アンジュ、ジョブチェンジする
「部屋に入って来たのも悲鳴をあげたのも、マリーカ公女だ。」
「誰ですか、それ?」
「ロートル大公の妻の妹だ。」
思い出した。
ブランシュが言っていた女性だ。セブラン王子にグイグイ付きまとっているという。
という事は、やっぱりその人がセブラン王子に睡眠薬を盛ったのだろうか?
とゆーか、そもそもさ!
「殿下!どうして、護衛をまいたりなんかしたんですか⁉︎」
私がそう聞くと、三毛猫はものすごく悲しそうな顔をした。
「アンジュ嬢に、リュミエール家の男性用控室で待ってると連絡をもらったのだが・・・。アンジュ嬢にそう聞かれるという事はやはりジュストの言う通り伝言を寄越した従僕の嘘だったのだな。」
もし人間の王子がしょぼんとしていても、私の心が動く事はなかっただろう。
だが、三毛猫が肩を落として猫背になってしょんぼりしていると、正直めちゃくちゃ可哀想に思えてしまった。これぞもふもふマジック。
「私達、今日のパーティーでパートナー同士だったじゃありませんか?なのに何で、リュミエール家の控室なんかに行く必要があったんですか?」
「ジュストがいないところで、ゆっくり時間を過ごしたいとの伝言だったんだ。」
「ジュスト。」
お父様が低い声で言った。
「殿下を縊り殺せ。」
「はっ。」
お父様、冗談でも不敬罪ですよ!
そしてお兄様。どこかから取り出した紐を、ピンッと両前脚で張らないで!あなた、一応殿下の護衛でしょうが。
「で、控室で待っていて眠ってしまったのですか?」
「そうなんだ。猛烈に眠くなってしまって。」
「で、大事な事を聞きますが、殿下が控室にいらっしゃった時、ロートル大公の死体はあったのですか?なかったのですか?」
「絶対になかった!どんなに眠いと言ったって、ゴ◯ブ◯の死体ならともかくあのサイズの死体が落ちていて目に入らないなんて事があるもんか!」
それはまあ、そうだろう。
となると、王子が部屋に入って眠り込んでしまった後事件は起こったと・・・。
「同じ部屋の中で殺人事件が起こっていて目が覚めなかったのですか?」
とスコティッシュ・・じゃなくてリュッカが聞いた。
「覚めたら逃げるわい!」
「胸をはって言わないでください。あなたも殺されていてもおかしくない状況だったのですよ!」
「自分の強運が自分で恐ろしいくらいだ。」
と王子は言った後
「凶器のナイフはリュミエール家の私物か?それとも王宮の品だったのか?」
と聞いた。
「犯人の私物であってくれたら、すぐ犯人がわかるよな。」
「当家の品でした。」
とお兄様が言った。
「テーブルの上に果物があったでしょう。それに添えられていた果物ナイフです。」
と言った後
「ただ、死因は頭部を強打した事です。腹を刺された後突き飛ばされたのでしょう。マントルピースに頭を強打した事が直接の死因と思われます。」
と言った。
お兄様細かいとこまでよく見ていたのだな。私はいろいろびっくりしてしまってあまり観察できなかった。だから今からでも見に行きたい。
その為にも、お父様そろそろ床に下ろしてくれないだろうか?と思う。
さっきからがっつり抱きしめられて、時々吸われているのだ。
振り払って飛び降りれば?と言われそうだが、それは怖くてできない。
臆病者だと笑わないで!
猫にとっての地上1・5メートルくらいって、人間にとっての5メートルくらいなものなのよ!
生まれた時から猫だったなら平気な高さなのかもしれないけれど、『にわか』の私には絶対飛び降りるなんて無理。たぶん着地に失敗して大怪我する!
と、その時。
コンコン。とドアをノックする音がした。
猫達が全員沈黙する。
ドアを開けて入って来たのは、むさ・・いや、威厳のあるおじさんの集団だった。
「司法省の者です。近衞騎士団長。貴方からお話を伺いたい。」
「わかった。」
と、お父様は言った。そして、ゆっくりと、とても優しく私を床に下ろしてくれた。
ーーーお父様!
連れて行かれる父の背中に向けて叫びそうになった。
父は連行されようとしていた。
リュミエール家の私室で、リュミエール家の紋章がついたナイフで人が殺された以上、父は容疑者の一人なのだ。
このまま、お父様に二度と会えなくなってしまったらどうしよう。不安のあまり私はぽろぽろと泣き出してしまった。ブランシュがすすすっと寄って来て、右の前脚をキュッと握ってくれた。
私は左前脚で目元をこすった。
泣いている場合じゃない。医者見習いアンジュから探偵アンジュにジョブチェンジして犯人を見つけだすのだ!
殺人事件に遭遇するのは竹名安寿の人生も含めて初めてだが、ミステリー小説と刑事ドラマは今までの人生で山ほど見て来た。きっと「あの作品と同じパターンじゃん」というのがきっとある。絶対ある!
待っていろ、犯人!
私はぼぼぼ!と燃え上がった。これが漫画なら背景は大火事になっているところだ。
「ちょっと犯人探して来る!」
と言って私は廊下の外へと向かった。




