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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第354話 吸って、生む


 やっぱり異物感がすごい、とりのは引けそうになる腰を押しとどめながら歯を食いしばった。


 そこにあってはならないもの、あるべきではないもの。

 異質なもの。


 そんな気持ち悪さが、小さな水たまりからあふれていた。


(でもなんでか、おぞましい感じはしないんだよね……あの円柱とはまた別のものなの? 真下にあったのに?)


 りのは考える。

 その横で、ゼノンが楽しそうに杖を構えた。


「副支部長、ひとまず魔術をうって反応を確かめたいんですけどいいですか?」

「もう少し観察したいところですが、時間もありませんしね……まあいいでしょう。『防壁』」

「前に出る。ロゼ、リノアの護衛を」

「了解」


 四人がさっとポジションを決め、ゼノンがまず風から行きまーす、と宣言し、それと同時にアダンが盾を構えて前に出る。


「『風刃』!」


 杖の先から、風の刃が水たまりに向かって飛んでいき、鋭く切り裂く。

 はずだったが。



 しゅん。



「おお! 吸い込みましたよ!」

「すごいな! 次行きます! 『水刃』!」


 水、火、土、闇。

 ゼノンは光以外の魔術をうったが、そのすべてが黒い水たまりにしゅんと吸われてしまった。

 ラウが光の魔術を放つが、それもまた吸収されてしまう。


「――魔術は効かないということでしょうか」

「水たまりが吸えるよりも大きな魔術を使えばあるいは、というところでしょうか。でもその前に、アダン」


 ラウの声にアダンが音もなく走り出し、大剣を水たまりに叩きつけようとする。

 その背にりのは無詠唱で「バリア」を張った。念のため、と呟きながら。


「おらぁっ!」


 上から、大剣を持っているとは思えない素早さで水たまりを叩き潰そうとした時、



「!」



 黒い水たまりから何かがびゅんとアダンに向かって飛び出してきた。

 射出されたような挙動で、りのの目では何が飛んできたのか追えなかったが、アダンがとっさに剣の軌道を変えて飛んできたものを切り裂く。

 ぺしゃ、と軽い音をたてて地面に落ちたのは、



「え、……あれ、プレーリーシープ……?」



 ラウが、ゼノンがロゼリアが、息を飲む音が聞こえた。


「……っ」


 りのも別の意味で息を飲む。

 今、あの水たまり、一瞬だけ怖かった。おぞましい感じになった……。

 ゼノンの時は吸い込んだだけ。

 アダンの時は反撃した。魔獣を、投げつけてきた。


 違いは何だろう。



「ラウ、さん、」


 掠れそうになる声で、りのはラウを呼んだ。


「リン?」

「今、アダンさんがあの水たまりを攻撃した時、あの水たまり、円柱みたいなおぞましい感じがしました。一瞬だけ。ゼノン君の時はそんなことなかったのに。ゼノン君とアダンさんに違いがあるとしたら、何でしょうか」

「アダンと、ゼノンの違い……」


 ラウはしばらく眉根を寄せていたが、はっと顔を上げた。



「ゼノン! あの水たまり、潰す気で魔術をうちなさい!」

「はい!」


 ゼノンは反射のように返事をして、杖を水たまりに向けて、魔力を込めた。



(気持ち悪い……水たまりが、怖いものになってる……)



