舞踏会に参加する
結局王命には逆らえず、私はセブラン王子と並んで舞踏会会場に行く羽目になった。
「私などがパートナーになってしまって申し訳ありません。」
と私は王子に謝罪した。
「何を言っているんだ。アンジュ嬢がパートナーになってくれて嬉しいよ。」
「・・・。」
過去世では一度たりとも聞いた事の無いセリフだ。いったいどうしたのか?
この王子、頭の中に虫が湧く奇病にでも冒されたのだろうか?
舞踏会会場に入って思ったのは、確かに10代女子は少なく男子は多いという事だった。
お父様世代なら同じくらいの人数だろう。お祖母様世代ならば明らかに女性の方が多かった。だが10代に限り明らかに男の方が多い。
そして、その数少ない女子達の嫉妬の視線の凄まじい事!
好きで王太子の側にいるわけではないのにっ!
舞踏会会場で一番最初に挨拶をする相手は当然隣国の大使だ。血縁上、私の叔父に当たる人らしい。
だが、正直言って好感は持てない。私と死んだ母との関係は最悪だったし、母が生きていた頃私にも母にも何もしてくれなかったのだ。今更、親戚ヅラして馴れ馴れしく振る舞われても嬉しくはない。
「それはそれで事情があるのです。」
と説明をしてくれたのは王太子の秘書官の、アシール・レジャンだ。五匹目の豚さんである。
「アンジュ様の御母上アリエノール様は、正妃ではなく側妃がお産みになった王女でした。父親である国王に溺愛されてお育ちになり、国王陛下からの強い圧力で我が国に輿入れなさいました。しかし姫君が生まれた頃、姫君の祖父である国王が亡くなり正妃の産んだ第一王子が新国王に即位されました。新国王は側妃と側妃が産んだ子供達を嫌っていて、姫君の母上と同母の兄弟だった第二王子を貴人専用の監獄である『白霧の塔』に幽閉してしまいました。しかし、昨年国王陛下は子供がいないまま亡くなられました。その為、幽閉されていた第二王子が『白霧の塔』を出て新国王となられたのです。新国王は同母の妹であるアリエノール様が産まれた姫君の事をとても気にかけておられるそうです。ちなみに、今回我が国を表敬訪問されるのは先先代国王の第三王子で、正妃でも側妃でもない愛人が産んだ御子になります。」
と長々と説明されても、豚さんの顔がチラついて良心が痛んで痛んで話に集中できない!
「レジャンさんは平民なんだよね。」
私は家でお兄様と二人きりの時に聞いてみた。
「ああ、そうだよ。一昨年の科挙で状元だった方だ。」
こちらの世界は19世紀のヨーロッパに似た世界なのだが、何故か東アジアの文化である『科挙』があるのである。
『科挙』というのは、身分に関係無くあらゆる階層の人が受けられる高級官僚登用試験だ。これに受かった人は出生や門戸に関係無く、エリート役人になる道が開ける事になる。問われるのは知識と教養だけで性格や品行が問われる事はない。故に、とんでもないサイコパス野郎が混ざり込み国が荒れる原因になった事があるのもまた歴史の1ページだ。
だが、貴族の世襲のみで政治が動くより遥かに全人民の権利と幸福が守られる制度であったのも事実だ。
そして、平民にとっては、成り上がる為の唯一にして最大のチャンスでもある。
アシールはその科挙試験で状元(主席)になったエリート中のエリートな平民なのである。
そんな彼を私は豚に変えてしまった・・・。
「アシールさんって、年齢は何歳なの?家族構成は?趣味は?恋人とかいるの?」
「・・何でそんな事聞くの?」
「興味があるからに決まっているじゃないの。お兄様知らないの?」
「19歳って聞いてるよ。両親は既に他界しているそうだけど、奥さんがいる。」
「えー!奥さんがいるの⁉︎」
「愛妻家で有名な人だよ。若くて独身のアシールさんが状元になった時、国王陛下が自分の娘と結婚させたいと言いだされたんだ。でも、アシールさんは故郷に婚約者がいるから、ときっぱり断られた。国王陛下の娘婿になれば、出世も贅沢も、思いのままのはずだったのに、誠実な方だよ。」
王族との結婚をありがたがるかどうかは人によると思うけどね。私は絶対、嫌だもの。
「・・だから、その・・横恋慕しても無駄というか・・僕は君にはみんなから祝福される恋愛をして欲しいと思っているんだ。なので・・その。」
お兄様が小声でなんかぶつぶつ言っていたが私はさっぱり耳にも脳にも言葉が入って来なかった。
そんな、誠実でラブラブな新婚カップルの夫を私は豚にしてしまっただなんて!
行方不明になって戻って来ない夫の事を妻はどれだけ心配しただろう。愛する妻と二度と会う事も叶わないまま、彼はキャベツとピーマンと一緒にホイコーローになってしまったのかもしれない!
「あの・・大丈夫かい。アンジュ。顔色が真っ青だよ。」
「ダメです、お兄様。私、もう二度とキャベツとピーマンが喉を通りません。」
「何故っ⁉︎」
そんな私の心の内を知らないセブラン王子は
「アンジュ嬢。お腹空いていない?ピンチョスでも食べるかい?バケットの上にハムとチーズとスライスしたピーマンがのっていておいしそうだよ。」
と勧めて来る。
「結構です。」
「アンジュ嬢、もしかしてピーマン苦手かい?」
「ピーマンもですが、それ以上にハムが無理です。」
「え⁉︎そうなの?」
そう話す私達の後方一メートルの場所に、リュッカとブランシュが立っていて護衛をしている。お兄様はいない。王子の護衛は三人が二人ずつローテーションで行うのだ。だったら、私のエスコート、お兄様でも良くはなかったか?
「それにしても。ロートル大公という方はアンジュ嬢の母上の弟というわりに、アンジュ嬢にもアンジュ嬢の母上にも似ていないな。随分と太っているし。黒髪で、毛深くてまるで黒豚だね。」
とセブラン王子が小声で言って来る。
「・・・殿下!」
私はつい尖った声を出してしまった。
「豚の体脂肪率は15%前後。それに比べて、あのおっさんは体脂肪率50%は絶対超えています。現実の豚は全然太ってなんかいないしアスリート並みに筋肉質なんです。比べないであげてください。豚さんに失礼です。」
「え⁉︎擁護するのそっちなの?」
当たり前だ!ピンクの豚やぶち模様の豚ならともかく、黒豚を侮辱するのだけは絶対に許せない!
私達の間に微妙な空気が流れた。
「・・私、ちょっと髪飾りを直して来ます。」
と言って私は、その場から離れようとした。
「あ、待ってアンジュ嬢。ブランシュ。アンジュ嬢について行ってあげてくれ。」
「かしこまりました。」
ブランシュが慌ててついて来た。




