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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第321話 希望のありか


 お昼を終えて、お腹がいっぱいになった一同は、ティボーに手を振ってヘウ街をぶらぶらと歩きながらバロチ工房へ向かった。


(ティレル家の皆さまは人気がある、っていうのはこういうことだったのねえ) 


 第一騎士団長だったアドレアンだけでなく、アドレアンの弟妹たち――アドレアンは長子だった――もまた、第一騎士団や第二騎士団に所属しており、長兄の号令でこの辺りの治安維持に努めていたそうだ。

 その時の印象が強く、残った住人たちがティレル家への感謝を語り継ぎ、それがティレル家への圧倒的な支持へとつながったということなのだろう。


(フィンレー様たちがティレル家を重用するのは、単純に政治方針が似ているとか忠誠心とかがあるってだけでもないんだろうな。市民に人気がある層を取り込むことは、王太后がやらかした後の王家にとっては大事だ)


 カノンが店から店をのぞいて回る後ろを悠然と歩くアドレアン。

 自分の横にぴったりとついてくれているロゼリア。


(アディさんはともかく、ロゼが私の護衛についたのは、その辺を加味してのことだったんだろうなあ。まあ私としては嬉しいことだから、何の問題もないけどね!)


 昼下がりのヘウ街は、どこかまったりとした空気が漂っている。

 そこそこ広い道の両側にはいろいろな商店が並んでいて、眺めているのも楽しい。


(お、あのお店のストーンウェアいいなあ。色もだけどデザインがシャープだ。こっちはなかなかにきれいなチェスト! そういえば家具屋さんもアルフィオ様に聞いとかなきゃいけなかったんだっけ)


 聖女の屋敷の一階と二階のインテリアは、カノンからリンさんにお任せです、と言ってもらっていた。

 それぞれの自室は自分で好きにコーディネートするとして、一階のメインホールに置くソファセットやチェストはしっかりこだわっておきたいところである。


(職人さんが戻ってくる、かあ。家具職人さんも戻ってきてくれたらいいなあ。ソファはフィンレー様に職人さんを紹介してもらって、コイルスプリングのものを置こう。張地はどうしようかなあ。できれば布の柄物がいいんだよね、同系色で上品にまとめた、明るい感じの柄物。ウィリアム・モリスみたいなのないかな。向こうは部屋と相性が悪くて諦めたけど、こっちなら問題なさそうだし)


 店先に置かれているものを眺めて、少しずつインテリアのアイディアを練っていく。

 この作業がとても楽しい。


 カノンはアドレアンとユーゴと一緒にたのしそうにウィンドウショッピングをしている。カノンも部屋に置きたいものもいろいろあるだろう。


(腕のいい指物師。それにライティングの相談できる職人さんも必要か……まだまだ先は長いな。まあのんびりやろう)





 ヘウ街の外れにさしかかったあたりで、りのは全員に「ハイド」をかけた。

 偽装の魔道具を使っているとはいえ、なかなかに派手な一同である。バロチ工房に入るところはあまり見られたくない。


「ノア姉さん、あのハサミのお店、ここ?」

「そうよー」


 ミラン雑貨店の前を通り過ぎる。

 今日はあまり時間がないし、「ノア」の姿をしていてもお忍びなので、フィレアへの挨拶は避けた。


「また今度来ようっと。私もあのハサミほしいんですよね」

「台所のは使っていいのよ?」


 カノンはふるふると首を振った。


「ちょっとしたものを切るのに小さなハサミがほしいなって」

「なるほどねー」


 ミラン雑貨店を通り過ぎて十分ほど歩いて、やっと到着である。


「ここです」

「ほう」


 城壁のきわに添うように建てられた建物のの入り口を入って、りのはこんにちはー、と声をかけた。ノアでーす、と。

 今日、カノンを……もう一人の聖女と、魔術師団長を契約の確認のために連れていくよとは言ってあるので、多分いると思う。

 だが、三人とも生粋の職人なので、作業に入ると覚えているかは怪しい。とても。

 大丈夫かな、と嫌な予感がよぎるが、奥からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。


「あ、ノアさん! いらっしゃいませ!」


 現れたのはコニーだった。


「コニーさんこんにちはー。この間はありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったです!」


 コニーは、今日はワインレッドの素朴なデザインのワンピースを着ていた。いつもは作業着が多いのだが、今日はもう一人の聖女や貴族がくるということで、きちんとしているのだろう。


