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アンジュと白のペンダント  作者: 北村 清
Case 1 黒豚はなぜ殺される

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24/27

迎賓館に侵入する

私はてくてくと廊下を歩き出した。そしたら他の五匹の猫達も私について来た。


正直言って私達はかなり目立っていると思う。すれ違った人々が皆二度見するのだ。

「まあ、可愛い!」

と言ってくれる人もいっぱいいた。

その声に笑顔を返しつつ、なったのが猫で良かったと思った。

もしもコアラになってしまって行進していたら、二度見程度では済まなかっただろうし、熊や蛇になっていたら騎士団に通報されていただろう。

猫だったらかろうじて王宮にいてもおかしくないもんね。


それにしても迎賓館までの距離が遠い。猫の短い脚では辿り着くのに時間がかかる。というか、認めたくないが私、普通の猫より脚が短くないか?


実は安寿は猫を飼っていた。隣の家のおばあさんが飼っていた猫二匹をおばあさんが入院したのを機に譲り受けたのだ。名前は『ツシマヤマ』と『イリオモテヤマ』といった。勿論天然記念物をさらって来たわけではない。両方とも雑種ミックスだった。

あの子達に比べて私、脚が短い気がするのですけれど・・・。


きっと私はまだ仔猫なのだ。と思って私はおのれを慰めた。


「殿下、まずいですよ。このままでは殿下が殺人犯にされてしまいます。」

ひとけが無い廊下でリュッカが王子にささやいている声が聞こえた。


「猫になったのはラッキーだったですよね。人間の姿だったら逮捕されてたかも。司法大臣は王妃様派閥ですし。」

けっこうデカい声でブランシュがそう言った。


「母上もなんであんな事を言うかなあ。」

とお兄様がため息混じりに言った。デルフィーヌ様を責めるのは筋が違うと思うのだが。責められるべきはセブラン王子と王子に一服盛った人である。


「殿下は睡眠薬を盛られた可能性が高いのですよね。盛ったのは、マリーカ公女でしょうか?」

と私は声をひそめて聞いた。


「さっきの発言からしてそうだろう。実行犯は別かもしれないが。」

とお兄様が答えてくれる。


「でも、マリーカ公女がロートル大公を殺したとはとても思えないのよね。死体を発見した時の取り乱し様、すごかったんだから。」

とブランシュが言うと


「ナタで脳天割られかけた豚みたいだったもんな。」

と王子が言い、私は脚がもつれそうになった。


「殿下!アンジュの前で豚を使った比喩はおやめください!」

お兄様が大声を出し、リュッカとアシールに

「しー、しー!」

といさめられていた。猫の手では上手に人差し指を立てるなんて真似はできなかったが。


「アンジュ様、どこへ向かっているのですか?」

とアシールが質問して来た。


「隣国の人達が滞在している迎賓館。隣国の人達の話がもう少し聞いてみたくて。盗み聞きになるけれど。」


迎賓館の場所は正確にはわからないが、引きずって連れて行かれたマリーカ公女の大声が聞こえてくるのでだいたいこっちの方角だな、とわかる。それに猫は人間より遥かに嗅覚が良い。マリーカ公女のくっさい香水の残り香が廊下に残っていた。


やがて迎賓館にたどり着いた。入り口には隣国の騎士が立っていたが、止められることもなく中に入り込めた。騎士の一人などデレデレな顔で手を振ってくれたくらいだ。


迎賓館は入ってすぐ吹き抜けのホールがある。マリーカ公女の香水の匂いは二階へと続いている。そちらに行ってみようと思ったが、人の声が一階から聞こえて来て私は立ち止まった。ホールの側の談話室で誰かが話をしているようだ。その会話の中に『アンジュ・ド・リュミエール』という言葉が出て来たのだ。


談話室のドアは細く開いている。だから声が聞こえて来たのだ。私は中を覗いてみた。おじさんが二人話し中だった。一人は外務局の偉い人だった。なんとか公爵という人だ。名前は忘れてしまった。王子と一緒に挨拶を受けたのでたぶん王子が覚えていてくれるだろう。

