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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第346話 夜の見張り


 時告げ紐というのは、だいたい一時間くらいで燃え尽きるように作られた紐なんだそうだ。

 それが二本分、つまり一人あたり二時間、ラウと見張りをつとめるということである。

 見張りはパーティーの人数にもよるが、基本は二人で行うのが望ましい。

 まとめて睡眠がとれるのは最初と最後なので、そこにりのとロゼリアが入り、間にアダンとゼノンが入る形になった。


「ロゼ、私が先でいいの?」

「はい、いつも朝は早いので、そちらのほうがありがたいです」

「わかった、じゃあ私が最初にさせてもらうね」


 そこからなんとなく解散の方向に雰囲気が流れて、ロゼリアとアダン、ゼノンはそれぞれのテントで横になることになった。


 ラウが一本目の時告げ紐に火をつけた。

 ぱちぱちと音をたてて燃える薪のまわりには、りのとラウだけ。

 セーフエリアには冒険者ギルドの設置した灯りがあるので、夜という感じがあまりしない。

 この世界では時計が一般的ではないため、何時かもわからなかった。アトラロでは、日が昇っている間は一時間ごとに鐘が鳴るので、それで時間を確認している感じである。


(こっちじゃスマホの時計も使えないしなあ)


 一応、懐中時計みたいなものはあるらしいので、それの購入をお願いしている。ものっすごい高級品らしく、聖女の予算を結構使うということでユーゴにはとても喜ばれた。

 お金を使って喜ばれる辺り、なんだかなあとは思うが。


(時計の仕組みはまったくわからないけど、どうやって動いてるんだろうね。魔術で何とかしてるんだろうけど、その仕組みが私に理解できるはずもなく……)


 頭では時計のことを考えながら、手はお茶を淹れている。

 目が覚めるようなお茶がいいなと思って、ミントと最近見つけたレモングラスのブレンドハーブティーだ。カフェインは入っていないが、清涼感があるので二時間くらいなら持つだろう。


「リン、私にももらえますか」

「あ、はい、もちろん。でもこれ、目は覚めませんよ? 紅茶をいれましょうか?」

「いえいえ、眠くはありませんから、その薬草茶で」

「了解です」


 ラウのカップを受け取って、小さめのティーポットで十分に蒸らしたハーブティーをつぎ分ける。レモンのさわやかな香りと、ミントの涼しげな香りがうまくまざって空中に漂った。


「はい、ラウさんどうぞ」

「ありがとうございます。――ああ、おいしいですね。爽やかで目が覚める」

「ふふ、よかったです」



 静かだ。

 パーティーメンバー以外の命の気配がしない。

 この静寂の中に魔獣がいるのだと思うと、何か不思議な気分になった。


「リン、魔力感知は時々でいいので行っておきましょうね」

「わかりました」


 そう言われて「サーチ」を展開してちらりと見るが、気配の欠片もなかった。もちろん魔力感知でも同じ結果である。


「――夜なのに暗くないんですね、ここ」

「森の中に戻れば真っ暗ですが、セーフエリアは明るくしてありますからね」

「魔獣が襲ってきた時に不利になりますもんねえ」

「そうですね。魔獣に限らず人も襲ってきますし。明るい方がまだ犯罪をしにくくなるというものですよ」


 辛辣な言葉にくすっと笑ってしまった。

 犯罪者が闇に隠れたがるのは向こうもこちらも一緒らしい。


「ダンジョンに入ってみて、今のところの感想はどうですか、リン」


 カップに口を寄せながらラウが聞いてきた。

 うーんと少し考えて、りのはふしぎです、と返す。


「ふしぎ、ですか?」

「ええ。階層ごとに……まあ始めは二階層ごとでしたけど、環境が変わるというのがまずふしぎです」


 ラウはくすりと笑って、明日からはもっと驚きそうですねと言った。りのは頷く。


「これだけ倒しているのに、ダンジョンから魔獣がいなくならないのもふしぎです。魔獣って繁殖するんでしょうか」

「魔獣の繁殖、は、聞いたことがありませんね……」

「どうやって増えてるんでしょうね、魔獣って」

「核を押さえれば止めることはできますからねえ」


 そんなこと考えたことがありませんでした、とラウは首をかしげた。


「生き物は繁殖で増えるのが基本です。なのに核があれば増える。――魔獣って、生き物なんでしょうか」


 りのの感触では、エイリアン的なもの、という印象なのだが。

 こちらの人は異世界人とはいえ生物だとわかるけれど、魔獣は根本から違うような気がする。

 あのおかしな異質感、禁忌な感じ。異物感。魔獣からしか感じないものだ。あとあの黒いマグマ。


「そう言われると、たしかに不思議ですね……」


 それにアーティファクトの件もある。

 異世界のものがダンジョンで落ちる。単純に考えれば、アーティファクトが落ちるという大きなダンジョンの最奥は、異世界と、りのの生きていたあの世界と繋がっているのでは?