「『炎爆』!」


 先ほどまでの「火刃」や「火球」とは比べ物にならない、小さいけれど圧縮されて高温になっている火の魔術が水たまりへ飛んでいく。

 水たまりはその時初めて、水面に波をたてた。生きているかのように。


「何か来ます! 『バリア』!」


 りのの叫びと同時に、炎の球が水たまりに襲いかかった。

 高温で蒸発するだろう、という予想を裏切って、水たまりからまた何かが飛び出してくる。


「スノウウルフ! ボス級です!」


 ラウの声とほぼ同時に、スノウウルフが氷魔術でゼノンの火魔術を相殺する。

 そのままスノウウルフはしゅたっと地面に降りてこちらに走り出そうとした。


「!」


 いつの間にか走り寄っていたアダンが、静かに剣を振り下ろした。

 たちまちのうちにスノウウルフが光に還る。



 しかし、水たまりは何の反応もしなかった。



 水たまりに正対したまま、アダンが高く飛んでりのたちの側へ戻ってくる。


「これは……」


 困惑するりのに、ラウが小さくほほ笑んだ。


「あの水たまり、殺意とか敵意を向けられたら反撃してくるようです。それ以外の時はおとなしいものですね」

「あ……! そういうことですか……!」

「最後のスノウウルフも、アダンは敵意や殺意を押さえて剣を振るったんですよ。スノウウルフにはもちろん、水たまりに余波がいったということもないでしょう」

「ええ、あれができる剣士は多くありません」


 ロゼリアの声が高揚している。



 水たまりは沈黙している。

 さざ波ひとつ立てていない。



「整理しましょう。ゼノンが好奇心で魔術を放った時は吸い込んだだけ。アダンが明確な敵意を持って攻撃した時は魔獣を投げつけてきた。ゼノンが敵意を持って魔術を放った時も同様。アダンが敵意を向けなかった時は動きなし。ここまではいいですか?」


 一同が頷いた。

 それぞれに考えを出す。


「敵意があるかないかで反応が分かれていますね」

「攻撃手段は関係ないようだな」

「そして、あの水たまりは魔獣を生んでいる……この言い方が正しいのかはわかりませんが」


 りのも言葉を足した。


「――あの水たまり、魔獣を生む前に、こちらの敵意とか殺意とか、そういうものを吸い込んでる気がします、勘ですけど……。その瞬間、とてもおぞましい感じがしました。あのダンジョン核と同じでした」



 殺意や敵意を吸って、魔獣を生む。



「あの、ものすごく不確かなこと言ってもいいですか」


 りのは呟いた。

 皆の視線が頷くのを待って、


「邪魔ダンジョンって、アトラロに近いところにあるんですよね? 大きな都市っていっぱい人がいるから、当然そんな悪意もいっぱい生まれるってことで……それを、どうやってかは知りませんけど、この水たまりが集めて吸っているんだとしたら? それが魔獣を生んで、ダンジョンになってるとか、ないでしょうか」


 アトラロからの距離のぶん、吸い込むのに時間がかかって、魔獣を生むのに時間がかかってる、とか。


 仮定でしかないけれど、頭の中を整理するようにつらつらと言葉にする。


「――――ありえないことではないな……」

「筋は通ってますねえ……」

「ダンジョン核の、前の状態なんでしょうか。この水が敵意や殺意や悪意……負の感情を吸って、ダンジョン核となる」

「もって帰れませんかねこれ! すくって持って帰りたいです!」


 何か一人おかしなこといってる人がいるね……。


 ゼノンのぶれない台詞に、りのは思わずくすりと笑ってしまった。

 少し肩の力が抜けて、はっと気づく。


(一応、「鑑定」してみる? レベル足りるかなあ? でもこれ小さいからなんとかなるかな?)


「リン、どうしました?」


 隣から目ざとくりのの変化に気づいたロゼリアが聞く。

 りのが素直に「鑑定」してみようかなって、と言うと、ラウとゼノンがぜひ、と言った。

 たとえ失敗しても、「鑑定」をかけた術者にダメージが来ることはないそうなのだ。


「ええと、じゃあ行きます。『鑑定』」




【名称:混沌の水】

【特徴:渡り、流れ、吸い、生み、還す】




 出てきたとおりに読んだ。


 一言一句、それをゼノンが取り出したメモ帳に書きつける。


「すみません、魔力を込めてもこれ以上は出てこないみたい……」

「『鑑定』できただけでも素晴らしいです! めちゃめちゃ研究が進みます!」


 ゼノンが楽しそうに言って、メモ帳をしまい、姿勢を正した。



「そろそろ時間も終わりが見えてきましたが、どうしましょうか」




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