第347話 朝の支度
りのは少しの時間だが深く眠り、その後はうつらうつらしていた。
ゼノンの高めの声とラウのやわらかな声が音楽のように響く。
それを聞きながらまた浅い眠りに揺られた。
次にふと浮き上がると、空気が動いている気配がした。
入り口がほんの少し開かれて灯りが差し、すぐに閉められる。
どうやらロゼリアの番になったようだ。
ロゼリアの声は耳に優しい。なじんだ声だ。
うとうとしながら外の気配を感じていると、今度は低い声が混じった。
三つの声が混じって耳に届き、りのの意識が少しずつ覚醒していく。
「んー……」
目をこすりながら起きると、背中のあちこちが鈍く痛んだ。
「いたい……」
あんな小さなデコボコでも、筋肉のない体にはこたえるのだろう。
「きんにくきょう……はいるか……」
寝ぼけた頭で呟きながら、何とか一つ伸びをする。
あちこちの筋が痛んで、特に内太ももの筋肉痛がひどい。
痛みで目が完全に覚めた。いたいいたい。
「ううう……いたい……」
全身がぎしぎししている気がして、もがくように羽毛毛布を体から外し、ストレッチをしようと手を前に伸ばしたが、
「いだだだだだ」
無理だった。ちょっとも曲がらない。
これは無理。
(うーん……筋肉の成長を阻害しないで、痛みだけをとればいいのかな……? でも痛みを感じなくなるのも怖いよね?)
しかたない、ひとまず体力を回復させよう。そして、少しだけ、何とか動ける分だけ痛みを押さえて、ストレッチをしよう……。
「『リカバリー』からのー、『ペインキラー』」
まず「リカバリー」で体が軽くなった。そして、弱めに魔力を絞ってかけた「ペインキラ―」で、なんとか体が動くようになる。
りのはぎしぎしと、体の筋を伸ばし始めた。
しばらくの間、無心に体を曲げ伸ばしし、心の中でカウントしていると、ふっと全身が緩むような感覚がして、体が少し楽になる。
(あ、いけたかな……?)
おそるおそる「ペインキラ―」を解くと、びきっとはしたが、何とか動けるようにはなっていた。
(もう少し体力回復させて、ストレッチ。それの繰り返しで何とか動けるようにしよう……)
なんとか動けるようになったので、りのは自身に「クリーン」をかけた。
それから毛布をパタパタして湿気を飛ばし、マジックバッグへしまう。
「よっし」
テントを這い出ると、すぐにロゼリアが気づいて、リン、おはようございますと寄ってきた。
「おはようロゼ、見張りご苦労さま」
「いいえ、問題ありません。というか、朝まであと一時間くらいありますよ? もう少し寝ていてもいいのに」
「なんか目が覚めちゃって。朝ごはんの準備もあるし、大丈夫だよー」
「あまり眠れませんでしたか?」
バレてた。まあそうか。
苦笑して、りのはひらひら手のひらを振った。
「寝つきはあまり良くなかったけど、『リカバリー』かけたから。あ、そうだ、『クリーン』……どう?」
「ありがとうございます」
りのの自慢の魔法で、顔も髪も服もさらさらのぴかぴかになって、ロゼリアは嬉しそうに笑った。
「ラウさん、アダンさん、おはようございます」
「おはようございますリン」
「おはよう」
ラウが、温かいお湯の入ったカップをくれたので、礼を言って受け取り、たき火の側に座った。
ぱちぱち燃えている火があたたかくて、また眠気が強くなった。
白湯がおいしい。体の中にゆっくりと染みとおって、ふんわりと体を温めてくれる。
「眠れたか?」
「そこそこ。動けはするから大丈夫」
小さくあくびをすると、無理はするなよと言われた。
うーん、無理しているように見えるのだろうか。
まあいいや、とりのはお湯を飲み終わって立ち上がった。
「リン、朝食、手伝いますか?」
「あ、お願い。アダンさん、ちょっと料理するところを見てもらっててもいい?」
「見てる? 手伝うんじゃなくてか? なんでだ?」
うん、と頷く。
「この間、ライリー団長に、第三騎士団の食事がなかなか悲惨だって聞いたの」
つらりとアダンが視線を反らした。
