目が覚めれば猫がいる
手が温かかった。その温もりが手から全身に広がっていく。
肉球も柔らかかった。ぷにぷにした感触がたまらなく気持ち良い。
・・・肉球!
私は目を開けた。目の前に金色の瞳をした黒い猫がいて、私の手を手で・・いや前脚で握っていた。
「アンジュ!アンジュ、目を覚ましたのか⁉︎」
黒猫が人間の言葉を喋った。お兄様と同じ声をしていた。
「良かった、アンジュー!」
と言って、純白のペルシャ猫が私の顔を覗き込む。ペルシャ猫はブランシュの声をしていた。
ブランシュは白金の髪色をしていた。それに『ブランシュ』には『白』という意味がある。
「・・・え?」
「何間の抜けた声をあげているんだ?君が『猫になれ!』と言ったんじゃないか。」
とスコティッシュフォールドが言った。折れた耳がとても愛くるしい。毛の色もスコティッシュフォールドの中で最も人気のあるレッドだ。リュッカは赤毛だったなあ。と何となく思った。
・・・・。
「えーーーっ!」
私は絶叫した。確かに、私が「猫になれ」って言ったんだけど、本当になってしまったのーーー!
ただ、このニャンコ達ちょっとでっかくない?虎くらいの大きさがあるんですけど!
「お兄様。それにリュッカさんにブランシュ。・・・大きな猫になったんだねえ。」
「え、大きいかな?」
「私が太って見えるとしたら、それは毛が長いせいだから。太ってないから!」
「確かにちょっと丸くなったけど、体長は君と同じくらいだぜ。」
「え?」
と言いつつ私は体を起こした。そしてじっと手を見る。私の手にもぷにぷにの肉球がついていた。
「えーっ!わ・私まで猫になっている‼︎」
「そうよ。アンジュはとっても可愛い茶トラ猫よ。」
とブランシュに言われた。みんなが大きいのではない。私まで猫サイズになってしまっていたのだ。
どうして、私まで?
いや、でもそういうものなのかもしれない。もしかしたら一周目でみんなを豚にしてしまった時も、私自身も豚になっていて、手の甲を口に当てて「おーっほっほ!」と言ったつもりでいたが現実には蹄を口元に当てて「ぶーひっひ!」と言っていたのかもしれない・・・。
「殿下とレジャンさんは?」
「無事よ。ドアの隙間から廊下の向こうの様子を見ているわ。」
「無事なのか?あの2人も猫になってるんだぜ。」
ブランシュの言葉にリュッカがつっこむ。
私が振り返ると
「アンジュ。」
「リュミエール令嬢。」
とドアの側にいた2匹の猫が言った。
灰色の髪色をしていたアシールはサバトラ猫・・いやアメリカンショートヘアになっていた。そして衝撃だったのはセブラン王子。王子は何と三毛猫になっていたのである。
「セブラン様ー⁉︎何で・・何で三毛猫になっちゃったのですか⁉︎」
「君がしたんだろうが。この姿に!」
「いや、別に三毛猫になれだなんて・・・。セブラン様、セブラン様は実は女の子だったのですか?」
「はあ?どういう意味だよ。」
「三毛猫は99%以上の確率でメスなんですよ。オスは本当に、本っっ当に珍しいんです。珍しすぎて、もしオスの三毛猫が発見されたらものすごい高値で取り引きされるんです。」
「ほほう。」
とセブランは、なんか嬉しそうな声をあげた。
「つまり僕は非常に稀有な存在だという事だな。」
猫になっても前向きな方だ。というか、目を覚ましたのね。逆に私は何時間くらい倒れていたのだろう?
