場所にあった太陽も、ほぼ真上に移動している。
そろそろ家庭教師も帰っただろう。私は自分の部屋がある離れに戻った。
たいして広くはない離れの居間に、私の昼ごはんがトレイに乗せられ置かれていた。
野菜のカケラしか浮いていないスープと、ラスクよりも硬くてボソボソしている黒パンだ。
この食事もどうにかしなきゃだよね!
3ヶ月前。母が死ぬまでは、もう少しまともな物を食べていた。使用人は皆、母が故郷から連れて来た人達で、爆発的にヒステリーを起こす母の存在に怯えてはいたけど、母や私にはそれなりに尽くしてくれた。というか、無責任に甘やかしてくれていた。でも、母が死ぬと父はその使用人達を皆解雇し、退職金を払って故郷へ帰らせた。そして、新しい使用人を雇った。新しい使用人は忙しい父に代わって父の従姉妹のシンシアが選んだ。
未亡人のシンシアは昔からお父様の事が好きだったみたいで、母の事も私の事も目の敵にしていた。
だからシンシアが選んだ使用人達は私への対応がソルトなのだ。全員揃って最低限の事しかしてくれず、露骨に邪魔者扱いをする。
食事がどんどん粗末になる事も
「働かざる者食うべからず、なのです。旦那様は騎士団長として国の為に働いておられます。私達は掃除や家の管理の仕事をしています。ですがお嬢様は何の仕事もしておられません。だから本来何も食べる権利が無いけれどパンとスープを食べさせてあげているのです。」
と言われていた。
そーか。と『アンジュ』は納得したが『安寿』の人生を経験した今はこの理屈がおかしいとわかる。未成年の子供は、働かなくても食事を食べさせてもらえる権利があるのだ!
しかもアンジュは成長期。もう少しちゃんとした物を食べないと体がきちんと成長しない。スプーンを持つ手もガリガリに痩せていた。
お兄さんの件をどうにかしたら、生活の改善をどうにかしないとならないな。
私はスープを口に運んだ。マズい。塩の味しかしない。安寿のお母さんが作ってくれた出汁の効いた味噌汁が恋しい。
一人で黙々とマズいスープを飲んでいると、突然ノックもせずにメイドが入って来た。
「昼過ぎに旦那様が戻って来られます。着替えてください。ほら、グズグズしないで!」
仕方なく私は椅子から立ち上がった。私は普段は地味な色の粗末な木綿の服を着ている。別に安寿だった頃も綿やポリエステルの服を着ていたから、それは別にいいんだけど、貴族の令嬢が着るには絶対に地味な服だと思う。メイド達が遊びに行く時着ている外出着の方がよっぽどおしゃれで色が綺麗だった。
お父様が戻って来る時は絹のドレスに着替えさせられるのだが、ケバケバしい色をしたピエロのような服なのではっきり言って着たくない。
そう言ってやろうかと思ったが、使用人達と戦うのはまだだ。と思い直した。何とかしてこの家にお兄さんを呼び寄せなくてはならないのだ。それを使用人やシンシアに妨害されたら困る。
私は食事を中断して、道化師が着るようなドレスに着替えた。
私のお父様のギィ・ド・リュミエールが戻って来たのは午後三時を過ぎた後だった。
さすが、隣の国の王女様に一目惚れをされるだけあって30歳を過ぎた今でも顔は抜群に良い。黒い髪に金色の瞳をしていて、精悍でありながら妖艶とも言える美貌の持ち主だ。そして私はこの父親にさっぱり似ていない。私は死んだ母と瓜二つの顔をしていて、栗色の髪にヘイゼルの瞳をしており悪女顔なのだ。
私は使用人達と一緒に玄関のエントランスで父を迎えた。
「おかえりなさいませ、お父様。」
という私に父は何も言わずにただうなずくだけだ。
普段ならばこれで親子の触れ合いはおしまいなのだが、今日は何が何でも父と話をしなくてはならない。今日を逃すと次はいつ帰って来るのかわからない人なのだ。
「お父様。少しお話をしたい事があるのですが、時間をとって頂けないでしょうか?」
と私はお父様に声をかけた。使用人達がざわっとする。
「お嬢様。旦那様はお疲れなのです。御心を煩わせてはなりません!」
と侍女長が言った。絶対、私が自分の生活環境をお父様にしゃべったら困る、と思っているな。
「お願いです。お父様。」
私は食い下がった。正直一周目の人生で「修道院に行け!」と怒鳴りつけられた事を思い出し、怖くてたまらない。でも、冬には凍死者や餓死者が出るとまで言われる修道院になんか絶対行きたくないのだ。だから、何とかここで勇気をふりしぼらなくてはならない。
「5分だけなら構わない。」
とお父様は言った。使用人達は不安そうな顔をしている。だけどお父様に逆らう人はいなかった。
私達はお父様の書斎で向かい合った。執事が二人分紅茶を淹れてくれる。紅茶を淹れ終わった後も執事と侍女長がドアの側に控えていた。私が何を口走るか監視しているのだろう。
「話とは何だ?」
お父様が紅茶を飲みながら言った。緊張で口の中が乾いていたので、私も紅茶を飲んだ。紅茶を飲むなんて、お母様が死んで以来初めてだ。
「お母様が死んで、もう3ヶ月になります。」
「・・・・。」
「もうお母様に気を使う必要も無いのです。だから私、お兄様に会ってみたいです。」




