第319話 名前のない飯屋
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急用で本日はお昼のみの更新となります。
GWの余波と格闘してきます(涙)よろしくお願いします!
りのとロゼリアは、カノンを挟むようにして馬車に乗った。ランランマルシェをやっていた広場の前から、ルニーク街の方へ行くのである。平行移動なので体が斜めになることもなく、気軽に話ができて楽しい。後ろの席にはユーゴを真ん中に、アダンとアドレアンが座っている。なかなかの圧である。
「私、こっちに来るの初めてだなあ」
「そうなの? でも学園には行ってるでしょ?」
「学園は反対側なの、ノア」
学園は、リスラン街やラハラン街のちょうど反対側、上位貴族のタウンハウスが集まるマティラ街と、アイゼニル街という古参の貴族が家を構えている街の交差するところにあるのだそうだ。
「前宮を右に曲がってまっすぐ行った左手にありますよ」
「大きいの?」
「うーん、うちの高校と同じくらい、かなあ」
「アトラロにあるとどうしても大きい敷地はとりにくいん、だよ、ね」
いまだにフレンドリーな話し方に慣れないロゼリアがかわいい。
楽しくおしゃべりしながらも、「サーチ」でのチェックは欠かさない。範囲を広げればその分魔力も食うので、だいたい視認できる範囲くらいで「サーチ」をかけているが、今のところ大丈夫そうだった。
「あ、ノア姉さん見て、たっかそうなお店!」
「右手はリスラン街っていう高級店の並ぶエリアだからねえ……あ、あれは私も行ったことないけど宝飾店だね。アクセ屋さん」
「アクセ? ペンダントとかピアスとか?」
「らしいよ」
「へえー」
「アキ、見てみたい?」
「んーん、別にいいかなー。それより串焼きだよリア姉さん!」
カノンがとても楽しそうだ。
「私、串焼きすっごく楽しみで! グリーンカウっておいしいんでしょ?」
くるりと後ろを振り返って、おじさんたちに問う。
「グリーンカウはおいしいよ。臭みがなくて柔らかいし」
「儂はファイアーディアーも好きだのう、ピリッとする感じが何とも癖になる味でなあ」
「ファイアーディアーは運が良ければ食えると思うが」
「ヘウ街はうまい飯屋が多いから、楽しみにしとくとよいぞ」
その言葉に、りのも思わず振り返った。
「え、おじいちゃんヘウ街詳しかったりするの?」
「昔はよう出歩いとったからの。かなり前のことじゃから、潰れとるかもしれんが」
「えー、アディさんが知ってるお店なんて、僕も行ってみたいなあ」
「私も!」
「串焼きは後ででもいいから連れてっておじいちゃん!」
「よいぞ、もしやっていたらそこで食おう」
わあっと空気が華やいだ。
ルニーク街を半分ほど進んだところで馬車を下り、ルニーク街を横切ってヘウ街に入る。
細いわき道を辿った先に、アドレアンは一同を案内してくれた。
小さい、入り口も半間あるかないかの、看板さえない店。
「おうい、すまんの、やっとるかー」
「ああ!? あと三十分たってから……って、アンタ……」
頭がぴっかぴかなちっこいお爺さんが奥から出てきて、じろじろとアドレアンを見る。
「なんじゃ、儂の顔を忘れるとは、薄情な奴じゃのう」
「うーん……? なんか知っとるような声じゃあねえか……? だが目が……」
ひょこっとアドレアンの後ろからカノンが顔を出して、おじいちゃん、これこれ、と胸につけた小さなブローチをつつく。
「おお、そうじゃったそうじゃった」
ブローチに指をあてて魔力を流すと、アドレアンの髪が薄い茶色から真っ白へ、青い目が緑の目へ変わった。偽装の魔道具の効果を切ったのである。
それを見ていた老爺は、震える人差し指をアドレアンに向けて。
「あ、ああああ、あでぃ、アディ様じゃあねえか!!!」
「ふはははは、久しぶりじゃの、ティボー」
「久しぶりも何もねえわ! 何十年ぶりだぞ!」
「しかたなかろ、領地におったんじゃ」
「知っとるわー!!」
高位貴族と平民とは思えない言葉で会話が進んでいくが、どちらもとても親しそうだ。
ティボーの目は涙で潤んでいるし、アドレアンもリラックスして会話を楽しんでいるように見える。
「まあよいよい、今日は知り合いを連れてきたでな、うまいもん食わせてくれ」
「任せろ! アディ様はファイアーディアーだろ? そっちの連れは何が食いたい?」
「食べたいもの? ええと、ここは何屋さん?」
りのが聞くと、ティボーは呆れたように、
「なんだい、アディ様はそんなことも言わずにつれてきたのか? ここはダンジョンドロップの飯屋でな、肉でも魚でも、ありさえすれば食わしてやるよ」
「ありさえすれば? じゃあ僕ドレイク系の肉が食べたいなあ、ある?」
「ロックドレイクならあるぞ」
「え、ほんとに!?」
「煮込みでよければ出してやろう」
「やったー!」
ユーゴが浮かれている。そんなにおいしいのだろうか。食べたいものなら断然魚なんだけど、ドロップで魚とかあるのかなあ。
りのが考え込んでいることに気づいたのか、アドレアンが、ノア、何か食いたいのがあるか、と聞いてくれた。
おそるおそるお魚が食べたいなあと言ってみた。
(特に青魚が食べたい……! サンマ、イワシ、サバ、カツオ……!)
