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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第351話 相談


「――異物感?」


 お茶を飲んでお菓子を食べて人心地ついて、りのはこの異物感についてみんなに相談することにした。

 この世界の人たちもそう感じるならそれが当たり前なのだろうと思えるし、と考えたのだ。


 ゼノンがお茶を淹れようとしてくれたのだが、ものすごい量の茶葉をポットに放り込もうとした時点でロゼリアにとめられていた。

 ロゼリアのお茶はいつもきちんとした味がしておいしい。


「なんというか……この世界にあるはずのないものを見ている、という感覚がすごいんです。気持ち悪いし、気味が悪いし。だから早く消さなきゃっていうか」


 言葉にするといろいろ自分の感情が整理できてくる。

 殺めている、というよりは、消しているという感覚の方が強い。

 魔獣を生き物としてとらえていないということが改めてわかる。


 りのは地面に赤く浮かんだ移動陣をぼんやりと眺めた。

 クロクマを倒してから浮き上がってきたそれは、ダンジョンの入り口につながっているという。

 通常は、最奥のボスを倒したらこの魔術陣に乗って帰るのだそうだ。


「それは怖いという感覚とは違うんだな?」

「たぶん、違う。怖くないわけじゃないけど、怖いより気持ち悪いが強い。――魔獣だけなんだよね、そんなこと感じるのって」


 あと、あの黒い湖みたいなの。


 その言葉に、ゼノン以外が険しい顔をした。


「ゼノン、これから聞くリンの話に沈黙の誓いを。ユーゴは知っていますから、ユーゴには私から伝えます」

「わかりました」


 リン、と促されて、りのはゼノンに、以前冒険者ギルドの倉庫で古代竜らしきものと意識だけで会ったこと、その時に見たものについて話した。

 ゼノンはりのの話を最後まで静かに聞いて、なるほど、と自分の顎をつまんだ。


「ユーゴ様が一時期、古代竜の資料をひっくり返していたのはそれだったんですね。にしても、気になることはいろいろありますが、まずはその黒い水のような何かと魔獣に対するリノア様の嫌悪感と異物感の検討ですかねえ」


 そうですね、とラウも頷く。


「おれは、あってはならないもの、という感覚は特にないんですよね。退治しなければとは思いますが、興味関心の方が強いです」

「俺もないな。どうやって殺そうかとしか考えてない」


 ぎらりとアダンの薄青い目が光る。


「私も特に思うところはありませんね……どちらかといえば、何が落ちるだろうという高揚感です」

「あんたは大物狩りが好きだからな……」

「大物の方がいいものが落ちますからね」

「かといって突っ込んでいくのはどうかと思うが」


 楽し気にラウが笑う。このエルフさん、わりと享楽的だったり……?


「私も、あまりこの世界にいてはならないもの、という感じはしません。小さいころからダンジョンに入っていて、当たり前にいるものとしか感じていないように思います」

「そっかあ……私だけかあ……」


 まあそうかなという気はしていたが、ちょっと落ち込む。


 私、聖女聖女って言われて、いつのまにか偉そうになってしまったのだろうか。そんな感じの悪い人間になったら、いつかあちらの世界に帰った時、店が立ち行かなくなってしまうのではなかろうか。


 ぶるりとりのは震えた。

 ラウが、そういえば、と呟いた。


「カノン様も、黒のサンダープローンを見たときにあなたみたいな顔をしていたような……『きも』と仰っていたので、サンダープローンの肝を気にされていたのかもしれませんが」