 そう考えて、りのは小さく唇を噛んだ。


(つながっているとしても、こっちから行けるかはわからないし、そもそも他の異世界に通じてる場合もあるわけで)


 今までの聖女が遺した本には、どう見てもりのの世界のものではない文字もあった。

 うっかりそっちの異世界に飛ばされれば、今よりもずっと命の危険があるかもしれない。そう思えば安易なチャレンジは怖い。


「リン、やはり明日、ダンジョン核を潰してしまいましょうか」

「え?」


 考え込むりのの前で、薪をつつきながらラウが朗らかに言った。


「潰すでも制御するでも、冒険者ギルドとしてはどちらでもよかったのですが、」


 新緑の目がりのに向いた。


「異世界から来られた方は、私たちとは違う常識、考え方を持っている方がほとんどです。だからこそ、私たちでは気づかないことに気づく可能性が高いと思うのですよ。魔獣の増え方についての疑問にしても、この毛布にしてもそうです」


 きゅっと肩からかけた毛布を前で合わせて、ラウはほほ笑む。


「ならば、多くのものをあなたに見せたいと思うのです。ああ、絶対に何かに気づいてくれというわけではありませんから、負担に思う必要はありませんからね」

「――ダンジョンを潰すというのは、あまりないことなのですよね?」

「ええ。邪魔ダンジョンくらいです、ためらいもなく潰せるのは。だからこそブルーノ卿は来たがっていたわけですし」


 初めの計画ではブルーノも一緒に来る予定だったのだが、どうしても外せない家の予定が入ったため、直前で離脱したのである。

 アダンもそうだが、今日は騎士団のほうは休日扱いで、これは内緒の任務なのだ。だから、ブルーノもその用事から逃げられなかったらしい。


「ぜひ、見てください。ダンジョンがつぶれるとはどういうことか、どのようなことが起きるのか」

「わかりました。楽しみにしています」


 

 そこからは、ラウの旅してきた世界中のダンジョンの話を聞いた。

 神聖オルレシウス帝国のシ―リアダンジョンの話はものすごい冒険譚で、りのは思わず手に汗を握って聞き入った。

 フェオレニアには、なぜかスパイスしか落ちないダンジョンや果物が豊富なダンジョンなど、ドロップ品の種類が偏っているダンジョンが多いそうだ。

 りのが探しているコーヒーについては、たしかに黒くて香りがよく苦い飲み物があったと教えてもらった。カフワと言うらしい。


(たぶんそれ!!)


 庶民も貴族もよく飲むが、入れ方が独特で他国には輸出していないという。


「ユーゴにも伝えてあります。彼が取り寄せているはずですから、もう少ししたら飲めるんじゃないですか」


 りのは全力でラウを拝んだ。王城に戻ったらユーゴも拝もう。




 そんな話をしているうちに、二本目の時告げ紐が燃え尽きた。



「アダンは私が起こしておきましょう。リンはもう寝なさい」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 りのはラウにお休みを告げて、ロゼリアが寝ているテントに戻った。


 ロゼリアは深く寝入っているようで、静かな寝息が聞こえていた。

 テントの中はあまり灯りが入っておらず、しっかり暗くて安心する。りのは真っ暗な中で寝たい派である。


(うーん、それでもやっぱり床は若干デコボコしてるなあ……。エアマット? エアクッション? これがないとかなり寝にくかったよね……ラウさん良いテントをありがとうございます……)


 りのはそれほど寝つきの良い方ではないし、眠りも浅い。

 それでも、羽毛毛布の暖かさと疲れに、意識がゆるゆると溶けて、じんわりと眠りに落ちた。

 外から聞こえる低く小さな会話がどこか心地よかった。




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