「みなさんもいらっしゃいませ。どうぞ、中へ」


 少し緊張したようにコニーが微笑み、一同を奥へといざなった。

 そのまま、奥の作業場に行くと、ララとトビー、ハンナがいて、ソファに腰かけている。


「あれ、こんなソファあったっけ?」

「ご挨拶だねえノア、お偉いさんがいっぱい来るって聞いたから、奥から引っ張り出してきたのさ」

「こんにちはララさん。その割には張地、きれいですねえ」

「これかい? ハンナがようやっとまともなものを作れるようになってきたからね。大きなものを作らせたからそれを使ったのさ」

「あ、あの、ノアさん、こんにちは……!」

「こんにちはハンナさん、お師匠様の合格が出てよかったねえ」


 柔らかく上品な、少しだけくすんだ青紫の生地は、ところどころに粗さはあるが、きれいに染まっている。それに、


「――――へぇ」

「先が見えそうかい?」

「なんとなく。これ魔獣染料ですか?」


 ハンナがぶんぶんと首を振った。


「あ、あの、いいえ、違うんです、これ、ふつうの染料で」

「なるほど。ということは青に寄るかな……赤が抜けて薄青紫から霞のような水色、って感じですかね?」

「あたしもそう思うね。まあ、ものがもてばの話だが」

「だからソファなのかぁ」


 くっくとララが笑っている。

 部屋の中だから日光に晒されることがない分、摩擦で色の変化を速めて、ハンナの学びの資料にするのだろう。

 笑っているララは楽しそうだ。初めて会った時とは比べ物にならないほど、明るい顔をしている。

 ティボーと同じ、希望の色だ。


「あ、ノアさんいらっしゃいませ!」

「トビーさんこんにちはー。この間はどうもでした」

「こっちこそ、せっかく誘ってもらったのにすんませんっす。でもあれから早速、ノアさんの布にもかかってるっすよ!」

「わ、早い!」


 トビーもやってきて、ララの隣に並んだ。

 トビーもいきいきしている。

 物を作る人たちが楽しそうにしているのは、とても嬉しい。どんな素敵なものができるだろうかと心が沸き立つ気がする。

 ――――っていかんいかん、本題を忘れるところだった。


 こほんと一つ咳ばらいをし、りのは並んだファブリカ・アウロラの四人に向き直った。


「ララさん、ここにいる人たちは全員、信用のおける人たちです。紹介しますね」


 その言葉で、全員が偽装の魔道具を切った。もちろんりのも。

 すうっと全員の色が元に戻る。


「カノンちゃん、ユーゴ様、この四人が、お披露目の時の布をお願いしたバロチ工房の人たちです。工房主のララさん、そのお弟子さんのトビーさんとコニーさん、ハンナさん」


 ララたちは膝をつき、深く頭を下げている。

 ええと、とカノンはユーゴにちらっと眼をやって、ユーゴが頷くのを確認してから口を開いた。


「私が、異世界から来たカノン・アキノです」

「僕が魔術師団長のユーゴ・ジュランディアだ。今日は君たちの契約に必要な『鑑定』をしに来ている。面をあげていいよ」


 手慣れた様子でいうユーゴに、ララたちは視線をあげた。

 ユーゴの美しいアメジストの髪と琥珀色の目をちらりと見、カノンの黒髪とラベンダーと炎の色の目に見入り、失礼になるのではと視線を下に向けて、四人ともが本名で名乗る。

 一度、りのの聖女としての姿を見ているので、あの時ほどの衝撃は受けなかったようだ。

 よかった、倒れられたらカノンちゃんが委縮しちゃう……って、そうだそうだ、まだ紹介してなかったよ。

 りのは、アドレアンの方に手を向けた。


「それから、こちらの方が、聖女カノン様の護衛騎士の、」



「――――アディ様……?」



 ララの、震えた声がこぼれ落ちた。




本日はここまで。お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、リアクションもありがとうございました。励みになります!

どうか少しでもお楽しみいただけますように!

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