「そうだ、あれからどうなったんですか⁉︎そもそもここはどこですか?・・というか実はさっき見た光景が夢だった。なんて事は。」
「自分が猫にまでなっているのに、あれが夢だったかもとか本気で思っているのか?」
とリュッカが言う。
「ここは、リュミエール家の女性用控え室よ。」
とブランシュが言った。
「みんなが猫になった途端、あなたは気を失ってしまったの。逆に殿下は飛び起きてね。失神したあなたをどちらが口に加えて運ぶか殿下とジュストが揉めて大変だったのよ。」
「結局2人が揉めている間に、ブランシュがアゴが外れそうになりながら運んだんだ。」
「・・すみませんでした。」
「全然平気よ。リュッカの言う事なんか気にしないで。」
「ちなみに向かいの部屋は大騒ぎだ。大公の死体が発見されてしまったし。そんな重大事の中セブラン殿下が側近ごと行方不明だし。」
リュッカはそう言った後
「目覚めてくれて良かった。じゃあ、そろそろ人間に戻してくれないだろうか。」
と言った。
「はい。」
と言って私は、ローテーブルの側にあった白いペンダントを手に・・いや前脚にとった。だけど、猫の前脚では上手にペンダントをつかめない。私が何度もペンダントを床に落としていると
「そのペンダント、いつも首から下げていたよね。どうやって手に入れたの?」
とお兄様に聞かれた。
「・・このペンダントは、お母様の遺品なんです。お母様に、人を動物に変える事ができるペンダント、と教えられていました。」
嘘である。これは、友人のゆかりが持っていたものだ。でも、ゆかりの事が説明できなかった。
「まさか、それが『古の秘宝』なんじゃないの⁉︎」
とブランシュが言った。
「そうかもしれないし・・そうじゃないかもしれないし。ロートル大公が生きていたら何か話が聞けたのでしょうけれど。」
私は何とかペンダントをつかみ
「人間に戻れ!」
と叫んだ。
・・・・。
人間には戻れなかった。
「どういう事だ!」
とリュッカが叫ぶ。
私も
「人間になれ!」
「人間に返れ!」
「元に戻れ!」
といろいろ言葉を変えて叫んでみたが、人間には戻れなかった。
「一回しか力が使えないペンダントなんじゃないの?」
とブランシュが言った。
「もしくは、元には戻せない仕様になっているとか。」
とアシールが言う。
「そんな、人間に戻れないなんて困るじゃないか!」
とリュッカが叫んだ。
ブランシュが首をコテンと傾ける。
「何で?警護対象の殿下は一緒に猫になっているし、恋人や婚約者がいるわけでもないし、妹達には『汗臭いから近寄るな』とか『こっち見るな、うざ』とか言われて邪魔者扱いされているし、あんたが猫のままでいて誰が困るって言うの?」
ブランシュにそう言われて、赤毛のスコティッシュフォールドは更に2割り増し赤くなった。
「困るのは奥さんがいるアシールでしょう。」
とブランシュが言うとアシールは後ろ脚で耳をかきながら
「別に。」
と言った。
「僕が科挙で状元になったら、援助をしてくださっていた男爵様がとても喜んで、自分の娘と結婚して欲しい、と言われたんだ。だけどお嬢様達は平民の僕との結婚を全員嫌がった。で、結局気が弱いエスターお嬢様が、僕を押し付けられたんだ。僕が行方不明になったら無理矢理引き裂かれた元婚約者ともヨリが戻せるだろう。このまま僕は行方不明って事になった方がお嬢様の為だ。それに、科挙を受ける前は1日15時間も勉強していたんだ。科挙に受かったら受かったで仕事が忙しいし。正直もう頑張りたくない。このまま猫の姿でゴロゴロダラダラ暮らしたい。」
「何言っているんだアシール!国を揺るがすような大事件が起こったんだぞ。早く人間に戻って、大公殿下を殺した犯人を探さないと。」
「大声で叫ぶなリュッカ。廊下にいる人達に聞こえるだろうが!思うのだが、犯人を探すなら猫の姿の方が都合が良くないか?猫の姿ならどこにだって入り込めるし、盗み聞きもし放題だ。むしろ猫になって良かったと思う。というか、アンジュが僕達を猫にしてくれなかったら僕達が大公を殺した犯人として逮捕されてしまったかもしれないんだぞ。アンジュに感謝こそすれ、文句を言うなんて筋違いだ!」
お兄様は猫になっても、私に優しかった。
「「殿下はどう思っておられますか?」」
と黒猫とスコティッシュフォールドが同時に言った。
「うむ。たとえ猫になっても、この僕が一番カッコいいと思っている。」
「へそ天でゴロゴロしながらケツをかいてて何を言っているのですか!」
スコティッシュフォールドが怒った。
いろんな意味で見ていられない姿だ。
私はキョロキョロとして
「お祖母様は?」
とお兄様に聞いた。
「殺人死体など、初めて見ると言っていそいそと見学しに行かれた。」
図太い性格をしているな。と思ったが、私だって死体を見ても悲鳴一つあげなかったのだ。間違いなく私達は血族である。
と思っているとドアが開いて、お祖母様とお父様が入って来た。
「アンジュ!意識が戻ったのか?」
と『私』を見てお父様が言った。え?この茶トラ猫めが私だって、お父様知っているの?
「良かった。」
と言ってお父様が私を抱き上げた。私はパニックになった。私はお父様に抱っこしてもらったり、ハグしてもらった事など一度も無い。頭を撫でてもらった事すら無いのだ。なのにお父様は猫になった私を抱きしめ、背中とかアゴの下とかを撫でまわしている。
「良かった。」
と言いつつお父様は私の毛皮に顔をうずめて来る。・・・もしかしてお父様、猫がすごく好きなのですか⁉︎
「お父様、どうしてここへ?」
「すごい悲鳴が聞こえて来たからな。慌てて駆けつけて来たんだ。」
「そういえば、誰が悲鳴をあげたんですか?部屋の中に無断で入って来た人ですか?」
「悲鳴をあげたのは・・・。」
お父様が言ったのは意外な名前だった。




