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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第326話 夜が明けない3



 ノヴァリスをみとったララは、そのまま気を失い、様子を見に来た昨日の老医師と、メルセルという名の弟子に発見されたらしい。

 冷たくなったノヴァリスに寄り添うように気を失っていて、医師たちは肝を冷やしたのだという。


 ララの記憶にこの辺のことはまったく残っていない。

 医師には、夫が亡くなったという衝撃から身を守るために、記憶することを止めていたのではないかと言われた。


 だから、聞いた話になる。


 ララは、傷む体に鞭打ち、ノヴァリスの葬儀の用意を整え、アトラロの城壁外にある大きな墓地へノヴァリスを葬ったそうだ。妻として世話になった者達にも礼を伝えたという。


 ノヴァリスの持ち帰った糸のことを王城にリークし利益を得ていたララの元雇い主は、ノヴァリスが死んだと聞いて、ララを妾として面倒見てやろうと持ちかけてきたらしい。

 そんなララを助けてくれたのは、周囲の職人仲間たちだった。

 ノヴァリスは気のいい性格だった。ついでであれば気軽にダンジョンでの採取も請け負ってくれて、みんなが感謝していた。そんなノヴァリスが理不尽に命を落としたことに、みんなが怒ってくれていた。

 その男が、貴族の末席……地方の男爵家の三男という吹けば飛ぶような地位だが……にいたこともあって、職人たちの怒りはなお深かったのだろう。

 職人たちは、元雇い主の家のメイドを通して、奥方に、男が妾を迎え入れようと画策している、それも夫を失って呆然としている女だ、貴族のクセに恥ももたないらしいと街で噂になっている、と囁きかけたのだ。

 同時に、元雇い主の工房の職人たちは立て続けに辞めた。

 引き留めようとするときには揃って、「俺の秘伝の配合を城に売られちゃかなわんからな!」とあてこすった。

 元雇い主の工房は、瞬く間につぶれたという。行先はわかっていない。大分恨まれていたから、ろくなことにはなっていないだろう。



 ララは、そういう話を全部後から聞いた。



 ララが覚えているのはただ一つだけだ。

 ノヴァリスの最後の願いの通り、彼がお気に入りだと言っていた、深い緑のシャツと浅い緑のトラウザーズを着せて棺におさめたこと。


 目を閉じてたら、あんた緑はあんまり似合わないんだね。


 そう思ったことを、ララは覚えていた。


 ノヴァリスを、故郷に連れて帰ろうとは、欠片も思わなかった。

 愛する夫の尊厳と命を奪い、今なおのうのうと生きている女の生まれた地に夫を返すわけにはいかないし、少なくともアトラロにいれば、ノヴァリスの墓に詣でることはできる。


 ララは、アトラロで生きることを決めた。

 

 呆然自失で死体のように息をしていた間が、はからずもノヴァリスの言っていた「身をかくす」ことにつながったようだった。

 ノヴァリスもその妻ももうアトラロにいないことになっていたため、ララは以前住んでいた家に戻った。

 ひとつひとつ、ノヴァリスとの思い出を抱きしめるようにして、泣きながら片づけをし、生活の場ではなく、工房として整えた。


 ヴァルが最後に言っていた言葉。


 きれいな布をいっぱい作れ、納得いくまで生きろ。


 せめて、ノヴァリスが望んでくれたその言葉だけは叶えたいと思った。

 ノヴァリスが遺してくれたダンジョンのドロップ品は、貴重なものばかりで、資金には余裕があったことも大きかった。

 ララは最低限の生活の中で、染料や素材に資金をつぎ込み、きれいな布を作ることに集中していった。

 糸を染め、布を織っている間は、亡き人の不在を感じずにすんだから。


 そうやって研究し、技術をつぎ込んで織った布を、ララはめったに売らなかった。

 売ったのは、「普通の布」を心がけて織ったものだけにしたので、誰かに見つかったり噂されたりはしなかった。




 王妃の横暴は、ますます染め織りの職人たちを苦しめていった。

 定期的に要求される献上品、無理な納期で言い渡される仕事に、どんどん現場は疲弊していく。

 そのうち、腕利きと言われる職人たちが、続けざまに借金の返済という名目で、貴族たちに連れていかれるようになった。


「ララ、うちの人が、あんたにこの工房をもらってほしいって。これが契約書、あんたの名義に書き換えてある。もともとここはあんたのもので、うちは借りてただけ。そういうことにしてあるから」

