第336話 初ダンジョン
休憩後、また馬たちにがんばってもらって走り続け、昼休憩を挟んで無事にトリスールダンジョンへたどり着いた。
トリスールダンジョンは、邪魔ダンジョンと呼ばれる人気のないところで、たしかに他の冒険者の気配はない。
りのはロゼリアに続いて、ミオンの背から下りた。下りたというか、落ちたというか……まあ地面にちゃんと立てたからよしとする。足は少しがくがくしたが、歩けないほどではなさそうだ。
りのたちが今いるのは、ダンジョン入り口の少し手前にある放牧場。
ラウ曰く、管理人を置く余裕がないので、「防壁」の魔道具を設置した放牧場の中で馬たちには自由に過ごしてもらい、餌も自分でとってもらうそうだ。なるほど、柵の中は草がぼうぼう生えているし、簡易的な柵だが「鑑定」で見るとがっちり「防壁」の魔術がかかっている。
どすっ。
じっと観察していると、いきなり後ろから押されてりのはたたらをふんだ。
またか……!
休憩のたびに馬たちにつつかれたりすりすりされたりしていたので今回もそれだろうと思い、もうおやつはありませんからね、と振り返った。
「?」
後ろにいたのは確かにラヴァクだったが、その左前脚がわずかにあげられている。
何事かと思えば、そのたくましく太い前足で、なにかをむぎゅっと踏んづけているようだった。
「なにこれ?」
薄い水色の、透き通っていて、柔らかそうでもちもちしていそうななにか。
「えっと、もしかして、これがスライム?」
呟くと、ラヴァクがぶるるん、と声をたてた。あっているらしい。賢いね、ラヴァクさん人の言葉が通じるんだね……。
じっと見ていると、ラヴァクの前足の下で、うにょぬうにょぬとおかしな動きをしている。もがいているのだろうか。
「ええと、ラヴァクさん、足は痛くない?」
前もって見てきた魔獣辞典によれば、スライムは触れると皮膚が解ける、口から体液を吐いて攻撃してくるとあった。
後ろから、魔力で強化してるから問題ないぞとのんきなアダンの声がする。
ラヴァクやミオン、もちろんペペルもだが、こちらの騎馬は基本的に魔獣とのミックスで、魔力を持っている。
牛や鶏などの家畜がそうであるように、時間をかけて交配し、ひとがある程度安全に飼えるようにしてきたのだそうだ。
「じゃあ危ないのはむしろ私かぁ」
無詠唱で自分に「バリア」をはって、じいっとスライムを観察した。
口も目も、どこにあるかわからない。水まんじゅうみたいだ。中にうっすらと魔石があるので、よけいそう見える。ものすごくあんこの少ない水まんじゅうだなあとりのは思った。
(うーん、一度、「バリア」でちゃんと攻撃を防げるかやってみたほうがいいのかな?)
