第353話 追加ミッション
まだ終わっていない。
少し沈黙が広がった。それぞれがその言葉の意味を考えているようだった。
「――だからか」
最初に口を開いたのはアダンだった。
「ダンジョン核が何なのかはわからんが、ダンジョン核を潰しても十年もたてば復活するってのは、リノアがいう通りまだ終わってないってことだ。つまりダンジョン核のようなものがこの場所にまだあるから、ということなんじゃねえか」
ゼノンが頷いた。
「考えてみれば、ダンジョンに核が一つだけとは限りません。複数あって、一つ欠けても他の分が力を蓄えて復活するということはあり得ます」
「復活までに時間がかかるということは、先ほどの核が主ではあるのではないでしょうか。ただ、それを復活させる仕組みがあって、リンの嫌悪感はそちらを感じ取っている」
「そうですね。復活させる仕組みなのか、複数ある核なのかはわかりませんが、何かがここにあって、ダンジョンを復活させている」
萌えるようなラウの新緑の目が楽しそうに細められた。
「さて、これからどうするかについてです。完全にこのダンジョンを潰すか、ここまでで撤退するか。冒険者ギルドとしてはどちらでも構いません。どうしましょうか?」
そんなに楽しそうなのに、パーティーで相談するんだ、とりのは少し驚いた。
リーダーはラウだから、ラウの指示でいいのに、と思ったのだが。
「今回の目的は、あくまでリンの新人研修です。ダンジョンを潰すのはオマケみたいなものですし、そうでなくともパーティーを組んだ時は、進退については話し合うのが大切なのですよ、生き残るためにね」
ラウの口調は軽くても、言葉に含まれたものは重かった。
「俺はどっちでもいい。この時点で、最低でも五年はこのダンジョンは動かないからな。それだけでもいいと思う」
「おれは調査できるならしたいですけど、無理する必要はないかと思います」
「私はリンの体調と意志しだいでいいと思います。リン、ここで帰っても何の問題もありません。可能性をひとつ見つけただけでも十分すぎますから」
ラウもアダンもゼノンも、深く頷いた。
皆が気遣ってくれていることが、りのの心のうちに静かに実感として伝わる。
ラウもゼノンも、知りたいだろうに。
りのは、注意深く自分の心と体の状態を探った。
気持ち悪い、けど、おぞましい感じは抜けている。めまいも吐き気もおさまった。念のためにステータスを確認すると、少し体力が減っているくらい。魔力も十分あるし、体は動く。
それに、ここまで来たなら、ちゃんと調べたい気持ちはりのにもある。
「私は、この気持ち悪いのをそのままにするほうがイヤ、かな」
「無理はしないでいいんですよ?」
「もちろん、無理しないから大丈夫!」
多少無理やりでも、笑って頷いた。
ぱっとゼノンの顔が明るくなり、ラウがほほ笑み、アダンが軽く肩をすくめる。
「制限時間は一時間……もありませんね。それまでに、他の核らしきものを見つけて破壊する。いいですねえ、わくわくしますねえ!」
「落ち着け」
「落ち着けますこれ!? 邪魔ダンジョンの完全沈黙に立ち会えるかもしれないのに!?」
アダンとゼノンが楽しそうに言いあうのを見て、ロゼリアはため息を小さくついた後、りのに小さくほほ笑みかけた。
きらめく孔雀色の目にはわずかな高揚が見えた。
「では、急ぎましょう」
ラウの声で、りのはうっすらと肌を走る気持ち悪さをこらえながら全員に「リカバリー」をかけ、ついでに自分の「バリア」にも魔力を送っておく。「バリア」を張らない状態でこの気持ち悪さに耐えられる気はしなかった。
「さて、どうやって核らしきものを見つけましょうか? ひとまずみんなで魔術で手当たり次第に破壊してみます?」
「いやいやいや、ダメですラウさん、うっかりここが崩れたらどうするんです!?」
「皆で生き埋めとはしまらねえな。吹き飛ばせばなんとかなるんじゃねえか?」
「そういう問題じゃない!」
おおざっぱな案を出すラウとアダンにりのが突っ込んでいる横で、まあ風の魔術とかで瞬時に吹き飛ばせばなんとかなりますよとほざくゼノンをロゼリアがとうとうしばきあげていた。