 それは多分「キモッ」ではないかと…………。こっちの若い子たちはそういう言葉を言わないのかもしれない。

 しかし同じようにカノンが感じていた可能性があると思ったら、少し気が楽になる。感情が忙しい。


「そもそも、お前さんの世界に魔獣はいなかったんだろ? なら、そういう嫌悪感とか異物感を持つのは当たり前のような気がするが」

「その辺はカノン様に確認する必要がありますね」


 そう言われ、りのはこくりと頷いた。


「では、次は魔獣とその黒い湖のようなものの共通点ですが……」

「それに関してはまだ判断材料が少なすぎる」

「ですねえ。その魔獣と黒い湖のようなものが、リノア様にそういうものを感じさせる何かを共通で持っている、というところまででしょうか、はっきりわかるのは」


 判断材料を得ようとするなら、とラウは思案気にりのを見つめた。


「定期的に魔獣討伐を行って感覚を確かめるか、なんとかその黒い古代竜と会って話を聞くかですが……」

「無理に討伐する必要はねえだろ」


 アダンが強い口調で断言して、りのは目を見張る。なんだか、らしくない言い方だった。

 しかしラウはちらっとアダンを見ただけで、同感です、と短く告げて。


「あの黒いドラゴンの鱗、定期的に確認してはいるのですが、魔力が戻った気配がないんですよね」

「ラウさん!?」

「いやあ、だって気になりますし、なんなら私も会ってみたいですし」


 しれっと笑う。

 りのは戻ってこられたけど、ラウが戻ってこられるとは限らないのに。そもそも本当に会って戦いになってしまったら?

 りのは青ざめた。あの古代竜は、知性があったけれど、絶対的な強者なのに。


「リノア様、気にしないでいいですよ。副支部長の趣味ですから」

「でも」

「ラウから好奇心をとったら何も残らんって言われてる。その好奇心ゆえだから、お前さんが気にすることはない」


 両側から畳みかけられて、う、と口をつぐむと、ラウがうんうんと頷いていた。それでいいのか……。


「リン、これからこの世界で、気持ち悪い、異物感があると思ったものに出会ったら教えてください。とても気になります」

「ええ、と……」

「言ったでしょう、あなたがたの考え方、思考自体がこの世界では目新しいものなのだと。刺激を受けたいのですよ、長く生きるには必要なことですからね」


 寿命まで出されたら、りのに頷く以外にできることはない。

 納得はいかないが、しぶしぶ頷いた。



「さて、今回はこの辺にしておきましょう。リン、体は休まりましたか?」

「はい。落ち着きました」


 体もだけど、心が。

 りのは、みんなにありがとうございます、と頭を下げた。


「では、ダンジョン核へ行きましょうか」






 ラウは、赤く浮かび上がった移動陣を避けて、教会の一番奥の壁の方へ歩いていった。


「リン、ダンジョン核というのは、たいてい最下層のボスの現れた地点のさらに奥にあります」

「奥」


 そうです、と涼しい顔で言いながら、奥の壁の前に立った。


「見えないところに隠されています。『土球』」


 ノンブレスで詠唱された土魔術で、人の頭くらいの硬そうな土球が壁に向かってすごいスピードで飛んでいく。

 しっかりとその土球にラウの魔力が満ちていることが感じられた。

 ラウの魔術は、本当になんというか、うまいのだ。このダンジョンでラウが魔術を使ったのは数回だけだが、すみずみまで緻密にラウの魔力の糸のようなものが張り巡らされている。


 その土球は、まっすぐに石壁に向かって飛んでいった。

 ダンジョンオブジェクトは破壊できないはずでは、と頭の隅で思うりのをよそに、土球はその壁の一部にぶち当たり、



 ずがあああん!!



 ものすごい音を発して、砕けた。

 あたりにもうもうと土煙が舞い、視界が遮られる。

 ごほごほと咳をしていると、ロゼリアが風で煙をはらってくれた。


「ありがと、ロゼ」

「どういたしまして」


 涙目をかばっていると、煙の中から現れたのは、きれいな長方形でえぐれた壁。

 そのえぐれた穴の向こうには少し広めの空間が広がっていて、その中央に、青い円柱のようなものがあった。

 青というよりは紺色のような。

 限りなく黒に近い円柱。



 りのの全身を、寒気と鳥肌が襲う。



「リン、これが、このトリスールダンジョンのダンジョン核です」



 ラウの飄々とした言葉が飛び込んできた。




本日はここまでです。お読みくださりありがとうございました。

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