考え込んでいると、ぶるん、とラヴァクが低くうなった。
「あ、そっか、ラヴァクさんが守ってくれたのね。ありがとう」
ミオンから降りるのに一生懸命で、近くにスライムがいることに気づいていなかったりのを、ラヴァクが小突いて守ってくれたのだ。
しかも、りのに教えるためにスライムをとらえてくれた。
「ラヴァクさんは賢いねえ」
ぶるん、とラヴァクは当然でしょと鳴くと、少し持ち上げていた左前脚をどすんと下ろした。
「え?」
ぷちっとスライムが二つに分かれる。
その両方を、ラヴァクは首を下に向けて長い舌でべろりと巻き取り口に運んだ。
「わぁ……」
ちょっと引いたりのの耳に、こりんと何かが割れるような音が届く。
「ええと……アダンさん、ラヴァクさんスライム食べちゃったけど……」
「こいつら何でも食うからな」
「ええ……」
「魔石を割って魔力を補給したんじゃないですかねえ。賢い馬はそういうことしますよ。アルミラージ程度なら肉ごといきますし」
ゼノンも教えてくれた。
雑食だと聞いてはいたが、実際目にすると、向こうとはやっぱり違うんだなあとしみじみ実感する。
「スライムがダンジョンから出てきているんですかね……それとも単なるはぐれなのか、スライムでは判断が難しいところです」
ラウはペペルを放牧場へ入れてこちらへやってきた。
ダンジョンの外に魔獣が出てきているなら、それは溢れ、つまりダンジョンの内部が魔獣で飽和しているということで、スタンピードの前兆だ。
「この程度のダンジョンなら溢れてもすぐに鎮圧できるだろ」
「まあそうですけど」
だからダンジョン見学の場所に選んだんですし、と言いながら、ラウは軽く伸びをした。
そろそろ出発らしい。
「ラヴァクさん、ありがとうね。行ってくるね」
おそるおそるラヴァクの鼻筋をなでると、苦しゅうない、と頷かれた。
そのままアダンがラヴァクを放牧場へ入れにいく。
「ラヴァクは面倒見がいいですねえ、いい子です」
「肝っ玉母さんって感じですよね。アダン副団長にはお似合いかと」
そう、ラヴァクは渋いイケメンだが、女の子である。
いよいよダンジョンだ。
このダンジョンの入り口は、どんな感じなんだろうと、りのはわくわくした。
ネットでいろいろなお話を楽しく読んでいると、ダンジョンの入り口にもいろいろ種類がある。洞窟の入り口のようになっていたり、きちんと建物があったり、あるいは門があったり。
トリスールダンジョンはドロップする品もよくないそうだから、豪華な建物はなさそうだなあと思いながらアダンとロゼリアの後に続いて歩いていると、崖の斜面に一枚の門がかかっているのが見えてきた。
(おお、門があるタイプのダンジョン……!)
お話の世界に迷い込んだようで(実際にそうなのだが)ちょっと感動した。
「ダンジョンは、見つけたらこうやって門を置くことが定められています。この門に冒険者ギルドのカードをかざすことでダンジョンに入れます。パーティー登録をしている時は、リーダーがカードをかざして門を開ければ、メンバーはカードを携帯していさえすれば入れます」
「――ダンジョン管理は冒険者ギルドがしてるんですっけ? その地の領軍とか第三騎士団が入るときは全員が冒険者登録をするんですか?」
まさか、とラウは嫌そうに首を振った。
「面倒ですからね、その時はその地の領主の許可証で通ります」
「なるほどー」
共同管理のような形なのだろう。便利だがトラブルも多そうだ。
ラウのしかめっ面からりのはそう思った。その辺の話はそのうち聞こう。
今回はラウをリーダーとしてパーティー登録をしたので、ラウがカードをかざすと、ぎしぎしと古そうな音をたてながら門が両開きで開いていく。
その向こう、少し先には、崖にぽっかりと洞窟の口があいていた。
「では最終確認です。リン、ポーションと魔力補充用の魔石、ギルドカードは持っていますか」
「――はい、大丈夫です」
「よろしい。隊列は、先頭をロゼリアとアダンの前衛組が、最後尾をゼノンが務めてください。私とリンは真ん中です」
はい、わかった、と了承の声が重なった。
強さでいえばラウの方がゼノンより上らしいが、護衛兼説明係でラウがりのにつくので、ゼノンが最後尾だ。
ダンジョンに入る前には、持ち物の確認と、パーティーを組んでいる場合は隊列の確認を必ずしましょうね、ここがいい加減だとけっこうあっさり死にますからね、とラウがにこやかに言う。
その軽やかな言葉の裏には、いかにもそれを見てきましたよーという凄みがあって、りのはガクガク頷いた。
「いつでも危機感をもっていることが大切ですよ、リン。じゃあ行きましょう」
後ろで門がひとりでに閉じる音を聞きながら、りのはロゼリアとアダンの後ろに続いて、洞窟の中へ足を踏み入れた。




