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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第322話 ウェルゲアの夜明け


 アドレアンは、ララの顔をじっと見て、何かを思い出したのか、目を見開いた。


「そなた……もしや、ノヴァリスの、」

「その節はお礼も申し上げられず……申し訳ありませんでした」


 ララは深く頭を下げた。真っ白な髪が揺れる。


「国元へ帰ったかと思うておったが……」

「私の生まれはヤフェマ……リュエレンの近くの町でございますので……それに、この地にはよすがも多くあり、この年まで恥ずかしながらしがみついておりました」

「恥じることはなかろう。長くよう耐えたな」

「ありがたきお言葉。――――あの時は、ノヴァリスを連れ帰ってくださり、本当にありがとうございました」


 アドレアンの緑の目が痛まし気に細められた。


「連れ帰っただけじゃ。他には何もできなんだ」

「それだけでも、してくださったのはアディ様……アドレアン様だけでございました」


 ありがとうございました、とさらに頭を下げる。

 積み重なった年月の重さが、その背と頭に乗っかっているような仕草だった。

 そこにあるのは、誰にも踏み込めない重さと暗さ。


「ほれ、頭をあげい。そなた、リノア様とカノン様の布を染めるのじゃろ? たいしたものじゃ、あの若いおなごが、王城の職人にもできぬことをやろうというのじゃからな」


 アドレアンはララの肩を軽くたたいて身を起させ、トビーたちにもほれほれ立たぬか、と声をかけた。


 悔恨と感謝と、そんな空気で止まっていた工房が、ゆるやかに動き出す。



「ララさん、カノンちゃん連れてきたから、じーっくり見てね」



 りのはアドレアンの意図を察して、軽やかに言葉をつないだ。


「カノンちゃん、この間も言ったけど、ララさんに目を見せてあげて。その色に合わせて染めたいんだって」


 カノンは急に変わった空気に戸惑っていたが、りのの言葉に小さく頷いた。


「ええと、ララさん、こんな感じでいいですか?」


 カノンは、立ち上がったララの顔を、座ったまま見上げる。その方がララの負担にならないと考えたのだろう。

 ララは真っ赤な目をぎらりとさせて、ありがとうございます、とカノンの目を覗き込んだ。


「これはまた……きれいな色だねえ」

「私たちの世界で、ラベンダーって言ってた花の色によく似てます。やわらかで、ちょっとくすんだ優しい薄紫」

「ああ、こういう花がこちらにもあるよ。ヴァンドラっていう香りのいい花だ。それに、炎が燃えているような色も混ざっているんだねえ……」


 りのも一緒になってカノンの目をのぞきこんだ。少し居心地悪そうにもぞもぞするカノンがかわいい。


「炎、たき火、フレイムドレイクの鱗、皮……これはこれは、なかなかにやりがいのある色じゃあないか」


 ララの調子はすっかり戻ったようだった。

 多分そう見せているんだろうな、とりのは思った。





 ララが満足いくまでカノンの目を見、トビーたちにメモを取らせた後は、ユーゴに「鑑定」をしてもらった。


「――――うん、問題なし。貴族の血をひいてもいないし、犯罪歴もなし。きれいなものだよ。リノアちゃん、契約書は持ってきた?」

「はーい」


 マジックバッグに手をつっこんで、用意してきたファブリカ・アウロラと王城の契約書を出す。聖女のお披露目に使用するパナクルファの布の染めに関する契約書だ。


「ファブリカ・アウロラ、筆頭はノヴァ……これが職人名になるんだね」

「はい」


 ララは浅く頷いた。


(ノヴァ。――ノヴァリス。偶然じゃないんだろうなあ)


「今回はノヴァが中心で、セタとソワが補佐につく、と。――よし、こっちの二人も大丈夫だね。じゃあ期限と金額を確認したら署名を。間にはリノアちゃんが入ると聞いてるから、君たちが王城に来ることはないと思うけど、もしどうしても直接来てもらうことになったら、この担当文官を呼び出して。話は通しておく」