いつでも冷静沈着なロゼに手を出させるとは、やるなゼノン君。
「できるかわかりませんけど、『魔力感知』をしてみようかと思います」
ラウがうーんと腕を組んだ。
「気持ち悪い魔力を感知するのは、かなりの負担では? 最後の手段にした方が良いと思いますが」
「そういうものと覚悟して探せば大分マシですから。わからないから怖い、なら逆もまた真です」
「ふふ、リンは負けず嫌いですねえ」
そうなのかなあ。短気だとは思うけど。でもそうかもしれない。イラっとしがちではある。
「では、お願いします。周囲は私たちがしっかり固めますから、安心して集中してください。決して限界を越えないように」
「はい!」
りのは、先ほどラウがぶっとばした四角い穴の所に立ち、開いた空間すべてを見渡していた。
(できる限り細かく、だな……どこまでできるかわかんないけど)
「じゃあ行きます。――『サーチ』」
目を閉じて集中する。
しっかりと詠唱して魔力を繊細にマップへ送り込むイメージ。
先ほど見た、ラウの「土球」のように、すみずみまで細く魔力を張り巡らせて。
(そう、たとえばアンティークレースのように……チュールレースのように……)
糸から立体感のある繊細で美しいレースが生み出される様を頭の片隅で思い出した。そのイメージのままにマップを構築する。
目を開いたとき、りのの前には、この空間だけではなく、後ろのダンジョンまで含んだ複雑なマップが広がっていた。
(うわ、ショッピングモールによくある地図だ……フロアマップをずらして書いてあるやつ……!)
今りのたちがいる地下十五階から地下十三階まではマップができている。この辺が今の限界値らしい。
(あ、魔獣の名前が出てる! これきっとタグ付けと一緒で、一回会ったことのある魔獣なら名前が出るっぽいなあ)
うわーと思いながら、りのは十五階部分に指を触れた。
とたん、そこがぶわんと目の前に飛び出してきてびっくりした。
(ピンチできそうだな……)
ためしに、自分のいるところを拡大してみると、りのの後ろに四つの大きな魔力反応があり、それぞれにタグが付いている。ラウ、アダン、ゼノン、ロゼリア。間違いなさそうだ。
(拡大縮小もできるってすごいな……って、あれ? なんだこれ?)
拡大したことで見えるようになった、今りのたちがいる空間の下。
構造でいえば、地下十五階の奥にくっついている空間なわけだから、ここの下には何もないはずだ。ダンジョンの最下層なので。
(なんだろう、何か小さな隙間……空間があるように見える……?)
ちょうど、あのおぞましい円柱が立っていた辺りだ。
その辺りを、注意深く魔力で探ってみる。
「!!」
思わず、足が一歩下がった。
「リン!?」
すぐにロゼリアが前に出てりのをかばってくれた。
「ロゼ、下だ」
「下、ですか」
りのは声をはった。
「さっきの、円柱があったところの、下。少しだけ、空間があって、そこに、気持ち悪いものがいる……ある?」
「なるほどー! じゃあ掘りましょうねえー!」
心底楽しそうに、ゼノンが言って、ちょうどその辺りに向かって「風球」! と唱えた。
暴風をまとった不可視の球が飛んでいき、その辺の土をえぐる。
ばしばしと土や小石が飛んできたが、アダンが剣戟一振りではね返してしまった。力業である。
「ゼノン、もう少し魔力の使い方は繊細になさい」
「すいませーん!」
「まったく、ユーゴの真似をしているとおおざっぱに磨きがかかりますよ……と、言いたいところですが、出ましたね……」
もう全部言ってるんじゃないかなあと思いながら、りのは目を細めて土埃の先を懸命に見つめる。
ラウはもちろん、アダンもロゼリアも目が良い。
その三人がそろって息を飲んでいる。
何があるのだろう、と思ってみた先にあらわれたのは、
「…………黒い、水……」
紫の瞳のドラゴンに連れていかれた時に見た、あの黒い湖、の、とても小さなもの。
黒い水たまりだった。
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