「嬢ちゃん運がいいな、今日はキップジャークが入ってるぞ」
薄い茶色の目をぎょろりとさせて、ティボーがにやりと笑う。
他にもアドレアンとアダンがいくつか注文を出してくれて、ティボーはさっと奥に引っ込み、りのたちは狭い店内に点在していたテーブルを寄せて座った。
「ここは昔王城勤めをしておった時の馴染みでな。昼もいいが夜もうまい」
「ダンジョンドロップの店がヘウ街にあって儲かってるのか?」
アダンが首をかしげる。
ダンジョンドロップの肉類は割高だ。そんな材料を使えば、当然価格は跳ね上がる。庶民の街なのに客は来るのだろうか。
「なあに、その辺の飯屋と変わらんよ。何せ、材料費はタダみたいなもんじゃからな。おーいティボー、お前今でも潜っとるんか?」
奥から、怒鳴り声がすごい勢いで返ってきた。
「アディ様みてえなバケモンと一緒にするんじゃあねえ! 俺ぁとっくに引退しとるわ!」
「食材はどうしとるんじゃ?」
「ハン、俺のガキや孫どもが集めてくるに決まっとるじゃろ!」
なるほど、と得心した。
「どういうこと?」
「アキ、店主さんのお子さんたちがダンジョンに潜って、材料をとってきてるということだよ」
「あ!」
ロゼリアの優しい言葉に、カノンがぽんと手を鳴らした。
「昔はティボーが潜っておってな。あれは腕利きの冒険者じゃったが、料理の方もまたうまくての」
「お爺様、もしかしてダンジョンで知り合ったとかですか?」
「そうじゃぞ。うまい魔獣のおるところにティボーあり、と言ってなあ」
料理を待つ間、アドレアンは、当時の話をしてくれた。
第一騎士団と第二騎士団は当時、今の第三騎士団の役割も兼ねていたらしく、けっこうな頻度でダンジョンに潜ってダンジョン核の制御をしていたそうだ。
そうこうしているうちにティボーと知り合い、ここに来るようになったのだという。
「ティボーほどの飯を作るのは、ティレル領でも数えるほどしかおらんかったからのう、領地に帰ってもここの飯は恋しかったんじゃ!」
「けっ、お世辞はいいやい」
戻ってきたティボーは、両手に山と皿をのせている。
魔術で皿を浮かせているような気もしたが、魔力の気配がよくわからない。
どういうことなんだろうと思っている間に、次々にテーブルに料理が並んで、いい香りが鼻から肺を満たした。
「おおお、あいかわらずうまそうじゃのう……!」
闊達に笑うアドレアンを、ティボーはじっと見ている。
(敬愛、感謝、喜び、そんな感じの目だなあ……)
そういえば、この辺ではティレル家は人気があるとコニーが言ってなかったっけ。
「さあ、思いっきり食ってってくれ!」
ファイアーディアーのステーキ、ロックドレイクの赤ワイン煮込み、キップジャークというらしい魚のカルパッチョみたいなのもあるし、他にも種々様々なお肉類が美味しそうに料理されて盛り付けられている。
「すごい、おいしそう……!」
「うむ、じゃあ頂こうかのう」
いそいそとみんながテーブルに向き直って、食前の祈りをそれぞれの神に捧げる。りのとカノンはシンプルに「いただきます」だ。
そして、その後思い思いに料理へ手を伸ばす。
りのはキップジャークのカルパッチョを取り皿にとった。
綺麗なルビー色の赤身、皮はしっかり焼いてあって、その上から何かのソースがかけてある。
フォークで一切れ、口に運んで。
「!!」
ものすごい多幸感に包まれた。
なにこれ、しあわせ……!!
本日はここまで。
お読みいただき、またブクマ、リアクションもありがとうございました。
ちょっとでも楽しんでもらえますように!