「かしこまりました」


 さすがに魔術師団長には言葉も丁寧になるらしい。ララはおとなしく話を聞いていた。

 そして、おもむろにサインをする。


 ファブリカ・アウロラ、筆頭職人ノヴァ。


 インクが乾いたのを確認して、ユーゴはそれを自分のマジックバッグにしまい、次に小さな革袋と、もう一つの書類を取り出した。


「これが支度金。こっちは支度金の受領書だから、確認したら署名して」

「はい」


 これで、ひとまずララたちを隠しつつ、きちんと染めに対する対価を出せる形が整った。

 りのは少しだけほっとする。

 ここからではあるが、まあ一段落というところだ。

 そう思ったのは、りのだけではなく、バロチ工房の職人たちもそうだったようで、みんなも小さく息をついていた。


「そういえば、パナクルファの染めはどこまで進んでいるんだい?」


 ユーゴがさりげなく切り出した。

 今回は、ユーゴはあくまで仕事を依頼する王城側として来ている。その進捗確認も仕事のうちだろう。

 りのも興味がものすごーくあったので、わくわくとララの顔を見ると、ララがにんまりと笑った。


「トビー、持ってきておくれ」

「はい、師匠」


 かしこまったようにトビーが部屋をかくかくとした足取りで出て行って、すぐに戻ってきた。

 手には、白い布に包まれたものを持っている。

 それを受け取ったララは、テーブルにそれを置いて、白い布を外し、中に入っていたものをゆっくりと見せた。



「!!」



 そこに入っていたのは、息を飲むような布だった。

 いや、本当にこれは布だろうか。

 しっとりとした艶を放つ、見ただけでなめらかさが伝わるような質感。

 しずくが滴るような煌めき。

 それは、深い青紫色をしていた。夜明けの空に一瞬現れる、深く静かな青紫の色を。


 たくさんのものを見てきたが、こんなに澄んだ色を見るのは初めてだ。


 言葉も発せないりのを置いて、カノンがわあ、リンさんの目と同じ色! きれい! と素直に驚きの声を上げた。


「本当に、上質な色をしておるの」

「きれいだし、つやつやしてる!」

「本当にきれいだね。これなら遠目で見てもすぐに聖女だと皆に伝わるよ」


 ユーゴが感心したように、安心したように言って、じゃあ今日納品する? と聞くと、ララはハァ!? という顔をした。


「まだまだ完成じゃないよ! ……申し訳ありません、まだ製作途中でございますので」


 持ち帰らせてなるものか、という気迫で睨むように見られて、ユーゴが、あ、そ、そうなの? と返す。


 すごいなこのおばあちゃん、眼光一つでユーゴ様を、ウェルゲア最高峰の魔術師を黙らせやがった……。


 りのは色に見惚れながらぼんやりそう思った。

 ――というか、まだこれで、製作途中!?


 言葉の意味を飲みこんで、やっとりのは驚いた。

 慌ててトビーとコニーを見ると、二人とも目がぎらんぎらんしている。ララと同類だった……!

 助けを求めてハンナを見ると、彼女は小さく頷いた。

 彼女の目もぎらっぎらである。


「ノアさん、これ、まだ染めただけなんです。これをほどいてまた糸にします」

「――――は?」


 織って布にして染めたのを、またほどく? ほわい?


「パナクルファは、糸のかせの状態だとほとんど色は出ないんだが、その状態で染めておくことで色の変化をつけられるんだ。これはそうやって染めたものさ。そしてこれを糸に戻して、別の色に染めたものと合わせて織り直すんだよ」

「はぁ…………?」


 要は、何色もの色に糸を染め分けて、織ると。

 そのために、布だったパナクルファをほどいてかせにして、下染めして布にして染めて、もう一度糸にする。

 それを色の数だけ繰り返すと?

 それからやっと、織りの作業なの?


「――――アホでは?」


 ぼそりと声に出したのはアダンで、そのとたん四人の職人からぎろりとにらまれた。

 すまん、と即座に謝っている。


「そうすることで、見る角度で色が変わるようにできると思うんだよ。青紫から赤紫へ色が移り変わる。それに加えて、何色も取り混ぜて織れば、布の反射の光の色を固定できるはずだ。ノアの目と同じ、金色にね」



 青紫から赤紫へ、そして金色へ。



「夜明けのような布にしたい。――ウェルゲアの夜明けだよ」



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