殺人事件に遭遇する
私は口を開けてぽかーんとしてしまった。
途端にリュッカに、ガバッ!と口を塞がれた。
「んがっ⁉︎」
「悲鳴をあげないでくれ。頼む!」
そうか。普通の令嬢だったら「きゃああ!」とか「あーれー」と叫んで失神するようなシチュだったのだと、気がついた。
何というか、ドラマの撮影を見ているような気分だったのだ。水曜夜9時系の。
まあ、安寿が住んでた田舎街で映画やドラマの撮影なんかやってるのを見た事はないが。
というか、これ迷惑系ユーチューバーのドッキリじゃないよね!
「殿下じゃない。殿下が人を殺すわけなんかない!」
とリュッカが蒼い顔をして言った。私の口をふさぐ手が震えていた。
「まあ、いくら王子がとんまな性格をしているとしても、自分が人を殺した部屋で眠りこんだりはしないわよ。」
とブランシュが言う。さりげなくひどいな、口が!
お兄様がドアを閉めた。そしてドアの鍵を閉める。鍵はサムターン錠だ。
アシールがセブラン王子の側にひざまずき、王子の体をゆさゆさと揺らす。だけど、王子は目を覚まさなかった。
ようやくリュッカが口から手を離してくれたので私は「ぷはっ」と息をした。
「王子は生きているのですよね。」
と私は質問した。
「はい。怪我もないようですが・・・。」
アシールは淡々とした声で言った。
「普段の殿下は眠りが浅く、周囲の気配に敏感です。これだけ揺らしても目を覚まされないというのは明らかに異常です。何らかの薬物で眠らせれているのかもしれません。」
「で、そっちの人は死んでいるのですよね。」
「はい。」
とアシールが答えた。
「瞳孔が完全に開いています。しかし、まだアゴの硬直が・・つまり死後硬直が始まっていません。死後30分は経っていないと思われます。」
「私が殿下にまかれたのが・・。」
ブランシュが柱時計を見ながら言った。
「15分くらい前かしら。だから死んだのはそれより後って事よね。」
「え?前かもしれないじゃないですか?」
「アンジュ。いくら呑気者な殿下でも、死体を発見した後死体がある部屋で眠り込んだりはしないよ。」
とお兄様が言った。
「でも、寝ている所で人が殺される騒ぎがあったらいくら何でも目を覚まさないですか?」
「薬を飲んで眠っているなら目覚めないよ。」
「・・自殺という可能性はないのだろうか?」
とリュッカが聞いた。
場がしん、となる。
4人の視線が私に集中していた。
「え⁉︎私に聞いてる?」
「君は一応医者だろうが!」
「いや、まだ見習いだし。でも、自分で自分の腹刺して自殺する人なんかいないんじゃないですか。」
安寿がいた世界の昔の日本だったら、そういう人も結構いたらしいが、こっちの世界でそういう方法で自殺した人なんか聞いた事がない。
そもそもナイフはこの人の腹の右側に刺さっている。そしてこの人はワイングラスを右手で持っていたから右利きのはずだ。
右利きの人がハラキリをする時は、お腹の左側に刺して刃物を右に移動させる。なので、腹の右側に刺す事はない。
「・・なら、やっぱり大公殿下は殺されたのか。」
「だとしたら犯人すごい勇気ですね。セブラン様がいるのに人を殺すなんて。セブラン様が目を覚ましたら一巻の終わりではないですか。」
「目を覚まさないってわかっていたのよ。」
とブランシュが言った。
「つまり、大公殿下を殺した犯人とセブラン様に薬を盛って眠らせた犯人は一緒って事よ。」
「あー、なるほど。」
と私は言った。
つまり犯人は、セブラン様を眠らせた部屋で人を殺して、セブラン様に罪を着せようとしたのだ。
実際、この部屋に来たのが私達以外だったら、今頃大変な騒ぎになっているだろう。
「となると、犯人の目的はどっちでしょうか?ロートル大公を殺す事だったのでしょうか?セブラン殿下を殺人犯にする事だったのでしょうか?」
前者が目的なら、犯人候補は誰でも良かった事になる。後者だった場合、殺されるのが誰でも良かったという事だ。
「・・両方じゃないかな。」
とお兄様が言った。
「殿下にもそれなりに敵がいるし、ロートル大公だってそうだろう。」
「確かに我が親戚ながら品の無い、やなおっさんでしたもんねえ。奥さんは厚化粧だし。」
と私が言うと
「大公妃の化粧は別にどうでもいいだろ。関係無いだろうが。」
とリュッカが言った。
「ロートル大公は、亡命を希望していました。」
とアシールが言い出した。
「自分は新国王に敵視されているから、このままでは殺されるかもしれない、と言っていました。亡命の交換条件として『古の秘宝』についての情報を流す事になっていたのです。」