「ちょっと待ってよミナ、あんたたちまででていっちまうの!?」

「子どもを、とられたんだ」


 美しい模様織りを得意とするララの職人仲間は、母の顔をしていた。


「ダルクス領に行けば子どもと共に暮らせるようにしてやろう、って。目ぇつけられた以上、逃げられんって、うちの人が」

「あいつら……!」

「いい、いいんだララ、あたしらいつか絶対帰ってくるって、うちの人と誓ったんだ。だから少しの間だけ、うちの工房を預かっておくれよ。あたし、ダルクス領の織物、かたっぱしから学んで、技術を盗んで帰ってくる。その時はあんたにも教えてあげる。手間賃よ」

「ミナ……」


 ララの仲間は、歪んだ笑顔で、けれど固い決意をもって、ララを抱きしめた。



 そうやって、仲間たちはララに工房や道具、染料や材料を託して、つぎつぎにいなくなってしまった。

 職人の街と呼ばれ、職人たちの作業音と声、活気に溢れていたヘウ街は、あっという間にさびれていく。

 けれどララは残った。


 ノヴァリスとの思い出を、仲間たちから預かったものを、手放してなるものか。

 これ以上奪われてなるものか。


 その一心で、貴族たちから身を隠し、ほそぼそと「普通」の布を売りながら、ひたすらに研鑽を積む日々。


 きれいな布をいっぱい作れ。

 納得いくまで生きろ。


 その言葉を支えに、四十年近くを耐えた。




 様子が変わったのは、新王が即位してからだ。

 貴族の横暴が、少しずつではあるが減っていった。

 権威を盾に無理難題を言われても、王城へ訴えれば調べてもらえるようになった。


 そして、王妃、いや、王太后エーファが、王領ミュケディの離宮へ移された。

 ララたちは、その移動を……いや、移送を、見物に行った。


 豪華な馬車ではあるが、今までエーファ王妃が好んだような、派手でごてごて飾り立てた馬車ではなかった。

 使われている布や飾り紐の等級がいくつも落ちているのがララにはわかった。

 中にいるエーファの顔は見えなかった……見たいとも思えなかった。



 ララの愛する夫を犯した女が、都から落ちていく。



 見物に集まった民たちは、エーファに怒号を浴びせたりはしなかった。腐っても王太后、王城にはまだ王太后の一派が残っていることを考えると、何をされるかわからないという猜疑が民たちには強く残っていたから。

 何も言わず、ただ恨みのこもった目でじっと見つめるだけ。

 その不幸を願い、呪い、絶対に許さないという目で見つめるだけ。

 物音ひとつ立てない民たちによるエーファの見送りは、葬列に似ていた。

 異様な風景だった。

 眺めていた王太后一派の貴族がいれば、きっとぞっとしたことだろう。



 エーファの馬車がアトラロの城壁の門から完全に出た時、風景は一変した。

 皆は歓喜に吠えていた。

 喜びの声、拍手、笑顔。

 つめかけた民たちが互いに抱き合い、涙で泣きぬれ、喜びをあふれさせた。


 ララは、その輪には入らず、少し離れたところからそれを見ていた。

 何も思わなかった。感動も喜びも、何も。

 それを感じるには、耐えていた時間が長すぎたのかもしれない。


 踵を返して、自分の工房に戻った。

 けれど、少しだけ、息ができるようになった気がした。




 そしてララは弟子をとった。

 地方から出てきたトビーは、昔の仲間の推薦で弟子入りした子だ。

 基礎は教えた。腕がいい、見る目がある、どうか鍛えてやってくれ。

 そんな手紙の末尾に、俺はもう職人としては終わりだから、と書いてあった。


 トビーに聞くと、連れていかれたラギスロード領で、注文通りの布しか織らせてもらえず、ただ作業の毎日だったそうだ。

 きっと、心が折れたのだろう。


 その後、コニーとハンナの姉妹がやってきた。

 姉妹の祖父母は木工の職人で、糸ものほどではなくとも迫害され、ティレル領に移っていたのだが、やはり故郷で暮らしたいとアトラロへ戻ってきた、ララの古い友だちだった。

 姉妹は木工より糸ものが好きで、祖母に連れられてやってきた。

 両親はティレル領で木工の職人として暮らしているけれど、自分たちはどうしても染め織りをしたい。だから教えてくださいと頭を下げた。

 困惑したララに、戻ってきた友は笑った。

 ララ、ティレルの職人より誰より、あんたが一番腕利きだからね。教わるなら腕利きの職人がいいだろうって。

 それに、ここを守ってくれたあんたにこそ、うちの孫たちをお願いしたいんだよ。

 そう笑った懐かしい友の顔に、自分と同じような深いしわが刻まれていた。



 ララの世界は、いつでも夜明け前だった。薄暮の、ノヴァリスが逝ってしまったあの時からすすんでいなかった。


 けれど、少しずつ、少しずつ明るくなっていった。



 そして、夜明けが来たのだ。




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