「そうなんですか?」
「そうらしいよ。みんな料理ヘタなんだって。おいしいのを作れるのはケルシーさんだけらしいよ」
ケルシーは共働きで、主婦でもあるので料理はお手の物だそうだ。ノーラは夫が主夫なので、料理はしないしできないという。
「時間遅延のマジックバッグにいろいろ出来合いのものを詰め込んでるからなんとかなるって言ってたけど、温かくておいしいものを食べられればいいなって」
「冒険者でも食事は大切ですからね……」
ラウもしみじみしている。
「なので、簡単にできそうなのを考えてみたので、今日試してみようかなって。アダンさんにそれを確認してもらって、できそうだったら作り方教えるから」
「――いいのか?」
「うん、別に新しい技術とか、向こうの技術とか使ってないから」
りのは、ラウが出してくれていたローテーブルの上にまずフライパンとネシスオイルを出した。
「じゃあ見ててね。まず、このフライパンにちょっとだけ油を入れて、ぐるぐるフライパンをまわしまーす」
ネシスオイルを少しだけ入れて油を敷く。それからりのはあらかじめ作ってきた生地をまな板を出して、その上に置いた。
「この白い生地は、小麦粉とお塩とお砂糖少し、それにネシス油で作れるよ。あらかじめ料理長さんにつくってもらったらいいかな。これをまな板でも皿でも、なんならフライパンに直接置いてやってもいいけど、薄く延ばすの」
めん棒を持ってこなかったので、りのはその生地を手でぎゅぎゅっと押し広げ、それをぺろんとフライパンにのせた。
「そして、ここにソースを塗る。これもあらかじめ持っていくといいかな。現地で採れたお肉を焼いて、それにかけて食べるだけでもおいしいし。今日はトマトのソースね」
スプーンでたっぷりとトマトソースを生地の上に広げる。
それからベーコンと各種野菜、そしてチーズを取り出した。
「で、次に具をのせます。今日は燻製肉と野菜。あらかじめ切って持ってきとくと、現地で切る必要なくていいかも。現地で採れたお肉があれば、それを使ってもいいよ。その時はちょっと工夫がいるけどね」
下味をつけたり臭みをとったりする作業は必要だ。
「で、最後にチーズをたっぷりのせてー」
今日はニムロムチーズだ。
ここを保存性の高いハードチーズにするのが理想だが、まだ流通していないので、ひとまずモッツァレラっぽいニムロムチーズで。
「蓋をして焼きます」
「え、それだけですか?」
「それだけだよ。大体五分くらいかな?」
かまどがあるときはかまどで焼けばいいし、それが難しければちょっと焦げないように注意が必要だけど、炭の上にのせてもなんとかなるし、何なら火魔術で焼いてもいいよ、と言うと、アダンとロゼリアの目が丸くなった。
「どうかな、野営中にできそう?」
「焼き具合さえ覚えればいけるような気がする」
「のばしてぬってのせるだけですもんね……」
「ロゼ、料理しない人にはそれでも難しい時ってあるから……。ブルーノ君がいてくれたらもう少し話聞けたかなあ。アダンさん仕事忙しいだろうから、料理まで目を配るの大変だしなあ」
ロゼリアとアダンが目を交わすのが見えて、りのはひらひらと手を振った。
「おうちのことなんだよね? 仕方ないことだもの、気にしないで」
騎士としての仕事より優先しなければならない、「家の用事」なのだ。きっと重いこと、大変なことなのだろう。こちらを優先しろなんて言えるはずもないし、聞く気もない。
「あー……あいつの家族、というわけではないんだが、治癒魔術が必要になったみたいでな。早めの治癒が必要ってことで呼ばれたそうだ」
ああ、とりのは浅く息をついた。それは黙っていくだろう、ブルーノなら。
ブルーノは、自身の事情にりのを巻き込まないように気を張っているから。
そっか、それは大事なことだね、と返して、りのは朝食づくりへ意識を切り替えた。
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