もう一人は初めて見る顔だが、たぶん騎士か軍人なんだと思う。一般市民にしてはマッチョ過ぎる人だった。


「かの令嬢が行方不明とは、厄介な事になったな。ロートル大公がさらってどこかに連れて行ったという可能性はないだろうか?」

「大公の部下には皆監視をつけていますが、怪しい動きをした者はおりません。」

「大公が亡くなった事はむしろ幸運だ。これで滞在日数を引き延ばす事ができる。その間になんとしてもアンジュ・ド・リュミエールを見つけ出し、彼女が『古の秘宝』の継承者なのかどうか確認せねばならない。」


どくん!と私の心臓が肋骨の中で嫌な音を立てた。どういう意味なのだろう?緊張で肉球の周りに汗をかいてきた。


「『継承者』は一人だけなのですよね?」

「そうだ。そして『継承者』は歴史上必ず男ならば王に、女ならば聖女に選ばれて来た。『継承者』が死ぬと『継承者』の兄弟か子供の中から必ず次の『継承者』が現れる。しかし、前国王陛下が亡くなられた後、陛下の兄弟の中から『継承者』は現れなかった。陛下に御子はいなかったし、そうなると考えられるのは、陛下と時を同じくして亡くなられたアリエノール殿下が『継承者』だったという可能性だ。そしてアリエノール殿下亡き後、一人娘のアンジュ令嬢が『継承者』になった。そうとしか思えない。」


どきドキ土器。


とんでもない話に私はショックを受けていた。おじさん達の推測は正しい。たぶん。私が『古の秘宝』の『継承者』なのだ。


実は不思議に思っていたんだ。

お母様はめっちゃ怖い人だった。そしてとても残酷な人だった。そんな人が『人間を動物に変える』事のできるペンダントを持っていて何で一度も使わなかったんだろう?って。


使わなかったんじゃない。


使えなかったんだ。


お母様が生きていた頃は、お母様の腹違いのお兄さんの王様が古の秘宝の継承者だった。そしてお母様が継承者になったのは王様が死んで、自分が死ぬまでの短い間だった。そしてお母様が死んで次に私が継承者になった。


迷惑!


そんな力いらないし!


まあ、その力のおかげで猫になって、今ちょっぴり助かっているわけだけど。でも、聖女とかなりたくないし!


勿論私が尊敬している人間は、『密林の聖者アルベルト・シュヴァイツァー』だけど、でもたぶんこの場合の『聖者』と『聖女』は意味が違うと思う。

私は医者になりたいの。なって田舎の街々をまわりたいの。権力とかは一切いらないから。お金はちょっとくらい欲しいけど。


「アンジュ令嬢が行方不明になっている事と、古の秘宝には何か関係があるのではないでしょうか?」

とマッチョの方のおじさんが言って私はドキッ!とした。

正にその通りだ。もう一人のおじさんが考えこんでいる。


「古の秘宝は無制限に力をふるえるものではない。一年に一回しか使えないと言われている。もし令嬢が今年の分を使ってしまったのならむしろ好都合だ。陛下には『時と場合によっては令嬢を誘拐して来い』と命じられている。もし今年の分を使ったというのなら秘宝の力で抵抗されずに済む。」


私はショックのあまり立ちくらみを起こしてしまった。二本足で立って壁にすがって話を盗み聞きしていたのだが尻もちをついてしまい、その時ガタッと音を立ててしまった。


「誰だ!」

と公爵の方のおじさんが叫んだ。

私は焦ってこういう状況での誤魔化し方の鉄板行為をやってしまった。


「ニャー。」


と猫のような声を出したのである。


「何だ猫か。」

とおじさんは言った後

「ふ!こんなところに猫がいるわけがないだろうがー!」

と言ってドアをバーン!と開け放った。私は悲鳴をあげそうになったがギリギリなんとか耐えた。


「・・・・。」

おじさん二人はぽかーん、と突っ立っていた。


なぜなら、おじさん達の目の前にいるのは六匹の猫達だから。


しばし続く沈黙。


「なーう。」

とブランシュが猫の鳴き真似をした。


「ふ。」

と公爵の方のおじさんはニヒルに笑って談話室のドアを閉めてしまった。それでもうそれ以上の会話は聞こえなくなってしまった。


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